玉臺新詠 全十巻 訳注解説

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之   唐五代詞詩・花間集・玉臺新詠 中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。 5年以上のブログ連載。(魚玄機・薛濤・花間集)完掲載 現在《玉臺新詠》完全版連載中 予定(文選【詩篇】文選【賦篇 楚辞 詩經 ・・・・)

中国の韻文学には、古くは周代の詩があり、漢魏六朝には古詩と楽府かあり、唐代になって古詩に対して新しい近体の律詩、絶句がおこった。楽府がおとろえ新しく勃興したのが詞である。詞ははじめ、学詞ともよばれ、楽曲の歌詞をさしていうものであるが、それが流行するとともに、唐詩などと相ならんで、一つの韻文学として成立したのである。
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温庭筠の詞詩を約60首程度掲載の後、魚玄機50首程度連載し,薛濤約百首、韋莊五十首
森鴎外小説 『魚玄機』 彼女の詩を冷静に、客観的に分析 過去の女性蔑視の見方を排除して解釈 訳註解説
現在、『花間集』全詩500首、全首連載が終了した。いま、500首全首、見直し、改訂版Ver.2.1として、根本的に語訳、注釈をやり直して掲載しています。出来るだけ(改訂版Ver.2.1)と記している詩を読まれることを薦めます。
現在 玉臺新詠 訳注解説連載中
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2016年11月

玉-010-#2 古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7743

古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年11月30日

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-015-#1卷165_34-#1 少年行(卷六(一)四五八)(李白全集校注彙釋集評(二)九四八)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7739

 

 

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-28巻一16-#6 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7740

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75首

・李商隠詩 (2) 135首の61首

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首

index-2[800年~804年]27首

index-3 805年陽山から江陵36首

index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首

 

 

index-5 806年39歳(2)25首

index-6 807~809年 20首

index-7[810年~811年 44歳] 34首

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index-9[815年~816年 49歳57首

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首

index-12 820年 國子祭酒18首

index-13 821年~822年 22首

index-14 57歳・病気のため退職。没す14首

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-29 喜觀即到復題短篇二首其二 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一八)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7735

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53首

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66首

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首

杜甫詩(11)762年蜀中転々43首

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一23 (30)回目温庭筠 《酒泉子四首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7742 (11/30)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

Ⅴ.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-010-#2 古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7743

 

 

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-010-#2 古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7743

浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。 だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。

 

 

 

 

古樂府六首

 

 

古樂府六首其一 日出二東南隅行 (日は東南の隅に出づるの行)

陌上桑行 〔艶歌羅敷行、日出東南隅行〕

(邯鄲(河北省)の人、秦氏に羅敷という娘があった。それが邑人王仁の妻となった。がある時路傍で桑摘みをしていると趙王が台の上から見てよろこび、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は箏をひき「陌上桑」の歌をうたって自らを明らかにしたので、趙王は思い止った)

1

日出東南隅、照我秦氏樓。

東南の隅から出た朝日が昇る晩春のことである。そして、日は、わが秦氏の高殿を照らしている。
秦氏有好女、自言名羅敷。

その秦氏には誰からも好まれる美しいむすめがいる。その名を自ら羅敷と名乗っている。
羅敷善蚕桑、採桑城南隅。

羅敷は養蚕が上手で、城郭の南隅の桑畑で成長した桑の葉を摘みとる。

靑絲爲籠繩、桂枝爲籠鈎。

その時の彼女のいでたちは、青い糸を籠のひもにし、桂の枝を寵のさげ柄にしている。

頭上倭隨髻、耳中明月珠。

頭の上には倭墮のまげをむすびのこりの髪をその下に垂れている。耳には明月の珠をかざっている。


#1
古樂府六首其一(日は東南の隅に出づるの行)

日は東南隅に出でて、我が案氏の樓を照らす。
秦氏に好女有り、自ら名つけて羅敦と為す。
羅敷荒桑を善くし、桑を城の南隅に探る。
青緑をは籠系と為し、桂枝をば寵鈎と為す。
頭上には倭堕の磐、耳中には明月の珠。

2

緗綺為下裙,紫綺為上襦。浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。

行者見羅敷,下擔捋髭須。だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。

少年見羅敷,帽著頭。若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。耕者忘其犁,鋤者忘其鋤。
田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。

來歸相怨怒,但坐觀羅敷。

だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。

#2
純綿を下裾と為し、紫緒を上宿と為す。
行く者は羅敦を見て、標を下して髭麦を括り、
少年は羅敷を見て、帽を睨して略頭を著はす、
耕す者は其の梁を忘れ、鋤く者は其の鋤を忘る。
来り節って相怨怒するは、但羅数を観るに坐するのみ。
3

使君從南來、五馬立踟躕。使君遣吏徃、問此誰家姝。

荅云秦氏女、且言名羅敷。羅敷年幾何、二十尚未滿。

十五頗有餘、使君謝羅敷。寧可共載不。

4

羅敷前置辭、使君一何愚。使君自有婦、羅敷自有夫。

東方千餘騎、夫壻居上頭。何以識夫壻、白馬從驪駒。

素絲繫馬尾、黃金絡馬頭。腰間鹿慮劒、可直千萬餘。

5

十五府小吏、二十朝大夫。三十侍中郎、四十專城居。

爲人潔白晢、髯髯頗有鬚。盈盈公府歩、冉冉府中趨。

坐中數千人、皆言夫壻殊。

 

#3
使君南より来り、五馬立って蜘踊す。
使君束をして徒かしめ、間ふ 「是れ誰が家の妹ぞ」 と。
「秦氏に好女有り、自ら名いうて羅数と為す」。
「羅敷は年幾何ぞ」。
「二十には筒は足らず、十五頗る飴り有り」 と。
使君羅敦に謝す、「寧ろ共に載る可きゃ不」 と。
#4
羅敷前んで詞を致す、「使君一に何ぞ愚なる。
使君自ら婦有り、羅敷は自ら夫有り。
東方の千絵騎、夫巧は上頭に居る。
何を用てか夫靖を識る、白馬磯駒を徒へ、
青練を馬屋に繋け、黄金を番頭に絡ふ。
#5
腰中の鹿底の鉱は、千萬徐に値す可し。
十五に心て府の小史、二十にして朝の大夫。
三十にして侍中部、四十にして城を専らにして居る。
人と為り潔自習、孝養として頗る裏有り。
盈盈として公府に歩み、再再として府中に趨る。
坐中の数千人、皆言ふ 『夫巧は殊なり』 と。

 

 

 

《玉臺新詠集古樂府六首其一》現代語訳と訳註解説
(
本文)

古樂府六首其一  〔日出東南隅行〕

2

綠綺爲下裳、紫綺爲上襦。

觀者見羅敷、下檐捋髭鬚。

少年見羅敷、巾着頭。

耕者忘其耕、鋤者忘其鋤。

來歸自相喜、但坐觀羅敷。


(下し文)
古樂府六首其一(日は東南の隅に出づるの行)#2

純綿を下裾と為し、紫緒を上宿と為す。

行く者は羅敦を見て、標を下して髭麦を括り、

少年は羅敷を見て、帽を睨して略頭を著はす、

耕す者は其の梁を忘れ、鋤く者は其の鋤を忘る。

来り節って相怨怒するは、但羅数を観るに坐するのみ。


(現代語訳)
浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。
だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。
若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。
田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。 
だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。


(訳注)
古樂府六首其一〔日出東南隅行〕#2

(邯鄲(河北省)の人、秦氏に羅敷という娘があった。それが邑人王仁の妻となった。がある時路傍で桑摘みをしていると趙王が台の上から見てよろこび、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は箏をひき「陌上桑」の歌をうたって自らを明らかにしたので、趙王は思い止った)

1. 題意 (陌上桑 公道のほとりの桑畑を舞台にして、為政者の横暴に対して行動する。かしこいじょうせいについてのべる。別の題名を「艶歌羅敷行」ともいい、他の詩題の「陌」「桑」 桑田の中の路のほとり、東西に通ずるのを陌といい、中国の地形的に幹線道路を意味し、為政者の五頭立ての馬車を意識させる。南北を阡肝という。

 

緗綺為下裙,紫綺為上襦。
浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。
10. 緗綺 緗は、浅黄色。綺は綾の古名で,単色の紋織物をさす。中国では古く戦国時代にすでに〈綺〉の名称があり,《戦国策》鮑彪の注には〈綺は文様のある繒(かとり,上質の平絹)〉とある。また《漢書》地理志の顔師古の注に〈綺は今日いう細かい綾〉とあり,元の《六書故》に,綺は彩糸で文様を織りだした錦に対し,単色で文様をあらわした織物であることが記されている。現存する作例,例えば馬王堆1号漢墓その他の出土例から古代の綺の特色を見ると,ほとんどが平地の経の浮紋織,あるいは平地の経綾の紋織になっている。
11.
 上襦 襦は短い上衣、袖無しの羽織。


行者見羅敷,下擔捋髭須。
だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。
12. 擔 肩にになった荷物。
13.
 髭須 口ひげと頬ひげ。


少年見羅敷,帽著頭。
若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。
14.  元服をして結ぶ髻を巾で包む。
かしらつつみ。また単に帽の下にかぶる頭巾の一種ともいう。これを取って髪を見せるのは一人前の男らしく気取って見せる。


耕者忘其犁,鋤者忘其鋤。
田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。 
15. 犁・鋤 犁はからすき、柄の曲がったもの、鋤は柄のまっすぐなもの。


來歸相怨怒,但坐觀羅敷。
だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。
16. 怨怒 妻は夫が羅敷に見とれて仕事を怠ったことを怨み、夫は妻が羅敷ほどの美しさのないことを怒る。
17.
 
但坐 そのおかげ、原因になることをいう。

玉-010-#1 古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7737

古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161129

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#3卷161_5-#3【字解集】 古風五十九首之五(卷二(一)一○二) 「太白何蒼蒼」詩 紀頌之7733

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-3 805年陽山から江陵36

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index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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花間集 訳注解説 巻一22 (29)回目温庭筠 《歸國遙二首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7736 (11/29)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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-010-#1 古樂府詩六首其一 -#1日出二東南隅行〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7737

(邯鄲(河北省)の人、秦氏に羅敷という娘があった。それが邑人王仁の妻となった。がある時路傍で桑摘みをしていると趙王が台の上から見てよろこび、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は箏をひき「陌上桑」の歌をうたって自らを明らかにしたので、趙王は思い止った)

東南の隅から出た朝日が昇る晩春のことである。そして、日は、わが秦氏の高殿を照らしている。その秦氏には誰からも好まれる美しいむすめがいる。その名を自ら羅敷と名乗っている。羅敷は養蚕が上手で、城郭の南隅の桑畑で成長した桑の葉を摘みとる。その時の彼女のいでたちは、青い糸を籠のひもにし、桂の枝を寵のさげ柄にしている。頭の上には倭墮のまげをむすびのこりの髪をその下に垂れている。耳には明月の珠をかざっている。

 

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一

 

 

古楽府は古典文学作品名である。 中国古典詩の一形式。唐代に白居易らによってつくられた新楽府に対して,六朝時代以前につくられた古い楽府をいう。

楽府(がふ)とは、漢詩の一形式で、古体詩の一種。その文体を楽府体(がふたい)ともいう。

前漢の時、民間歌謡の採集のため楽府という音楽官署(音楽取調所)が設立されたが、楽府において集められた歌謡そのものをさす言葉となった。以後、民間歌謡全般を楽府と称することがあり、宋元の詞や曲も楽府と呼ばれることがあった。文学史上のいわゆる楽府の形式は晋代以降に呼ばれるようになったもので、漢魏の古曲に基づく楽府を楽府古辞、六朝時代の民間歌謡にもとづくものを楽府民歌といい、これらを古楽府という。唐代になると古楽府はほとんど演奏されなくなり、古楽府の形式に沿って作られたりし、朗読される詩歌となっていった。また中唐以降になると、白居易を始めとして新しい題(新題)を創始して楽府が作られるようになり、これを新楽府という。

北宋の郭茂倩の『楽府詩集』では漢から唐に至るまでの歌謡、または文人がその題(古題)を借りて創作したり、その体裁を模倣して作った歌詞、新楽府が収録されている。

 

玉臺新詠の古樂府六首について、楽府はもと音楽取調所というべき官署の名称である。然るにこれが文学作品の特称となったのは漢代武帝以後のことに属する。武帝は音楽好きの天子で、楽人李延年を重用し、外国音楽をも採り入れ、多くの新しい歌曲を作って歌わせた。楽府の新体詩はかくして完成し、以後両漢を経て六朝以後まで流行するに至った。そして楽府は歌うものであるためにおのずから抑揚頓挫を貴び、節奏変化を要した。従って長短旬を用いたが、後世となるにつれて五言句が多くなった。毎篇の命題に歌・行・引・曲・吟・辞などの文字を附しているが必ずしも体裁上の差別ではない。その内容も一様ではなく、恋愛詩はもとより多いが、悲観的な人生観、家庭の経済苦、戦争の痛苦などを訴えたものがあり、民間無名氏の作に民衆の声が反映し、時代の世相がうかがわれる。

楽府の流れからやがて五言詩が生まれ、続いて七言詩が生じ、ここに吟詠の詩と楽器にかけて唱う詩とが区別されることとなった。  

「古樂府六首」は、古代の楽府体の詩、六首採ったものである。いずれも夫婦間のことをのべた叙事詩である。

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-014-#2卷161_5-#2 「太白何蒼蒼」詩(古風五十九首之五)(卷二(一)一○二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7727

 

 

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曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

【字解集】寄從孫崇簡・江雨有懷鄭典設・熟食日示宗文宗武・又示兩兒・情見乎詞

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一21 (28)回目温庭筠 《歸國遙二首其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7730 (11/28)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

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玉臺新詠 巻一 古詩八首 【字解】

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1. 離縁された妻が、前の夫と出逢うて、互いに問答を交わす詩である。詩題は原本には無いが、今便宜上、「其一」・「其二」・・・を附した。以下本書の各篇についても概ねこの例に従う。 

素朴にして淡々とした歌いぶりは、『詩経』の「国風」を思わせる。古詩の妙作と称するに足ろう。

上山採蘼  下山逢故
長跪問故  新人復何
新人雖言好  未若故人
顏色類相似  手爪不相
新人從門入  故人從閤
新人工織縑  故人工織
織縑日一匹  織素五丈
將縑來比  新人不如

●○●△○  ●○○●○

△●●●○  ○○●△△

○○○○●  ●△●○○

○●●△●  ●●△△△

○○△○●  ●○△●●

○○○●○  ●○○●●

●○●●●  ●●●●○

△○△△●  ○○△△●

 

2. 蘼蕪 等窮(相談)の若い苗、かおりぐさともいう。薬草にして芳香がある。

3. 長脆 両膝をつく敬礼のさま。

4. 妹 よめ。女として比べれば若くて美好、みめうるわしいこと。男が女を親しんで言う語。(主に妻にいう)

5. 手爪 手や爪のわざ、手工(てわざ)。織物、刺繍、など手芸。

6. 閤 ねやの小門。

7.   合わせた綿糸で固く織った絹。かとり絹。古代絹織物の名称で、固織り(かたおり)の転訛(てんか)ともいわれています。平織りで、細く、かたく織った布。

8. 素 白絹。1 染めてない絹。白絹。「素絹/縑素 (けんそ) 2 白い。白。「素衣・素雪/緇素 (しそ) 3 生地のままで手を加えてない。飾りけがない。

縑・は、両者とも、古代の税である。古代の税制において,成年男子に課せられた強制労働など様々に税はかせられた。歳役(さいえき)(正役)と雑徭(ぞうよう)とあり,歳役は一般には庸で物納されたので,実役である雑徭だけをさす場合もあり,徭役という用語は強制労働の実役をさすことに重点があった。身体障害者(残疾)や父母の喪中の人に対して徭役を免除するという律令の規定も,実役を免除することに主眼があったと考えられる。なお徭役という言葉は,いわゆる徭役労働一般の意味でも用いられており,古代では,歳役や雑徭のほかに,地方の里から交替に2人ずつ中央に徴発されて雑役に従事する仕丁や,功食は支給されるが官によって強制的に雇傭される雇役(こえき)などがあり,兵士も実際には徭役の一種と観念されていた。

9. 一匹 布帛の幅二尺二寸、長さ四丈あるものを一匹と称した。

10. 『文選』では「古詩十九首」中の第十六首にあたる。女性が作ったものではなく、男性が留守宅を守る女性が思うとしたらこうであろうとしたもの。

懍懍云暮  螻蛄多鳴
凉風率已厲  
子寒無
錦衾遺洛浦  同袍與我
獨宿累長夜  夢想見容
良人唯古歡  枉駕惠前
願得常巧笑  携手同車
來不須臾  又不
諒無晨風翼  焉得凌風
以適意  引領遥相
徙倚懷感傷  垂涕沾雙

●●●○●  ○○○○○

○△●●●  ?●○○△

●○△●●  ○○△●○

●●●△●  △●●○○

○○△●○  ●●●○○

●●○●●  ○●○○○

●△△○△  ●△●△○

●○○△●  ○●○△○

●?●●●  ●●○△○

●△○●△  ○●△○○

11凛凛 寒気が皮膚を刺戟し、鳥肌になる様子。刺戟する寒さのさま。
12
螻蛄 けらの類。寒吟虫。

13. 洛浦 洛水の入江、神女容妃のいる所。容妃は伏義の女で、洛水に溺死してその女神となったという。洛浦の地を詩に登場の女のいる所とたとえとし、容妃を女に比していう。
14.
 同袍 一つどてらを着る仲、袍はわたいれ、また長い下着にもいう。《詩經・秦風》「豈曰無衣,與子同袍。王于興師,修我戈矛,與子同仇。」
(豈に衣 無しと曰ひ,子【し】と袍【はう】を 同じうせんや。王 于【ゆ】きて 師【いくさ】を 興こさば,我が戈矛【くゎぼう】を修め,子(し)と仇を同じうせん。)窮迫した生活で袖を共同するような朋友を意味する語であるが、ここは夫婦の情交の意。

15. 長夜 出征の夫は、国境の極寒の地におり、夜が長くなるにつれ、冬になるのを心配する。

16. 柾駕 車の道を曲げる、わざわざ来訪する意。
17.
 前綏 綏は草に乗る時につかまるためのつりひも。礼記に初婚の際、靖が婦のために車を駕し、綏を授けるということがある。そこでこれを単に事前上車の素と解する説と、前句の古歓を新婚当初の歓びと見て、前鮫も前に花嫁の日、夫に手渡された紋と解する説とある。

18. 巧笑 にこにこした笑顔。

19. 重闈 闈は閏の小門、門を幾つもはいった奥の内室の意。

20. 晨風 はやぶさの額。詩経・秦風中の篇名。秦の康公が賢臣を棄てたのをそしった詩。


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玉-022 古詩八首其八 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7725

古詩八首其八 無名氏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-25巻一16-#3 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7722

 

 

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806年-31 巻二 16-#9送文暢師北遊  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7758

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

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index-9[815年~816年 49歳57

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

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index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-026 情見乎詞(得舍弟觀書自中都已達江陵) 杜詩詳注 卷一八(四)一六一六 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7652

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

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・玉臺新詠

玉-022 古詩八首其八 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7725

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

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-022 古詩八首其八 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7725

(はるかに遠行している恋人を懐い、信約を全うしたいという思婦の情を叙べたもの。)

おだやかな清風がふいてくることで帰還の季節を迎えようとする、それがやってきて、私のうすぎぬのもすそを吹きゆらす。あの方の青色の上着は、あたりの春草の色にも似て居り、その草の長い茎は風のまにまにのびている。私は朝になれば、渡し場の太鼓橋の山のように高くなったところに登り、船が入港するのを眺め、裾が風になびいてもきにしないで、わたしの思う人がいるだろうとおもう方を眺めやる。あの方が尾生のように女を待ち合わせして大水のために柱を抱いたまま死んだという信義を堅く守り、あの太陽のよう明らかに約束を果たして下さることが何とかしてできないものであろうか。

 

 

 

玉臺新詠タイトル002

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                  55

巻一-12  其四        艶歌行                                    57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                           〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                      〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                                     〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                      〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                      〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                                     〔宋 子侯〕             80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                                     〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                    〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106


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玉-021 古詩八首其七 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7719

古詩八首其七 無名氏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅰ李白詩

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

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楚辞・九歌》東君

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-24巻一16-#2 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7716

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-025 又示兩兒 杜詩詳注 卷一八(四)一六一五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7647

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一20 (26)回目温庭筠 《更漏子六首其六》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7718 (11/26)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-021 古詩八首其七 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7719

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

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-021 古詩八首其七 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7719

(親友と別れるに際し、別れたその先に親しい人ができても旧交の私を忘れて下さるなと述べた詩、〔歌の主は男・女いずれでも通ずる。〕

親友と別れるという事になり、とても悲しい、だけど、その思いを外に出すこともできないでふさいでしまって、ものを言うこともしなくなる。ただお体を大切にとの言葉をお贈りするだけで、行く先の道のりは遠いことですから、これからさきにお目にかかることは難しいことになるのでしょうね。人生は短くて、どれほどの時間もないのだし、その間にはまた思わぬつまずきもあり、不幸になったりするものだし、だから私の身などどうなることかわからないもの。思えばあなたは、私を棄てて去って行って、行く先で新しい気持ちに触れることなり、嬉しい思いを寄せられる場所ができたに違いない。だから、青空の雲のような高い地位にのぼっていただき、その時はわたしの思いを呼び起こして、交友を結びたいとおもい、そうであれば、またいつ私のところにかえってこられてもお迎えできると思っています。

 

玉臺新詠タイトル002

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                  55

巻一-12  其四        艶歌行                                    57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                           〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                      〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                                     〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                      〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                      〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                                     〔宋 子侯〕             80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                                     〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                    〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106

 

 

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玉-020-#2 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7713

古詩八首其六 無名氏


 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161125

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-013-#5卷162_11-#5 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7709

 

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-23巻一16-#1 送文暢師北遊Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7710

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-25 熟食日示宗文宗武 杜詩詳注(卷一八(四)一六一五)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7711

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 巻一19 (25)回目温庭筠 《更漏子六首其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7712 (11/25)

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-020-#2 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7713

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

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花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

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-020-#2 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7713

#2

誰がこの素晴らしい、名器を作ったのであろうか。きっとそれは公輸子や魯班のような名工であるのに違いはあるまい。その鑪では、朱い火はその中に燃えていて、外側の青い煙がその間から吹きあがってくるのである。そして、お香のかおりがうまく起こる風につれて皆さまの懐にはいってきますと、一座の皆さまは感嘆し、よい香りだとおほめにならないお方はありません。しかし皆さまはいつまでもこの香風のもとに長居するわけにはゆきますまい。それは空しく青草をそこなわしめることになりましょう。人の心も同様に変わりやすいものなのです。

 

 

玉臺新詠タイトル002

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                  55

巻一-12  其四        艶歌行                                    57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                           〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                      〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                                     〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                      〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                      〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                                     〔宋 子侯〕             80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                                     〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                    〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一 古詩其六

 

 

 

 

 

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玉-020-#1 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7707

古詩八首其六 無名氏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161124

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744-013-#4162_11-#4 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7697

 

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

 

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

 

 

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806-22 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7693

 

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

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757-24 江雨有懷鄭典設 杜詩詳注(卷一八(四)一六一四)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7705

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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花間集 巻一 (27)回目温庭筠 《更漏子六首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7724 (11/27)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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-020-#1 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7707

 

 

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玉集-01 古詩八首 【字解集】  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7731

 

 

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-020-#1 古詩八首其六 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7707

(名工の手に成る香鐙について述べ、それから発する香煙は誰にも喜ばれるであろうが、しかし、同時に、その香炉の中で炊き損なわれる香草のことも思わねばならぬと附言した)

一座の皆さま、しばらくお静かにされたい、お願いなのは、どうぞ私が一言歌うのを聴いて頂きたいということである。

名工の手に成る銅の香鑪についてお話し申しあげることとする。その香鑪は終南山のように高く聾えている。

上の枝は松や柏に似せていて、その木の下の根は銅の基盤に拠っている。

彫刻の紋様はそれぞれ趣を異にし、互いにもつれあって連なっている。

 

玉臺新詠タイトル002

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                  55

巻一-12  其四        艶歌行                                    57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                           〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                      〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                                     〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                      〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                      〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                                     〔宋 子侯〕             80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                                     〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                    〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106


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玉-019 古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7701

古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首)

 

 

 

20161123

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013-#3卷162_11-#3 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7691

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-22 巻一 15-#5 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7692

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

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index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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index-13 821年~822年 22

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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花間集 訳注解説 巻一17 (23)回目温庭筠 《更漏子六首其三》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7700 (11/23)

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉-019 古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7701

 

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-019 古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7701

(古詩八首其の五)(留守居の妻が遠方、旅先の夫からあやぎぬの贈り物を受けて、思慕の情を寄せたのである。)

遠方から訪ねて来た客が、忘れられたわたしに一反のあやぎぬを届けてくれました。それは、夫からの届け物で、別れて出征して、万里以上も隔たってしまったのに、あの人のわたしへの心は昔のままでかわっていない心のこもったものと受け止めた。というのも、この布地の織り模様は番いの鴛鴦であり、これを共寝の夜着に仕立てようとおもう。夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるのだ。古代から言われているようにニカワを漆の中に入れ込んだら、もう誰でも引き離すことはできないのであって、夫婦仲もそれと同じで、きっと早く帰ってくれると思う。

 

玉臺新詠タイトル002

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                  55

巻一-12  其四        艶歌行                                    57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                           〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                      〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                                     〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                      〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                      〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                                     〔宋 子侯〕             80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                                     〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                    〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一 古詩其四

 

 

 

 

古詩八首其五

(留守居の妻が遠方、旅先の夫からあやぎぬの贈り物を受けて、思慕の情を寄せたのである。)

客從遠方來,遺我一端綺。
それは、夫からの届け物で、別れて出征して、万里以上も隔たってしまったのに、あの人のわたしへの心は昔のままでかわっていない心のこもったものと受け止めた。

相去萬餘里,故人心尚爾。
というのも、この布地の織り模様は番いの鴛鴦であり、これを共寝の夜着に仕立てようとおもう。
文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。
この布地の織り模様は番いの鴛鴦であり、これを共寝の夜着に仕立てようとおもう。
著以長相思,緣以結不解。
夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるのだ。
以膠投漆中,誰能別離此?

