古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉
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玉-010-#2 古樂府詩六首其一 -#2〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7743
浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。 だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。
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古樂府六首 |
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古樂府六首其一 日出二東南隅行 (日は東南の隅に出づるの行)
陌上桑行 〔艶歌羅敷行、日出東南隅行〕
(邯鄲(河北省)の人、秦氏に羅敷という娘があった。それが邑人王仁の妻となった。がある時路傍で桑摘みをしていると趙王が台の上から見てよろこび、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は箏をひき「陌上桑」の歌をうたって自らを明らかにしたので、趙王は思い止った)
1
日出東南隅、照我秦氏樓。
東南の隅から出た朝日が昇る晩春のことである。そして、日は、わが秦氏の高殿を照らしている。
秦氏有好女、自言名羅敷。
その秦氏には誰からも好まれる美しいむすめがいる。その名を自ら羅敷と名乗っている。
羅敷善蚕桑、採桑城南隅。
羅敷は養蚕が上手で、城郭の南隅の桑畑で成長した桑の葉を摘みとる。
靑絲爲籠繩、桂枝爲籠鈎。
その時の彼女のいでたちは、青い糸を籠のひもにし、桂の枝を寵のさげ柄にしている。
頭上倭隨髻、耳中明月珠。
頭の上には倭墮のまげをむすびのこりの髪をその下に垂れている。耳には明月の珠をかざっている。
#1
古樂府六首其一(日は東南の隅に出づるの行)
日は東南隅に出でて、我が案氏の樓を照らす。
秦氏に好女有り、自ら名つけて羅敦と為す。
羅敷荒桑を善くし、桑を城の南隅に探る。
青緑をは籠系と為し、桂枝をば寵鈎と為す。
頭上には倭堕の磐、耳中には明月の珠。
2
緗綺為下裙,紫綺為上襦。浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。
行者見羅敷,下擔捋髭須。だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。
少年見羅敷,脫帽著帩頭。若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。耕者忘其犁,鋤者忘其鋤。
田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。
來歸相怨怒,但坐觀羅敷。
だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。
#2
純綿を下裾と為し、紫緒を上宿と為す。
行く者は羅敦を見て、標を下して髭麦を括り、
少年は羅敷を見て、帽を睨して略頭を著はす、
耕す者は其の梁を忘れ、鋤く者は其の鋤を忘る。
来り節って相怨怒するは、但羅数を観るに坐するのみ。
3
使君從南來、五馬立踟躕。使君遣吏徃、問此誰家姝。
荅云秦氏女、且言名羅敷。羅敷年幾何、二十尚未滿。
十五頗有餘、使君謝羅敷。寧可共載不。
4
羅敷前置辭、使君一何愚。使君自有婦、羅敷自有夫。
東方千餘騎、夫壻居上頭。何以識夫壻、白馬從驪駒。
素絲繫馬尾、黃金絡馬頭。腰間鹿慮劒、可直千萬餘。
5
十五府小吏、二十朝大夫。三十侍中郎、四十專城居。
爲人潔白晢、髯髯頗有鬚。盈盈公府歩、冉冉府中趨。
坐中數千人、皆言夫壻殊。
#3
使君南より来り、五馬立って蜘踊す。
使君束をして徒かしめ、間ふ 「是れ誰が家の妹ぞ」 と。
「秦氏に好女有り、自ら名いうて羅数と為す」。
「羅敷は年幾何ぞ」。
「二十には筒は足らず、十五頗る飴り有り」 と。
使君羅敦に謝す、「寧ろ共に載る可きゃ不」 と。
#4
羅敷前んで詞を致す、「使君一に何ぞ愚なる。
使君自ら婦有り、羅敷は自ら夫有り。
東方の千絵騎、夫巧は上頭に居る。
何を用てか夫靖を識る、白馬磯駒を徒へ、
青練を馬屋に繋け、黄金を番頭に絡ふ。
#5
腰中の鹿底の鉱は、千萬徐に値す可し。
