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.唐五代詞詩・宋詞詩

『菩薩蠻 八』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-8-8-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1648

『菩薩蠻 八』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-8-18-#8  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1648


菩薩蠻:双調 四十四字。前後段各四句兩仄韻兩平韻。
・富貴の家妓が春になり、庭に咲くボタンを見て、捨て置かれている身を詠う。
・花間集に掲載。
・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。


7.温庭筠 菩薩蠻
鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。
今朝もさびしい朝化粧、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい。(この女も少し前は若くてうつくしさは小雨に潤う牡丹の花であったのだ。)
明鏡照新妝,鬓輕雙臉長。
部屋に日がさしこみ、鏡にうつすお化粧したてのすがたに日に照らされる、さびしさにおとろえたせいか、頬もうすくなり、そして鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
畫樓相望久,欄外垂絲柳。
飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの人の帰りをまちわびる。欄干のかなたには、しだれ柳が芽をふき、風にふかれてゆれている。
音信不歸來,社前雙燕回。

音も沙汰もかえってこないで、今年もまた社日にさきだって交尾する仲むつまじそうな燕がでたりはいったりしている。


鳳凰 相對して金縷を盤す,牡丹 一夜にして微雨に經る。
明鏡 新妝を照らし,鬓輕 雙びて臉 長し。
畫樓 相望久,欄外 絲柳を垂るる。
音信 歸えり來らず,社前 雙燕 回える。

宮島(8)

『菩薩蠻 八』現代語訳と訳註
(本文)

鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。
明鏡照新妝,鬓輕雙臉長。
畫樓相望久,欄外垂絲柳。
音信不歸來,社前雙燕回。


(下し文)
鳳凰 相對して金縷を盤す,牡丹 一夜にして微雨に經る。
明鏡 新妝を照らし,鬓輕 雙びて臉 長し。
畫樓 相望久,欄外 絲柳を垂るる。
音信 歸えり來らず,社前 雙燕 回える。


(現代語訳)
今朝もさびしい朝化粧、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい。(この女も少し前は若くてうつくしさは小雨に潤う牡丹の花であったのだ。)
部屋に日がさしこみ、鏡にうつすお化粧したてのすがたに日に照らされる、さびしさにおとろえたせいか、頬もうすくなり、そして鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの人の帰りをまちわびる。欄干のかなたには、しだれ柳が芽をふき、風にふかれてゆれている。
音も沙汰もかえってこないで、今年もまた社日にさきだって交尾する仲むつまじそうな燕がでたりはいったりしている。


(訳注)
鳳凰相對盤金縷,牡丹一夜經微雨。
今朝もさびしい朝化粧、鳳凰のむかいあい、金糸をぬいとりが尾のからみ渦巻く紋様がある。昨日一夜の春の小糠雨に、庭の牡丹の花が濡れ潤いうつくしい。(この女も少し前は若くてうつくしさは小雨に潤う牡丹の花であったのだ。)


明鏡照新妝,鬢輕雙臉長。
部屋に日がさしこみ、鏡にうつすお化粧したてのすがたに日に照らされる、さびしさにおとろえたせいか、頬もうすくなり、そして鬢にかかる雲形の髪も薄くなり、二つの頬はやつれて精彩がなくなっている。
・雙臉長 右左の頬がやせたこと。寂しさに心痛めてやつれた様子を云う。晏殊の訴衷情詞に「露蓮雙臉遠山眉」とある。


畫樓相望久,欄外垂絲柳。
飾られた高楼にのぼって、今日もまた久しくあの人の帰りをまちわびる。欄干のかなたには、しだれ柳が芽をふき、風にふかれてゆれている。 


音信不歸來,社前雙燕回。
音も沙汰もかえってこないで、今年もまた社日にさきだって交尾する仲むつまじそうな燕がでたりはいったりしている。
社前雙燕回 この詩全体艶閨の雰囲気を持った語でちりばめられており、しかし、少し年を取ってきた富貴の家に囲われた妓女にとってただ寂しさだけがのころ。ここに言う燕は、この時期、子作りをするため雌雄が一緒にいる晩春のころのことである。

8<参考>漢詩大系24 中田勇次郎 下し文
 鳳凰相對盤金縷,鳳皇のさしむかひたる金縷のころも
牡丹一夜經微雨。ふかみぐさ一夜のこさめにほころびぬ
明鏡照新妝,かがみにてらすあたらしきよそはひなれど
輕雙臉長。鬢のうすきと臉のやつれをいかにせむ
畫樓相望久,樓によりてひさしくもながめわぶるに
欄外垂絲柳。おばしまのかなたにはしだり柳のかたなびく
音信不歸來,またるるきみがおとづれはくるともみえず
社前雙燕回。春のなかばのちかづきて雙燕また歸りきたれり

1 温庭筠 おんていいん
(812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。

琴操十首 (9)別鵠操 商陵穆子,娶妻五年無子。父母欲其改娶,其妻聞之,中夜悲嘯,穆子感之而作 韓退之(韓愈)詩<75-(9)>Ⅱ中唐詩439 (12/08)


”成都紀行(5)”  飛仙閣 杜甫詩1000 <344>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1647 杜甫1500- 511


月蝕詩效玉川子作 韓愈 韓退之(韓愈)詩<96-#7>Ⅱ中唐詩520 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1646