玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

2016年03月

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
   玉臺新詠 概要 目録・目次 http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/list1.html

17 毛熙震《巻十07後庭花三首其二》『花間集』460全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564

毛熙震  後庭花三首       其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)  軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

《花間集》411巻十07

後庭花三首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7564

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 
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花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

 

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

後庭花三首 其二

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

             

後庭花三首           其三

              越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。

              倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。

              春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。

              爭不教人長相見,畫堂深院。

 

興慶宮002
興慶宮の位置関係00
 

『後庭花三首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首           其二

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の二)

風は輕やかな、芳豔を含んで舞妓を盈つ,粧を競うて臉を新たにす。

步搖 珠翠 蛾斂を脩め,膩鬟 雲染す。

歌聲 慢ろに發つ 檀點を開き,繡衫 斜に掩う。

時將に纖手 紅臉を勻しゅうす,笑 金靨を拈す。

 

(現代語訳)

(後宮で繰り広げられる宴に多くの妓優たちの踊り、歌は響き渡る、目に留まった妓優はその日から夢のような暮らしが始まる。)

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

 

 花蕊夫人006

(訳注)

後庭花三首     其二

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

輕盈舞妓含芳  競粧新
步搖珠翠脩蛾  膩鬟雲
歌聲慢發開檀  繡衫斜
時將纖手勻紅  笑拈金

△○●△○○●  ●?○△

●○○●○△●  ●○○●

○○●●○○●  ●○○●

○△○●○○△  ●○○●

 

輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。

軽やかに舞い踊る歌妓たちは宴の中心に溢れるほど一杯になっていて、その艶めかしさと芳しい香りは歌妓たちから風に乗って溢れている。

 

步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。

ゆっくりと揺れ動く歌妓たちは、真珠と翡翠に飾られ、繭も美しい若い娘たちである。油で固めて結われた黒髪は雲型である。

 

歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。

歌声の歌妓たちは、炎の中に点々と声を発し、眼に泊まった歌妓の刺繍で飾られた上衣は、閨の壁に掛けられた。

 

時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

その時、まさにか細い指、手も紅く染まった頬も顔も抱かれたのである。笑いに包まれ微笑には金に値するえくぼが可愛い。

拈 ひねり出すこと。苦心して考え出すこと。 「妙案を拈出する」; やりくり算段して、無理に金銭をなどをつくり出すこと。 「費用を拈出する」. 「捻出」とも書く。 【拈る】ひねる. 物を指先などでねじる。 体の一部をねじり回す。

17 毛熙震《巻十06後庭花三首其一》『花間集』459全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559

毛熙震  後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

《花間集》411巻十06

後庭花三首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7559

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13 魏承班

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930年前後に在世

 

 
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  ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注  
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花間集 教坊曲 《後庭花》 五首

孫光憲

巻八10後庭花二首其一景陽鐘動宮鶯囀,露涼金殿。輕飇吹起瓊花綻,玉葉如翦。晚來高閣上,珠簾卷,見墜香千片。

孫光憲

巻八11後庭花二首其二石城依舊空江國,故宮春色。七尺青絲芳草綠,世難得。玉英凋落盡,更何人識,野棠如織。只是教人添怨憶,悵望無極。

毛熙震

《巻十06後庭花三首其一》  鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。自從陵谷追遊歇,畫梁塵。傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

毛熙震

《巻十07後庭花三首其二》  輕盈舞妓含芳豔,競粧新臉。步搖珠翠脩蛾斂,膩鬟雲染。歌聲慢發開檀點,繡衫斜掩。時將纖手勻紅臉,笑拈金靨。

毛熙震

《巻十08後庭花三首其三》  越羅小袖新香蒨,薄籠金釧。倚欄無語搖輕扇,半遮勻面。春殘日暖鶯嬌懶,滿庭花片。爭不教人長相見,畫堂深院。

 

  

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。
自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。
傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

 

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 大明宮の圖003

 

『後庭花三首 其一』 現代語訳と訳註

(本文)

後庭花三首 其一

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

 

(下し文)

(後庭花三首 其の一)

鶯啼き鷰語る 芳菲の節,瑞庭 花發く。

昔時 宴を懽しみ 歌聲揭げ,管絃 清越す。

自ら陵谷遊を追い歇むにより,畫梁の塵はなり。

一片に傷心す 珪月の如し,宮闕を閑鏁【へいじょう】す。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

長安城図 作図00
 

(訳注)

後庭花三首 其一

(後宮の妃嬪は、嫁いできたときにこれ以上ないほどの扱いを受けるが、それも、綺麗な真珠に傷がついたら棄てられるように、寵愛を失ってしまうと詠う。)

『後庭花』とあるのは、後宮の庭に咲く花、杜甫は「先帝の侍女八千人」、白居易は「後宮の佳麗三千人」といっている。この時代は女性が人とされていないので、男も士族以上で人数として把握された。宮女は礼をもって迎い入れられたもの、貴族、富貴の者など家柄を重んじて選抜されたもの、一部の物を除いて、献上されたもの、罪人の家【藉跋・藉没】の女性、宮廷の官奴婢にされたものをいうのである。「後宮」は政治を営む場とは異なる、天子の私的生活の場。陳の後主(陳叔宝)が歓楽に溺れて国を亡ぼしたことに基づいてこの詩を読む。

花間集に教坊曲『後庭花』は五首収められているが、毛熙震の詞は三首である。双調四十字、前段二十字、四仄韻、後段二十字、四仄韻で、❼❹❼❹❼❹❼❹の詞形をとる。孫光憲と毛熙震とで独自の詞形を作ったもの。

鶯啼鷰語芳菲節  瑞庭花
昔時懽宴歌聲  管絃清
自從陵谷追遊  畫梁塵
傷心一片如珪  閑鏁宮

○○●●○△●  ●○○●

●○△●○○●  ●△○●

●△○●○○●  ●○○●

△○●●△○●  ○?○●

 

鶯啼鷰語芳菲節,瑞庭花發。

鶯が春の訪れを告げ、梁の上の燕は子育ての語らいをする春の盛りはの草花の香りの季節である。庭の端々にまで花が咲いている。

 

昔時懽宴歌聲揭,管絃清越。

少し前はそんなことの上に、宴に歌声が合わせ、笛や、琴の演奏は清らかに抑揚し、宴も盛んに楽しんだものだ。

懽 喜ぶ,楽しむ.2((方言)) 形容詞 勢いがよい,活発である,盛んである.