十五に心て府の小史、二十にして朝の大夫。
三十にして侍中部、四十にして城を専らにして居る。
人と為り潔自習、孝養として頗る裏有り。
盈盈として公府に歩み、再再として府中に趨る。
坐中の数千人、皆言ふ 『夫巧は殊なり』 と。
《玉臺新詠集古樂府六首其一》現代語訳と訳註解説
(本文)
古樂府六首其一 〔日出東南隅行〕
2
綠綺爲下裳、紫綺爲上襦。
觀者見羅敷、下檐捋髭鬚。
少年見羅敷、脫巾着幧頭。
耕者忘其耕、鋤者忘其鋤。
來歸自相喜、但坐觀羅敷。
(下し文)
古樂府六首其一(日は東南の隅に出づるの行)#2
純綿を下裾と為し、紫緒を上宿と為す。
行く者は羅敦を見て、標を下して髭麦を括り、
少年は羅敷を見て、帽を睨して略頭を著はす、
耕す者は其の梁を忘れ、鋤く者は其の鋤を忘る。
来り節って相怨怒するは、但羅数を観るに坐するのみ。
(現代語訳)
浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。
だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。
若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。
田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。
だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。
(訳注)
古樂府六首其一〔日出東南隅行〕#2
(邯鄲(河北省)の人、秦氏に羅敷という娘があった。それが邑人王仁の妻となった。がある時路傍で桑摘みをしていると趙王が台の上から見てよろこび、宴によびよせて奪い取ろうとした。羅敷は箏をひき「陌上桑」の歌をうたって自らを明らかにしたので、趙王は思い止った)
1. 題意 (陌上桑 公道のほとりの桑畑を舞台にして、為政者の横暴に対して行動する。かしこいじょうせいについてのべる。別の題名を「艶歌羅敷行」ともいい、他の詩題の「陌」「桑」 桑田の中の路のほとり、東西に通ずるのを陌といい、中国の地形的に幹線道路を意味し、為政者の五頭立ての馬車を意識させる。南北を阡肝という。
緗綺為下裙,紫綺為上襦。
浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫の紋織物を上衣として、清楚、可憐ないでたちなのである。
10. 緗綺 緗は、浅黄色。綺は綾の古名で,単色の紋織物をさす。中国では古く戦国時代にすでに〈綺〉の名称があり,《戦国策》鮑彪の注には〈綺は文様のある繒(かとり,上質の平絹)〉とある。また《漢書》地理志の顔師古の注に〈綺は今日いう細かい綾〉とあり,元の《六書故》に,綺は彩糸で文様を織りだした錦に対し,単色で文様をあらわした織物であることが記されている。現存する作例,例えば馬王堆1号漢墓その他の出土例から古代の綺の特色を見ると,ほとんどが平地の経の浮紋織,あるいは平地の経綾の紋織になっている。
11. 上襦 襦は短い上衣、袖無しの羽織。
行者見羅敷,下擔捋髭須。
だから、その美しい羅敷の姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、みつめる。しかもひげをひねって体裁をととのえるのである。
12. 擔 肩にになった荷物。
13. 髭須 口ひげと頬ひげ。
少年見羅敷,脫帽著帩頭。
若者が通ってみた場合は、羅敷を見ると髷を包んだ帽をぬいで、髪をつつんだ頭をあらわして大人ぶって気取って見せる。
14. 帩頭 元服をして結ぶ髻を巾で包む。
かしらつつみ。また単に帽の下にかぶる頭巾の一種ともいう。これを取って髪を見せるのは一人前の男らしく気取って見せる。
耕者忘其犁,鋤者忘其鋤。
田を耕す人は、仕事の手を休め、持っていた犁を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれ、作業をしないのである。
15. 犁・鋤 犁はからすき、柄の曲がったもの、鋤は柄のまっすぐなもの。
來歸相怨怒,但坐觀羅敷。
だから、家に帰ってからが大変で、それがもとで怨んだり怒ったり、八つ当たりと、夫婦喧嘩をするのも、じつはただ羅敷を見てしまうことが原因なのである。
16. 怨怒 妻は夫が羅敷に見とれて仕事を怠ったことを怨み、夫は妻が羅敷ほどの美しさのないことを怒る。
17. 但坐 そのおかげ、原因になることをいう。