古代から言われているようにニカワを漆の中に入れ込んだら、もう誰でも引き離すことはできないのであって、夫婦仲もそれと同じで、きっと早く帰ってくれると思う。

 

 

巫山十二峰003

(古詩八首其の五)
客遠方より乗り、我に一端の綺を遣る。
相去ること萬餘里なるも、故人の心 尚ほ爾り。
文彩は雙鴛鴦、裁ちて合歓の被と為す。
著するに長相思を以てし、縁とるに結不解を以てす。
膠を以て漆中に投ぜば、誰か能く此を別離せん。



《玉臺新詠集古詩八首其五》 現代語訳と訳註解説
 (本文) 

古詩八首其の五

客從遠方來,遺我一端綺。
相去萬餘里,故人心尚爾。
文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。
著以長相思,緣以結不解。
以膠投漆中,誰能別離此?


(下し文)
(古詩八首其の五)
客遠方より乗り、我に一端の綺を遣る。
相去ること萬餘里なるも、故人の心 尚ほ爾り。
文彩は雙鴛鴦、裁ちて合歓の被と為す。
著するに長相思を以てし、縁とるに結不解を以てす。
膠を以て漆中に投ぜば、誰か能く此を別離せん。


(現代語訳)

(古詩八首其の五)(留守居の妻が遠方、旅先の夫からあやぎぬの贈り物を受けて、思慕の情を寄せたのである。)

遠方から訪ねて来た客が、忘れられたわたしに一反のあやぎぬを届けてくれました。
それは、夫からの届け物で、別れて出征して、万里以上も隔たってしまったのに、あの人のわたしへの心は昔のままでかわっていない心のこもったものと受け止めた。

というのも、この布地の織り模様は番いの鴛鴦であり、これを共寝の夜着に仕立てようとおもう。
夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるのだ。
古代から言われているようにニカワを漆の中に入れ込んだら、もう誰でも引き離すことはできないのであって、夫婦仲もそれと同じで、きっと早く帰ってくれると思う。


(訳注)
古詩八首其五

(留守居の妻が遠方、旅先の夫からあやぎぬの贈り物を受けて、思慕の情を寄せたのである。)

39. 古詩八首其五 古詩十九首第十八首、十七詩と同じ、留守居の妻が遠方、旅先の夫からあやぎぬの贈り物を受けて、思慕の情を寄せたのである。男性の目から見た詩である。この詩には、合歓被・長相恩・結不解・結同心などは漢語に特有な一種の語戯的な熟語で、古くから慣用されたものがちりばめられているのである。

 

客從遠方來,遺我一端綺。
遠方から訪ねて来た客が、忘れられたわたしに一反のあやぎぬを届けてくれました。
40. 一端 一反。周代の制では布帛一丈八尺を端といった。
41.
  文𥿻、あやぎぬ。


相去萬餘里,故人心尚爾。
それは、夫からの届け物で、別れて出征して、万里以上も隔たってしまったのに、あの人のわたしへの心は昔のままでかわっていない心のこもったものと受け止めた。


文彩雙鴛鴦,裁為合歡被。
というのも、この布地の織り模様は番いの鴛鴦であり、これを共寝の夜着に仕立てようとおもう。
42. 文彩 給の彩紋、織り模様。結同心の象徴である、鴛鴦の模様。
43.
 合歓被 夫妻同歓の夜具。二枚重ねに縫う。


著以長相思,緣以結不解。
夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるのだ。
44. 著 中に綿を詰める。
45.
 長相思 綿の縁語。綿綿と長く続く意をとる。
46.
  へりを飾る、ふちとる。
47.
 結不解 糸をかがってほどけぬようにすること。


以膠投漆中,誰能別離此?
古代から言われているようにニカワを漆の中に入れ込んだら、もう誰でも引き離すことはできないのであって、夫婦仲もそれと同じで、きっと早く帰ってくれると思う。

玉-018-#2 古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7695

古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首) 無名氏

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-013-#2卷162_11-#2 天馬歌(卷三(一)二三四)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7685

 

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744年-013-#6卷162_11 天馬歌 【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7715

 

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

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曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-21 巻一 15-#4 醉贈張祕書Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7686

 

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 巻一 15-#6 醉贈張祕書 【字解集】 7693

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

Ⅲ 杜詩詳注

まとめ22 暮春題瀼溪新賃草屋五首と住まいと夔州での農業 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7693

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

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花間集 訳注解説 巻一16 (22)回目温庭筠 《更漏子六首其二》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7694 (11/22)

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

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玉-018-#2 古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7695

 

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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(留守をまもる思婦が遠く旅先の夫からの音信を得たその情をうたう。男性の目から見たものに変わりはない。)
こうして辛い月日を過ごしたある日、遠方から訪ねて来た客が、わたしに一連の手紙を渡してくれた。夫からの便りで、始めの方には「いつまでも忘れぬ」とあり、文末の方には「もうすこしこの別れが久しくなる」と書いてあった。わたしはこの手紙を懐におさめて肌身離さず大切にし、三年たっても一字も消えてはいないのだ。心のなかにひとつあるのは夫を思う女心のいちいち、こまごまとした思いやり、それをあなたが察してくださらないことが心配でたまらないのです。

玉臺新詠タイトル002

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                  55

巻一-12  其四        艶歌行                                    57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                           〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                      〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                                     〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                      〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                      〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                                     〔宋 子侯〕             80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                                     〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                    〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一 古詩其四

 

 

 

 

古詩八首其四 古詩十九首之第十七首)

(留守をまもる思婦が遠く旅先の夫からの音信を得たその情をうたう。男性の目から見たものに変わりはない。)
孟冬寒氣至,北風何慘栗。
冬の初めというのに極寒の気がおとずれ来た、北風のなんとものすごくつめたいことであろうか。
愁多知夜長,仰觀眾星列。
愁いが鬱積して堪らないのに夜が長いのは身にしみるくるしさだ。見上げる空には多くの星かならんでいる。
三五明月滿,四五蟾兔缺。
月は三夜五夜と日々明るくなり、十五夜には満月になる、四夜五夜と蟾蜍に喰われ兔もいなくなり、二十日夜になると欠け月になる。
客從遠方來,遺我一書劄。
こうして辛い月日を過ごしたある日、遠方から訪ねて来た客が、わたしに一連の手紙を渡してくれた。
上言長相思,下言久離別。
夫からの便りで、始めの方には「いつまでも忘れぬ」とあり、文末の方には「もうすこしこの別れが久しくなる」と書いてあった。
置書懷袖中,三字不滅。
わたしはこの手紙を懐におさめて肌身離さず大切にし、三年たっても一字も消えてはいないのだ。
一心抱區區,懼君不識察。
心のなかにひとつあるのは夫を思う女心のこまごまとした思い、それをあなたが察してくださらないのかと心配でたまらないのです。

 

 

《玉臺新詠集古詩八首其四》 現代語訳と訳註解説
(
本文)
孟冬寒氣至  北風何慘慄

愁多知夜長  仰觀衆星列

三五明月滿  四五蟾兔缺

客從遠方來  遺我一書扎

上言長相思  下言久離

置書懷袖中  字不

一心抱區區  懼君不識察


(下し文)
#2

客遠方より来り、我に一書札を遣る。

上には長く相思ふと言ひ、下には久しく離別すると言ふ。

書を懐袖【かいしゅう】の中に置き、三歳なるも字滅せず。

一心に區區を抱き、君の識察せざらんことを憤る。


(現代語訳)
#2
(留守をまもる思婦が遠く旅先の夫からの音信を得たその情をうたう。男性の目から見たものに変わりはない。)
こうして辛い月日を過ごしたある日、遠方から訪ねて来た客が、わたしに一連の手紙を渡してくれた。
夫からの便りで、始めの方には「いつまでも忘れぬ」とあり、文末の方には「もうすこしこの別れが久しくなる」と書いてあった。

わたしはこの手紙を懐におさめて肌身離さず大切にし、三年たっても一字も消えてはいないのだ。

心のなかにひとつあるのは夫を思う女心のいちいち、こまごまとした思いやり、それをあなたが察してくださらないことが心配でたまらないのです。

(訳注)
#2
(留守をまもる思婦が遠く旅先の夫からの音信を得たその情をうたう。男性の目から見たものに変わりはない。)

客從遠方來,遺我一書劄。
こうして辛い月日を過ごしたある日、遠方から訪ねて来た客が、わたしに一連の手紙を渡してくれた。
36. 客従遠方来 「古楽府」飲馬長城窟行の「客従遠方来、遺我双鯉魚、呼児烹鯉魚、中有尺素書」(客遠方より来たり、我に双鯉魚を遺ル、児を呼んで鯉魚を烹んとすれば、中に尺素の書有り)に由来する。手紙のこと。「鯉魚尺素」の略。鯉の腹の中から白絹(=素)に書かれた手紙が出てきた故事による。


上言長相思,下言久離別。
夫からの便りで、始めの方には「いつまでも忘れぬ」とあり、文末の方には「もうすこしこの別れが久しくなる」と書いてあった。

37. 長相思 李白《相逢行》「願因三青鳥,更報長相思。」(願わくば三青鳥に因って,更に長相思を報ぜん。)李白《長相思》《長相思》Index-10李白詩 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5153

蘇伯玉妻《盤中詩》「結巾帶,長相思。」盤中詩 蘇伯玉妻 漢詩<141-#2>古詩源 巻二 女性詩579 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1554

久遠の辞、行人久寿戍、書を寄せて思うところをおくる。夜着の中には「長相思」の綿をつめて、縁のかざりは「結不解」のかがり糸にして、固く結んで解けぬ意をもたせるという女の気持ちを詠う。

二人で使う夜具には、つがいの鴛鴦の模様をいれ、中には「長相思」をつめ、「結不解」で綴じようというのである。「長相思」(長く相思う)とは、「綿々と続く想い」という意味で、「綿」を表し、「結不解」(結ばれて解けない)とは、お互いの絆の強さを表すとともに、具体的には夜具を縫う糸をいうのである。言葉遊びによる吉祥物がふんだんに読み込まれた、いわば吉祥詩ともいうべき作品である。


置書懷袖中,三字不滅。
わたしはこの手紙を懐におさめて肌身離さず大切にし、三年たっても一字も消えてはいないのだ。

38. 三字不滅 府兵制の兵役が基本3年であることに基づく。

府兵は折衝府において農閑期に訓練を受けるほか、一年に一~二ヶ月、衛士(えいし)として首都の防衛にあたった(番上という)。また府兵は在任中に三年間、防人として国境の鎮や戌で警備にあたった。府兵は折衝府の置かれた州(軍府州)の均田農民から徴発され、租庸調は免除されたが、武器・食料などは自弁とされた。折衝府の置かれていない州(非軍府州)もあったが、唐王朝は狭郷(耕地の少ない地方)から寛郷(耕地のゆとりある地方)への移住は認めたが、軍府州から非軍府州への移住は認めず、府兵の確保につとめた。しかし、周辺諸民族との戦争が続いたので、府兵となる農民負担は大きく、徴兵忌避が各地で起こっていた。唐の太宗は636年に中国全土平定のあとを受けて地方に兵部所管の折衝府を置き、兵力供給源と地方治安の中心とした。折衝府は全国でおよそ600前後あるが、その配置の中心は長安及び洛陽の周辺であった。各折衝府には千名程度の兵員が在駐し、長官の折衝都尉、次官の果毅都尉などが指揮した。それぞれの折衝府は首都の十二衛六率府に属していた。兵役の内容は次項の通り。府兵制は均田農民を徴発することで成り立っていたので、均田制が崩壊した8世紀の中頃には行われなくなり、749年に廃止され、兵士を募集する募兵制に移行していく。


一心抱區區,懼君不識察。
心のなかにひとつあるのは夫を思う女心のいちいち、こまごまとした思いやり、それをあなたが察してくださらないことが心配でたまらないのです。
38.
 区区 区は分かつこと。こまごま、くどくどなどの意。自己の愛情を謙遜していうもの。

玉-018-#1 古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7689

古詩八首其四

 

 

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

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杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

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玉-017-#2 古詩八首其三 (古詩十九首之第八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7683

古詩八首其三 (古詩十九首之第八首) 

 

 

 

 

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李白《月下獨酌四首》【字解集】

 

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揚雄 《甘泉賦》

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

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index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

757年-20 暮春題瀼溪新賃草屋五首其四 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六一二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7681

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

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花間集 訳注解説 巻一 (20)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 【字解集】》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7682 (11/20)

 

 

 

 

 

 

 

 

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玉-017-#2 古詩八首其三 (古詩十九首之第八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7683

 

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-017-#2 古詩八首其三 (古詩十九首之第八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7683

あなたを思うと身の老い衰えるような気持ちなる、お迎えの車が来るのがなんと遅いのであろうか。あの蕙や蘭の花も心痛めている、咲き出そうするのを内に秘めてあざやかな色を示している。その花をとらないままでときを過ごしている、まさにこのままでは秋草ともどもしぼんでしまうということです。あなたが高貴な節操で操を固く守っているなら、このわたしはいつまでもお待ちするだけどうしようもないのです。

 

 

 

 玉臺新詠 〔上〕 卷之一   

             古詩八首                                  39

巻一-1    其一        上山採二靡蕪                             39

巻一-2    其二        凛凛歳云暮                                40

巻一-3    其三        冉冉孤生竹                                42

巻一-4    其四        孟冬寒気至                                43

巻一-5    其五        客從遠方来                                44

巻一-6    其六        四坐且莫諠                                45

巻一-7    其七        悲與親友別                                47

巻一-8    其八        穆穆清風至                                48

                                                     

             古樂府詩六首                                          49

巻一-9    其一        日出二東南隅行                         49

巻一-10  其二        相逢狭路聞                                53

巻一-11  其三        障西行                                       55

巻一-12  其四        艶歌行                                      57

巻一-13  其五        瞳如二山上雪l                           58

巻一-14  其六        璧自鵠                                    60

                                                     

             雑詩九首                         〔枚乘〕     62

巻一-15  其一        西北有高樓                    〔枚乘〕      62

巻一-16  其二        東城高且長                    〔枚乘〕      64

巻一-17  其三        行行重行行                    〔枚乘〕      65

巻一-18  其四        渉江採芙蓉                    〔枚乘〕      67

巻一-19  其五        靑靑河畔草                    〔枚乘〕      68

巻一-20  其六        蘭若生春陽                    〔枚乘〕      69

巻一-21  其七        庭前有奇樹                    〔枚乘〕      70

巻一-22  其八        迢迢牽牛星                    〔枚乘〕      70

巻一-23  其九        明月何鮫餃                    〔枚乘〕      71

                                                     

巻一-24  歌詩一首井序                    〔李 延年〕             73

巻一-25  留別妻一首                       〔蘇  武〕              74

巻一-26  羽林郎詩一首                       〔辛 延年〕             76

巻一-27  怨詩一首井序                         〔班倢妤〕 78

巻一-28  董嬌饒一首                         〔宋 子侯〕           80

巻一-29  漢時童謡歌一首                          〔宋 子侯〕 82

巻一-30  同聾歌一首                        〔張  衡〕              83

             贈婦詩三首井序                  〔秦  嘉〕              85

巻一-31  其一        人生譬朝露                    〔秦  嘉〕  85

巻一-32  其二        皇霊私親                〔秦  嘉〕              87

巻一-33  其三        肅肅僕夫征                    〔秦  嘉〕  88

巻一-34  秦嘉妻答詩一首                   〔徐 淑〕  90

巻一-35  飲三馬長城窟一行一首             〔蔡 邑〕  91

巻一-36  飲二馬長城窟一行一首             〔陳 琳〕  93

巻一-37  室恩一首                            〔徐  幹〕              96

巻一-38  情詩一首                           〔徐  幹〕              101

巻一-39  定情詩一首                    〔繁  欽〕            102

巻一-40  古詩 爲焦仲卿妻作?                焦仲卿妻 106

 


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Ⅰ李白詩(李白詩校注)

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-017-#1 古詩八首其三 (古詩十九首之第八首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7677

(結婚の約束をしたままで迎えに来てくれない、待つ身の娘、遅いことに心を痛める娘心を詠う。結婚の遅いことに心を痛める娘心を詠う。)

すくっとしなやかに伸びてゆく一本の竹がある、泰山の入り組んだところに根を張っている。あなたとはじめて結婚することになるというのは、女蘿であるあなたに兔絲「ねなしかつら」のわたしがまつわりつくようなものです。この「ねなしかつら」には生える時節があります、夫婦の交じり合うにも適切な時期があるものだ。あなたとははるか千里も離れていて結婚をすることにした、はるばるとはなれている間はいくつもの山阪に隔てられている。

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一 其三

 

 

 

 

古詩八首

ここに「古詩」とあるのは古代の詩という意味で、作者も時代も共に不明の詩である。この中の四首は『文選』の「古詩十九首」と題した同じく無名氏の作中に収められているし、また梁の鐘嶸【しょうこう】の『詩品』には「古詩十九首」中の一篇をあげて、「去着日以疎四十五首云云」の語もあるのを見ると、当時既に古詩の輯本があったのかとも考えられるし、また明の馮惟訥【ふういとつ】の『詩紀』によると外にまた無名氏の古詩七首を加えることができる。これらを考え合わせると、以上の古詩には、時代の先後はあっても、恐らくはみな同類の作品であったかと思われる。

本書の編者がこの「古詩八首」を開巻第一に置いて、これを枚乗や蘇武の前に列したのは或いは前漢の作と見たのかも知れない。しかし五言古詩の成立期については、諸家の考証はあるが、未だ推定の諭を出ない今日、これを断定することはできない。

 

玉臺新詠タイトル002
 

玉臺新詠卷之一

  古詩八首

古詩八首其一

上山採蘼蕪、下山逢故夫。長跪問故夫、新人復何如。

新人雖言好、未若故人姝。顏色類相似、手爪不相如。

新人從門入、故人從閤去。新人工織縑、故人工織素。

織縑日一匹、織素五丈餘。將縑來比素、新人不如故。

離縁された妻が、前の夫と出会い、新しい嫁について語ってくれたことをうたう。)

私は山に香織くさなどの薬草採りに上ったが、山から下ると別れた元の夫に出逢うたのです。

礼を尽くして、ひざまずき、夫に尋ねたのです。「新しくもらった婦人とは、いかがでしょうか、どんな方ですか。」

夫は答えていうには、「新しい妻もよいということではあるが、前の女房の方が妻としてしっくりくるし、まだ及ばないね。」と。

つづいて、いう、「顔つきは大体似たようなものだが、織物、刺繍、など手業はとてもかなわいんだよ。」

#2

新嫁が門から入ってくると、旧嫁はうらの小門から出て行くという擦れ違いであったから、新しい嫁がどんな嫁かわからないだろう。

新嫁は縑を織るのがうまいが、旧嫁は素を織るのが上手であった。

新嫁の縑は一日に一匹織ることができるのであり、元嫁の素は五丈あまり織っていたのである。

だから、縑の織丈を素に比べてみると新嫁は旧嫁にとてもかなわないのである。」と。

その一(山に上りて靡蕪を採る)

山に上りて靡蕪を採る、山より下れば故夫に逢ふ。

長脆して故夫に問ふ、新人復た何如と。

新人好しと言ふと錐も、未だ若かず故人の妹なるに。

#2

顔色は類ね相似たり。手爪は相如かず。

新人門より入る。故人問より去る。

新人は練を織るに工なり。故人は素を織るに工なり。

棟を織るは日に一匹、素を織るは五丈飴。

古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首)

懍懍云暮、螻蛄多鳴悲。凉風率已厲、子寒無衣。

錦衾遺洛浦、同袍與我違。獨宿累長夜、夢想見容輝。

良人唯古歡、枉駕惠前綏。願得常巧笑、携手同車歸。

來不須臾、又不重闈。諒無晨風翼、焉得凌風飛。

以適意、引領遥相睎。徙倚懷感傷、垂涕沾雙扉。

りんりんするような寒さで、歳も暮れかかり、寒吟虫が夜悲しげに鳴く季節となった。

冷風が急にはげしく吹き初める時節になってしまったが、旅に出たままの夫は寒さにそなえた着がえを持っていないのである。

新婚当時は、わたしは洛浦の女神がきる錦の衾をおくられたものであったが、今は一つ褞袍をともにするという情愛ということがそむいてなくなってしまった。

ひとり寝のながながしい夜を随分重ねる間に、想いが夢になりあなたのすがたを見たのである。

夢の中の夫は、ただ昔の楽しさを思っているようで、わざわざ車を向けて私に「乗りなさい」と、取り綱を授けてくれたのです。

願うことはいつまでも笑顔で夫に向かいたいとおもいつづけたいものと、そして、ともに手を取り、同じ車で帰って来たのであった。
やかてこの家に来たと思ったらいきなり夢は破れて、夫はこの奥の閨にいないのである。
ほんとのところはやふさの翼をもっていないわたしだから、どうして風を凌いで、遠い旅先の夫の所へ飛んで行けるというのか。
かなたの空をかえり見て気をはらし、えりくびをさしのべて遙かに望んで見るだけのことなのだ。
こんな悲しみを胸にいだいて、そこにためらいとどまる、涙は左右の門扉までをぬらすほどなのだ。

その二(凛凛として歳云に暮る)

凛凛として歳云に暮れ、螻蛄【ろうこ】夕に鳴き悲しむ。

涼風 率【にわ】かに己に厲【はげ】しく、遊子寒くして衣無し。

錦衾【きんきん】洛浦【らくほ】に遣【おく】りしも、同抱我と違【たが】へり。

獨り宿して長夜を累【かさ】ね、夢に想うて容輝を見る。

良人古歡【こかん】を惟【おも】ひ、駕を枉【ま】げて前綏【ぜんすい】を恵まる。

#2

願はくは長く巧笑【こうしょう】するを得んと、手を携へ車を同じうして歸る。

既に来りて須臾【しゅゆ】ならず、又重闈【ちょうい】に盛らず。

亮【もこと】に晨風【しんふう】の翼無し、蔦【いずく】んぞ能く風を凌いで飛ばん。

眄睞【べんらい】以て意に適【かな】ひ、領【くび】を引いて遙かに相希【のぞ】む。

徒倚【しい】して感傷を懐【いだ】き、涕を垂れて雙扉【そうひ】を沾【うるお】す。

古詩八首其三 (古詩十九首之第八首)