清越 形容詞 (多く4字句に用い;音声が)清らかでよくとおる,清らかに響く.用例其声清越=その声が清らかに響く.清越的歌声=清らかな歌声. 清越=清らかで抑揚がある.

 

自從陵谷追遊歇,畫梁塵

そして自分から丘に遊び、谷を越えて寸暇を惜しんで遊んだのであり、綺麗に画かれた梁の上に乗る塵までも艶めかしいものであった。

  (1) 休息する歇一会儿ひと息入れる.(2) 停止する,中止する.(3) 《方》寝る,眠る.《方》短い時間,しばらくの間

 黒みがかった黄色.

 

傷心一片如珪月,閑鏁宮闕。

それがどうだ、玉のような月に一片の傷がついてしまってからは、後宮への門も潜り戸も全部閉じられて誰の行き来もないのである。(その時に子が出来なければ、妃嬪の役割は終わる。)

珪月 圭の古代文字。玉のような月。

鏁とは?漢字辞典。 〔動詞「鏈る」の連用形から〕 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」 物と物とを結び付けているもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。

19-499《後庭花三首,其二》十巻 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-682-19-(499)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4957

 

 

宮妓は後代の娼妓を意味するものではなく、専門に宮廷に奉仕する女芸人であった。彼女たちは歌舞や楽器を習い、縄・竿・球・馬などを操る曲芸を学んだ。その職責は皇室が挙行する各種の祝祭・式典・宴会などの儀式に出演したり、また平生にあっては天子の耳目を楽しませることであった。

宮妓の大部分は直接民間から選抜された芸、容貌ともに秀でた楽戸、侶優などの女子、それに少数の一般平民出身の女子であった。たとえば、著名な宮廷歌妓の永新は、もともと吉州(江西省吉安県)の楽戸の娘であり、歌が上手だったため選ばれて宮中に入った。辞填壇はもとは色町の妓女であったが、挙が上手だったため宮中に入って仕えることになった。平民女性で選抜されたものは、玄宗時代には特に「摘弾家」(演奏家)と称された(以上は、段安節『楽府雑録』「歌」、『古今図書集成』閏媛典閏艶部、雀令欽『教坊記』による。以下『教坊記』を出典とするものは一々注記しない)。

 

楽戸とは、楽籍という膿民身分の戸籍に属し、宮中の官妓、在野の楽人などが登録されていた。

 

玄宗は音楽、歌舞を特に愛好したので、彼の治世には宮妓の人数は大幅に増大し、教坊は隆盛を極めた。また玄宗は宮中に梨園、宜春院などを設け、特に才能のある芸妓を選りすぐり、宮中に入れて養成した。当時、宜春院に選抜された妓女は、「内人」とか、「前頭人」とよばれた。玄宗は常日頃∵勤政楼の前で演芸会を開き、歌舞の楽妓は一度に数百人も出演することがあり、また縄や竹竿を使う、さまざまな女軽業師の演戯もあった。

 

梨園、宜春院。玄宗は長安の禁苑中に在る梨園に子弟三百人を選んで江南の音曲である法楽を学はせ、また宮女数百人を宜春北院に置いて梨園の弟子とした。

17 毛熙震《巻十05木蘭花》『花間集』458全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554

毛熙震  木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

《花間集》45405

木  蘭  花

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7554

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
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木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

 

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

 

『木蘭花』 現代語訳と訳註

(本文)

木蘭花

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

 

(下し文)

(木蘭花)

朱扉を掩い,翠箔を鈎し,鶯聲院に滿ちるも 春 寂寞たり。

粉淚を勻し,檀郎を恨めども,一び去って 花歸らず又た落つ。

斜暉に對し,小閣に臨む,前事 豈に重ねて想着するに堪えん。

金帶 冷たく,畫屏 幽なり,寶帳 慵薰し 蘭麝 薄たり。

 

(現代語訳)

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

木蓮0005
 

 

(訳注)

木蘭花

(又春が来ても、妃嬪のもとにあのお方は訪れる事は無かった、優しいのはその時だけの事とあきらめていきてゆく、強い女を詠う。)

1 妓女であるが、他の客をとらなくて囲われたものを「買斷」という。官妓を題材にしたものが多く、官妓の「買斷」はほとんどが、金のやり取りではなく、報償、許可により授けられることが多かったようだ。女儀のほとんどは妓婢であったからである。

花間集の「木蘭花」をりかいするためには、直接関係するわけではないが、木蘭従軍の故事を理解する必要がある。

花木蘭 老病の父に代わり、娘の木蘭が男装して従軍。異民族(主に突厥)を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導いて帰郷するというストーリー。釈智匠の《古今楽録》に収める《木蘭詩()》がこの物語を記す最も古い文献だとされ,元来,南北朝期の北方の民間民謡に由来するとされる。木蘭従軍の故事は後代,詩歌の題材となるほか,現在の京劇など伝統戯曲においても《花木蘭》(花(か)が木蘭の姓)の題で演じられている。なおそこでは元帥の賀廷玉が木蘭をぜひとも自分のむすめの婿にと願ったことから,木蘭が女性であることが知れるという筋書となっている。

 

2構成 『花間集』には教坊曲『木蘭花』は三首、魏承斑の作が一首収められている。双調五十四字、前段二十六字六句三仄韻、後段二十八字四句四仄韻で、3❸❼33/3❸❼33の詞形をとる。

