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『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620           



温庭筠 菩薩蛮 (一) 
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
小山の屏風のような重なった髪型に金の簪がキラキラ輝いている。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。

ものうげに起きいでて眉をかき、お化粧をしながらも、髪をくしけずる手はゆっくりとしてすすまない。
照花前後鏡。花面交相映。
花のようなすがたを、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔がこもごも鏡にうつる。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。

新しく閨に張る薄いとばりがあり、刺繍のうすぎぬの襦袢がかけてある。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。


菩薩蠻 (一)
小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。
花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。


菩薩蠻:双調 四十四字。前後段各四句兩仄韻兩平韻。
・宮女の朝化粧を描いたもの。
・花間集のトップに掲載。
・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。

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『菩薩蠻』 (一) 現代語訳と訳註
(本文)
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。


(下し文)
菩薩蠻 (一)
小山 重疊して  金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)  香顋の雪に。
懶げに起き   蛾眉を 畫く。妝を弄び  梳洗 遲し。
花を照らす  前後の 鏡。花面  交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙  金の 鷓鴣。


(現代語訳)
小山の屏風のような重なった髪型に金の簪がキラキラ輝いている。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
ものうげに起きいでて眉をかき、お化粧をしながらも、髪をくしけずる手はゆっくりとしてすすまない。
花のようなすがたを、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔がこもごも鏡にうつる。
新しく閨に張る薄いとばりがあり、刺繍のうすぎぬの襦袢がかけてある。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。


(訳注)
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
小山の屏風のような重なった髪型に金の簪がキラキラ輝いている。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
・小山 屏風。小さな屏山、つまり屏風。後の句が、髪のことを云っているのだから、髷の形容である。
唐代の女性の風俗である小山眉と小山の髪型が重なり合っている。その前の寝姿を小山ということも重なり合っている。寝ている女性の小さな山となっている。
・重疊 幾重にも重なり合う。前の語の小山が屏風と見れば、幾重にも折れ曲がっている屏風のことである。
羅隱の『江南行』に「江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。鴛鴦喚不起,平鋪綠水眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」とある。
・金明滅 明滅は、きらきら、ぴかぴかとしている様子。朝が来て日が差し込んできて、金が陽光に倚り輝く様子であろう。艶めかしさをクローズアップさせる表現である。
・鬢雲 豊かな鬢、横の方に生えている髪。女性の豊かな髪の毛により、妖艶な雰囲気を出している。
・欲度 雲が流れて来、懸かろうとしている。寝乱れた髪が懸かってきていること。
・香顋 香しい女性のおとがい。香は、女性を暗示する語。顋は、あご。おとがい。
・雪 ゆき。女性の肌の白さ。


懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
ものうげに起きいでて眉をかき、お化粧をしながらも、髪をくしけずる手はゆっくりとしてすすまない。
・懶起 けだるさの表現。ものうく起きる。物憂げにおきる。この表現で前日の性交の激しさを想像させる。
・畫 かく。えがく。文字以外のものをかくこと。ここでは黛で眉を画いていること。
・蛾眉 蛾の触覚のように、すんなりと伸びた女性の美しい眉の比喩。
・弄妝 妝=粧。化粧をする。
・梳洗 髪を梳り、顔を洗う。化粧をする。梳沐。
・遲 おそい。動きがゆっくりとしていること。この時代の男は夜明け前にはいない。一人でいることを表現することでエロチックなことを想像させる。遅のおそい、という意味は、時間的に日が高くなったという意味もある。


照花前後鏡。花面交相映。
花のようなすがたを、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔がこもごも鏡にうつる。
照花 花は美しい女性の顔。照は「鏡に映す」という動詞。
前後鏡 合わせ鏡。
花面 花のように美しい女性の顔。
交相映 花面を美しい女性の顔が、前後の合わせ鏡にこもごも あい 映っている


新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。
新しく閨に張る薄いとばりがあり、刺繍のうすぎぬの襦袢がかけてある。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。
 閨に張る薄いとばり。
 ぬいとる。ぬいとり。
羅襦  うすぎぬの着物。羅は、うすぎぬ。襦は、肌着。縫い取りのある肌着は痛くて心地悪いが見せる肌着を云う。頽廃を想像させる表現である。
雙雙 つがいに揃った様子をいう。そのようなのがいくつもあるときの表現。つがいになった鳥が、あちらこちらにいる様子。
鷓鴣 鳥の名。しゃこ。キジ科の鳥。ここでは、雙雙鷓鴣で、男女一緒になることを暗示しており、詞ぜんたいでは、懶起畫蛾眉でも暗示されるように、そのことが、叶わなくて、一人でいる女性の艶めいた寂しさを詠っている。


<参考>漢詩大系24 中田勇次郎 下し文 
 小山重疊金明滅, 小山のうちかさなりて金にかがよひ
 鬢雲欲度香顋雪。 鬢のうきぐもしろたへの顋にかからひ
 懶起畫蛾眉。         ものうきはどに起きいでて蛾眉かき
 弄妝梳洗遲。         よそはふからにくしけづる手もたゆし
 照花前後鏡。         花のすがたをうちてらすあはせ鏡に
 花面交相映。         こもごも映る花のおもて
 新帖繡羅襦。         新しくまとひつけたるぬひぎぬに
 雙雙金鷓鴣。         むかひあはせの金の鷓鴣

1 温庭筠 おんていいん
(812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。