冉冉孤生竹、結根泰山阿。與君爲新婚、菟絲附女蘿。

莵絲生有時、夫婦有宜。千里結婚、悠悠隔山陂。

思君令人老、軒車來何遲。傷彼蕙蘭花、含英揚光輝。

過時而不採、捋隨秋草萎。君亮報高節、賤妾亦何爲。

 

古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首)

孟冬寒氣至、北風何慘慄。愁多知夜長、仰觀衆星列。

三五明月滿、四五蟾兔缺。客從遠方來、遺我一書扎。

上言長相思、下言久離置書懷袖中、三字不

一心抱區區、懼君不識察。

 

古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首)

客從遠方來、遺我一端綺。相去萬餘里、故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦、裁爲合歡被。着以長相思、緣以結不解。

以膠投漆中、誰能離此。

 

古詩八首其六

四座且莫諠、願聽歌一言。請銅爐器、崔嵬象南山。

上枝似松柏、下根據銅盤。雕文各異類、離婁目相聨。

誰能爲此器、公輸與魯班。朱火然其中、靑烟颺其間。

從風入君懷、四座且莫歡。香風難久居、空令蕙草殘。

 

古詩八首其七

悲與親友氣結不能言。贈子以自愛、道遠難。

人生無幾時、顚沛在其間。念子棄我去、新心有所歡。

結志靑雲上、何時復來還。

 

古詩八首其八

穆穆清風至、吹我羅裳裾。靑袍似春草、長條隨夙舒。

朝登津梁山、褰裳望所思。安得抱柱信、皎日以爲期。

 

 

古詩八首其三 (古詩十九首之第八首)

(結婚の約束をしたままで迎えに来てくれない、待つ身の娘、遅いことに心を痛める娘心を詠う。結婚の遅いことに心を痛める娘心を詠う。)

冉冉孤生竹、結根泰山阿。

すくっとしなやかに伸びてゆく一本の竹がある、泰山の入り組んだところに根を張っている。

與君爲新婚、菟絲附女蘿。

あなたとはじめて結婚することになるというのは、女蘿であるあなたに兔絲「ねなしかつら」のわたしがまつわりつくようなものです。

莵絲生有時、夫婦有宜。

この「ねなしかつら」には生える時節があります、夫婦の交じり合うにも適切な時期があるものだ。

千里結婚、悠悠隔山陂。

あなたとははるか千里も離れていて結婚をすることにした、はるばるとはなれている間はいくつもの山阪に隔てられている。

#2

思君令人老、軒車來何遲。

傷彼蕙蘭花、含英揚光輝。

過時而不採、捋隨秋草萎。

君亮報高節、賤妾亦何爲。

 

 

 

《玉臺新詠集古詩八首其三》 現代語訳と訳註解説
(
本文)
古詩八首其三 (古詩十九首之第八首)

冉冉孤生竹、結根泰山阿。

與君爲新婚、菟絲附女蘿。

莵絲生有時、夫婦有宜。

千里結婚、悠悠隔山陂


(下し文)
冉冉たる孤生の竹,根を泰山の阿【くま】に結ぶ。

君と新婚を爲すは、兎絲の女羅に附くなり。

免絲生ずるに時有り、夫婦会するに宜有り。

千里遠く婿を結び、悠悠山陂を隔つ。

君を思へば人をして老いしむ、軒車何ぞ乗ること遲き。

傷む彼の恵蘭の花、英を含みて光輝を揚ぐ。

時を過ぎて采らずんは、將に秋草の萎むに随はんとするを。

君亮に高節を執らば、賤妾亦何をか焉さん。


(現代語訳)
(結婚の約束をしたままで迎えに来てくれない、待つ身の娘、遅いことに心を痛める娘心を詠う。結婚の遅いことに心を痛める娘心を詠う。)

すくっとしなやかに伸びてゆく一本の竹がある、泰山の入り組んだところに根を張っている。

あなたとはじめて結婚することになるというのは、女蘿であるあなたに兔絲「ねなしかつら」のわたしがまつわりつくようなものです。

この「ねなしかつら」には生える時節があります、夫婦の交じり合うにも適切な時期があるものだ。

あなたとははるか千里も離れていて結婚をすることにした、はるばるとはなれている間はいくつもの山阪に隔てられている。


(訳注)
古詩八首其三 (古詩十九首之第八首)

結婚の約束をしたままで迎えに来てくれない、待つ身の娘、遅いことに心を痛める娘心を詠う。結婚の遅いことに心を痛める娘心を詠う。この詩も一定以上の地位ある男性が女性のことを撃ったものである。

冉冉孤生竹  結根泰山
與君爲新婚  菟絲附女
莵絲生有  夫婦

千里
結婚  悠悠隔山
思君令人老  軒車來何
傷彼蕙蘭花  含英揚光輝
過時而不採  捋隨秋草
君亮報高節  賤妾亦何

△△○△●  ●○●○○

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○●?●○  ○○●○△

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△●●○○  ○○○△○

△○○△●  ●○○●△

○●●○●  ●●●△△


冉冉孤生竹,結根泰山阿。
すくっとしなやかに伸びてゆく一本の竹がある、泰山の入り組んだところに根を張っている。

24. 冉冉 次第に進むさま。また、炉と同義に見て、弱表の義、なよなよとのひている意。
25.
  1 山や川の曲がって入りくんだ所。「山阿」 2 自分の意志を曲げて人に従う。「阿世・阿諛(あゆ) 3 人を呼ぶ語に冠して親しみを表す語。


與君為新婚,兔絲附女蘿。
あなたとはじめて結婚することになるというのは、女蘿であるあなたに兔絲「ねなしかつら」のわたしがまつわりつくようなものです。
26. 免糸・女蘿 共に蔓草、木に附くを女羅といい、草にまとうを免糸という。


兔絲生有時,夫婦會有宜。
この「ねなしかつら」には生える時節があります、夫婦の交じり合うにも適切な時期があるものだ。


千里遠結婚,悠悠隔山陂。
あなたとははるか千里も離れていて結婚をすることにした、はるばるとはなれている間はいくつもの山阪に隔てられている。
27. 山陂 山阪。

 

DCF00104
 


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玉-016-#2 古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7671

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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韓愈 哲学・儒学「五原」

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

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暮春題瀼溪新賃草屋五首【字解集】と住まいと夔州での農業

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杜甫詩(1)736~751年  53

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杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

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-016-#2 古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7671

願うことはいつまでも笑顔で夫に向かいたいとおもいつづけたいものと、そして、ともに手を取り、同じ車で帰って来たのであった。やかてこの家に来たと思ったらいきなり夢は破れて、夫はこの奥の閨にいないのである。ほんとのところはやふさの翼をもっていないわたしだから、どうして風を凌いで、遠い旅先の夫の所へ飛んで行けるというのか。かなたの空をかえり見て気をはらし、えりくびをさしのべて遙かに望んで見るだけのことなのだ。こんな悲しみを胸にいだいて、そこにためらいとどまる、涙は左右の門扉までをぬらすほどなのだ。

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一 其二

 

 

 

 

古詩八首

ここに「古詩」とあるのは古代の詩という意味で、作者も時代も共に不明の詩である。この中の四首は『文選』の「古詩十九首」と題した同じく無名氏の作中に収められているし、また梁の鐘嶸【しょうこう】の『詩品』には「古詩十九首」中の一篇をあげて、「去着日以疎四十五首云云」の語もあるのを見ると、当時既に古詩の輯本があったのかとも考えられるし、また明の馮惟訥【ふういとつ】の『詩紀』によると外にまた無名氏の古詩七首を加えることができる。これらを考え合わせると、以上の古詩には、時代の先後はあっても、恐らくはみな同類の作品であったかと思われる。

本書の編者がこの「古詩八首」を開巻第一に置いて、これを枚乗や蘇武の前に列したのは或いは前漢の作と見たのかも知れない。しかし五言古詩の成立期については、諸家の考証はあるが、未だ推定の諭を出ない今日、これを断定することはできない。

 

 


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玉-016-#1 古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7665


 

 

 

 

 

 

 

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・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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●薛濤の全詩

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-016-#1 古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7665

(遠く旅に出ている夫を妻の思いやる詩である。夢をかりて新婚の思い出を寂し、過去と現実とを対照させている。)

りんりんするような寒さで、歳も暮れかかり、寒吟虫が夜悲しげに鳴く季節となった。冷風が急にはげしく吹き初める時節になってしまったが、旅に出たままの夫は寒さにそなえた着がえを持っていないのである。新婚当時は、わたしは洛浦の女神がきる錦の衾をおくられたものであったが、今は一つ褞袍をともにするという情愛ということがそむいてなくなってしまった。ひとり寝のながながしい夜を随分重ねる間に、想いが夢になりあなたのすがたを見たのである。夢の中の夫は、ただ昔の楽しさを思っているようで、わざわざ車を向けて私に「乗りなさい」と、取り綱を授けてくれたのです。

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一

 

 

 

 

古詩八首

ここに「古詩」とあるのは古代の詩という意味で、作者も時代も共に不明の詩である。この中の四首は『文選』の「古詩十九首」と題した同じく無名氏の作中に収められているし、また梁の鐘嶸【しょうこう】の『詩品』には「古詩十九首」中の一篇をあげて、「去着日以疎四十五首云云」の語もあるのを見ると、当時既に古詩の輯本があったのかとも考えられるし、また明の馮惟訥【ふういとつ】の『詩紀』によると外にまた無名氏の古詩七首を加えることができる。これらを考え合わせると、以上の古詩には、時代の先後はあっても、恐らくはみな同類の作品であったかと思われる。

本書の編者がこの「古詩八首」を開巻第一に置いて、これを枚乗や蘇武の前に列したのは或いは前漢の作と見たのかも知れない。しかし五言古詩の成立期については、諸家の考証はあるが、未だ推定の諭を出ない今日、これを断定することはできない。

 

 

玉臺新詠卷之一

  古詩八首

古詩八首其一

上山採蘼蕪、下山逢故夫。長跪問故夫、新人復何如。

新人雖言好、未若故人姝。顏色類相似、手爪不相如。

新人從門入、故人從閤去。新人工織縑、故人工織素。

織縑日一匹、織素五丈餘。將縑來比素、新人不如故。

離縁された妻が、前の夫と出会い、新しい嫁について語ってくれたことをうたう。)

私は山に香織くさなどの薬草採りに上ったが、山から下ると別れた元の夫に出逢うたのです。

礼を尽くして、ひざまずき、夫に尋ねたのです。「新しくもらった婦人とは、いかがでしょうか、どんな方ですか。」

夫は答えていうには、「新しい妻もよいということではあるが、前の女房の方が妻としてしっくりくるし、まだ及ばないね。」と。

つづいて、いう、「顔つきは大体似たようなものだが、織物、刺繍、など手業はとてもかなわいんだよ。」

#2

新嫁が門から入ってくると、旧嫁はうらの小門から出て行くという擦れ違いであったから、新しい嫁がどんな嫁かわからないだろう。

新嫁は縑を織るのがうまいが、旧嫁は素を織るのが上手であった。

新嫁の縑は一日に一匹織ることができるのであり、元嫁の素は五丈あまり織っていたのである。

だから、縑の織丈を素に比べてみると新嫁は旧嫁にとてもかなわないのである。」と。

 

古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首)

懍懍云暮、螻蛄多鳴悲。凉風率已厲、子寒無衣。

錦衾遺洛浦、同袍與我違。獨宿累長夜、夢想見容輝。

良人唯古歡、枉駕惠前綏。願得常巧笑、携手同車歸。

來不須臾、又不重闈。諒無晨風翼、焉得凌風飛。

以適意、引領遥相睎。徙倚懷感傷、垂涕沾雙扉。

 

古詩八首其三 (古詩十九首之第八首)

冉冉孤生竹、結根泰山阿。與君爲新婚、菟絲附女蘿。

莵絲生有時、夫婦有宜。千里結婚、悠悠隔山陂。

思君令人老、軒車來何遲。傷彼蕙蘭花、含英揚光輝。

過時而不採、捋隨秋草萎。君亮報高節、賤妾亦何爲。

 

古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首)

孟冬寒氣至、北風何慘慄。愁多知夜長、仰觀衆星列。

三五明月滿、四五蟾兔缺。客從遠方來、遺我一書扎。

上言長相思、下言久離置書懷袖中、三字不

一心抱區區、懼君不識察。

 

古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首)

客從遠方來、遺我一端綺。相去萬餘里、故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦、裁爲合歡被。着以長相思、緣以結不解。

以膠投漆中、誰能離此。

 

古詩八首其六

四座且莫諠、願聽歌一言。請銅爐器、崔嵬象南山。

上枝似松柏、下根據銅盤。雕文各異類、離婁目相聨。

誰能爲此器、公輸與魯班。朱火然其中、靑烟颺其間。

從風入君懷、四座且莫歡。香風難久居、空令蕙草殘。

 

古詩八首其七

悲與親友氣結不能言。贈子以自愛、道遠難。

人生無幾時、顚沛在其間。念子棄我去、新心有所歡。

結志靑雲上、何時復來還。

 

古詩八首其八

穆穆清風至、吹我羅裳裾。靑袍似春草、長條隨夙舒。

朝登津梁山、褰裳望所思。安得抱柱信、皎日以爲期。

 

 

 

古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首) #1

(遠く旅に出ている夫を妻の思いやる詩である。夢をかりて新婚の思い出を寂し、過去と現実とを対照させている。)

凜凜雲暮,螻蛄夕鳴悲。

りんりんするような寒さで、歳も暮れかかり、寒吟虫が夜悲しげに鳴く季節となった。

涼風率已厲,遊子寒無衣。

冷風が急にはげしく吹き初める時節になってしまったが、旅に出たままの夫は寒さにそなえた着がえを持っていないのである。

錦衾遺洛浦,同袍與我違。

新婚当時は、わたしは洛浦の女神がきる錦の衾をおくられたものであったが、今は一つ褞袍をともにするという情愛ということがそむいてなくなってしまった。

獨宿累長夜,夢想見容輝。

ひとり寝のながながしい夜を随分重ねる間に、想いが夢になりあなたのすがたを見たのである。

良人惟古歡,枉駕惠前綏。

夢の中の夫は、ただ昔の楽しさを思っているようで、わざわざ車を向けて私に「乗りなさい」と、取り綱を授けてくれたのです。

#2

願得常巧笑,攜手同車歸。既來不須臾,又不處重闈。

亮無晨風翼,焉能淩風飛?眄睞以適意,引領遙相希。

徒倚懷感傷,垂涕沾雙扉。

 

(凛凛として歳云に暮る)

凛凛として歳云に暮れ、螻蛄【ろうこ】夕に鳴き悲しむ。

涼風 率【にわ】かに己に厲【はげ】しく、遊子寒くして衣無し。

錦衾【きんきん】洛浦【らくほ】に遣【おく】りしも、同抱我と違【たが】へり。

獨り宿して長夜を累【かさ】ね、夢に想うて容輝を見る。

良人古歡【こかん】を惟【おも】ひ、駕を枉【ま】げて前綏【ぜんすい】を恵まる。

#2

願はくは長く巧笑【こうしょう】するを得んと、手を携へ車を同じうして歸る。

既に来りて須臾【しゅゆ】ならず、又重闈【ちょうい】に盛らず。

亮【もこと】に晨風【しんふう】の翼無し、蔦【いずく】んぞ能く風を凌いで飛ばん。

眄睞【べんらい】以て意に適【かな】ひ、領【くび】を引いて遙かに相希【のぞ】む。

徒倚【しい】して感傷を懐【いだ】き、涕を垂れて雙扉【そうひ】を沾【うるお】す。

 

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玉-015-#2 古詩八首其一 (上山採二靡蕪) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7659


 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年11月16日

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-16 巻一 14-10-#2 秋懷詩,十一首之十Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7656

 

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杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●薛濤の全詩

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-015-#2 古詩八首其一 (上山採二靡蕪) 無名氏  Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7659

#2

新嫁が門から入ってくると、旧嫁はうらの小門から出て行くという擦れ違いであったから、新しい嫁がどんな嫁かわからないだろう。

新嫁は縑を織るのがうまいが、旧嫁は素を織るのが上手であった。

新嫁の縑は一日に一匹織ることができるのであり、元嫁の素は五丈あまり織っていたのである。

だから、縑の織丈を素に比べてみると新嫁は旧嫁にとてもかなわないのである。」と。

 

 

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一

 

 

 

 

古詩八首

ここに「古詩」とあるのは古代の詩という意味で、作者も時代も共に不明の詩である。この中の四首は『文選』の「古詩十九首」と題した同じく無名氏の作中に収められているし、また梁の鐘嶸【しょうこう】の『詩品』には「古詩十九首」中の一篇をあげて、「去着日以疎四十五首云云」の語もあるのを見ると、当時既に古詩の輯本があったのかとも考えられるし、また明の馮惟訥【ふういとつ】の『詩紀』によると外にまた無名氏の古詩七首を加えることができる。これらを考え合わせると、以上の古詩には、時代の先後はあっても、恐らくはみな同類の作品であったかと思われる。

本書の編者がこの「古詩八首」を開巻第一に置いて、これを枚乗や蘇武の前に列したのは或いは前漢の作と見たのかも知れない。しかし五言古詩の成立期については、諸家の考証はあるが、未だ推定の諭を出ない今日、これを断定することはできない。

 

 

玉臺新詠卷之一

  古詩八首

古詩八首其一

上山採蘼蕪、下山逢故夫。長跪問故夫、新人復何如。

新人雖言好、未若故人姝。顏色類相似、手爪不相如。

新人從門入、故人從閤去。新人工織縑、故人工織素。

織縑日一匹、織素五丈餘。將縑來比素、新人不如故。

 

古詩八首其二 (古詩十九首之第十六首)

懍懍云暮、螻蛄多鳴悲。凉風率已厲、子寒無衣。

錦衾遺洛浦、同袍與我違。獨宿累長夜、夢想見容輝。

良人唯古歡、枉駕惠前綏。願得常巧笑、携手同車歸。

來不須臾、又不重闈。諒無晨風翼、焉得凌風飛。

以適意、引領遥相睎。徙倚懷感傷、垂涕沾雙扉。

 

古詩八首其三 (古詩十九首之第八首)

冉冉孤生竹、結根泰山阿。與君爲新婚、菟絲附女蘿。

莵絲生有時、夫婦有宜。千里結婚、悠悠隔山陂。

思君令人老、軒車來何遲。傷彼蕙蘭花、含英揚光輝。

過時而不採、捋隨秋草萎。君亮報高節、賤妾亦何爲。

 

古詩八首其四 (古詩十九首之第十七首)

孟冬寒氣至、北風何慘慄。愁多知夜長、仰觀衆星列。

三五明月滿、四五蟾兔缺。客從遠方來、遺我一書扎。

上言長相思、下言久離置書懷袖中、三字不

一心抱區區、懼君不識察。

 

古詩八首其五 (古詩十九首之第十八首)

客從遠方來、遺我一端綺。相去萬餘里、故人心尚爾。

文彩雙鴛鴦、裁爲合歡被。着以長相思、緣以結不解。

以膠投漆中、誰能離此。

 

古詩八首其六

四座且莫諠、願聽歌一言。請銅爐器、崔嵬象南山。

上枝似松柏、下根據銅盤。雕文各異類、離婁目相聨。

誰能爲此器、公輸與魯班。朱火然其中、靑烟颺其間。

從風入君懷、四座且莫歡。香風難久居、空令蕙草殘。

 

古詩八首其七

悲與親友氣結不能言。贈子以自愛、道遠難。

人生無幾時、顚沛在其間。念子棄我去、新心有所歡。

結志靑雲上、何時復來還。

 

古詩八首其八

穆穆清風至、吹我羅裳裾。靑袍似春草、長條隨夙舒。

朝登津梁山、褰裳望所思。安得抱柱信、皎日以爲期。

 

終南山01
 

 

古詩八首其一#1

(離縁された妻が、前の夫と出会い、新しい嫁について語ってくれたことをうたう。)

上山採蘼蕪、下山逢故夫。

私は山に香織くさなどの薬草採りに上ったが、山から下ると別れた元の夫に出逢うたのです。

長跪問故夫、新人復何如。

礼を尽くして、ひざまずき、夫に尋ねたのです。「新しくもらった婦人とは、いかがでしょうか、どんな方ですか。」

新人雖言好、未若故人姝。

夫は答えていうには、「新しい妻もよいということではあるが、前の女房の方が妻としてしっくりくるし、まだ及ばないね。」と。

顏色類相似、手爪不相如。

つづいて、いう、「顔つきは大体似たようなものだが、織物、刺繍、など手業はとてもかなわいんだよ。」

#2

新人從門入、故人從閤去。

新嫁が門から入ってくると、旧嫁はうらの小門から出て行くという擦れ違いであったから、新しい嫁がどんな嫁かわからないだろう。

新人工織縑、故人工織素。

新嫁は縑を織るのがうまいが、旧嫁は素を織るのが上手であった。

織縑日一匹、織素五丈餘。

新嫁の縑は一日に一匹織ることができるのであり、元嫁の素は五丈あまり織っていたのである。

將縑來比素、新人不如故。

だから、縑の織丈を素に比べてみると新嫁は旧嫁にとてもかなわないのである。」と。

#1

山に上りて靡蕪を採る、山より下れば故夫に逢ふ。

長脆して故夫に問ふ、新人復た何如と。

新人好しと言ふと錐も、未だ若かず故人の妹なるに。

顔色は類ね相似たり。手爪は相如かず。

#2

新人門より入る。故人問より去る。

新人は練を織るに工なり。故人は素を織るに工なり。

棟を織るは日に一匹、素を織るは五丈飴。

練を賂ち来りて素に比すれば、新人は故に如かず。

 

 

 

 

《玉臺新詠集古詩八首其一》 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#2

新人從門入、故人從閤去。

新人工織縑、故人工織素。

織縑日一匹、織素五丈餘。

將縑來比素、新人不如故。


(下し文)
#2

新人門より入る。故人問より去る。

新人は練を織るに工なり。故人は素を織るに工なり。

棟を織るは日に一匹、素を織るは五丈飴。

練を賂ち来りて素に比すれば、新人は故に如かず。


(現代語訳)
#2

新嫁が門から入ってくると、旧嫁はうらの小門から出て行くという擦れ違いであったから、新しい嫁がどんな嫁かわからないだろう。

新嫁は縑を織るのがうまいが、旧嫁は素を織るのが上手であった。

新嫁の縑は一日に一匹織ることができるのであり、元嫁の素は五丈あまり織っていたのである。

だから、縑の織丈を素に比べてみると新嫁は旧嫁にとてもかなわないのである。」と。

木蓮001

(訳注)
#2

新人從門入、故人從閤去。

新嫁が門から入ってくると、旧嫁はうらの小門から出て行くという擦れ違いであったから、新しい嫁がどんな嫁かわからないだろう。

6. 閤 ねやの小門。

 

 

新人工織縑、故人工織素。

新嫁は縑を織るのがうまいが、旧嫁は素を織るのが上手であった。

7.   合わせた綿糸で固く織った絹。かとり絹。古代絹織物の名称で、固織り(かたおり)の転訛(てんか)ともいわれています。平織りで、細く、かたく織った布。

8. 素 白絹。1 染めてない絹。白絹。「素絹/縑素 (けんそ) 2 白い。白。「素衣・素雪/緇素 (しそ) 3 生地のままで手を加えてない。飾りけがない。

縑・は、両者とも、古代の税である。古代の税制において,成年男子に課せられた強制労働など様々に税はかせられた。歳役(さいえき)(正役)と雑徭(ぞうよう)とあり,歳役は一般には庸で物納されたので,実役である雑徭だけをさす場合もあり,徭役という用語は強制労働の実役をさすことに重点があった。身体障害者(残疾)や父母の喪中の人に対して徭役を免除するという律令の規定も,実役を免除することに主眼があったと考えられる。なお徭役という言葉は,いわゆる徭役労働一般の意味でも用いられており,古代では,歳役や雑徭のほかに,地方の里から交替に2人ずつ中央に徴発されて雑役に従事する仕丁や,功食は支給されるが官によって強制的に雇傭される雇役(こえき)などがあり,兵士も実際には徭役の一種と観念されていた。