掩朱扉 鈎翠箔   滿院鶯聲春寂
勻粉淚 恨檀郎   一去不歸花又
對斜暉 臨小閣   前事豈堪重想着
金帶冷 畫屏幽   寶帳慵薰蘭麝

●○○ ?●●  ●△○○○●●

○●● ●○○  ●●△○○●●

●○○ △●●  ○●●○△●●

○●△ ●△○  ●●○△○●●

 

掩朱扉,鈎翠箔,滿院鶯聲春寂寞。

その女の住む正門は閉じられたままで、翡翠と金箔の鉤にとばりは巻き上げられてかかげて止められ、庭には咲き誇った花々が一杯で、鶯は春を告げているのに静かでさびしい気配が漂う。

3 朱扉 妃嬪の後宮の宮殿の正門

4 鈎翠箔 鈎は簾や、とばりを釣り上げる金具。

5 滿院 その宮殿の庭に花が一杯咲き誇る。

6 鶯聲 鶯は春を告げて啼く。

7 春寂寞 春は離れたものも帰って情事をするものであるのにここには寂しさだけがある。

 

勻粉淚,恨檀郎,一去不歸花又落。

頬の化粧が涙で流されてしまい、別れて行ってしまったあのお方を恨むだけ、一度去ってゆけば、花は帰らないし、また、落ちて仕舞えば元に戻ることはない。

8 勻粉淚 涙の流れ落ちる面積と化粧が残っている面積が等しい。

9 檀郎 夫や恋い慕う男を意味する。情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだが、劉郞<阮郎<檀郎と身分が高いことを意味している。

和凝『山花子二首 其二』

銀字笙寒調正長,水紋簟冷畫屏涼。

玉腕重金扼臂,澹梳粧。

幾度試香纖手暖,一迴嘗酒絳脣光。

佯弄紅絲蠅拂子,打檀郎。

12 -7 山花子二首 其二  和學士凝二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-434-12-#7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3717

10 一去不歸花又落 帰ってこないこと、前句「檀郎」までの語句は、春になって訪れるものがなく、春が過ぎようとしている事実を受け入れたくないということを表現するもの。檀郎という表現でその事実を受け入れしかたのないこととあきらめる。後の語句は、辛さに堪えるということを表現するもの。

 

對斜暉,臨小閣,前事豈堪重想着。

日差しが傾いて来て、女の居る楼閣の閨に日差しが射し、庭を臨む、あの方との過ごした日々の思い出は幾たびか思い出されるがその度に辛い思いとなっている。

11 對斜暉 この句は秋が来たこと、女性の身にも歳が重ねられたことを意味する。

12 前事【ぜんじ】 以前にあった事柄。前事を忘れざるは後事の師なり《「史記」秦始皇本紀・賛から》以前のことを心に留めておくと、後にすることの役に立つ。

 

金帶冷,畫屏幽,寶帳慵薰蘭麝薄。

あの方の着ける金帯は付けることもなく冷えたまま掛られている、鳳凰の描かれた屏風はひっそりと壁に寄せている。宝飾に飾られたとばりのうちには蘭麝のお香が時々しか焚かれなくてほのかに香るだけである。

13 金帶冷 帯を解かれたことはもう随分前のことで、それ以来その帯が、かけられたままである。古代帯は愛する男に贈り、愛を受け入れる意味で男は受け取ったものである。ここでは、別れの際金の刺繍の入った帯を女に還した、「別れた」ことを意味するものである。

14 畫屏幽 屏風は、情事の際、寝牀のまわりに立てるもので、それが開かれず、閉じたままでしまわれていることをいう。

15 寶帳 宝飾に飾られたとばり

16 慵薰 お香を焚く気になれない様子。慵:無気力、物事をする気力がないこと

17 蘭麝薄 昔焚かれた蘭麝香が少し残っていてほのかに香るというほどの意味。蘭麝【らんじゃ】とは。蘭の花と麝香(じゃこう)の香り。また、よい香り。 
凌波曲舞002
 

17 毛熙震《巻十04定西番》『花間集』457全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7549

毛熙震  定西番

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

《花間集》411巻十04

訴衷情五首其五

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7549

(改訂版Ver.2.1

13 魏承班

前蜀の詞人

930年前後に在世

 

 

 

 

 
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花間集 教坊曲 《定西番》 七首

溫庭筠

巻一27定西番三首其一漢使昔年離別。攀弱柳,折寒梅,上高臺。千里玉關春雪,鴈來人不來。羌笛一聲愁,月徘徊。

溫庭筠

巻一28定西番三首其二海鷰欲飛調羽。萱草綠,杏花紅,隔簾櫳。雙鬢翠霞金縷,一枝春豔濃。樓上月明三五,鏁窗中。

溫庭筠

巻一29定西番三首其三細雨曉鶯春晚。人似玉,柳如眉,正相思。羅幕翠簾初捲,鏡中花一枝。腸斷塞門消息,鴈來稀。

牛嶠

巻四23定西番紫塞月明千里,金甲冷,戍樓寒,夢長安。思望中天闊,漏殘星亦殘。畫角數聲嗚咽,雪漫漫。

孫光憲

巻八29定西番二首 其一鷄祿山前游騎,邊草白,朔天明,馬蹄輕。鵲面弓離短韔,彎來月欲成。一隻鳴雲外,曉鴻驚。

孫光憲

巻八30定西番二首 其二帝子枕前秋夜,霜幄冷,月華明,正三更。何處戍樓寒笛,夢殘聞一聲。遙想漢關萬里,淚縱橫。

毛熙震

《巻十04定西番》  蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。斜日倚欄風好,餘香出繡衣。未得玉郎消息,幾時歸。

『花問集』には教坊曲『定西番』が七首、その内の毛熙震作が一首収められている。既に溫庭筠と牛嶠、孫光憲については掲載済みである。

 

                           毛熙震

定西番

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。

未得玉郎消息,幾時歸。

いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

 

(定西番)

蒼翠 滿院に 濃陰たり,鶯 對して語り,蝶 交り飛びて,薔薇に 戲る。

斜日 風好く 欄に倚る,餘香 綉衣を出づ。

未だ 玉郞の消息を得ざる,幾れの時にか 歸らん。

杏の花01
 

 

