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『菩薩蠻 九』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-9-1-#9  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1652


菩薩蠻:双調 四十四字。前後段各四句兩仄韻兩平韻。
・富貴の家妓が春になり、庭に咲くボタンを見て、捨て置かれている身を詠う。
・花間集に掲載。
・温庭:晩唐の大詞人。詩人でもある。花間集では彼の作品が一番多く、六十六首も採用されており、このことから花間鼻祖とも称されている。


8.菩薩蠻
牡丹花謝鶯聲歇,綠楊滿院中庭月。
晩春になり牡丹の花がちりはじめ、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなった。青柳のみどりはもはや中庭一面に繁り、月かげがさしている。
相憶夢難成,背窗燈半明。
女の部屋のうちにあって、帰ってこない夫をせめて夢の中にでも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ高窓に背を向けて「知らない!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
その顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしいお化粧ではあるがひとりの閨は寂寞としたうれいにしずんでいる。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
かこわれた部屋はひっそりとして人かげもなく、涙を流し続けて頬には、くっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。

牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。

宮島(9)

『菩薩蠻 九』現代語訳と訳註
(本文)
牡丹花謝莺聲歇,綠楊滿院中庭月。
相憶夢難成,背窗燈半明。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。


(下し文)
牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。


(現代語訳)
晩春になり牡丹の花がちりはじめ、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなった。青柳のみどりはもはや中庭一面に繁り、月かげがさしている。
女の部屋のうちにあって、帰ってこない夫をせめて夢の中にでも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ高窓に背を向けて「知らない!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
その顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしいお化粧ではあるがひとりの閨は寂寞としたうれいにしずんでいる。
かこわれた部屋はひっそりとして人かげもなく、涙を流し続けて頬には、くっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。


(訳注)
牡丹花謝莺聲歇,綠楊滿院中庭月。
晩春になり牡丹の花がちりはじめ、うぐいすのこえもなきやむ初夏のころとなった。青柳のみどりはもはや中庭一面に繁り、月かげがさしている。
 花がしぼみおちること。
 止むこと。
・中庭 中心にある庭、なかにわ。


相憶夢難成,背窗燈半明。
女の部屋のうちにあって、帰ってこない夫をせめて夢の中にでも逢いたいと思うのである、その夢をむすぶ高窓に背を向けて「知らない!」といってみる、燃やし続ける蝋燭の芯は半ばの明かりとなっている。
・背窓句 窓のはるか向こう、旅の空に毎日思いを向けているが一向に届かないことに思いとは裏腹な態度を取るということの意味。


翠钿金壓臉,寂寞香閨掩。
その顔に化粧を施し、頬に金の翠の鈿をつけている、いかにもうつくしいお化粧ではあるがひとりの閨は寂寞としたうれいにしずんでいる。


人遠淚闌幹,燕飛春又殘。
かこわれた部屋はひっそりとして人かげもなく、涙を流し続けて頬には、くっきりと涙の後がついている。また今年も燕が飛び交う、そして春はまたその名残を残していくだけなのだ。
涙闌幹 闌幹は涙の流れるさまであるが、ここでは毎日泣き続けている状況を示しているので、涙か流し枯れてもそのあとは残っているといったほうが理解しやすいとおもう。





1 温庭筠 おんていいん
(812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。