 

織縑日一匹、織素五丈餘。

新嫁の縑は一日に一匹織ることができるのであり、元嫁の素は五丈あまり織っていたのである。

〇一匹 布帛の幅二尺二寸、長さ四丈あるものを一匹と称した。

 

將縑來比素、新人不如故。

だから、縑の織丈を素に比べてみると新嫁は旧嫁にとてもかなわないのである。」と。

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

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杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

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古詩八首其一#1(離縁された妻が、前の夫と出会い、新しい嫁について語ってくれたことをうたう。)

私は山に香織くさなどの薬草採りに上ったが、山から下ると別れた元の夫に出逢うたのです。礼を尽くして、ひざまずき、夫に尋ねたのです。「新しくもらった婦人とは、いかがでしょうか、どんな方ですか。」夫は答えていうには、「新しい妻もよいということではあるが、前の女房の方が妻としてしっくりくるし、まだ及ばないね。」と。つづいて、いう、「顔つきは大体似たようなものだが、織物、刺繍、など手業はとてもかなわいんだよ。」

 

 

 

 

玉臺新詠 巻一

 

 

 

玉臺新詠集 巻一

  古詩八首     39

巻一-1 其一 上山採二靡蕪   39

巻一-2 其二 凛凛歳云暮   40

巻一-3 其三 冉冉孤生竹   42

巻一-4 其四 孟冬寒気至   43

巻一-5 其五 客從遠方来   44

巻一-6 其六 四坐且莫諠   45

巻一-7 其七 悲與親友別   47

巻一-8 其八 穆穆清風至   48

         

  古樂府詩六首     49

巻一-9 其一 日出二東南隅行   49

巻一-10 其二 相逢狭路聞   53

巻一-11 其三 障西行           55

巻一-12 其四 艶歌行           57

巻一-13 其五 瞳如二山上雪l   58

巻一-14 其六 璧自鵠           60

         

  雑詩九首         〔枚乘〕 62

巻一-15 其一 西北有高樓 〔枚乘〕 62

巻一-16 其二 東城高且長 〔枚乘〕 64

巻一-17 其三 行行重行行 〔枚乘〕 65

巻一-18 其四 渉江採芙蓉 〔枚乘〕 67

巻一-19 其五 靑靑河畔草 〔枚乘〕 68

巻一-20 其六 蘭若生春陽 〔枚乘〕 69

巻一-21 其七 庭前有奇樹 〔枚乘〕 70

巻一-22 其八 迢迢牽牛星 〔枚乘〕 70

巻一-23 其九 明月何鮫餃 〔枚乘〕 71

         

巻一-24 歌詩一首井序        〔李 延年〕 73

巻一-25 留別妻一首         〔蘇  武〕 74

巻一-26 羽林郎詩一首        〔辛 延年〕 76

巻一-27 怨詩一首井序        〔班倢妤〕 78

巻一-28 董嬌饒一首         〔宋 子侯〕 80

巻一-29 漢時童謡歌一首   〔宋 子侯〕         82

巻一-30 同聾歌一首         〔張  衡〕 83

  贈婦詩三首井序       〔秦  嘉〕         85

巻一-31 其一 人生譬朝露 〔秦  嘉〕         85

巻一-32 其二 皇霊私親 〔秦  嘉〕                 87

巻一-33 其三 肅肅僕夫征 〔秦  嘉〕         88

巻一-34 秦嘉妻答詩一首        〔徐 淑〕 90

巻一-35 飲三馬長城窟一行一首     〔蔡 邑〕 91

巻一-36 飲二馬長城窟一行一首     〔陳 琳〕 93

巻一-37 室恩一首        〔徐  幹〕      96

巻一-38 情詩一首         〔徐  幹〕     101

巻一-39 定情詩一首       〔繁  欽〕    102

巻一-40 古詩 爲焦仲卿妻作?序   焦仲卿妻 106

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玉-014 玉臺新詠集序⒁§4-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7647

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

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杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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-014 玉臺新詠集序⒁§4-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7647

どうして後漢の鄧皇后が曹大家について、儒学の春秋を読まれたとしても、儒者の業は習熟し難いものである。漢の竇皇后が熱心に黄老の言を学ばれても、金丹の術に成功しなかったようなことになろうか。むろん西蜀の豪家(劉琰)の侍婢が情をこめて纔かに王延寿の「魯霊光殿の賦」を読むのである。漢の元帝の東宮であった時、甲観の宮人がただ王褒の「洞爺の頌」を吟誦し得たのにも勝る。麗しい貌の諸姫にして空虚な日々を過ごす、聊か消遣の具となるものである。彤管を握る女史官といえども、これに対して譏刺を加えることはあるまい。

 

-001-#11

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7629

徐陵

 

(11)§3-3

 

 

 

 

玉臺新詠集序

        陳尚書左僕射、太子少傅、東海徐陵孝穆撰。

⑴§1-1

夫凌雲槩日、由余之所未窺、千門萬、張衡之所曽賦。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

玉-001 玉臺新詠集序.docx

⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、四姓良家、馳名永巷。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

楚王宮裏、無不推其細腰、衞國佳人、俱言訝其纎手。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

玉-001-#2 玉臺新詠集序⑵§1-2〈徐陵〉

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

弟兄協律、自少小學歌、長生河陽、由來能舞、琵琶新曲、

無待石崇、箜篌雜引、非關曹植、傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

玉-001-#3 玉臺新詠集序⑶§1-3〈徐陵〉

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

馺娑、騁纎腰於結風、長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

玉-001-#4 玉臺新詠集序⑷§2-1〈徐陵〉

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、反揷金鈿、橫抽瑶樹。

南都石黛、最發雙蛾、北地燕支、偏開兩靨。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、腰中寳鳳、授曆軒轅。

玉-001-#5 玉臺新詠集序⑸§2-2〈徐陵〉

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

玉-001-#6 玉臺新詠集序⑹§2-3〈徐陵〉

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

玉-001-#7 玉臺新詠集序⑺§2-4〈徐陵〉

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

玉-001-#8 玉臺新詠集序⑻§2-5〈徐陵〉

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

三星未夕、不事懷衾、五日猶賖、誰能理曲。

少託、寂寞多閒。厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

⑼§3-1

にして椒宮宛 轉し、柘觀 隂岑たり。

絳鶴 晨に嚴し、銅蠡 晝 靜かなり。

三星 未だ夕ならざれば、衾を懷【いだ】く事をせず、

五日 猶お賖【はる】かなれば、誰か能く曲を理めん。

 託すること少く、寂寞 閒なること多し。

長樂の疎鍾に厭き、中宮の緩箭に勞る。

⑽§3-2

纎腰 力 無くして、南陽の擣衣を怯る、

深宮に生長して、扶風の織錦を笑う。

雖【たと】い復た 投壺の玉女も、歡を爲すは 百嬌に盡く、

爭博の齊姫も、心に賞するは、六箸に窮まらん。

神を暇景に怡ばす無く、唯だ 意を新詩に屬す。

庶わくは 彼の蘇にり 玆しく 愁疾を蠲【のぞ】くを得ん

⑾§3-3

但 徃世の名篇、當に今の巧製、

諸【これ】を麟閣に分ち、散じて鴻都に在り。

篇章を籍にせざれば、披覽にする由し無し。

是に於て脂を然して暝寫し、筆を弄して晨に書す、

艶歌を選錄し、凡そ十卷と爲す。

曽ち 雅頌に叅【はず】る無く、亦た風人に於て濫【みだ】るる靡【な】し。

涇渭の間、斯の若き 已【のみ】。

 

⑿§4-1

於是麗以金箱、裝之瑶軸。 

そこでこれに十巻を附添するに黄金の箱を以てし、これを宝玉の軸に被装した。

三臺妙迹、龍伸蠖屈之書、

筆者はいにしえ、後漢の三台、蔡邕の妙蹟にも比すべきものであるだけに、文字は龍躍り、蠼屈するの姿勢があるのである。

五色花牋、河北膠東之紙。

それは、五色の花模様の詩箋であり、その料紙は河北・膠東の名産である。

高樓紅粉、仍定魚魯之文辟惡生香、聊防羽陵之蠹。

高楼紅粉の才媛が念入りに校勘して魯魚の誤りを正し、書中には麝香の薬剤をはさんで一応蛙損を防いである。

⒀§4-2

靈飛太甲、高擅玉函、

あたかも漢の武帝が西王母より得たる二つの書物を授かり、それにより霊飛六甲の神符を占有して他人の手の届かぬ場所に、玉白石の箱に入れた。

鴻烈仙方、長推丹枕。

それに、准南王劉安が鴻烈の仙方を人知れず長く丹枕の下に隠して置いたようにして珍蔵することにしたのである。

至如靑牛帳裏、餘曲終、

これぞ青牛の図が刺繍されているとばりというものであり、古来の楽曲歌唱が、もうすでに終わって感激したようなものである。

朱鳥窓前、新粧已竟、

南の方の神である紅鳥の窓前にあり、髪を梳き新たに化粧さえもすでに終わってしまったようである。

方當開玆縹帙、散此繩、

そうなると、はじめてこの書帙を開き、この書帯をほどきひらくのである。

永對翫於書幃、長循環於纎手、

それから、永くあいだ書斎の中で相対して玩賞するのであり、長く引き継がれるべきは、宮人のような繊手のものに反復誦読されるべきものである。

⒁§4-3

豈如鄧學春秋、儒者之功難習、

どうして後漢の鄧皇后が曹大家について、儒学の春秋を読まれたとしても、儒者の業は習熟し難いものである。

竇專黃老、金丹之術不成。

漢の竇皇后が熱心に黄老の言を学ばれても、金丹の術に成功しなかったようなことになろうか。

固勝西蜀豪家、託情窮於魯殿、

むろん西蜀の豪家(劉琰)の侍婢が情をこめて纔かに王延寿の「魯霊光殿の賦」を読むのである。

東儲甲觀、流詠止於洞簫。

漢の元帝の東宮であった時、甲観の宮人がただ王褒の「洞爺の頌」を吟誦し得たのにも勝る。

孌彼諸、聊同棄日、

麗しい貌の諸姫にして空虚な日々を過ごす、聊か消遣の具となるものである。

猗歟彤管、無或譏焉。

彤管を握る女史官といえども、これに対して譏刺を加えることはあるまい。

 

⑿§4-1

是に於て麗【つ】くるに金箱を以てし、之を瑶軸に裝す。 

三臺の妙迹は、龍伸 蠖屈の書、

五色の花牋は、河北 膠東の紙。

高樓の紅粉は、仍りて魚魯の文を定め辟惡の生香、聊さか羽陵の蠹を防ぐ。

⒀§4-2

靈飛の太甲は、高く玉函を擅【ほしい】ままにし、鴻烈 仙方し、長えに丹枕を推す。

靑牛の帳裏、餘曲 終え、朱鳥の窓前、新粧 已に竟るが至るが如し。

方に玆の縹帙を開くに當り、此の繩を散じ、

永く書幃に對翫し、長えに纎手に循環す。

⒁§4-3

豈に鄧の春秋を學び、儒者の功 習い難く、竇 黃老に專らにして、金丹の術 成らざるが如くならんや。

固より西蜀の豪家、情を託する魯殿に窮まり、東儲の甲觀、流詠 洞簫に止まるに勝る。

孌たる彼の諸、聊か同じく日を棄て、

猗歟【ああ】彤管【とうかん】、或いは焉を譏る無からん。

 

玉臺新詠序の字解集

 

 

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玉-013 玉臺新詠集序⒀§4-2〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7641

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Ⅰ李白詩(李白詩校注)

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玉臺新詠集序⒀§4-2  あたかも漢の武帝が西王母より得たる二つの書物を授かり、それにより霊飛六甲の神符を占有して他人の手の届かぬ場所に、玉白石の箱に入れた。それに、准南王劉安が鴻烈の仙方を人知れず長く丹枕の下に隠して置いたようにして珍蔵することにしたのである。これぞ青牛の図が刺繍されているとばりというものであり、古来の楽曲歌唱が、もうすでに終わって感激したようなものである。南の方の神である紅鳥の窓前にあり、髪を梳き新たに化粧さえもすでに終わってしまったようである。そうなると、はじめてこの書帙を開き、この書帯をほどきひらくのである。それから、永くあいだ書斎の中で相対して玩賞するのであり、長く引き継がれるべきは、宮人のような繊手のものに反復誦読されるべきものである。

 

-001-#11

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7629

徐陵

 

(11)§3-3

 

 

 

玉臺新詠タイトル002
 

玉臺新詠集序

        陳尚書左僕射、太子少傅、東海徐陵孝穆撰。

⑴§1-1

夫凌雲槩日、由余之所未窺、千門萬、張衡之所曽賦。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

玉-001 玉臺新詠集序.docx

⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、四姓良家、馳名永巷。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

楚王宮裏、無不推其細腰、衞國佳人、俱言訝其纎手。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

玉-001-#2 玉臺新詠集序⑵§1-2〈徐陵〉

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

弟兄協律、自少小學歌、長生河陽、由來能舞、琵琶新曲、

無待石崇、箜篌雜引、非關曹植、傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

玉-001-#3 玉臺新詠集序⑶§1-3〈徐陵〉

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

馺娑、騁纎腰於結風、長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

玉-001-#4 玉臺新詠集序⑷§2-1〈徐陵〉

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、反揷金鈿、橫抽瑶樹。

南都石黛、最發雙蛾、北地燕支、偏開兩靨。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、腰中寳鳳、授曆軒轅。

玉-001-#5 玉臺新詠集序⑸§2-2〈徐陵〉

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

玉-001-#6 玉臺新詠集序⑹§2-3〈徐陵〉

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

玉-001-#7 玉臺新詠集序⑺§2-4〈徐陵〉

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

玉-001-#8 玉臺新詠集序⑻§2-5〈徐陵〉

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

三星未夕、不事懷衾、五日猶賖、誰能理曲。

少託、寂寞多閒。厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

⑼§3-1

にして椒宮宛 轉し、柘觀 隂岑たり。

絳鶴 晨に嚴し、銅蠡 晝 靜かなり。

三星 未だ夕ならざれば、衾を懷【いだ】く事をせず、

五日 猶お賖【はる】かなれば、誰か能く曲を理めん。

 託すること少く、寂寞 閒なること多し。

長樂の疎鍾に厭き、中宮の緩箭に勞る。

⑽§3-2

纎腰 力 無くして、南陽の擣衣を怯る、

深宮に生長して、扶風の織錦を笑う。

雖【たと】い復た 投壺の玉女も、歡を爲すは 百嬌に盡く、

爭博の齊姫も、心に賞するは、六箸に窮まらん。

神を暇景に怡ばす無く、唯だ 意を新詩に屬す。

庶わくは 彼の蘇にり 玆しく 愁疾を蠲【のぞ】くを得ん

⑾§3-3

但 徃世の名篇、當に今の巧製、

諸【これ】を麟閣に分ち、散じて鴻都に在り。

篇章を籍にせざれば、披覽にする由し無し。

是に於て脂を然して暝寫し、筆を弄して晨に書す、

艶歌を選錄し、凡そ十卷と爲す。

曽ち 雅頌に叅【はず】る無く、亦た風人に於て濫【みだ】るる靡【な】し。

涇渭の間、斯の若き 已【のみ】。


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玉-012 玉臺新詠集序⑿§4-1〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7635

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

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曹植詩65

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Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-12 巻一 14-8-#2 秋懷詩,十一首之八Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7632

 

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韓愈  秋懐詩十一首 【字解集】

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]平淮西碑」28

 

 

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog

757年-12 入宅三首其一 杜詩詳注(卷一八(四)頁一六○六)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7633

 

 

杜甫詩(1)736~751  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

 

 

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花間集 訳注解説 巻一07 (12)回目温庭筠 《菩薩蠻十四首 其七》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7634 (11/12)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

 

 

.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog

玉臺新詠序の字解集

玉-012 玉臺新詠集序⑿§4-1〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7635

 

 

●薛濤の全詩

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●花間集(2

●花間集(3

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-012 玉臺新詠集序⑿§4-1〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7635

⑿§4-1  そこでこれに十巻を附添するに黄金の箱を以てし、これを宝玉の軸に被装した。筆者はいにしえ、後漢の三台、蔡邕の妙蹟にも比すべきものであるだけに、文字は龍躍り、蠼屈するの姿勢があるのである。それは、五色の花模様の詩箋であり、その料紙は河北・膠東の名産である。高楼紅粉の才媛が念入りに校勘して魯魚の誤りを正し、書中には麝香の薬剤をはさんで一応蛙損を防いである。

 

-001-#11

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7629

徐陵

 

(11)§3-3

 

 

 

 

玉臺新詠タイトル
 

玉臺新詠集序

        陳尚書左僕射、太子少傅、東海徐陵孝穆撰。

⑴§1-1

夫凌雲槩日、由余之所未窺、千門萬、張衡之所曽賦。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、四姓良家、馳名永巷。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

楚王宮裏、無不推其細腰、衞國佳人、俱言訝其纎手。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

弟兄協律、自少小學歌、長生河陽、由來能舞、琵琶新曲、

無待石崇、箜篌雜引、非關曹植、傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

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玉-011 玉臺新詠集序⑾§3-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7629

玉-011 玉臺新詠集序⑾§3-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7629

こうして、これまで生まれた幾多の名作を、前代の名文に、当今の佳作を選定し編纂した。そしてそれらは、すべて麒麟閣に分蔵したし、儒林伝にいう、鴻都門より、分散して蔵弄されたのである。しかし、それらの篇章を収拾整理して一本にまとめないと、一般に、閲読する方法もない。そこで、燈油をともして夜分までも鈔写しつづけ、筆管をとって暁晨に浄書したのである。その結果、多くの艶歌を選録して共にまとめて十巻とした。乃ちこれは、詩経の雅頌の正声をはずかしめるものでもなく、風人温柔敦厚の本旨を乱るものでもない。乱れたとしても、わずかに黄河にそそぐ水の濁水の涇水と清流の渭水が合流するように、編纂されたという、ニ水の清濁のへだてがある程度にすぎぬというものである。


        
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注 
 Ⅰ李白詩(李白詩校注)744年-007-#1 卷182_22.2 月下獨酌四首 其二-#1卷二三(二)頁一三三二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7625 
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 曹植詩65首兩都賦序・西都賦・東都賦李白全詩漁父辞(屈原楚辞・九歌》東君《楚辞九辯》 
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 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注806年-11 巻一 14-8 秋懷詩,十一首之八Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7626 
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 index-5 806年39歳(2)25首index-6 807~809年 20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳57首index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首 
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 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog玉臺新詠序の字解集玉-011 玉臺新詠集序⑾§3-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7629 
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-001-#11

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7629

徐陵

 

(11)§3-3

 

 

 

玉臺新詠タイトル
 

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。

かくて椒房の殿角さえもまろやかにまがり、柘館の管陰は高大深邃なものである。

絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

早朝、宮門の紅鶴は厳重に鎖され、白昼になっても、門上の銅環は音もなく静かである。

三星未夕、不事懷衾、

未だ三星の輝く薄暮になるというのに、布団を抱いて御寝に侍する準備もないのである。

五日猶賖、誰能理曲。

五日の輪番の期はまだ遠いから、誰が清曲のおさらいをするものがあろうか。

少託、寂寞多閒。

ただ、安閑と日を度り、情を寄せる所もなく、寂寞として職事もないから閑暇な時が多い。

厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

時を知らせる長楽宮の疎鐘の音も聴くにいとわしく、内寝の水時計の目盛りの箭も見るのが億劫である。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、

妖艶な細腰は美しいが力なく、南陽の張魯は女児の搗衣を学ぶを悟らなばならない。

生長深宮、笑扶風之織錦。

深宮の中に生長して、扶風(陝西省)の蘇意が織錦の詩を笑う。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、

たとい玉女の投壷の妙技も、これを見物するのは育矢を往返することに終わるのみである。

爭博齊姫、心賞窮於六箸。

斉姫の双陸の手錬も、感心するのは六箸の操作だけに止まるであろう。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

真に心をこめるのは、暇日に恰ばすものはないから、工夫を新詩に凝らすというものである。

庶得代彼、蘇蠲玆愁疾。

したがって、これこそ皐蘇のかわりに、彼女たちの愁悶を除去することが出来ようというものである。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、

こうして、これまで生まれた幾多の名作を、前代の名文に、当今の佳作を選定し編纂した。

分諸麟閣、散在鴻都。

そしてそれらは、すべて麒麟閣に分蔵したし、儒林伝にいう、鴻都門より、分散して蔵弄されたのである。

不籍篇章、無由披覽。

しかし、それらの篇章を収拾整理して一本にまとめないと、一般に、閲読する方法もない。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、

そこで、燈油をともして夜分までも鈔写しつづけ、筆管をとって暁晨に浄書したのである。

選錄艶歌、凡爲十卷。

その結果、多くの艶歌を選録して共にまとめて十巻とした。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。

乃ちこれは、詩経の雅頌の正声をはずかしめるものでもなく、風人温柔敦厚の本旨を乱るものでもない。

涇渭之間、若斯而已。

乱れたとしても、わずかに黄河にそそぐ水の濁水の涇水と清流の渭水が合流するように、編纂されたという、ニ水の清濁のへだてがある程度にすぎぬというものである。

 

⑼§3-1

にして椒宮宛 轉し、柘觀 隂岑たり。

絳鶴 晨に嚴し、銅蠡 晝 靜かなり。

三星 未だ夕ならざれば、衾を懷【いだ】く事をせず、

五日 猶お賖【はる】かなれば、誰か能く曲を理めん。

 託すること少く、寂寞 閒なること多し。

長樂の疎鍾に厭き、中宮の緩箭に勞る。

⑽§3-2

纎腰 力 無くして、南陽の擣衣を怯る、

深宮に生長して、扶風の織錦を笑う。

雖【たと】い復た 投壺の玉女も、歡を爲すは 百嬌に盡く、

爭博の齊姫も、心に賞するは、六箸に窮まらん。

神を暇景に怡ばす無く、唯だ 意を新詩に屬す。

庶わくは 彼の蘇にり 玆しく 愁疾を蠲【のぞ】くを得ん

⑾§3-3

但 徃世の名篇、當に今の巧製、

諸【これ】を麟閣に分ち、散じて鴻都に在り。

篇章を籍にせざれば、披覽にする由し無し。

是に於て脂を然して暝寫し、筆を弄して晨に書す、

艶歌を選錄し、凡そ十卷と爲す。

曽ち 雅頌に叅【はず】る無く、亦た風人に於て濫【みだ】るる靡【な】し。

涇渭の間、斯の若き 已【のみ】。

Ta唐 長安近郊圖  新02
 

 

玉臺新詠集序現代語訳と訳註解説
(
本文)

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、

分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、

選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。

涇渭之間、若斯而已。

 

 

(下し文)

§3-3

但 徃世の名篇、當に今の巧製、

諸【これ】を麟閣に分ち、散じて鴻都に在り。

篇章を籍にせざれば、披覽にする由し無し。

是に於て脂を然して暝寫し、筆を弄して晨に書す、

艶歌を選錄し、凡そ十卷と爲す。

曽ち 雅頌に【はず】る無く、亦た風人に於て濫【みだ】るる靡【な】し。

涇渭の間、斯の若き 已【のみ】。

 

(現代語訳)

こうして、これまで生まれた幾多の名作を、前代の名文に、当今の佳作を選定し編纂した。

そしてそれらは、すべて麒麟閣に分蔵したし、儒林伝にいう、鴻都門より、分散して蔵弄されたのである。

しかし、それらの篇章を収拾整理して一本にまとめないと、一般に、閲読する方法もない。

そこで、燈油をともして夜分までも鈔写しつづけ、筆管をとって暁晨に浄書したのである。

その結果、多くの艶歌を選録して共にまとめて十巻とした。

乃ちこれは、詩経の雅頌の正声をはずかしめるものでもなく、風人温柔敦厚の本旨を乱るものでもない。

乱れたとしても、わずかに黄河にそそぐ水の濁水の涇水と清流の渭水が合流するように、編纂されたという、ニ水の清濁のへだてがある程度にすぎぬというものである。

杜甫乱前後の図003鳳翔
 

(訳注)