『定西番』 現代語訳と訳註

(本文)

定西番

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。

未得玉郎消息,幾時歸。

 

(下し文)

(定西番)

蒼翠 滿院に 濃陰たり,鶯 對して語り,蝶 交り飛びて,薔薇に 戲る。

斜日 風好く 欄に倚る,餘香 綉衣を出づ。

未だ 玉郞の消息を得ざる,幾れの時にか 歸らん。

 

(現代語訳)

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。

いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

花間集 白梅
 

(訳注)

定西番

(辺境の守りの舞台を指揮して出征した夫を愁いて詠ったもの)

1 辺墓の防備に当たる高貴なもの正妻なのか、側室なのかは不明だが、心配しながら暮らすのを題材としている。士の内容からは、辺塞詩に出てくる、徴兵によって義務的に西域の守りに出たものとは異なる。司令官クラスの妻の事であろう。

 

2 構成  双調三十五字、前段十五字四句二平韻、後段二十字四句二平韻で、63③③/65⑥③の詞形をとる。

蒼翠濃陰滿院  鶯對語 蝶交  戲薔
斜日倚欄風好  餘香出繡
未得玉郎消息  幾時

△●○○●△  ○●● ●○○  △△○

○●△○△●  ○○●●△

●●●○○●  △○○

 

蒼翠濃陰滿院,鶯對語,蝶交飛,戲薔薇。

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。そして、チョウチョ二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、バラの花にたわむれる。

蒼翠濃陰滿院:

あのお方を送りだした後の奥座敷の前庭に、青々としたみどり色の樹木の葉が茂って、濃い木陰を中庭いっぱいにしている。 

3 蒼翠:あおみどり色。ここでは、樹木の緑色の葉が茂っている意で使われている。 

4 濃陰:濃い木陰を作っている。緑蔭。

5 滿院:庭いっぱいに。中庭一面に。

鶯對語

ここには今、ウグイスが、つがいでさえずり合っている。 

6 鶯:ウグイス。 

7 對語:二羽のつがいが、さえずり合っている。

蝶交飛

そして、チョウチョが二匹が交叉して、ひらひら飛んでいて、

8 蝶:チョウチョ。 

9 交飛:二匹が交叉して、ひらひら飛んでいる。

戲薔薇

チョウチョがバラの花にたわむれる。 

10戲:たわむれる。 

11薔薇:バラの花。

 

斜日倚欄風好,餘香出繡衣。

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。風でひるがえる刺繍が施された袂から、残り香が漂う。

斜日倚欄風好

太陽が西に傾くと、心地よい風が吹いてくると窓辺に寄り添い、西の空を眺めながら、欄干に寄ってたつ。 

12斜日:夕日。夕方。 

13倚欄:手すりに寄り添う。欄干に寄り添う。 

14風好:吹いてくる風が心地よい。

餘香出綉衣

残り香が刺繍が施された衣服から漂う。 

15餘香:残り香。染みついていたのこり香がにおうこと。 

16綉衣:刺繍が施された衣服。繍衣。

 

未得玉郎消息,幾時歸。

 いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。

未得玉郞消息

いまだ、愛しい彼の人からの便りたよりは得ていない。  

17未得:まだ、得ていない。 

18玉郞:美男子であり、詩人であって名声がある。 ○郎について参考を添付した。したがって、、女の知らないうちに帰っても、他の女のもとに行っているのではないかと不安な気持ちを連想させるものである。

19消息:たより。

幾時歸

いつ、女性の許へ帰ってくるのだろうか。 

20幾時:いつ。 

21歸:ここでは、女性の許へ帰ってくる。

 

参考添付

○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首Ⅹ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。
紅梅003
 

17 毛熙震《巻十03小重山》 《花間集》456全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544

毛熙震  小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

《花間集》456巻十03

小 重 山

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7544

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
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花間集 教坊曲 《小重山》 六首

韋莊

巻三26小重山 一閉昭陽春又春,夜寒宮漏永,夢君恩。昏思陳事暗消魂,羅衣濕,紅袂有啼痕。歌吹隔重閽,遶庭芳艸綠,倚長門。萬般惆悵向誰論?顒情立,宮殿欲黃昏。

薛昭蘊

巻三38小重山二首其一 春到長門春草青,玉堦華露滴,月朧明。東風吹斷玉簫聲,宮漏促,簾外曉啼鶯。愁起夢難成,紅粧流宿淚,不勝情。手挼裙帶遶宮行,思君切,羅幌暗塵生。

薛昭蘊

巻三39小重山二首其二 秋到長門秋草黃,畫梁雙鷰去,出宮牆。玉簫無復理霓裳,金蟬墜,鸞鏡掩休粧。憶昔在昭陽,舞衣紅綬帶,繡鴛鴦。至今猶惹御爐香,魂夢斷,愁聽漏更長。

和凝

巻六14小重山二首其一  春入神京萬木芳,禁林鶯語滑,蝶飛狂。曉花擎露妬啼粧,紅日永,風和百花香。煙鏁柳絲長,御溝澄碧水,轉池塘。時時微雨洗風光,天衢遠,到處引笙篁。

和凝

巻六15小重山二首其二  正是神京爛熳時,羣仙初折得,郄詵枝。烏犀白紵最相宜,精神出,御陌袖鞭垂。柳色展愁眉,管絃分響亮,探花期。光陰占斷曲江池,新牓上,名姓徹丹墀。

毛熙震

《巻十03小重山》  梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

 

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

 

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

白貯舞005
 

『小重山一首』 現代語訳と訳註

(本文)

小重山

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

 

(下し文)

(小重山)

梁の鷰は畫閣の前に雙飛す,寂寥として多少恨み,懶して孤眠す。

曉來っても閑かな處 君を想えば憐れなり,紅羅の帳,金鴨 煙を冷沉す。

誰か信ず 嬋娟を損なわんか,屏に倚りて玉筋に啼く,香鈿を濕す。

四支 無力にして 鞦韆に上り,羣花 謝し,豔陽の天に對すも愁うだけなり。

 