⑾§3-3

 

但徃世名篇、當今巧製、

こうして、これまで生まれた幾多の名作を、前代の名文に、当今の佳作を選定し編纂した。

 

分諸麟閣、散在鴻都。

そしてそれらは、すべて麒麟閣に分蔵したし、儒林伝にいう、鴻都門より、分散して蔵弄されたのである。

51.分諸麟閣 「麟閣」は麒麟関で、漢の殿名。未央官の左にあり粛何が建てたといわれ、秘書を蔵した所。「分」は分蔵すること。

52. 散在鴻都 「鴻都」は漢代、宮門の名。其の内に学を置き、書を蔵した。『漢書』「儒林伝」に、「辟雍殖・東観・蘭台・石室・宣明・鴻都の諸蔵の典第・文章より競うて共に剖散す。」とある。「剖散」は分散して蔵弄すること。

 

不籍篇章、無由披覽。

しかし、それらの篇章を収拾整理して一本にまとめないと、一般に、閲読する方法もない。

53. 不籍篇章、無由披覽 篇章を収拾して一本としないと一般の人は閲読する方法がない。

 

於是然脂暝寫、弄筆晨書、

そこで、燈油をともして夜分までも鈔写しつづけ、筆管をとって暁晨に浄書したのである。

54. 燃脂瞑写 「「瞑」はくらいこと、夜をいう。夜燈油をもやしながら写したという意。昼夜を分かたず浄書したということ。

55. 弄筆晨書 筆をとって朝早くから書いた。

 

選錄艶歌、凡爲十卷。

その結果、多くの艶歌を選録して共にまとめて十巻とした。

56. 選錄艶歌 「艶歌」はあだめいた歌。六朝の文化でもある。

 

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。

乃ちこれは、詩経の雅頌の正声をはずかしめるものでもなく、風人温柔敦厚の本旨を乱るものでもない。

57. 曽無叅於雅頌 「曾」は「乃」と同じ。「叅」ははずかしめること。ここでは見劣りすること。「雅頒」は『詩経』の雅と頌。

58. 亦靡濫於風人 「靡」は「無」と同じ。「濫」は乱ること。「風人」は「詩人」に同じ。『後漢書』「桓栄伝」に「風人の興歌する所以」とあり、『魏志』「陳思王植伝」に、「是を以て殖々穆々、風人之を詠ず」とある。錘露昇氏が「国風の作者を指す」という意味でも深くなる。

 

涇渭之間、若斯而已。

乱れたとしても、わずかに黄河にそそぐ水の濁水の涇水と清流の渭水が合流するように、編纂されたという、ニ水の清濁のへだてがある程度にすぎぬというものである。

59. 涇渭之間、若斯而己 陝西省の涇水と渭水の清濁分かるるをいう。その流域が黄土である涇水が濁り、流域が岩石で安定している渭水は澗水が清流であるが、『詩経』「榔夙谷風篇」に、「控は洞を以て濁る」とあるので、清の乾隆の時、駅西巡撫奉承恩に実地調査をさせた所、『詩経』にある通り、実際は浬水が清く洞水が濁っていたという。

 

 

玉臺新詠序の字解集

玉-010 玉臺新詠集序⑽§3-2〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7623

-010 玉臺新詠集序⑽§3-2〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7623

玉臺新詠集序⑽§3-2  妖艶な細腰は美しいが力なく、南陽の張魯は女児の搗衣を学ぶを悟らなばならない。深宮の中に生長して、扶風(陝西省)の蘇意が織錦の詩を笑う。たとい玉女の投壷の妙技も、これを見物するのは育矢を往返することに終わるのみである。斉姫の双陸の手錬も、感心するのは六箸の操作だけに止まるであろう。真に心をこめるのは、暇日に恰ばすものはないから、工夫を新詩に凝らすというものである。したがって、これこそ皐蘇のかわりに、彼女たちの愁悶を除去することが出来ようというものである。

 

-001-#9

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7617

徐陵

 

⑼§3-1

 

 

 

        
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 Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注806年-10 巻一 14-7-#2 秋懷詩,十一首之七Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7620 
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 index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 國子祭酒18首index-13 821年~822年 22首index-14 57歳・病気のため退職。没す14首韓愈 哲学・儒学「五原」孟郊 
        
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
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 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
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玉臺新詠タイトル
 

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。

かくて椒房の殿角さえもまろやかにまがり、柘館の管陰は高大深邃なものである。

絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

早朝、宮門の紅鶴は厳重に鎖され、白昼になっても、門上の銅環は音もなく静かである。

三星未夕、不事懷衾、

未だ三星の輝く薄暮になるというのに、布団を抱いて御寝に侍する準備もないのである。

五日猶賖、誰能理曲。

五日の輪番の期はまだ遠いから、誰が清曲のおさらいをするものがあろうか。

少託、寂寞多閒。

ただ、安閑と日を度り、情を寄せる所もなく、寂寞として職事もないから閑暇な時が多い。

厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

時を知らせる長楽宮の疎鐘の音も聴くにいとわしく、内寝の水時計の目盛りの箭も見るのが億劫である。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、

妖艶な細腰は美しいが力なく、南陽の張魯は女児の搗衣を学ぶを悟らなばならない。

生長深宮、笑扶風之織錦。

深宮の中に生長して、扶風(陝西省)の蘇意が織錦の詩を笑う。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、

たとい玉女の投壷の妙技も、これを見物するのは育矢を往返することに終わるのみである。

爭博齊姫、心賞窮於六箸。

斉姫の双陸の手錬も、感心するのは六箸の操作だけに止まるであろう。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

真に心をこめるのは、暇日に恰ばすものはないから、工夫を新詩に凝らすというものである。

庶得代彼、蘇蠲玆愁疾。

したがって、これこそ皐蘇のかわりに、彼女たちの愁悶を除去することが出来ようというものである。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

 

⑼§3-1

にして椒宮宛 轉し、柘觀 隂岑たり。

絳鶴 晨に嚴し、銅蠡 晝 靜かなり。

三星 未だ夕ならざれば、衾を懷【いだ】く事をせず、

五日 猶お賖【はる】かなれば、誰か能く曲を理めん。

 託すること少く、寂寞 閒なること多し。

長樂の疎鍾に厭き、中宮の緩箭に勞る。

⑽§3-2

纎腰 力 無くして、南陽の擣衣を怯る、

深宮に生長して、扶風の織錦を笑う。

雖【たと】い復た 投壺の玉女も、歡を爲すは 百嬌に盡く、

爭博の齊姫も、心に賞するは、六箸に窮まらん。

神を暇景に怡ばす無く、唯だ 意を新詩に屬す。

庶わくは 彼の蘇にり 玆しく 愁疾を蠲【のぞ】くを得ん

⑾§3-3

但 徃世の名篇、當に今の巧製、

諸【これ】を麟閣に分ち、散じて鴻都に在り。

篇章を籍にせざれば、披覽にする由し無し。

是に於て脂を然して暝寫し、筆を弄して晨に書す、

艶歌を選錄し、凡そ十卷と爲す。

曽ち 雅頌に叅【はず】る無く、亦た風人に於て濫【みだ】るる靡【な】し。

涇渭の間、斯の若き 已【のみ】。

 

 

 

玉臺新詠集序現代語訳と訳註解説
(
本文)

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊姫、心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

 

(下し文)

§3-2

纎腰 力 無くして、南陽の擣衣を怯る、

深宮に生長して、扶風の織錦を笑う。

雖【たと】い復た 投壺の玉女も、歡を爲すは 百嬌に盡く、

爭博の齊姫も、心に賞するは、六箸に窮まらん。

神を暇景に怡ばす無く、唯だ 意を新詩に屬す。

庶わくは 彼の蘇に代り しく 愁疾を蠲【のぞ】くを得ん

 

(現代語訳)

妖艶な細腰は美しいが力なく、南陽の張魯は女児の搗衣を学ぶを悟らなばならない。

深宮の中に生長して、扶風(陝西省)の蘇意が織錦の詩を笑う。

たとい玉女の投壷の妙技も、これを見物するのは育矢を往返することに終わるのみである。

斉姫の双陸の手錬も、感心するのは六箸の操作だけに止まるであろう。

真に心をこめるのは、暇日に恰ばすものはないから、工夫を新詩に凝らすというものである。

したがって、これこそ皐蘇のかわりに、彼女たちの愁悶を除去することが出来ようというものである。

 

(訳注)

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、

妖艶な細腰は美しいが力なく、南陽の張魯は女児の搗衣を学ぶを悟らなばならない。

44.  纎腰無力、怯南陽之擣衣 「纎腰」は一に「軽身」に作る。「無力」はなよなよとして華香なこと。「南陽」は秦漢の郡名。河南省南陽府・湖北省蓑陽府一帯の地。「擣衣」は梼衣・搗衣に同じ。きぬたをうつこと。『水経注』に、「漢水の南に女郎山あり。上に女郎家あり、下に女郎廟及び梼衣石あり。張魯の女なりと言ふ。小水北流して漢水に入る」とあり、司馬彪の『郡国志』に、「梁州の女郎山は、張魯の女の衣を石上に浣(あら)へるに、女便ち懐朶して二龍を生む。女の死して将に残せんとするに及んで、柩車忽ち騰躍して比の山に升る。遂にここに葬る」とある。旧注は刑州記によって、南郡稀帰県にある屈原の姉、女須の覇及び鴇衣石を以てこれに充て、鍾露昇氏はこれによって「南陽」を「南郡」の誤りとするが、「南陽」は南山の南、洪水の北によって名を得て居り、前記の如く、張魯の女の故事とすれば「南陽」でよいと思われる。

 

生長深宮、笑扶風之織錦。

深宮の中に生長して、扶風(陝西省)の蘇意が織錦の詩を笑う。

45. 笑扶風之織錦 「扶夙」は郡名。漢の郡治は今の駅西省威陽県の東、晋では漢陽県の西北に移っているが、いずれにしても今の陝西省。「織錦」は錦に織ったといわれる蘇意の「回文詩」をさす。蘇意は前奏の符堅の時の人、隣留の令、武功の道質の三女、名は若、字は若蘭、賛治の妻である。賓は符堅の腹心として顕職を歴任していたが、後に有名な妓女趙陽台を寵するや、蕙は嫉妬のあまり之に捶辱を加えたので、賓も怒り、安南将軍として襄陽に赴任する時、ひとり陽台のみを供して蘇氏との音問を絶った。のち蘇氏も恨悔して回文の詩を作って之に寄せた。その詩は縦横八寸の錦に認めたもので、縦横反覆皆章句を成し、名づけて旋磯図といった。賓もその妙絶に感じて、陽台を送りて關中にゆかしめ、再び蘇氏をよび迎え、これより恩好いよいよ厚かったという。今その図は手近なところで王闓運の八代詩選・丁福保の八朝全詩(全漢三国晋南北朝)に載せている。縦横二十九字、題詩二百余首、文字の数は八百四十一字、五色に染めわけてあり、これをいろいろに読むことによって三言より七言に至る凡そ三千八百余首になる。その工巧無比、殆んど神技に近いといわれる。「笑」とは嘲笑すること。

 

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、

たとい玉女の投壷の妙技も、これを見物するのは育矢を往返することに終わるのみである。

46. 雖復 「雖」の字は「心賞窮於六等」までかかる。この場合、「たとい」か「もし」とよむがよい。『礼記』少儀の「推論退可也」の疏に、「経は仮令なり」とあり、『儀礼』士昏礼の「維無梯腰先」の注に、「若し或は梯無くは腰を先にして之を客とするがごとし」といっている。

47. 投壺玉女、為観尽於百験 「観」は一に「歓」に作る。観は見物すること、歓は喜ぶこと。「嬌」は一に「驍」に作るが「矯」の誤写と思われる。「投壷」は古礼の二宴会の席で一つの壷に賓主が矢を投げ入れ、勝ったものが負けたものに酒を飲ませる遊戯。『礼記』「投壷篇」にやり方が詳しく述べてある。『事物紀原』に『西京雑記』を引いて、「漠武の時、郭舎人投壷を善くし、竹を以て矢と為し、嫌を用ひず。古の投壷は中るに取りて還るを求めぎりしが、郭は則ち矢を致して還らしむ。之を験といふ。博の碁を輩中に立て駐傑と為すが如きを言ふなり。今投壷の竹矢を用ひ、激遠を為すを鋲と為すは郭舎人より始まる」といっている。鍾露昇氏は、「京王公が玉女と投壷し、投ずる毎に千二百矯なりしは『神輿経東荒経』に見ゆ。矯は即ち験。院とは其の矢を激して壷より躍り出でしめ、再び手を以て之に接するなり。屡々投じ屡々還し、一矢百余返して失墜せざるなり」と説いている。

 

爭博齊姫、心賞窮於六箸。

斉姫の双陸の手錬も、感心するのは六箸の操作だけに止まるであろう。

48. 争博斉姫、心賞窮於大著 「博」は双六の類。「斉姫」のことは未詳。但し、斉国には古より美人を産す。よって美人を斉姫というか。枚乗の「七発」に「越女、前に侍し、斉姫、後に奉ず」とある。「六箸」は一に「大著」に作る。古の博具。『説文』(河)に、「六博は局戯なり。六著は十二棊なり」とあり、『西京雑記』四に、「許博昌、陸博を善くす。賓嬰之を好み、常に居処を与にす。云々。法六等を用ひ、或は之を究と謂ふ。竹を以て之を為る。長さ六分」とある。「投雫争博」の二事は、たとい玉女・斉姫の妙技に対しても、宮女たちはさほど感心賞嘆しない意を述べた。

 

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

真に心をこめるのは、暇日に恰ばすものはないから、工夫を新詩に凝らすというものである。

49. 無怡神於暇景 「暇景」は「暇日」と同じ。ひまなこと。「怡神」は心をよろこばすこと。

 

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

したがって、これこそ皐蘇のかわりに、彼女たちの愁悶を除去することが出来ようというものである。

50. 庶得代彼蘇蠲玆愁疾 「皐」は本集には「萱」に作る。萱は忘れ草。「葬蘇」は「白苔」ともいう。木の名。『山海経』「海山経」に、「侖着の山に木あり、其の状穀の如くして赤理あり、其の汁は漆の如く、其の味は飴の如し。食ふ者は飢ゑず、以て労を釈く可し。其の名を白苔と日ふ」とあり、注に「或は皋蘇に作る」と記す。王朗の「銃の太子に与ふる書」に、「奉読歓笑、以て飢渇に籍く。復た萱草の憂を忘れ、皐蘇の労を釈くと蛙も以て加ふるなし」とある。「露」は除くこと。新詩こそ奉蘇のかわりに官女たちの憂愁を除き得ることを述べた。

 

 

玉臺新詠序の字解集

玉-009 玉臺新詠集序⑼§3-1〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7617

-009 玉臺新詠集序⑼§3-1〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7617

 

玉臺新詠集序⑼§3-1 かくて椒房の殿角さえもまろやかにまがり、柘館の管陰は高大深邃なものである。早朝、宮門の紅鶴は厳重に鎖され、白昼になっても、門上の銅環は音もなく静かである。未だ三星の輝く薄暮になるというのに、布団を抱いて御寝に侍する準備もないのである。五日の輪番の期はまだ遠いから、誰が清曲のおさらいをするものがあろうか。ただ、安閑と日を度り、情を寄せる所もなく、寂寞として職事もないから閑暇な時が多い。時を知らせる長楽宮の疎鐘の音も聴くにいとわしく、内寝の水時計の目盛りの箭も見るのが億劫である。

 

-001-#9

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7617

徐陵

 

⑼§3-1

 


        
 2016年11月9日の紀頌之5つの校注Blog 
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 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
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 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog花間集 巻一04 訳注解説(9)回目 菩薩蠻十四首 其四漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7616 (11/09) 
        
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 ●薛濤の全詩●花間集(1巻●花間集(2巻●花間集(3巻●花間集(4巻●花間集(5巻 
 ●魚玄機全詩●花間集(6巻●花間集(7巻●花間集(8巻●花間集(9巻●花間集10巻 
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玉臺新詠タイトル

玉臺新詠集序

        陳尚書左僕射、太子少傅、東海徐陵孝穆撰。

⑴§1-1

夫凌雲槩日、由余之所未窺、千門萬、張衡之所曽賦。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、四姓良家、馳名永巷。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

楚王宮裏、無不推其細腰、衞國佳人、俱言訝其纎手。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

弟兄協律、自少小學歌、長生河陽、由來能舞、琵琶新曲、

無待石崇、箜篌雜引、非關曹植、傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

馺娑、騁纎腰於結風、長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、反揷金鈿、橫抽瑶樹。

南都石黛、最發雙蛾、北地燕支、偏開兩靨。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、腰中寳鳳、授曆軒轅。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

三星未夕、不事懷衾、五日猶賖、誰能理曲。

少託、寂寞多閒。厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

 

⑿§4-1

於是麗以金箱、裝之瑶軸。 

三臺妙迹、龍伸蠖屈之書、五色花牋、河北膠東之紙。

高樓紅粉、仍定魚魯之文辟惡生香、聊防羽陵之蠹。

⒀§4-2

靈飛太甲、高擅玉函、鴻烈仙方、長推丹枕、至如靑牛帳裏、

餘曲終、朱鳥窓前、新粧已竟、方當開玆縹帙、散此繩、

永對翫於書幃、長循環於纎手、

⒁§4-3

豈如鄧學春秋、儒者之功難習、竇專黃老、金丹之術不成。

固勝西蜀豪家、託情窮於魯殿、東儲甲觀、流詠止於洞簫。

孌彼諸、聊同棄日、猗歟彤管、無或譏焉。

 

 

 

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。

かくて椒房の殿角さえもまろやかにまがり、柘館の管陰は高大深邃なものである。

絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

早朝、宮門の紅鶴は厳重に鎖され、白昼になっても、門上の銅環は音もなく静かである。

三星未夕、不事懷衾、

未だ三星の輝く薄暮になるというのに、布団を抱いて御寝に侍する準備もないのである。

五日猶賖、誰能理曲。

五日の輪番の期はまだ遠いから、誰が清曲のおさらいをするものがあろうか。

少託、寂寞多閒。

ただ、安閑と日を度り、情を寄せる所もなく、寂寞として職事もないから閑暇な時が多い。

厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

時を知らせる長楽宮の疎鐘の音も聴くにいとわしく、内寝の水時計の目盛りの箭も見るのが億劫である。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊姫、心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

 

⑼§3-1

にして椒宮宛 轉し、柘觀 隂岑たり。

絳鶴 晨に嚴し、銅蠡 晝 靜かなり。

三星 未だ夕ならざれば、衾を懷【いだ】く事をせず、

五日 猶お賖【はる】かなれば、誰か能く曲を理めん。

 託すること少く、寂寞 閒なること多し。

長樂の疎鍾に厭き、中宮の緩箭に勞る。

⑽§3-2

纎腰 力 無くして、南陽の擣衣を怯る、

深宮に生長して、扶風の織錦を笑う。

雖【たと】い復た 投壺の玉女も、歡を爲すは 百嬌に盡く、

爭博の齊姫も、心に賞するは、六箸に窮まらん。

神を暇景に怡ばす無く、唯だ 意を新詩に屬す。

庶わくは 彼の蘇にり 玆しく 愁疾を蠲【のぞ】くを得ん

⑾§3-3

但 徃世の名篇、當に今の巧製、

諸【これ】を麟閣に分ち、散じて鴻都に在り。

篇章を籍にせざれば、披覽にする由し無し。

是に於て脂を然して暝寫し、筆を弄して晨に書す、

艶歌を選錄し、凡そ十卷と爲す。

曽ち 雅頌に叅【はず】る無く、亦た風人に於て濫【みだ】るる靡【な】し。

涇渭の間、斯の若き 已【のみ】。

 

 

 

玉臺新詠集序現代語訳と訳註解説
(
本文)

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。

絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

三星未夕、不事懷衾、

五日猶賖、誰能理曲。

少託、寂寞多閒。

厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

 

(下し文)

§3-1

にして椒宮宛 轉し、柘觀 隂岑たり。

絳鶴 晨に嚴し、銅蠡 晝 靜かなり。

三星 未だ夕ならざれば、衾を懷【いだ】く事をせず、

五日 猶お賖【はる】かなれば、誰か能く曲を理めん。

 託すること少く、寂寞 閒なること多し。

長樂の疎鍾に厭き、中宮の緩箭に勞る。

 

(現代語訳)

かくて椒房の殿角さえもまろやかにまがり、柘館の管陰は高大深邃なものである。

早朝、宮門の紅鶴は厳重に鎖され、白昼になっても、門上の銅環は音もなく静かである。

未だ三星の輝く薄暮になるというのに、布団を抱いて御寝に侍する準備もないのである。

五日の輪番の期はまだ遠いから、誰が清曲のおさらいをするものがあろうか。

ただ、安閑と日を度り、情を寄せる所もなく、寂寞として職事もないから閑暇な時が多い。

時を知らせる長楽宮の疎鐘の音も聴くにいとわしく、内寝の水時計の目盛りの箭も見るのが億劫である。

 

(訳注)

⑼§3-1

(詩経の雅頌に比しても優れた詩歌を昼夜分かたず撰編し、10巻になった。)

 

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。

かくて椒房の殿角さえもまろやかにまがり、柘館の管陰は高大深邃なものである。

34. 既而 この「既」は上に述べたることを前提にして下を言い起こす辞。乃ち、もとより、という意。『詩経』「大雅鳧鷖篇」、《鳧鷖》(ふえい)、生民の什「鳧鷖在涇、公尸來燕來寧。爾酒既清、爾殽既馨、公尸燕飲、福祿來成。」(鳧鷖 涇に在り、公尸 來り 燕し來り寧んず。爾の酒 既に清く、爾の肴 既に馨し、公尸 燕飲して、福祿 來り成る。」とあるのがその例である。「而」の字があるので、軽い転接の詞として「かくて」と訳す。

35. 椒宮宛轉 「椒宮」は一に「椒房」に作る。同じ。「椒房」は①皇后の御所。②皇后・皇妃の別名。山椒を泥にまぜて塗りこむからいう。山板は暖気を与え悪気を除く効果があり、実を多く結ぶので子孫の多いことを祝する意味がある。椒房殿は未央官に在った。「宛転」は攣曲のさま。曲折の貌。「椒」は山椒(さんしよう)、「房」は室の意。中国で皇后の御所の壁に邪気を払うためと、実の多いことにあやかり、皇子が多く生まれるようにと、山椒を塗り込めたり、庭に植えたりしたところからこの名があるという。

36. 柘觀隂岑 「柘館」は漢の上林官の館名。「隂岑」は高大深邃なさま。駱賓王の「帝京篇」にも、「桂殿は陰岑として玉楼に対す」の句がある。

 

絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

早朝、宮門の紅鶴は厳重に鎖され、白昼になっても、門上の銅環は音もなく静かである。

37. 絳鶴晨嚴 「緯鶴」は紅鶴で、錘露昇氏は江総の文に「鶴籥晨に啓く」とあるから、宮門の鎖籥が鶴の形をしているのだと見た。江総の文は「陳の六宮を為るの謝表」に、「鶴籥晨に起り、雀釵 暁に映ず」とあるのをさし、文に異同があるが、鶴籥は鶴の笛と解されている。然し陳子良の「王季卿の為に王仁寿に与ふる書」には、「俱に龍樓に侍し、預りて鶴籥に陪す」とあり、鍾説に従う。

38. 銅蠡晝靜 「銅蠡」は「鋪首」ともいって、門扉に著けて環を銜える銅製の金具である。「駢雅釈宮」に、「鋪首は門錯なり」とある。鍾霹昇氏は銅蠡の起こりについて、「風俗通に、『公輸班、水中の蠡を見て、引いてその戸を閉づるに、終に開く可からず。遂に之を像にし門戸に立つ』とあり」と記している。一種の門の飾りともなっていたらしい。「緯鶴・銅蠡」の二句は、掖庭の扉は常に開かれているのではなく、日中の出入りにも、やかましい音を立てるのを禁じてあるのをいった。

 

三星未夕、不事懷衾、

未だ三星の輝く薄暮になるというのに、布団を抱いて御寝に侍する準備もないのである。

39. 三星未夕、不事懷衾 この句は『詩経』「召南小星篇」に本づく。「嘒たる彼の小星は、三五東に在り。粛々として宵征く。夙夜公に在り、寔に命同じからず。」「嘒たる彼の小星は、維れ参と昂と。粛々として宵征く。衾と裯とを抱く。寔に命同じからず」とある。序には、「夫人妬忌の行無く、恵賤妾に及ぶ。君に進御するに、其の命、貴賎あるを知りて、能く其の心を尽す」とあり、朱子もこれに従っている。後世、小星を妾のことにいうのはこの解に本づく。然し王質の『詩総聞』には、「君子、王事を以て役に行き、婦人之を送る。星を指すは、是れ夜に入るなり」といい、方玉潤は行役者の作とし、「衾と裯とを抱く」をさして、「もし比の句をして閨閤の詠たらしめは、亦青楼枕を移して人に就くの意、豈深宮、君に進御するの象ならんや」と旧説を否定している。徐陵の意は勿論序に従って説かねばならない。「三星」とは、「三・五東に在り」を受けて、星数の少ないのにいった。三・五東に在るのはこれ初昏の時である。「三星未夕」とは未だ三星の輝く薄暮に至らない意。『詩経』「唐風綢繆篇」には、「綢繆薪を束ぬ。三星天に在り」の句があり、『毛伝』では参星が東方にあらわれた初昏の時と見、『鄭箋』では三星を心星としている。一説にはこの篇に本づくとする。亦通ずるが、下旬に考えて、姑らく前説に従う。「不事懐余」は「小星篇」の「余と禍とを抱く」から来ている。「」は夜具、「」はひとえのふとん。これを抱くのは君に進御するためだというのが旧説。(新しい解釈では征夫の野営用の毛布の類と見る。徐陵の意は勿論旧説によらねばならない。)

 

五日猶賖、誰能理曲。

五日の輪番の期はまだ遠いから、誰が清曲のおさらいをするものがあろうか。

40. 五日猶賖、誰能理曲 「賖」は一に「餘」に作る。「賖」ははるかなこと。一御に五日を期としていたことは、『詩経』「小雅采緑篇」に、「五日を期と為す」とあり、『毛伝』に、「婦人は五日にして一御」とある。「理曲」とは、枚乗の「雑詩」に、「燕趙に美人多し。美なる者は顔玉の如し。羅裳の衣を被服し、戸に当って清曲を理む。音響一に何ぞ悲しき。絃急にして柱の促すを知る。情を馳せて巾帯を整ふ。沈吟柳か尉拭。双飛燕の為に、泥を衝んで君が臣に巣つくらんと恩ふ」の意をふまえている。従ってここは、「五日ごとに輪番で進御に上るので、その間がまだ違いから、絃声を急にし清曲のおさらいをする者もない」の意。

 

少託、寂寞多閒。

ただ、安閑と日を度り、情を寄せる所もなく、寂寞として職事もないから閑暇な時が多い。

41. 優少託、寂寞多閒 「はのんびり遊びくらすこと。「少託」は(趣味・技芸等)他に自分の心情をよせるものも少ないこと。「寂寞」はさびしいこと。「多閒」は何の職事もなくひまをもてあますこと。

 

厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

時を知らせる長楽宮の疎鐘の音も聴くにいとわしく、内寝の水時計の目盛りの箭も見るのが億劫である。

42. 厭長樂之疎鍾 「長楽」は宮殿の名。未央官の東隅に在った。長楽宮で時をしらせる鐘の声を聴くのもうとましい意。

43. 勞中宮之緩箭 「中宮」は内寝をいう。「緩箭」は緩やかに上りて水時計の目盛りをさす矢。「」は億劫なこと。水時計の日盛りを見るのも億劫であるという意。

玉-001-#8 玉臺新詠集序⑻§2-5〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7611

-001-#8 玉臺新詠集序⑻§2-5〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7611

 

⑻§2-5  こうして作られた清高の作品は筐裏に満ちていて、ただに、晋の傳統が妻の「芍薬花の頌」に比すべきのみならない。幾多の新作の文章は 漢の張洪茂が「葡萄酒の賦」よりも優れたものであるのである。九月九日、重陽の節句には、高い処に登り菊花の酒を飲むにあたっては、時節に合ったやさしき抒情の詩が出来ているのである。晋の万年公主が、父武帝のために寵姫左貴嬢の早世を悼んで作った作品のような生前の徳をたたえた如き名文がなくもないということである。とにかく、その容姿の麗しいことは前述の如くであるが、その才情の豊かなこともかくの通りなのである。

 

-001-#8

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7611

徐陵

 

⑻§2-5

 

 

 

        
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玉臺新詠タイトル
 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、

新寵の名が長楽官に聞こえてきたといえば、漢の陳皇后の阿嬌(武帝の皇后)であることはだれもが知って心に憤懣をいだくのである。

畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

天仙の肖像画を見たならば、それは匈奴の王妃閼氏を見ることであり、絶対に寵愛を大いに受けるに違いないから、同時に嫉妬の心を生ずるにちがいない。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

或は宋玉の賦にいう東隣の美女(衛子夫)が帝(漢の武帝)の更衣の処に御寝に侍り寵愛を得たるのをいうのであり、また西子が微しく眉をひそめて甲帳の中に横臥するを得たるが如くをあげられる。

馺娑、騁纎腰於結風、

未央宮の駿婆殿に陪遊しては、その柳のような細腰を疾風に舞わしたものだ。

長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

そして、鴛鷺宮にいつまでも華やかに、永楽して、新編の秦声を即座に歌曲にのせてうたうのである。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、

それかと思うと、髪は魏の文帝の宮人、莫瓊樹がなせる蝉の羽のように透けて見えるほどに解きつくした髪型であったり、或は後漢の政治家梁冀の妾孫寿の考案した「愁眉・啼妝・堕馬髻・折腰歩・齲歯笑、以て媚感を為す」とし、特に堕馬の垂髪を照し出したようなものまであった。

反揷金鈿、橫抽瑶樹。

それに、黄金作りのかんざしをそりまがるように挿し、宝珠作りのこうがいを横につき出して強い自己主張をしている。

南都石黛、最發雙蛾、

南方の都の地方でとれる石墨で念入りに蛾眉を画き、なによりもさきに、三日月眉、蛾の触鬢が美しい弧を画くのである。

北地燕支、偏開兩靨。

北方産のものである燕脂でひたすら両頬の靨鈿をくまどり、飾っている。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、

舞容の蹁躚たることは、山上の仙童が魏の文帝に丸薬を与え、「羽翼を生ず」といったことにひとしいほどである。

腰中寳鳳、授曆軒轅。

そして、簫の笛の吹奏の巧妙なるは、仙界の宮女らが腰中の宝鳳を黄帝が伶倫に命じて律を作らせたもののように、その律暦があざやかなものである。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

金星の黄色のおしろい「花黄」「花鈿」は須女と其の華やかさを争ったといい、彎々たる麝月の眉は嫦娥とさわやかさを競うというものである。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、

そして、舞う姿にあたっては、鸞鳳の驚くに似たなまめかしい袖があり、時々晋の韓掾の名香をひるがえしたようである。

飛燕長裾、宜結陳王之佩。

燕の飛ぶに似た長い裾襟 は 魏の陳思王曹植の玉珮を繋けるにふさわしいものである。

雖非圖畫、入甘泉而不分、

それは、絵にかいたほどの美人ではないが、もし描けば、甘泉宮に入った武帝妃の李夫人の名画と上下を分かち難いのである。

言異神仙、戯陽臺無

楚の懐王が高唐で逢った、神仙瑤姫とは異なるといっても、陽台の下に戯れてはそれととんと区別ができないということであろう。

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

まことに傾国といおうか傾城といおうか美人ではある、比類なき無双の美人というべきものである。

加以天時開朗、逸思雕華。

それに加えることとして、天資・天性は明朗(賢)にして、俊逸の才思は華彩を生じたのである。

妙解文章、尤工詩賦。

そして、よく文章を理解し、殊に詩賦を作るに巧みである。

琉璃硯匣、終日隨身、

そして、大切な琉璃の硯箱は、終日、身辺に携えておくのである。

翡翠筆牀、無時離手。

そこには、筆かけに翡翠の筆管は、一時たりとも手から離さない。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、

こうして作られた清高の作品は筐裏に満ちていて、ただに、晋の傳統が妻の「芍薬花の頌」に比すべきのみならない。

新製連篇、寧止葡萄之樹。

幾多の新作の文章は 漢の張洪茂が「葡萄酒の賦」よりも優れたものであるのである。

九日登高、時有緣情之作、

九月九日、重陽の節句には、高い処に登り菊花の酒を飲むにあたっては、時節に合ったやさしき抒情の詩が出来ているのである。

萬年公主、非無累德之辭。

晋の万年公主が、父武帝のために寵姫左貴嬢の早世を悼んで作った作品のような生前の徳をたたえた如き名文がなくもないということである。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

とにかく、その容姿の麗しいことは前述の如くであるが、その才情の豊かなこともかくの通りなのである。

 

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

 

 

玉臺新詠集序現代語訳と訳註解説
(
本文)

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、

新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、

萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

(下し文)

§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

 

(現代語訳)

⑻§2-5

こうして作られた清高の作品は筐裏に満ちていて、ただに、晋の傳統が妻の「芍薬花の頌」に比すべきのみならない。

幾多の新作の文章は 漢の張洪茂が「葡萄酒の賦」よりも優れたものであるのである。

九月九日、重陽の節句には、高い処に登り菊花の酒を飲むにあたっては、時節に合ったやさしき抒情の詩が出来ているのである。

晋の万年公主が、父武帝のために寵姫左貴嬢の早世を悼んで作った作品のような生前の徳をたたえた如き名文がなくもないということである。

とにかく、その容姿の麗しいことは前述の如くであるが、その才情の豊かなこともかくの通りなのである。

 

(訳注)

⑻§2-5

〔以下、更に「玉臺新詠」の詩歌の選定に対して、麗貌と舞容とを反復形容し、甘泉・陽台の二句に至っては、帝寵を檀にすることを述べたものである。〕⑹§2-3、⑺§2-4のつづき

 

 

清文滿篋、非唯芍藥之花、

こうして作られた清高の作品は筐裏に満ちていて、ただに、晋の傳統が妻の「芍薬花の頌」に比すべきのみならない。

34. 清文満餞、非惟弓英之花 「清文」は下句と対して、「清・新」を分用した。「」は竹製の文箱。原稿などを入れておく。晋の傳統の妻に「芍薬花の頌」があったというが、今は伏して伝わらず、僅かに「傳統伝」に、「煜煜たる芍薬、此の前庭に植う。晨には甘露に潤ひ、昼は陽臺に晞に(かわ)く」の四句だけがのこっている。

 

新製連篇、寧止葡萄之樹。

幾多の新作の文章は 漢の張洪茂が「葡萄酒の賦」よりも優れたものであるのである。

35. 新製連篇、寧止蒲萄之樹 「新製」は新しい作品。「連篇」は篇数の多いこと。「蒲萄之樹」は鐘露昇氏は前涼の張洪茂の「葡萄酒の賦」としている。

 

九日登高、時有緣情之作、

九月九日、重陽の節句には、高い処に登り菊花の酒を飲むにあたっては、時節に合ったやさしき抒情の詩が出来ているのである。

36. 九日登高、時有縁情之作 九月九日は重陽の節句で、高い処に登り菊花の酒を飲むならわしである。「縁情」は感情の動くままにの蕃U陸機の「文賦」に、「詩は情に縁りて綺靡、賦ほ物を体して劃亮たり」とある。杜甫、

登高 重陽には高い丘に登ることを言う。この園の高処にのぼるをいう。

《卷一二58  九日》「去年登高縣北,今日重在涪江濱。」(去年 高きに登る 縣の北,今日 重ねて在る 涪江の濱。)

《卷一七25 九日(登高)諸人集於林》 「登高明朝是,相要舊俗非。」(高きに登る 明朝 是なり,相い要うるも舊俗非なり。)

《卷一九18又上後園山》「秋風亦已起,江漢始如湯。登高欲有往,蕩析川無梁。」(秋風 亦た已に起る,江漢 始めから 湯の如し。高きに登りて 往く有らんと欲し,蕩析して川に梁無し。)      

《卷二○49九日五首其四》「 故里樊川菊,登高素滻源。」(故里樊川の菊,高きに登る 素滻の源。)

《卷二○九日五首其五登高》「風急天高猿嘯哀、渚清沙白鳥飛廻。」(風急に天高くして 猿嘯哀し、 渚清く沙白くして 鳥飛廻る。)

 

萬年公主、非無累德之辭。

晋の万年公主が、父武帝のために寵姫左貴嬢の早世を悼んで作った作品のような生前の徳をたたえた如き名文がなくもないということである。

37. 万年公主、非無累徳之辞 「万年公主」は晋の武帝の女。「累徳」は徳を績みかさねる意。晋の武帝の左貴妃嬪は名を芬といい、少くして学を好み、善く文を属したが、早く卒したので、帝痛悼して己まず、万年公主に詔して誄(哀悼文)を作らせ、その生前の徳行を偲ばれた。その文には左貴妃嬪の徳を形容称賛してある。一説に「累」は一に「誄」に作る。誄を作り徳行を叙べるから「誄徳之辞」といったと見るものがあるが、熟語としては生硬な感がある。

 

其佳麗也如彼、其才情也如此。

とにかく、その容姿の麗しいことは前述の如くであるが、その才情の豊かなこともかくの通りなのである。

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玉-001-#7 玉臺新詠集序⑺§2-4〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7605

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⑺§2-4

まことに傾国といおうか傾城といおうか美人ではある、比類なき無双の美人というべきものである。それに加えることとして、天資・天性は明朗(賢)にして、俊逸の才思は華彩を生じたのである。そして、よく文章を理解し、殊に詩賦を作るに巧みである。そして、大切な琉璃の硯箱は、終日、身辺に携えておくのである。そこには、筆かけに翡翠の筆管は、一時たりとも手から離さない。

 

 

-001-#7

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⑺§2-4

 

        
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 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41首index-2[800年~804年]27首index-3 805年陽山から江陵36首index-4 806年 39歳 江陵・国子博士25首 
 index-5 806年39歳(2)25首index-6 807~809年 20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳57首index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首 
 index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 國子祭酒18首index-13 821年~822年 22首index-14 57歳・病気のため退職。没す14首韓愈 哲学・儒学「五原」孟郊 
        
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog757年-007 遣悶戲呈路十九曹長 杜詩詳注(卷一八(四)一六○二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7603 
 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog花間集 巻一02 訳注解説(7漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7604 (11/07) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始 
 Ⅴ.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog玉臺新詠序の字解集玉-001-#7 玉臺新詠集序⑺§2-4〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7605 
 ●薛濤の全詩●花間集(1巻●花間集(2巻●花間集(3巻●花間集(4巻●花間集(5巻 
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⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、

新寵の名が長楽官に聞こえてきたといえば、漢の陳皇后の阿嬌(武帝の皇后)であることはだれもが知って心に憤懣をいだくのである。

畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

天仙の肖像画を見たならば、それは匈奴の王妃閼氏を見ることであり、絶対に寵愛を大いに受けるに違いないから、同時に嫉妬の心を生ずるにちがいない。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

或は宋玉の賦にいう東隣の美女(衛子夫)が帝(漢の武帝)の更衣の処に御寝に侍り寵愛を得たるのをいうのであり、また西子が微しく眉をひそめて甲帳の中に横臥するを得たるが如くをあげられる。

馺娑、騁纎腰於結風、

未央宮の駿婆殿に陪遊しては、その柳のような細腰を疾風に舞わしたものだ。

長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

そして、鴛鷺宮にいつまでも華やかに、永楽して、新編の秦声を即座に歌曲にのせてうたうのである。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、

それかと思うと、髪は魏の文帝の宮人、莫瓊樹がなせる蝉の羽のように透けて見えるほどに解きつくした髪型であったり、或は後漢の政治家梁冀の妾孫寿の考案した「愁眉・啼妝・堕馬髻・折腰歩・齲歯笑、以て媚感を為す」とし、特に堕馬の垂髪を照し出したようなものまであった。

反揷金鈿、橫抽瑶樹。

それに、黄金作りのかんざしをそりまがるように挿し、宝珠作りのこうがいを横につき出して強い自己主張をしている。

南都石黛、最發雙蛾、

南方の都の地方でとれる石墨で念入りに蛾眉を画き、なによりもさきに、三日月眉、蛾の触鬢が美しい弧を画くのである。

北地燕支、偏開兩靨。

北方産のものである燕脂でひたすら両頬の靨鈿をくまどり、飾っている。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、

舞容の蹁躚たることは、山上の仙童が魏の文帝に丸薬を与え、「羽翼を生ず」といったことにひとしいほどである。

腰中寳鳳、授曆軒轅。

そして、簫の笛の吹奏の巧妙なるは、仙界の宮女らが腰中の宝鳳を黄帝が伶倫に命じて律を作らせたもののように、その律暦があざやかなものである。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

金星の黄色のおしろい「花黄」「花鈿」は須女と其の華やかさを争ったといい、彎々たる麝月の眉は嫦娥とさわやかさを競うというものである。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、

そして、舞う姿にあたっては、鸞鳳の驚くに似たなまめかしい袖があり、時々晋の韓掾の名香をひるがえしたようである。

飛燕長裾、宜結陳王之佩。

燕の飛ぶに似た長い裾襟 は 魏の陳思王曹植の玉珮を繋けるにふさわしいものである。

雖非圖畫、入甘泉而不分、

それは、絵にかいたほどの美人ではないが、もし描けば、甘泉宮に入った武帝妃の李夫人の名画と上下を分かち難いのである。

言異神仙、戯陽臺無

楚の懐王が高唐で逢った、神仙瑤姫とは異なるといっても、陽台の下に戯れてはそれととんと区別ができないということであろう。

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

まことに傾国といおうか傾城といおうか美人ではある、比類なき無双の美人というべきものである。

加以天時開朗、逸思雕華。

それに加えることとして、天資・天性は明朗(賢)にして、俊逸の才思は華彩を生じたのである。

妙解文章、尤工詩賦。

そして、よく文章を理解し、殊に詩賦を作るに巧みである。

琉璃硯匣、終日隨身、

そして、大切な琉璃の硯箱は、終日、身辺に携えておくのである。

翡翠筆牀、無時離手。

そこには、筆かけに翡翠の筆管は、一時たりとも手から離さない。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

 

 

玉臺新詠集序現代語訳と訳註解説
(
本文)

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。

妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、

翡翠筆牀、無時離手。


(
下し文)
⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。


(現代語訳)
⑺§2-4

まことに傾国といおうか傾城といおうか美人ではある、比類なき無双の美人というべきものである。

それに加えることとして、天資・天性は明朗(賢)にして、俊逸の才思は華彩を生じたのである。

そして、よく文章を理解し、殊に詩賦を作るに巧みである。

そして、大切な琉璃の硯箱は、終日、身辺に携えておくのである。

そこには、筆かけに翡翠の筆管は、一時たりとも手から離さない。


(
訳注)
⑺§2-4

〔以下、更に「玉臺新詠」の詩歌の選定に対して、麗貌と舞容とを反復形容し、甘泉・陽台の二句に至っては、帝寵を檀にすることを述べたものである。〕⑹§2-3のつづき

 

 

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

まことに傾国といおうか傾城といおうか美人ではある、比類なき無双の美人というべきものである。

28. 傾国傾城 一国を傾けても居ない、一城を傾けても見つからない程の美人。今日は男をして国や城を亡しても顧みない程の美人と説くけれどここでは単に美人を言う。娼妓・遊女をいうようになるのも後世の転義。また一国一城の人の耳目をそびやかす程の美人の意と見る別解も世に行わる。

29. 無對無雙 一に「無双無対」に作る。「無対」とは対偶するものがないこと。「無双」とは二人とないこと。要するに世にならびない美人のこと。

 

加以天時開朗、逸思雕華。

それに加えることとして、天資・天性は明朗(賢)にして、俊逸の才思は華彩を生じたのである。

30.  天時開朗 一に「天時」に作り、また「天精」に作る。「天情」 の二字はもと南北朝の習語、「天時」「天晴」「天精」は恐らくは訛誤であろう。「天情」は天資・天性という程の意。「開朗」は「明朗」と同じ。(陶淵明の「桃花源の記」に「豁然開朗」とある。) ここはその心がうち開けて賢明なるをいったものと思われる。『晋書』「胡奮伝」に、「奮、性開朗」とあるのがその例である。

31. 逸恩彫華 俊逸の才藻(文才)あるのをいった。前の「天情開朗」と対である。鐘露昇露昇氏は「天情開朗」を、「才情映発のごとし」と説きながら、「逸恩彫華」を、「瓢逸の思想、修飾の文彩」と二つに分けて解している。対法からいって無理である。ここは「才思絢欄」と同じに見る。

 

妙解文章、尤工詩賦。

そして、よく文章を理解し、殊に詩賦を作るに巧みである。

 

琉璃硯匣、終日隨身、

そして、大切な琉璃の硯箱は、終日、身辺に携えておくのである。

32.  琉璃硯匣 「瑠璃」は梵語で青色の宝石。ここは美しい形容に用いた。「硯匣」はすずり箱。

 

翡翠筆牀、無時離手。

そこには、筆かけに翡翠の筆管は、一時たりとも手から離さない。

33.  翡翠筆牀「翡翠」はかわせみ。また翠緑色をした宝石。亦美しいのにいった。「筆牀」は筆かけ。ここは筆という程の意に用いた。「牀」は元来物を安置する具で、筆牀・墨牀・印牀・琴牀などの例。

 


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玉-001-#6 玉臺新詠集序⑹§2-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7599

-006 玉臺新詠集序⑹§2-3〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7599

 

⑹§2-3 〔以下、更に「玉臺新詠」の詩歌の選定に対して、麗貌と舞容とを反復形容し、甘泉・陽台の二句に至っては、帝寵を檀にすることを述べたものである。〕

金星の黄色のおしろい「花黄」「花鈿」は須女と其の華やかさを争ったといい、彎々たる麝月の眉は嫦娥とさわやかさを競うというものである。

そして、舞う姿にあたっては、鸞鳳の驚くに似たなまめかしい袖があり、時々晋の韓掾の名香をひるがえしたようである。

燕の飛ぶに似た長い裾襟 は 魏の陳思王曹植の玉珮を繋けるにふさわしいものである。

それは、絵にかいたほどの美人ではないが、もし描けば、甘泉宮に入った武帝妃の李夫人の名画と上下を分かち難いのである。

楚の懐王が高唐で逢った、神仙瑤姫とは異なるといっても、陽台の下に戯れてはそれととんと区別ができないということであろう。

 

 

-001-#6

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7599

徐陵

 

 (6)§2-3

 

        
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⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、

新寵の名が長楽官に聞こえてきたといえば、漢の陳皇后の阿嬌(武帝の皇后)であることはだれもが知って心に憤懣をいだくのである。

畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

天仙の肖像画を見たならば、それは匈奴の王妃閼氏を見ることであり、絶対に寵愛を大いに受けるに違いないから、同時に嫉妬の心を生ずるにちがいない。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

或は宋玉の賦にいう東隣の美女(衛子夫)が帝(漢の武帝)の更衣の処に御寝に侍り寵愛を得たるのをいうのであり、また西子が微しく眉をひそめて甲帳の中に横臥するを得たるが如くをあげられる。

馺娑、騁纎腰於結風、

未央宮の駿婆殿に陪遊しては、その柳のような細腰を疾風に舞わしたものだ。

長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

そして、鴛鷺宮にいつまでも華やかに、永楽して、新編の秦声を即座に歌曲にのせてうたうのである。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、

それかと思うと、髪は魏の文帝の宮人、莫瓊樹がなせる蝉の羽のように透けて見えるほどに解きつくした髪型であったり、或は後漢の政治家梁冀の妾孫寿の考案した「愁眉・啼妝・堕馬髻・折腰歩・齲歯笑、以て媚感を為す」とし、特に堕馬の垂髪を照し出したようなものまであった。