(現代語訳)

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

DCF00209
 

(訳注)

小重山

(妃嬪に嫁いできても、全く寵愛を受けていない、そのまま歳を重ねて行くことを詠う)

1構成 『花間集』には六首所収されているが、いそう毛熙震の作は一首収められている。双調五十八字、前段三十字六句四平韻、後段二十八字六句四平韻で、⑦5③⑦3⑤/⑤5③⑦3⑤の詞形をとる。

梁鷰雙飛畫閣  寂寥多少恨 懶孤

曉來閑處想君憐 紅羅帳  金鴨冷沉
誰信損嬋  倚屏啼玉筋 濕香

四支無力上鞦韆 羣花謝  愁對豔陽

○●○○●●○  ●△○●● ●○○

●△○●●○○ ○○●  ○●△○○

○△●○○  △△○●○ ●○△

●○○●●○○ ○○●  ○●●○○

 

2 毛秘書熙震二十九首

毛熙震(生卒年未詳、947年前後在世)、字、出身地ともに未詳。後蜀に仕えて秘書監となったので、毛秘書と呼ばれた。『花間集』 には二十九首の詞が収められている。全て艶麗な詞。温庭 の作風に近い。情致の美しい、欧陽烱、牛嶠と並ぶ優れた詩人である。

 

梁鷰雙飛畫閣前,寂寥多少恨,懶孤眠。

春もさかりで梁の上の燕は、綺麗な高閣の前を、番で飛んでいる。この時期というのに静かで誰もいないのは多少恨みに思うのである。一人寝は何もする気になれず、ただ横になって眠るだけなのである。

3 梁鷰 子作りのために梁上に巣を作った燕。春から初夏にかけてのこと。

 

曉來閑處想君憐,紅羅帳,金鴨冷沉煙。

妃嬪の閨に夜明けが来るが、そこは静かなところになってしまって、あのお方のことを思うだけで憐れになる。来られるのを待って紅いうす絹のとばりを垂らし、金の鴨の飾りのついた香炉にお香を継ぎ足すにもなれず煙は低く漂ったものが残っているだけだ。

 

誰信損嬋娟,倚屏啼玉筋,濕香鈿。

誰が信じるだろうか、あでやかで美しい妃嬪がその美しさを損なってはいないことを。確かに、屏風を壁に立てかけてしまっているし、輝くような箏琴の絃を退屈しのぎに鳴らす。香を袂に入れ、花鈿を付けるけれど、目元は涙で濡れたままだ。

4 嬋娟 /嬋妍・嬋姸  あでやかで美しいさま。せんげん。

 

 

四支無力上鞦韆,羣花謝,愁對豔陽天。

両手両足に力は入らないのに、少女の時からここに来て作ってもらっていたブランコに乗って気晴らしをする。満開だった花も枯れ始めた。空はこんなにも晴れあがっているというのに、妃嬪の気持ちは愁いにくれるのだ。

5 鞦韆 ブランコ。高貴なものの娘が妃嬪に選ばれて後宮に入っても、必ず寵愛を受けるとは限らない、十二歳を過ぎ、十四五歳までに入るので、遊び道具は用意された。唐以降の後宮には、制度的に百人以上の妃嬪がいるのである。

蕩鞦韆(ぶらんこ蕩ぎ)

この女性の遊びは、毎年、寒食(清明節の前二日の節句)と清明節(冬至から一〇六日目、春の到来を祝う)前後に行われた。「天宝年間、宮中では寒食節に至ると、鍬極を作って宮婦たちを乗せて宴楽とした。これを〝半仙の戯〞(半分仙人気分となる遊び)とよんだ」(『開元天宝遺事』巻下)。民間の女性もぶらんこをして遊んだ。唐詩に、「少年き児女は鍬確を重んじ、巾を盤け帯を結んで両辺に分かつ。身は軽く裾薄く 力を生じ易し、双手は空に向き 鳥の翼の如し。下り来り立ち定まりて 重ねて衣を繋ぎ、復た斜めの風の 高きを得ざらしむるを畏る。傍人 上に送る 那ぞ貴ぶに足らん、終に鳴環を賭け 聞いて自ら起つ。回り回って高樹と斉しかるが若く、頭上の宝欽 従って地に堕つ」(王建「鞭極詞」)。また別の詩に、「五糸もて縄を繋ぎ 塔を出ること遅く、力尽き綾かに隣りと隣の圃を見る。下り来って矯く喘ぎ末だ調うる能わず、斜めに朱関に借りて久しく語無し」(韓健「鞭樗」)とある。これらの詩からみると、少女たちはぶらんこが大好きで大いに勝負を争い、時にアクセサリーまで賭けて、誰が最も高く揚がるか競った。

 

 

妃嬪について

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

17 毛熙震《巻十02河滿子二首 其二》『花間集』455全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7539

毛熙震  河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

《花間集》455巻十02

南歌子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7539

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 

 

花間集 教坊曲 《河滿子》 六首

毛文錫

《巻五33河滿子》紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋

和凝

《巻六21河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31河滿子》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情

毛熙震

《巻十02河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

河滿子二首 其二

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

(河滿子二首 其二)

語る無し 粧澹薄を殘し,羞を含む嚲袂 輕く盈る。

幾度か 香閨 曉に眠り,綺 疎日 微かに明るし。

雲母 帳中 惜み,水精の枕の上に初めて驚く。

笑靨 嫩疑【どんぎ】花坼し,愁眉 翠斂 山 橫たわる。

相望し 只だ教わる 悵みに恨むを添う,整鬟 時に見る 纖瓊を。

獨り倚る 朱扉 閑かに立ち,誰か知る 深情なるも 別れ有るを。

珠櫻001
 

 

『河滿子二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

(下し文)

(河滿子二首 其二)

語る無し 粧澹薄を殘し,羞を含む嚲袂 輕く盈る。

幾度か 香閨 曉に眠り,綺 疎日 微かに明るし。

雲母 帳中 に惜み,水精の枕の上に初めて驚く。

笑靨 嫩疑【どんぎ】花坼し,愁眉 翠斂 山 橫たわる。

相望し 只だ教わる 悵みに恨むを添う,整鬟 時に見る 纖瓊を。

獨り倚る 朱扉 閑かに立ち,誰か知る 深情なるも 別れ有るを。

 

(現代語訳)

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

莊周夢蝶00
 

(訳注)

河滿子二首 其二

(後宮の妃嬪は寵愛を受けることもなくそのまま年老いてゆく、さびしい人生であると詠う)

9 構成 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。双調七十六字、十六句、同名の他の詩人の作、単調三十八字、三平韻の詞形を6⑥7⑥6⑦/6⑥7⑥6⑦くりかえす。

無語殘粧澹薄  含羞嚲袂輕
幾度香閨眠曉  疎日
雲母帳中  水精枕上初
笑靨嫩疑花坼  愁眉翠斂山
相望只教添悵恨  整鬟時見纖
獨倚朱扉閑立  誰知別有深

○●○?△●  ○○●●△○

△●○○○●  ●?△●○○

○△●△○●  ●△△●○○

●●●○○●  ○○●●○△

△△△△○●●  ●○○●○○

●△○○○●  ○○●●△○

 

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

今はもう、誰かと話す事は無く、お化粧もなおすこともなくなり、薄くなったおしろいのままである、高品の人とも会うことはなく、袂を下げたままで禮を取ることもない生活に満ちてしまい、そのことに恥入ることも気にする。、、

10 盈  みちる。いっぱいになる。たっぷりとあるさま。みたす。いっぱいにする。 「満」 「虧」「虚」; あまる。 「贏」. 【盈盈】えいえい. 水の満ちるさま。物の多量にあるさま。 「財宝が盈盈とある」; 女性の容姿のゆったりとして美しいさま。 【盈盈一水】えいえいいっすい. 水が満ちあふれる。

 

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

今夜も何度も閨にお香を継ぎ足したりしたので明け方まで寝てしまった、うす絹の綺麗な窓に時々日が当たりその度に明るくなる。

 

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

雲母の金屏風を立て、とばりの中に愉快にし、もう少しいた愛おしんだものだ、あの暑い日の水晶の枕の上に頭を初めて乗せた時こんなに涼しいものかと驚いた。

 

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

笑うとえくぼができてまだ若く見え、花弁が咲けたように可愛らしい、そんな日がつづくと愁いに緑の眉にしわがあつまって、妃嬪は横たわっているのだ。

11 笑靨 〔笑(え)窪(くぼ)の意〕 笑うと,頰にできる小さなくぼみ。 ほくろ。

12 嫩【わか】い. 生じたばかりで柔らかい。新しく柔らかい。

13 坼  坼画数:8音読み:タク、 チャク訓読み:さける、 わかれる、 ひらく、 さけめ

 

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

ずっとあのお方のことを思い続けるけれど、教えられるのは、ただ、恨みに恨みを重ねるということでしかない、髪を整える時にはまだか細くて玉のような指が見えまだ若いのだ。

14 繊 1 ほそい。こまかい。「繊維・繊細・繊繊・繊毛」2 繊維。

15 瓊 1 たま。「瓊玉」2 玉のように美しい。「瓊筵(けいえん

 

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

あのお方は来るはずもないのに、ただ、一人、正面の紅い扉に倚りかかって静かに立っている。誰が知っているのだろう、こんなにも情愛が深いのに別れるということがあるということを。

17 毛熙震《巻十01河滿子二首 其一》『花間集』454全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7534

毛熙震  河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

 

《花間集》454巻十01

南歌子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7534

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 

 

花間集 教坊曲 《河滿子》 六首

毛文錫

《巻五33河滿子》紅粉樓前月照,碧紗外鶯啼。夢斷遼陽音信,那堪獨守空閨。恨對百花時節,王孫綠草萋萋

和凝

《巻六21河滿子二首其一》  正是破瓜年幾,含情慣得人饒。桃李精神鸚鵡舌,可堪虛度良宵。卻愛藍羅裙子,羨他長束纖腰。

和凝

《巻六22河滿子二首其二》  寫得魚牋無限,其如花鏁春輝。目斷巫山雲雨,空教殘夢依依。卻愛熏香小鴨,羨他長在屏幃。

孫光憲

《巻八31河滿子》 冠劍不隨君去,江河還共恩深。歌袖半遮眉黛慘,淚珠旋滴衣襟。惆悵雲愁雨怨,斷魂何處相尋。

毛熙震

《巻十01河滿子二首 其一》  寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。緬想舊歡多少事,轉添春思難平。曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。一片相思休不得,忍教長日愁生。誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情

毛熙震

《巻十02河滿子二首 其二》  無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。幾度香閨眠曉,綺疎日微明。雲母帳中惜,水精枕上初驚。笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

Flower1-001
 

河滿子二首 其二

無語殘粧澹薄,含羞嚲袂輕盈。

幾度香閨眠曉,綺疎日微明。

雲母帳中惜,水精枕上初驚。

笑靨嫩疑花坼,愁眉翠斂山橫。

相望只教添悵恨,整鬟時見纖瓊。

獨倚朱扉閑立,誰知別有深情。

 

 

『河滿子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

河滿子二首 其一

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

一片相思休不得,忍教長日愁生。

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

 

(下し文)

(河滿子二首 其の一)

寂寞として芳菲 暗く度り,華するは箭の如く堪驚す。

緬想す 舊歡 多少の事を,轉添す 春思平かなり難しを。

曲檻 絲垂る金柳を,小  銀箏を絃斷す。

深院 空しく聞く 鷰語,園に滿つ 閑かに落つ 花輕ろく。

一片 相思 休むを得ず,教るに忍ぶ 長日 愁生すを。

誰か見る 夕陽の孤夢を,覺え來って 無限 情を傷す。

 

(現代語訳)

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

 金燈花01

 