反揷金鈿、橫抽瑶樹。

それに、黄金作りのかんざしをそりまがるように挿し、宝珠作りのこうがいを横につき出して強い自己主張をしている。

南都石黛、最發雙蛾、

南方の都の地方でとれる石墨で念入りに蛾眉を画き、なによりもさきに、三日月眉、蛾の触鬢が美しい弧を画くのである。

北地燕支、偏開兩靨。

北方産のものである燕脂でひたすら両頬の靨鈿をくまどり、飾っている。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、

舞容の蹁躚たることは、山上の仙童が魏の文帝に丸薬を与え、「羽翼を生ず」といったことにひとしいほどである。

腰中寳鳳、授曆軒轅。

そして、簫の笛の吹奏の巧妙なるは、仙界の宮女らが腰中の宝鳳を黄帝が伶倫に命じて律を作らせたもののように、その律暦があざやかなものである。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

金星の黄色のおしろい「花黄」「花鈿」は須女と其の華やかさを争ったといい、彎々たる麝月の眉は嫦娥とさわやかさを競うというものである。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、

そして、舞う姿にあたっては、鸞鳳の驚くに似たなまめかしい袖があり、時々晋の韓掾の名香をひるがえしたようである。

飛燕長裾、宜結陳王之佩。

燕の飛ぶに似た長い裾襟 は 魏の陳思王曹植の玉珮を繋けるにふさわしいものである。

雖非圖畫、入甘泉而不分、

それは、絵にかいたほどの美人ではないが、もし描けば、甘泉宮に入った武帝妃の李夫人の名画と上下を分かち難いのである。

言異神仙、戯陽臺無

楚の懐王が高唐で逢った、神仙瑤姫とは異なるといっても、陽台の下に戯れてはそれととんと区別ができないということであろう。

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

 


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玉-001 玉臺新詠集序 《玉臺新詠序の字解集》 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7600

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Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年-008卷182_22.3 月下獨酌四首 其三(卷二三(二)一三三三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7637

 

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index-4 806年 39 江陵・国子博士25

 

 

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

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 玉臺新詠序の字解

 

【字解】玉臺新詠序 陳尚書左僕射、太子少傅、東海徐陵孝穆撰。

    ----------------------------------------------------------------------------------------------

1. 玉臺 「壁臺」「瑤臺」「金屋」などと同意義で、後宮の美人の居所を想定していて、齊の後宮、東宮御所流行の詩を主体に選定された。

2. 尚書左僕射 尚書省(しょうしょしょう)とは、中国で後漢代から元代まで存在した省。唐の三省六部体制の元で中書省・門下省の取り決めた事を六部に伝える役割を ... 後漢代には尚書台として少府の下に置かれ、長官を尚書令(一名)・副長官を尚書僕射(二名)としている。

3.徐陵 507583)中国,南朝梁,陳の文人貴族。字は孝穆(こうぼく)。梁代から文名がたかく,548年には梁朝の使節として東魏を訪問したが,江南に侯景の乱が勃発し,555年の帰国まで辛酸をなめた。陳代に尚書僕射に栄進。梁の簡文帝の皇太子時代,その東宮に父の徐摛(じよち),および庾肩吾・庾信父子とともに奉職したころの軽艶の詩文は,〈宮体〉(宮体詩)とか〈徐廋体〉とかよばれて世にむかえられた。また《玉台新詠》の編者である。

3. 抑《接続詞「そもそも」が文頭に置かれるところから》最初。発端。副詞的にも用いる。「この話には―から反対だった」「目的が―違う」[接]改めて説き起こすときに用いる語。いったい。だいたい。さて。「―人間というものは」そもそもろん【抑論】物事の始まりや、問題の起きた理由などに立ち戻って論じること。また、そのような論調。

4. 凌雲槩日 宮殿の高いのをいった。「凌雲」は雲を凌いで高く聳えること。「概日」は天日と高さが等しいこと。「概」はとかきで、斗斛に盛った物を平らにする棒である。従って、概日はその高さが太陽と平らになることである。『周書』の「武帝紀」、「鄴を平ぐるの詔」に、「或は層台累構、日に概(たいら)に雲を凌ぐ」とある。「凌雲概日」は下の「千門万戸」と対句になっている。

4. 由余 戎の臣。後に秦の宰相になる。由余の祖先は晋人で、逃げて戎に入ったもので、由余は晋国の言葉を話すことができた。B.C.626戎王の命で秦を視察する。秦繆公が官室の

 

祭器をみせると、由余は「これを人民に作らせば人民を苦しめます」と言った。繆公は「中国は詩書礼楽法律をもって政をしていても時々乱れることがある。これらの祭器がなくて、どうやって政をやっていくのだ」と問うと、由余は笑って「それが中国の乱れる所以です。上は法律により下々を責め、民は苦しむと仁義を盾に上を恨みます。国が乱れるのはこれら礼楽・法律のたぐいがあるためです。

一方、戎夷では上は純朴倹素の徳をもって下に臨み、下は忠誠信実の心をもって上につかえているため、国の政をするのは、一身を治めるようなもので、治まるいわれも知らずに治まっているのです。これこそ、ほんとうの聖人の治というものです」と言った。

繆公は由余が賢明であることがわかると内史の廖に「わしは隣国に聖人がいるのは、相手の国のうれいだと聞いている。どうしたらよかろう」と問うた。

廖は「戎王の心を女楽で乱れさせ、一方で由余を秦にとどめましょう。戎王と臣との間に隙を作り、由余を戎王に疑わせればよろしいでしょう」と言った。繆公は戎王に女楽を奏する者16人を贈った。のちに由余は帰国して戎王を諌めたが、戎王は聴かなかった。一方で繆公は人を遣り、戎王に由余を秦に与えるように説いた。このため由余はついに戎を去って秦に降り、繆公は賓客の礼をもって待遇した。そして繆公は由余に戎を討つ形勢を尋ねた。

B.C.623繆公は由余の策を用いて戎王を討ち、西戎の覇となった。穆公は由余を用い、その謀によって地を拓くこと千里、遂に西戎に覇となった(『史記』「秦本紀」)。ここは、由余は穆公の宮殿は見たであろうが、「凌雲概日」の大宮殿は未だ見たことがない筈というのである。

まず徳があり、国民に利益をあたえる。聖人の治()は民に蔵(ぞう)して府庫(ふこ)に蔵(ぞう)せず。 『聖人之蔵於民府蔵於府庫』 韓非子聖人とは、徳の高い人を指し、府庫とは財物・文書などを入れておく蔵。ここでは自分の財布のこと。

5. 千門万戸 一に「万戸千門」に作る。

6. 張衡 (78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。経歴[編集]. 没落した官僚の家庭に生まれた。祖父張堪は地方官吏だった。曾て班回の「南都の賦」に擬して「二京の賦」を作り、王侯以下の香惨を諷諌した。その作は十年の構恩を経て成ったといわれる。

張衡《西京賦》(27)(建章宮〔二〕には、次の通りである。「閈」は垣のこと。

(建章宮(二)) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

旗不扃,結駟方蘄。

轢輻輕騖,容於一扉。

長廊廣廡,途閣雲蔓。

閈庭詭異,門千萬。

重閨幽闥,轉相踰延。

 張平子(張衡)《西京賦》(27)(建章宮〔二〕)#11-2 文選 賦<114―(27)>31分割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1064 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3868


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玉-001-#5 玉臺新詠集序⑸§2-2〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7593

-005 玉臺新詠集序⑸§2-2〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7593

 

⑸§2-2玉臺新詠集序  それかと思うと、髪は魏の文帝の宮人、莫瓊樹がなせる蝉の羽のように透けて見えるほどに解きつくした髪型であったり、或は後漢の政治家梁冀の妾孫寿の考案した「愁眉・啼妝・堕馬髻・折腰歩・齲歯笑、以て媚感を為す」とし、特に堕馬の垂髪を照し出したようなものまであった。それに、黄金作りのかんざしをそりまがるよう挿し、宝珠作りのこうがいを横につき出して強い自己主張をしている。南方の都の地方でとれる石墨で念入りに蛾眉を画き、なによりもさきに、三日月眉、蛾の触鬢が美しい弧を画くのである。北方産のものである燕脂でひたすら両頬の靨鈿をくまどり、飾っている。舞容の蹁躚たることは、山上の仙童が魏の文帝に丸薬を与え、「羽翼を生ず」といったことにひとしいほどである。そして、簫の笛の吹奏の巧妙なるは、仙界の宮女らが腰中の宝鳳を黄帝が伶倫に命じて律を作らせたもののように、その律暦があざやかなものである。

 

-001-#5

玉臺新詠集序

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徐陵

 

 (5)§2-2

 

 

 

        
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⑴§1-1《玉臺新詠集序》

(六朝末期に編集された詩集である《玉臺新詠》)の序文。この詩集は、陳の徐陵が撰したもので六朝の新樂府を産出せしめる、当時の思想信条、感情に大きく反映せしめるものであった。)

夫凌雲槩日、由余之所未窺、

そもそも高く雲零を凌ぎ天の太陽と高さを斉しくする豪華な宮殿は(春秋時代の)晋の由余も未だ曾て見ない所であった。

千門萬、張衡之所曽賦。

千門万戸の盛況は、漢の張衡が著書の《西京賦》」にえがき出した通りである。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

そして、そこは、さながら周の穆王の壁台の上なのか、あるいは漢の武帝の金屋の中かと見まごうばかりであるばかりか、玉樹は珊瑚を枝としているのである。

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

珠簾は玳瑁ではめこみの鎮飾がほどこされてあり、その中に「宮中内職制度」により、多くの美人が住んでいるのである。

(玉臺新詠集序⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、

その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。

四姓良家、馳名永巷。

昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。

楚王宮裏、無不推其細腰、

彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。

衞國佳人、俱言訝其纎手。

衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

その奥ゆかしく上品な高教養な態度は、かの西施が(范蠡の)特殊教育を受けて呉王の宮中に入ったのとも異なっている。

弟兄協律、自少小學歌、

音楽家系で育ち、その協律のなか家庭に育って、小さい時から歌を学んでいたのである。

長生河陽、由來能舞。

それに舞の盛んな河陽において成長したので、舞は無論妙手である。

琵琶新曲、無待石崇、

自ら琵琶の新曲を作るのに苦もなくて、「造新の曲、哀怨の声多し」といわれた晋の石崇を待つまでもないのである。

箜篌雜引、非關曹植。

それに、箜篌の難曲も、文選に見る魏の曹植を煩わすようなことはない。

傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

鼓瑟は(漢)名門楊(惲の)家より伝授され、吹籍は名人秦女(弄玉)より会得したものであるから、いずれも絶妙の域に達している。

 

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

 

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、

新寵の名が長楽官に聞こえてきたといえば、漢の陳皇后の阿嬌(武帝の皇后)であることはだれもが知って心に憤懣をいだくのである。

畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

天仙の肖像画を見たならば、それは匈奴の王妃閼氏を見ることであり、絶対に寵愛を大いに受けるに違いないから、同時に嫉妬の心を生ずるにちがいない。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

或は宋玉の賦にいう東隣の美女(衛子夫)が帝(漢の武帝)の更衣の処に御寝に侍り寵愛を得たるのをいうのであり、また西子が微しく眉をひそめて甲帳の中に横臥するを得たるが如くをあげられる。

馺娑、騁纎腰於結風、

未央宮の駿婆殿に陪遊しては、その柳のような細腰を疾風に舞わしたものだ。

長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

そして、鴛鷺宮にいつまでも華やかに、永楽して、新編の秦声を即座に歌曲にのせてうたうのである。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、

それかと思うと、髪は魏の文帝の宮人、莫瓊樹がなせる蝉の羽のように透けて見えるほどに解きつくした髪型であったり、或は後漢の政治家梁冀の妾孫寿の考案した「愁眉・啼妝・堕馬髻・折腰歩・齲歯笑、以て媚感を為す」とし、特に堕馬の垂髪を照し出したようなものまであった。

反揷金鈿、橫抽瑶樹。

それに、黄金作りのかんざしをそりまがるように挿し、宝珠作りのこうがいを横につき出して強い自己主張をしている。

南都石黛、最發雙蛾、

南方の都の地方でとれる石墨で念入りに蛾眉を画き、なによりもさきに、三日月眉、蛾の触鬢が美しい弧を画くのである。

北地燕支、偏開兩靨。

北方産のものである燕脂でひたすら両頬の靨鈿をくまどり、飾っている。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、

舞容の蹁躚たることは、山上の仙童が魏の文帝に丸薬を与え、「羽翼を生ず」といったことにひとしいほどである。

腰中寳鳳、授曆軒轅。

そして、簫の笛の吹奏の巧妙なるは、仙界の宮女らが腰中の宝鳳を黄帝が伶倫に命じて律を作らせたもののように、その律暦があざやかなものである。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。

 

 

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玉-001-#4 玉臺新詠集序⑷§2-1〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7587

-004 玉臺新詠集序⑷§2-1〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7587

 

⑷§2-1 新寵の名が長楽官に聞こえてきたといえば、漢の陳皇后の阿嬌(武帝の皇后)であることはだれもが知って心に憤懣をいだくのである。天仙の肖像画を見たならば、それは匈奴の王妃閼氏を見ることであり、絶対に寵愛を大いに受けるに違いないから、同時に嫉妬の心を生ずるにちがいない。或は宋玉の賦にいう東隣の美女(衛子夫)が帝(漢の武帝)の更衣の処に御寝に侍り寵愛を得たるのをいうのであり、また西子が微しく眉をひそめて甲帳の中に横臥するを得たるが如くをあげられる。未央宮の駿婆殿に陪遊しては、その柳のような細腰を疾風に舞わしたものだ。そして、鴛鷺宮にいつまでも華やかに、永楽して、新編の秦声を即座に歌曲にのせてうたうのである。

 

 

-001-#4

玉臺新詠集序

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徐陵

 

 (⑷§2-1)

 

 

 

        
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 index-5 806年39歳(2)25首index-6 807~809年 20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳57首index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28首 
 index-11 819年『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 國子祭酒18首index-13 821年~822年 22首index-14 57歳・病気のため退職。没す14首韓愈 哲学・儒学「五原」孟郊 
        
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog757年-004   愁  杜詩詳注 卷一八(四)一五九九 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 7542 
 杜甫詩(1)736~751年  53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)757年、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53首杜甫詩(6)759年 三吏三別 44首 
 杜甫詩(7)759年秦州詩 66首杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36首杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45首杜甫詩(10)761年、50歳 成都82首杜甫詩(11)762年蜀中転々43首杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49首 
        
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog1.花間集 全500首 訳注解説(4漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7586 (11/04) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始 
 Ⅴ.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog玉-001-#4 玉臺新詠集序⑷§2-1〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7587 
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⑴§1-1《玉臺新詠集序》

(六朝末期に編集された詩集である《玉臺新詠》)の序文。この詩集は、陳の徐陵が撰したもので六朝の新樂府を産出せしめる、当時の思想信条、感情に大きく反映せしめるものであった。)

夫凌雲槩日、由余之所未窺、

そもそも高く雲零を凌ぎ天の太陽と高さを斉しくする豪華な宮殿は(春秋時代の)晋の由余も未だ曾て見ない所であった。

千門萬、張衡之所曽賦。

千門万戸の盛況は、漢の張衡が著書の《西京賦》」にえがき出した通りである。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

そして、そこは、さながら周の穆王の壁台の上なのか、あるいは漢の武帝の金屋の中かと見まごうばかりであるばかりか、玉樹は珊瑚を枝としているのである。

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

珠簾は玳瑁ではめこみの鎮飾がほどこされてあり、その中に「宮中内職制度」により、多くの美人が住んでいるのである。

(玉臺新詠集序⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、

その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。

四姓良家、馳名永巷。

昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。

楚王宮裏、無不推其細腰、

彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。

衞國佳人、俱言訝其纎手。

衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

その奥ゆかしく上品な高教養な態度は、かの西施が(范蠡の)特殊教育を受けて呉王の宮中に入ったのとも異なっている。

弟兄協律、自少小學歌、

音楽家系で育ち、その協律のなか家庭に育って、小さい時から歌を学んでいたのである。

長生河陽、由來能舞。

それに舞の盛んな河陽において成長したので、舞は無論妙手である。

琵琶新曲、無待石崇、

自ら琵琶の新曲を作るのに苦もなくて、「造新の曲、哀怨の声多し」といわれた晋の石崇を待つまでもないのである。

箜篌雜引、非關曹植。

それに、箜篌の難曲も、文選に見る魏の曹植を煩わすようなことはない。

傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

鼓瑟は(漢)名門楊(惲の)家より伝授され、吹籍は名人秦女(弄玉)より会得したものであるから、いずれも絶妙の域に達している。

 

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

 

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、

新寵の名が長楽官に聞こえてきたといえば、漢の陳皇后の阿嬌(武帝の皇后)であることはだれもが知って心に憤懣をいだくのである。

畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

天仙の肖像画を見たならば、それは匈奴の王妃閼氏を見ることであり、絶対に寵愛を大いに受けるに違いないから、同時に嫉妬の心を生ずるにちがいない。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

或は宋玉の賦にいう東隣の美女(衛子夫)が帝(漢の武帝)の更衣の処に御寝に侍り寵愛を得たるのをいうのであり、また西子が微しく眉をひそめて甲帳の中に横臥するを得たるが如くをあげられる。

馺娑、騁纎腰於結風、

未央宮の駿婆殿に陪遊しては、その柳のような細腰を疾風に舞わしたものだ。

長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

そして、鴛鷺宮にいつまでも華やかに、永楽して、新編の秦声を即座に歌曲にのせてうたうのである。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、反揷金鈿、橫抽瑶樹。

南都石黛、最發雙蛾、北地燕支、偏開兩靨。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、腰中寳鳳、授曆軒轅。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑷§2-1

寵 長樂に聞ゆるが若きに至りては、陳后知りて平かならず、

畫 天仙を出せば、閼氏覽て遥かに妬み至るが如し。

東鄰の巧笑に 來りて寢に更衣に侍し、西子の微嚬【びひん】せるは橫に甲帳に陳なるを得。

馺娑にしては、纎腰を結風に騁せ、鴛鴦に長樂しては、奏 聲を度曲に新たにす。

⑸§2-2

鳴蟬の薄鬂を粧い、墮馬の垂鬟を照し。

反まがって金鈿を揷し、橫ざまに瑶樹を抽く。

南都の石黛は、最も雙蛾を發き、

北地の燕支は、偏えに兩靨を開く。

亦た嶺上の仙童、丸を魏帝に分ち、腰中の寳鳳、曆を軒轅に授くる有り。

⑹§2-3

金星は将に婺女【ぶじょ】と華を爭い、麝月は姮娥と爽を兢う。

驚鸞の冶袖は、時に韓掾の香を飄し、飛燕の長裾は、陳王の佩を結ぶに宜し。

圖畫に非ずと雖も、甘泉に入りて分たず、

神仙に異なると言うも、陽臺に戯れてつなし

⑺§2-4

眞に傾國、傾城、無對、無雙の者と謂う可きなり。

加うるに天時の開朗、逸思の雕華を以てす。

妙に文章を解し、尤とも詩賦に工みなり。

琉璃の硯匣、終日 身に隨い、

翡翠の筆牀は、時として手より離す無し。

⑻§2-5

清文の篋に滿つるは、唯 芍藥の花のみに非ず、

新製の篇に連ぬるは、寧んぞ葡萄の樹に止まらん。

九日 登高、時に緣情の作有り、

萬年公主、累德の辭 無きに非ず。

其の佳麗や 彼の如く、其の才情あるや 此の如し。


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玉-001-#3 玉臺新詠集序⑶§1-3〈徐陵〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7581

-001-#3 玉臺新詠集序⑶§1-3〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7581

 

玉臺新詠集序⑶ その奥ゆかしく上品な高教養な態度は、かの西施が(范蠡の)特殊教育を受けて呉王の宮中に入ったのとも異なっている。

音楽家系で育ち、その協律のなか家庭に育って、小さい時から歌を学んでいたのである。

それに舞の盛んな河陽において成長したので、舞は無論妙手である。

自ら琵琶の新曲を作るのに苦もなくて、「造新の曲、哀怨の声多し」といわれた晋の石崇を待つまでもないのである。

それに、箜篌の難曲も、文選に見る魏の曹植を煩わすようなことはない。

鼓瑟は(漢)名門楊(惲の)家より伝授され、吹籍は名人秦女(弄玉)より会得したものであるから、いずれも絶妙の域に達している。

 

 

-001-#3

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7581

徐陵

 

 (⑶§1-3)

 

        
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⑴§1-1《玉臺新詠集序》

(六朝末期に編集された詩集である《玉臺新詠》)の序文。この詩集は、陳の徐陵が撰したもので六朝の新樂府を産出せしめる、当時の思想信条、感情に大きく反映せしめるものであった。)

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千門萬、張衡之所曽賦。

千門万戸の盛況は、漢の張衡が著書の《西京賦》」にえがき出した通りである。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

そして、そこは、さながら周の穆王の壁台の上なのか、あるいは漢の武帝の金屋の中かと見まごうばかりであるばかりか、玉樹は珊瑚を枝としているのである。

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

珠簾は玳瑁ではめこみの鎮飾がほどこされてあり、その中に「宮中内職制度」により、多くの美人が住んでいるのである。

(玉臺新詠集序⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、

その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。

四姓良家、馳名永巷。

昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。

楚王宮裏、無不推其細腰、

彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。

衞國佳人、俱言訝其纎手。

衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

その奥ゆかしく上品な高教養な態度は、かの西施が(范蠡の)特殊教育を受けて呉王の宮中に入ったのとも異なっている。

弟兄協律、自少小學歌、

音楽家系で育ち、その協律のなか家庭に育って、小さい時から歌を学んでいたのである。

長生河陽、由來能舞。

それに舞の盛んな河陽において成長したので、舞は無論妙手である。

琵琶新曲、無待石崇、

自ら琵琶の新曲を作るのに苦もなくて、「造新の曲、哀怨の声多し」といわれた晋の石崇を待つまでもないのである。

箜篌雜引、非關曹植。

それに、箜篌の難曲も、文選に見る魏の曹植を煩わすようなことはない。

傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

鼓瑟は(漢)名門楊(惲の)家より伝授され、吹籍は名人秦女(弄玉)より会得したものであるから、いずれも絶妙の域に達している。

 

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

 

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

馺娑、騁纎腰於結風、長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、反揷金鈿、橫抽瑶樹。

南都石黛、最發雙蛾、北地燕支、偏開兩靨。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、腰中寳鳳、授曆軒轅。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

三星未夕、不事懷衾、五日猶賖、誰能理曲。

少託、寂寞多閒。厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

 

⑿§4-1

於是麗以金箱、裝之瑶軸。 

三臺妙迹、龍伸蠖屈之書、五色花牋、河北膠東之紙。

高樓紅粉、仍定魚魯之文辟惡生香、聊防羽陵之蠹。

⒀§4-2

靈飛太甲、高擅玉函、鴻烈仙方、長推丹枕、至如靑牛帳裏、

餘曲終、朱鳥窓前、新粧已竟、方當開玆縹帙、散此繩、

永對翫於書幃、長循環於纎手、

⒁§4-3

豈如鄧學春秋、儒者之功難習、竇專黃老、金丹之術不成。

固勝西蜀豪家、託情窮於魯殿、東儲甲觀、流詠止於洞簫。

孌彼諸、聊同棄日、猗歟彤管、無或譏焉。

 

 

 

《玉臺新詠集序》現代語訳と訳註解説
(
本文)

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

弟兄協律、自少小學歌、長生河陽、由來能舞。

琵琶新曲、無待石崇、箜篌雜引、非關曹植。

傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。


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玉-001-#2 玉臺新詠集序⑵§1-2〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7575

-001-#2 玉臺新詠集序⑵§1-2〈徐陵〉Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7575

 

(玉臺新詠集序⑵§1-2) その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。

 

 

-001-#2

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7575

徐陵

 

 (⑵§1-2)

 

  

 2016年11月2日の紀頌之5つの校注Blog 
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⑴§
1-1《玉臺新詠集序》