(訳注)

河滿子二首 其一

(官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。)

1 背景 水陸駅には官制の歓楽街があり、その周りに民間の娼屋があり歓楽街を作っていた。その官妓が、「身請け」、「買斷」してもらったものの、男は他の女のもとに行って寄り付かない。その侘しさを詠うものである。官妓の「身請け」、「買斷」は必ずしも金によるものではない場合もある、吏官からの申し出を許可するという場合もあり、女妓にとっては、それも名誉ではあるが、その権利を持った男が、女妓を尋ねなくなれば、女として憐れな、侘しい日を過ごすことになる。実際には、古代は、かなり自由恋愛の時代ではあったので、何処まで、侘しい生活であったかは想像して考えるしかない。明、清の時代以降は娼屋も、纏足などかなり厳しいものへと変わっていく。

2 構成 唐の教坊曲、花間集には河滿子は五首あり、和凝は二首所収。双調七十六字、十六句、同名の他の詩人の作、単調三十八字、三平韻の詞形を6⑥7⑥6⑦/6⑥7⑥6⑦くりかえす。

寂寞芳菲暗度  華如箭
緬想舊歡多少事  轉添春思難
曲檻絲垂金柳  絃斷
深院空聞鷰語  滿園閑落花
一片相思休不得  忍教長日愁
誰見夕陽孤夢  覺來無限傷

●●○△●●  ●△△●○○

●●●○○●●  ●○○△△○

●●○○○●  ●○△●○○

△△△△●●  ●○○●○△

●●△△△△●  ●△△●○△

○●●○○△  ●△○●△○

 

寂寞芳菲暗度,華如箭堪驚。

心が満たされずにもの寂しく薫り高い草を手に取る度に暗い気持ちが重なって行く、花のように暮らした歳月は、矢のように驚くほど早く過ぎていったのである。

3 寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。じゃくまく。2 心が満たされずにもの寂しいさま。じゃくまく。

4 箭 1 武器・狩猟具の一。弓の弦(つる)につがえ、距離を隔てた目的物を射るもの。木または竹で作った棒状のもので、一方の端に羽をつけ、他方の端に鏃(やじり)をつける。2 木材や石など、かたいもの.

 

緬想舊歡多少事,轉添春思難平。

あの楽しかった日のこと、小さいことも大きいことも思い出すがそれはもう遠い昔の事なのだ。春になればどうしても情事のことが思い出され、平穏な気持ちで居続けることは難しい。

5 緬 1 はるかに遠い。「緬(めんばく)2 細く長い糸。

 

曲檻絲垂金柳,小絃斷銀箏。

水辺の高楼に向うの欄干には金色に光って茂る柳の枝が垂れている、その部屋の小窓からは銀の箏の弦が切れてしまった。

6 妓楼は船で来る客の為、欄干のもとに舟をつないだり、柳の木につなぐ、当然馬で繰る場合は柳のもとに馬を止める、そういった位置関係に高楼がある。

 

深院空聞鷰語,滿園閑落花輕。

奥まった閨の前の中庭には鶯のさえずりがむなしく聞こえる。春も盛りでそこには花が一杯に咲き花は軽やかに、静かに散ってゆく。

7 深院 身請けされるか、他の客を取らず決まった人だけの相手をする「買斷」のどちらも、決まった閨に住まいする。それの奥まったところの中庭ということ。

8 滿園 庭中に花が満開の状態である。春が通り過ぎて行くことを連想させる。

 

一片相思休不得,忍教長日愁生。

その花弁の一片の一つ一つに春の思いがこもっており、それを思い続けて止めることが出来ない。春の日は長く、その一日中、愁いが生じてくるのである。

 

誰見夕陽孤夢,覺來無限傷情。

転寝をして夕方になろうというのにまたひとりあの方の夢を見る、こんなことはだれでも見るということはないだろう。気が付いてここに来て見る、思い出のものを見るだけで、あの方との情事を思い出してまた、傷つくのである。

17 毛熙震《巻九49南歌子二首其二》『花間集』451全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

毛熙震  南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

《花間集》450巻九49

南歌子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
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妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 

花間集 教坊曲 《南歌子》 十三首

溫庭筠

巻一38南歌子七首其一手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

溫庭筠

巻一39南歌子七首其二似帶如絲柳,團蘇握雪花。簾捲玉鈎斜,九衢塵欲暮,逐香車。

溫庭筠

巻一40南歌子七首其三窩墮低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思,為君憔悴盡,百花時。

溫庭筠

巻一41南歌子七首其四臉上金霞細,眉間翠鈿深。欹枕覆鴛衾,隔簾鶯百囀,感君心。

溫庭筠

巻一42南歌子七首其五撲蘂添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山,明月三五夜,對芳顏。

溫庭筠

巻一43南歌子七首其六轉眄如波眼,娉婷似柳腰,花裏暗相招。憶君腸欲斷,恨春宵。

溫庭筠

巻一44南歌子七首其七懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙,羅帳罷鑪燻。近來心更切,為思君。

張泌

巻四48南歌子三首其一柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

張泌

巻四49南歌子三首其二岸柳拖煙綠,庭花照日紅。數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空

張泌

巻四50南歌子三首其三錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

毛熙震

《巻九48南歌子二首其一》  遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。深院堂人靜,理銀箏。鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。楊柳杏花時節,幾多情

毛熙震

《巻九49南歌子二首其二》  惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,衣香。暗想為雲女,應憐傅粉郎。來輕出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

 

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毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

(現代語訳)

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

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(訳注)

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

8 江南に高貴な子女として生まれ、美しく育てられ、妃嬪の地位に召されたものの全く接触がなく、この立場に置かれたままな生活は死ぬほどつらいものであった。その不運な人生を恨みぬいていた。ある日寵愛を受け始めると、今までのことがすべてなかったことのように思われ、すべてよそごとになって行ってが、しかし寵愛を失うのは早く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸したふるまいをするようになり、何時しか宮殿から姿を消したのである。

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

 