(六朝末期に編集された詩集である《玉臺新詠》)の序文。この詩集は、陳の徐陵が撰したもので六朝の新樂府を産出せしめる、当時の思想信条、感情に大きく反映せしめるものであった。)

夫凌雲槩日、由余之所未窺、

そもそも高く雲零を凌ぎ天の太陽と高さを斉しくする豪華な宮殿は(春秋時代の)晋の由余も未だ曾て見ない所であった。

千門萬、張衡之所曽賦。

千門万戸の盛況は、漢の張衡が著書の《西京賦》」にえがき出した通りである。

周王璧臺之上、漢帝金屋之中、玉樹以珊瑚作枝、

そして、そこは、さながら周の穆王の壁台の上なのか、あるいは漢の武帝の金屋の中かと見まごうばかりであるばかりか、玉樹は珊瑚を枝としているのである。

珠簾以玳瑁爲柙。其中有麗人焉。

珠簾は玳瑁ではめこみの鎮飾がほどこされてあり、その中に「宮中内職制度」により、多くの美人が住んでいるのである。

(玉臺新詠集序⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、

その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。

四姓良家、馳名永巷。

昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。

楚王宮裏、無不推其細腰、

彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。

衞國佳人、俱言訝其纎手。

衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。

詩敦禮、豈東鄰之自媒。

そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。

⑶§1-3

婉約風流、異西施之被教。

弟兄協律、自少小學歌、長生河陽、由來能舞。

琵琶新曲、無待石崇、箜篌雜引、非關曹植。

傳鼓瑟於楊家、得吹簫於秦女。

 

(玉臺新詠集の序) ⑴

夫れ凌雲・槩日は、由余の未だ窺ほざる所にして、千門寓戸は張衡の曾て賦せし所なり。

周王璧臺の上、漢帝金屋の中、玉樹は珊瑚を以て枝と為す。

珠簾は玳瑁を以て押へと為す。其の中麗人有り。

其の人や、五陵の豪族にして、掖庭に充選せられ、四姓の良家にして、名を永巷に馳す。

亦た穎川・新市・河聞・觀津、に本と矯蛾と號し、魯て巧笑と名づくる有り。

楚王の宮裏、其の細腰を堆さざる無く、衞國の佳人、俱に言ひて其の纎手を訝る。

詩を閲し禮に敦き、豈 東隣の自ら媒するがごとくならんや。

婉約風流、西施の被教に異なれり。

協律を弟兄とし、小より歌を学び、少きより河陽に長じて、由来能く舞ふ。

琵琶の新曲は石崇を待つ無く、箜篌の雜引は曹植に関するに非ず。

鼓瑟を楊家に傳はり、吹簫を秦女に得たり。

 

 

⑷§2-1

至若寵聞長樂、陳后知而不平、畫出天仙、閼氏覽而遥妬至如。

東鄰巧笑來侍寢於更衣、西子微嚬得橫陳於甲帳。

馺娑、騁纎腰於結風、長樂鴛鴦、奏新聲於度曲。

⑸§2-2

粧鳴蟬之薄鬂、照墮馬之垂鬟、反揷金鈿、橫抽瑶樹。

南都石黛、最發雙蛾、北地燕支、偏開兩靨。

亦有嶺上仙童、分丸魏帝、腰中寳鳳、授曆軒轅。

⑹§2-3

金星将婺女爭華、麝月與姮娥兢爽。

驚鸞冶袖、時飄韓掾之香、飛燕長裾、宜結陳王之佩。

雖非圖畫、入甘泉而不分、言異神仙、戯陽臺無

⑺§2-4

眞可謂傾國傾城、無對無雙者也。

加以天時開朗、逸思雕華。妙解文章、尤工詩賦。

琉璃硯匣、終日隨身、翡翠筆牀、無時離手。

⑻§2-5

清文滿篋、非唯芍藥之花、新製連篇、寧止葡萄之樹。

九日登高、時有緣情之作、萬年公主、非無累德之辭。

其佳麗也如彼、其才情也如此。

 

⑼§3-1

而椒宮宛轉、柘觀隂岑。絳鶴晨嚴、銅蠡晝靜。

三星未夕、不事懷衾、五日猶賖、誰能理曲。

少託、寂寞多閒。厭長樂之疎鍾、勞中宮之緩箭。

⑽§3-2

纎腰無力、怯南陽之擣衣、生長深宮、笑扶風之織錦。

雖復投壺玉女、爲歡盡於百嬌、爭博齊心賞窮於六箸。

無怡神於暇景、唯屬意於新詩。

庶得代彼蘇蠲玆愁疾。

⑾§3-3

但徃世名篇、當今巧製、分諸麟閣、散在鴻都。

不籍篇章、無由披覽。

於是然脂暝寫、弄筆晨書、選錄艶歌、凡爲十卷。

曽無叅於雅頌、亦靡濫於風人。涇渭之間、若斯而已。

 

⑿§4-1

於是麗以金箱、裝之瑶軸。 

三臺妙迹、龍伸蠖屈之書、五色花牋、河北膠東之紙。

高樓紅粉、仍定魚魯之文辟惡生香、聊防羽陵之蠹。

⒀§4-2

靈飛太甲、高擅玉函、鴻烈仙方、長推丹枕、至如靑牛帳裏、

餘曲終、朱鳥窓前、新粧已竟、方當開玆縹帙、散此繩、

永對翫於書幃、長循環於纎手、

⒁§4-3

豈如鄧學春秋、儒者之功難習、竇專黃老、金丹之術不成。

固勝西蜀豪家、託情窮於魯殿、東儲甲觀、流詠止於洞簫。

孌彼諸、聊同棄日、猗歟彤管、無或譏焉。

 

 

 

 

 

《玉臺新詠集序》現代語訳と訳註解説
(
本文)

玉臺新詠集序⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、四姓良家、馳名永巷。

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

楚王宮裏、無不推其細腰、衞國佳人、俱言訝其纎手。

詩敦禮、豈東鄰之自媒

(下し文)
天梁の宮,寔【ここ】に高闈【こうい】を開く。

旗は扃【けい】をせず,駟を結び蘄【くつわ】を方【なら】べ。

轢輻【らくふく】して輕く騖【は】せ,一扉を容【い】る。

長廊 廣廡あり,途閣 雲のごとく蔓【の】ぶ。

閈庭【かんてい】詭異にして,門千 萬あり。

重閨【ちょうけい】幽闥【ゆうたつ】,轉た相い踰延【ゆえん】す。


(現代語訳)
(玉臺新詠集序⑵§1-2

その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。

昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。

あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。

彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。

衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。

そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。


(訳注)

玉臺新詠集序⑵§1-2

其人、五陵豪族、充選掖庭、

その後宮の人たちは、五陵の貴族の子女が選ばれて後宮に入り、妃嬪となったのである。

12. 其人 一本に「也」の字あり。この「人」は複数。

13. 五陵豪族 「五陵」は長安の近郊にある漢の高祖以下五帝の陵で、長陵(高帝)・安陵(恵帝)・陽陵(景帝)・茂陵(武帝)・平陵(昭帝)をいぅ。その近傍には富豪の家があった。唐代、王維、李白、杜甫の「少年行」詩にみる、貴族の住んでいた所である。

14. 充選抜庭 「掖庭」は奥御殿。宮中正殿の傍合をいう。皇妃官女の居る所。ここは選ばれて後宮の妃嬪に充(ぁ)てられる意。後宮に入るには、①礼をもって宮廷に迎え入れられた場合である。この種の人々の大部分は名門貴顕の出身である。②選抜されて宮廷に入った場合である。良家の子女の才智徳行あるものを厳格に選択するというものであった。③宮中に献上された女性である。この種の人々には様々なタイプがあったが、大半は美貌か技芸の才によって献上された女性であった。いくらかの朝臣は自分の出世のために妻や娘を宮中に入れることを常に願った。④罪人の家の女性で宮廷の婢にされたものである。これらの大多数は、官僚士大夫層の女性であった。ここにいう妃嬪は、①と②をいう。

 

四姓良家、馳名永巷。

昔から言われる由緒ある四姓の良家の出身で、その名を永巷(後宮中)に馳せたものもあるのである。

15. 四姓良家 後漢の明帝の外戚樊氏・郭氏・陰氏・馬氏を四姓といったのに始まり、三国の呉では朱氏・張氏・顧氏・陸氏、晋では雷民・蒋氏・穀氏・魯氏、後魏では廬氏・崔氏・鄭氏・王氏をいずれも四姓といった。六椚時代は郡の名望家を甲乙丙丁の四等に分けて貴族とし、これを四姓といった。

16. 馳名永巷 「馳名」とは美貌を以て名を後宮に馳せたといぅこと。「永巻」は宮中の長廊下。転じて官女、またはその居る所をいう。

 

亦有潁川新市河間觀津、本號嬌娥、魯名巧笑。

あるいは頴川・新市・河間・観津などの産で、もと嬌・娥とよばれ、曾て巧・笑と名づけられた人がいた。

17. 頴川 郡名。頴水によって名づけた。頴水は河南省登封県の頴谷より出て湛水にそそぐ。水がきれいである。許由が耳を洗ったのも此の川である。頴川郡は美人の多い所、郡治は陽翟、今の河南省禹県。

18. 新市 漢の侯国。故城は今の河北省新楽県の西南にある。今は県名となっている。

19. 河間 漢の侯国。河北省献県、河間県の西南にある。今は郡名となる。

20. 観津 戦国の趙の地。楽毅の封ぜられた所。漢の孝文竇太后(名は漪)も清河観津の人(『太平御覧』三百九十六)であった。故城は河北省武邑県の東南。穎川以下、皆昔から多く美人の生まれた所。

21. 本号嬌娥 「嬌・娥」は女子の名に多く用いる。

22.  魯名巧笑 『詩経』「荷風碩人篇」に、「巧笑倩たり、美目盻たり」とあり、『論語』「八佾篇」にもこれを引いている。「巧笑」は美人の愛くるしく靨をうかべて笑うのにいう。よって女子の通名にも用いることになった。魂の文帝の宮人に段巧笑というのがあったと、古今注に見える。

 

楚王宮裏、無不推其細腰、

彼女らは、恐らく美女が集められたあの楚の霊王の宮中に入れても第一の細腰と推さないものはないといわれたのである。

23. 楚王宮裏、無不推其細腰 「宮裏」は一に「宮内」に作る。『墨子』「兼愛中篇」・『韓非子』「二柄篇」に、「越王好勇,而民多輕死。楚靈王好細腰,而國中多餓人。」楚の霊王が細腰の美人を好んだことが見え、『後漢書』「馬磨伝」に、「楚王細腰を好み、宮中餓死多し」の語もある。「推」は推尊・推賞の意。

 

衞國佳人、俱言訝其纎手。

衛国の佳人に比べても、口をそろえてその纎手に驚嘆しないものはあろうはずもないが、ひとり容姿の美しいばかりではないのである。

24. 衞国佳人、倶言訝其纎手 『詩経』「魏風葛瘻篇」に、「摻摻たる女手、以て裳を縫ふ可し」とある。注に「摻摻は猶繊々のごときなり」とある。「繊手」は指の細くしなやかなのをいう。陛機の「擬西北有高楼」(一八七頁)の詩に、「佳人琴瑟を撫す、繊手清くして且つ閑なり」の句がある。「魏国」は一に「衛国」に作る。『詩経』「衛風碩人篇」に美人をうたって、「手は柔荑の如し」の句がある。然し「敵手」の文字よりすれば、魏風を出典とするがよろしく、従って「魏国」に作るを善しとする。「倶言」は口をそろえていう。「訝」は驚嘆羨望の意。

 

詩敦禮、豈東鄰之自媒
そのうえ大切な、教養が高くて、詩を読み、礼を知るのである、だから、(『孟子』告子下に見える)墻を踰えて自ら男を追いかけるような東隣の女とは同日の談ではないのである。

25. 閲詩敦礼 詩を読み札を知るという程の意。教養の高いのにいった。ただ詩を読む結果、人格も向上する、『礼記』「経解篇」の、「温柔敦厚は詩の教なり」の意も多少含んでいるであろう。

26. 東隣之自媒 宋玉の「登桂子好色の賦」や司馬相如の「美人の賦」によって「東隣」は多く隣家美人の意とするが、ここは《孟子·告子下》「踰東家墻而摟其處子,則得妻。」に、「東家の墻を踰えてその処子をひけば則ち妻を得、ひかざれは妻を得ず。則ち将に之をひかんとするか」をふまえていよう。「自媒」は『礼記』「坊記篇」にいわゆる、「男女は媒なければ交はらず」にそむいた行為で、妄りに自ら男を求めて奔るのをいう。

 

 

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【字解】玉臺新詠序⑴§1-1陳尚書左僕射、太子少傅、東海徐陵孝穆撰。

1. 玉臺 「壁臺」「瑤臺」「金屋」などと同意義で、後宮の美人の居所を想定していて、齊の後宮、東宮御所流行の詩を主体に選定された。

2. 尚書左僕射 尚書省(しょうしょしょう)とは、中国で後漢代から元代まで存在した省。唐の三省六部体制の元で中書省・門下省の取り決めた事を六部に伝える役割を ... 後漢代には尚書台として少府の下に置かれ、長官を尚書令(一名)・副長官を尚書僕射(二名)としている。

3.徐陵 507583)中国,南朝梁,陳の文人貴族。字は孝穆(こうぼく)。梁代から文名がたかく,548年には梁朝の使節として東魏を訪問したが,江南に侯景の乱が勃発し,555年の帰国まで辛酸をなめた。陳代に尚書僕射に栄進。梁の簡文帝の皇太子時代,その東宮に父の徐摛(じよち),および庾肩吾・庾信父子とともに奉職したころの軽艶の詩文は,〈宮体〉(宮体詩)とか〈徐廋体〉とかよばれて世にむかえられた。また《玉台新詠》の編者である。

3. 抑《接続詞「そもそも」が文頭に置かれるところから》最初。発端。副詞的にも用いる。「この話には―から反対だった」「目的が―違う」[接]改めて説き起こすときに用いる語。いったい。だいたい。さて。「―人間というものは」そもそもろん【抑論】物事の始まりや、問題の起きた理由などに立ち戻って論じること。また、そのような論調。

4. 凌雲槩日 宮殿の高いのをいった。「凌雲」は雲を凌いで高く聳えること。「概日」は天日と高さが等しいこと。「概」はとかきで、斗斛に盛った物を平らにする棒である。従って、概日はその高さが太陽と平らになることである。『周書』の「武帝紀」、「鄴を平ぐるの詔」に、「或は層台累構、日に概(たいら)に雲を凌ぐ」とある。「凌雲概日」は下の「千門万戸」と対句になっている。

4.由余 戎の臣。後に秦の宰相になる。由余の祖先は晋人で、逃げて戎に入ったもので、由余は晋国の言葉を話すことができた。B.C.626戎王の命で秦を視察する。秦繆公が官室の祭器をみせると、由余は「これを人民に作らせば人民を苦しめます」と言った。 繆公は「中国は詩書礼楽法律をもって政をしていても時々乱れることがある。これらの祭器がなくて、どうやって政をやっていくのだ」と問うと、由余は笑って「それが中国の乱れる所以です。上は法律により下々を責め、民は苦しむと仁義を盾に上を恨みます。国が乱れるのはこれら礼楽・法律のたぐいがあるためです。

一方、戎夷では上は純朴倹素の徳をもって下に臨み、下は忠誠信実の心をもって上につかえているため、国の政をするのは、一身を治めるようなもので、治まるいわれも知らずに治まっているのです。これこそ、ほんとうの聖人の治というものです」と言った。

繆公は由余が賢明であることがわかると内史の廖に「わしは隣国に聖人がいるのは、相手の国のうれいだと聞いている。どうしたらよかろう」と問うた。

廖は「戎王の心を女楽で乱れさせ、一方で由余を秦にとどめましょう。戎王と臣との間に隙を作り、由余を戎王に疑わせればよろしいでしょう」と言った。繆公は戎王に女楽を奏する者16人を贈った。のちに由余は帰国して戎王を諌めたが、戎王は聴かなかった。一方で繆公は人を遣り、戎王に由余を秦に与えるように説いた。このため由余はついに戎を去って秦に降り、繆公は賓客の礼をもって待遇した。そして繆公は由余に戎を討つ形勢を尋ねた。

B.C.623繆公は由余の策を用いて戎王を討ち、西戎の覇となった。穆公は由余を用い、その謀によって地を拓くこと千里、遂に西戎に覇となった(『史記』「秦本紀」)。ここは、由余は穆公の宮殿は見たであろうが、「凌雲概日」の大宮殿は未だ見たことがない筈というのである。

まず徳があり、国民に利益をあたえる。聖人の治()は民に蔵(ぞう)して府庫(ふこ)に蔵(ぞう)せず。 『聖人之蔵於民府蔵於府庫』 韓非子聖人とは、徳の高い人を指し、府庫とは財物・文書などを入れておく蔵。ここでは自分の財布のこと。

5.千門万戸 一に「万戸千門」に作る。

6.張衡 (78 - 139年)は後漢代の政治家・天文学者・数学者・地理学者・発明家・製図家・文学者・詩人。字は平子。南陽郡西鄂県(現河南省南陽市臥竜区石橋鎮)の人。経歴[編集]. 没落した官僚の家庭に生まれた。祖父張堪は地方官吏だった。曾て班回の「南都の賦」に擬して「二京の賦」を作り、王侯以下の香惨を諷諌した。その作は十年の構恩を経て成ったといわれる。

張衡《西京賦》(27)(建章宮〔二〕には、次の通りである。「閈」は垣のこと。

(建章宮(二)) #11-2

天梁之宮,寔開高闈。

旗不扃,結駟方蘄。

轢輻輕騖,容於一扉。

長廊廣廡,途閣雲蔓。

閈庭詭異,門千萬。

重閨幽闥,轉相踰延。

 張平子(張衡)《西京賦》(27)(建章宮〔二〕)#11-2 文選 賦<114―(27)>31割68回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1064 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3868

7. 周王壁台之上 周の穆王(第五代目の天子)が盛姫のために重壁の台を作ったことをいう。

8. 漢帝金屋之中 『漢武故事』に、「武帝の少時、(膠東王となって数歳)、その姑館陶長公主、抱いて膝上に置き、問うて日く、『児、婦を得んと欲するや否や』と。並びにその女阿橋を指して日く、『好むや否や』と。帝笑って対へて日く、『若し阿橋を得は、当に金屋を作りて之を貯ふべし』と。長公主大に悦ぶ。帝既に位に即き、阿橋を立てて皇后と為す」とある。

9. 玉樹以珊瑚為枝『漢武故事』に、「上、神尾を起し、前庭に玉樹を柏う。洞門を以て枝と為し、碧玉を葉と為す。花子の青赤なるは珠玉を以て之を為り、其の中を空にし、小鈴の如くす。鎗々として声有り」とある。「甘泉の賦」の顔師古の注に、「玉樹は武帝の作る所にして、衆宝を集めて之を為る。用つて神に供するなり」とある。

(據《藝文類聚.卷八三.寶玉部上.金》引) 帝年數,長公主1>遍指侍者曰:「與子作婦,好否?」皆不用。後指陳后2>,帝曰:「若得阿嬌,當作金屋貯3>之。」 *注解: (1) 長公主:漢時皇帝姐妹之稱謂。此指武帝姑媽劉嫖。

10. 珠簾以粥瑠為押 『漢武故事』に、「白珠を以て簾と為し、玳瑁もて之を押ふ」 とある。海亀の一種でその背甲はいわゆる竃甲色で、各種の装飾品に加工される。「押」はおさえる意で、その縁のおさえとしてあること。「押」は一に「押」に作り、また「匣」に作る。はこのこと。今は「押」に従っておく。

11. 麗人 美人。宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬢、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完璧で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官晶をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

玉-001-#1 玉臺新詠集序⑴§1-1〈徐陵〉 Ⅴ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7569

-001-#1 玉臺新詠集序⑴§1-1〈徐陵〉 Ⅴ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7569

《玉臺新詠集序》(六朝末期に編集された詩集である《玉臺新詠》)の序文。この詩集は、陳の徐陵が撰したもので六朝の新樂府を産出せしめる、当時の思想信条、感情に大きく反映せしめるものであった。)

そもそも高く雲零を凌ぎ天の太陽と高さを斉しくする豪華な宮殿は(春秋時代の)晋の由余も未だ曾て見ない所であった。

千門万戸の盛況は、漢の張衡が著書の《西京賦》」にえがき出した通りである。

そして、そこは、さながら周の穆王の壁台の上なのか、あるいは漢の武帝の金屋の中かと見まごうばかりであるばかりか、玉樹は珊瑚を枝としているのである。

珠簾は玳瑁ではめこみの鎮飾がほどこされてあり、その中に「宮中内職制度」により、多くの美人が住んでいるのである。

 

 

 

-001-#1

玉臺新詠集序

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ7569

徐陵

 

 (⑴§1-1)



 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016111

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩(李白詩校注)

744年年44歳-19李太白集305巻八19 贈薛校書  433 Index-24 Ⅲ-3Ⅰ李白詩1809 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7585

 

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●孟浩然 詩 index

●李白詩index

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●司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》

●揚雄 《 甘泉賦 》

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曹植(曹子建)詩 65首 index

文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-002 巻一 14-1-#1秋懷詩,十一首之一Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7566

 

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41

●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27

●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36

●韓愈詩index-4 806年 39 江陵府・権知国子博士 51首(1)25

 

 

index-5 806年39歳 50首の(2)25

index-6[807年~809年 42歳]20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳] 57

index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28

 

 

index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38

index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18

index-13 821年~822年 55歳 22

index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14

韓愈 哲学・儒学「五原

賦・散文・上奏文・碑文など

 

 

孟郊

張籍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩詳注   LiveDoorBlog

757年-001 立春 杜詩詳注卷一八(四)一五九七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7567

 

 

杜甫詩(1)736~751 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)

杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53

杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44

 

 

杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66

杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36

杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45

杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82

杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43

杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている

 

 

Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog

Ⅰ.花間集 全500首 訳注解説(1漢文委員会kanbuniinkai紀頌之  漢詩ブログ7568 (11/01)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集

 

 

.唐五代詞詩・玉臺新詠・女性 LiveDoorBlog

玉-001-#1 玉臺新詠集序⑴§1-1〈徐陵〉 Ⅴ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7569

 

 

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

●花間集(4

●花間集(5

 

 

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

 

 

温庭筠66首 花間集1・2巻

皇甫松11首 花間集二巻

韋莊47首 花間集二巻

薛昭蘊19首 花間集三巻

牛嶠31首 花間集三・四巻

張泌27首 花間集四巻

 

 

毛文錫31首 花間集5巻

牛希濟11首 花間集5巻

欧陽烱17首 花間集5・6

和凝20首 花間集6

顧夐56首 花間集6・7

孫光憲47首 花間集7・8

 

 

魏承班15首 花間集8・9

鹿虔扆6首 花間集9

閻選8首 花間集9

尹鶚6首 花間集9

毛熙震29首 花間集9・10

李珣39首 花間集10

 

 

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玉臺新詠タイトル
 この文はみごとな四六駢儷体で書かれている。四六文には作法上厳密な規則があるが、ここには作法を述べるのが主旨ではないから説明を省くが、読者として特に注意したいことは、対語・対句に十分気をつけて見ねばならないことである。この文は便宜上、四段に分け各段ごとに区切って解説することにする。

 

駢文(べんぶん)とは、中国の文語文における文体の一つ。「駢体」または「駢体文」ともいう。散文・韻文に対立する文体で、魏・晋のころに形成され、六朝時代から唐にかけて盛行した。

「駢」とは2頭の馬が並んでいることを表し、対句を基本とする文体であることを意味している。「駢儷文」(べんれいぶん)あるいは「駢儷体」ということもあるが、「儷」(または「麗」)もまた「ならぶ」という意味である。また1句の字数が、4字句または6字句を基調とするため、「四六文」(しろくぶん)とも呼ばれた。「四六」の語は晩唐から使われはじめ、宋から明にかけて使われた。「駢文」の名は用いられるようになったのは清代においてである。これらを合わせて「四六駢儷文」または「四六駢儷体」と呼ぶこともある。また「駢四儷六」ともいう。さらに駢文の中には、平仄など韻律面を整えたものもある。


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