9 『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調五十六字十句、前段二十八字三平韻、後段二十八字三平韻、5⑤❼6③/5⑤❼6③の詞形をとる。

惹恨還添恨  牽腸即斷
凝情不語一枝  獨映畫簾閑立 繡衣

 暗想為雲女 應憐傅粉

晚來輕步出閨房 髻慢釵橫無力  縱猖

●●○○●  △○●●○

△○△●●○○  ●●●○○● ●△○

●●○○● △○△●○

●△△●●○○ ●●○△○●  △○△

 

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

 

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

 

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

10 傅粉郎 何晏は色白の美男子で、余りの白さに魏明帝は白粉を付けているのかと疑われたが、夏の最中に熱湯の餅を食べさせた。食後大汗をかいたので朱衣で顔をふいたところ、色白の顔はいよいよ白く輝いた。『世説新語』(巻下・容止第一四・2)である。この故事はよく知られ、顔には常に白粉を粉飾し(本当に真っ白な肌だったとも)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にそれに「うっとり」としていたという。歩く際にも、己の影の形を気にしつつ歩んだと伝えられている。また、夏侯玄や司馬師と親しくし、優れた評価を与える一方で、自分自身のことは神に等しい存在だと準えていたという(『魏氏春秋』)

 

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

11 猖狂 荒々しく常軌を逸した振る舞いをすること。

17 毛熙震《巻九48南歌子二首其一》『花間集』450全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7514

毛熙震  南歌子二首其一

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。深院晚堂人靜,理銀箏。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。楊柳杏花時節,幾多情?

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)  遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。 

《花間集》450巻九48

南歌子二首其一

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7514

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

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妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 

花間集 教坊曲 《南歌子》 十三首

溫庭筠

巻一38南歌子七首其一手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

溫庭筠

巻一39南歌子七首其二似帶如絲柳,團蘇握雪花。簾捲玉鈎斜,九衢塵欲暮,逐香車。

溫庭筠

巻一40南歌子七首其三窩墮低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思,為君憔悴盡,百花時。

溫庭筠

巻一41南歌子七首其四臉上金霞細,眉間翠鈿深。欹枕覆鴛衾,隔簾鶯百囀,感君心。

溫庭筠

巻一42南歌子七首其五撲蘂添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山,明月三五夜,對芳顏。

溫庭筠

巻一43南歌子七首其六轉眄如波眼,娉婷似柳腰,花裏暗相招。憶君腸欲斷,恨春宵。

溫庭筠

巻一44南歌子七首其七懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙,羅帳罷鑪燻。近來心更切,為思君。

張泌

巻四48南歌子三首其一柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

張泌

巻四49南歌子三首其二岸柳拖煙綠,庭花照日紅。數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空

張泌

巻四50南歌子三首其三錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

毛熙震

《巻九48南歌子二首其一》  遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。深院堂人靜,理銀箏。鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。楊柳杏花時節,幾多情

毛熙震

《巻九49南歌子二首其二》  惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,衣香。暗想為雲女,應憐傅粉郎。來輕出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

 

溫庭筠『花間集』巻九《南歌子七首其一》

手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。

眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

●●○○●  ○○●●○

○●●○△  △△△●△ ●○○

単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

 

張泌『花間集』巻九《南歌子三首 其一》

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

●●○○●  ○○●●○

●○○●●△△  ○△●△○● ●○○

単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。

 

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

紅梅202
 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其一

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

深院晚堂人靜,理銀箏。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

楊柳杏花時節,幾多情?

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

(現代語訳)

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

大明宮の圖003
tsuki001
 

 

(訳注)

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

1 妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。

 

2 構成 双調五十六字十句、前段二十八字二平韻二仄韻、前段二十八字三平韻一仄韻、5⑤❼❻③/⑤⑤❼6③の詞形をとる。

遠山愁黛碧  橫波慢臉
膩香紅玉茜羅  深院晚堂人靜 理銀

鬢動行雲影 裙遮點屐

嬌羞愛問曲中 楊柳杏花時節  幾多

●○○●●  △○●△○

●○○●●○△  △△●○○● ●○○

●●△○● ○○●●○

△○●●●△○ ○●●○○●  △○○

 

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

3 慢 1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

4 膩 常侍の際に汗と脂が枕に染みついている様子をいう。

 

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

5 深院 奥庭。中庭。院とは、塀や建物で囲まれた中庭。中国の伝統的な御殿。

6 箏 一般にことと呼ばれ、「琴」の字を当てられるが、正しくは「箏」であり、「琴(きん)」は本来別の楽器である。最大の違いは、箏では柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴(きん)では柱が無いことである。

 

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

7 屐 。(1) 木靴木屐木靴,下駄.(2) 靴屐履はきもの.

 

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。
興慶宮沈香亭
 

17 毛熙震《巻九47清平樂》 春》『花間集』449全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509

毛熙震  清平樂

春光欲暮,寂寞閑庭粉蝶雙雙穿檻舞,簾捲晚天疎雨。

含愁獨倚閨幃,玉鑪煙斷香微。正是銷魂時節,東風滿樹花飛。

(幾年も春を迎え、過ぎたことだろう、妃嬪はこの春も待つだけの生活をすると詠う)

もう何度目だろうか、この春の光景、季節のみならず、女の人さかりも過ぎてゆくのだろう、後宮の奥の静かでさびしい庭に面した締め切られた扉がある。

つがいの胡蝶は何処へでも飛んで行くが、手摺をくぐって飛んでいる。暮れかかって簾を巻き上げるとぱらぱらと雨が降っている。

この日もうれいを含んで、ただ一人で閨のとばりに身を寄せて過ごす、あのお方の好きなお香を焚いていたのが消えかかるが馨はほのかに漂っている。

もうどれだけこの侘しい日を過ごしたのだろうか、待つことに心が折れそうになる。それでもまた、春風が吹いてくると、妃嬪は木に一杯の花を見て、飛び散る花に希望をもって迎えるための日をすごすのである。

《花間集》449巻九47

清 平 樂

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7509

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

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