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『菩薩蠻 十』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-10-10-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1656

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『菩薩蠻 十』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-10-1-#10  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1656


9.温庭筠 菩薩蠻
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はこないのはまるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。(春)
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、宮女の部屋にお渡りがなくなって随分経つながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。(秋)
小園芳草綠,家住越溪曲。
又季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、わたしもむかし越の国の美人西施が住んでいた若耶渓の「詞曲」のように出会ったのです。(春)
楊柳色依依,燕歸君不歸。

わたしはまだまだ楊柳色のようの若々しくそしてなまめかしい体なのです。そしてまた燕は愛の巢に帰ってきます。愛する君は若い宮女に行っていて私の所に帰ってくれないのです。

宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。

宮島(10)

『菩薩蠻 十』現代語訳と訳註
(本文)

滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。
金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
小園芳草綠,家住越溪曲。
楊柳色依依,燕歸君不歸。


(下し文)
宮に滿つ月明り 梨花の白,故人 萬裏 關山の隔。
金雁 一雙飛,淚痕 繡衣に沾う。
小園 芳草の綠,家住 越溪の曲。
楊柳 色 依依なり,燕歸 君 歸らず。


(現代語訳)
後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はこないのはまるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、宮女の部屋にお渡りがなくなって随分経つながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
又季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、わたしもむかし越の国の美人西施が住んでいた若耶渓の「詞曲」のように出会ったのです。
わたしはまだまだ楊柳色のようの若々しくそしてなまめかしい体なのです。そしてまた燕は愛の巢に帰ってきます。愛する君は若い宮女に行っていて私の所に帰ってくれないのです。


 (訳注)
滿宮明月梨花白,故人萬裏關山隔。

後宮の庭に月は明るく照らし、梨の花がまっ白に咲き満ちている。あのお方はこないのはまるでとおいとおい国境の山のかなたに行ってしまったままかえってこないことと同じである。
滿宮明月梨花白 宮は王者の官室をいう。この場合宮女の詩である。王宮に限らず、単に満楼というのと変わらないという説もあるが、この語はそんなアバウトな感じでは使えない語である。温庭筠の舞衣曲「不逐秦王巻象株、満楼明月梨花白」。とは異なる。
・關山 辺境の塞・関所をいう。杜甫『洗兵行(洗兵馬)』「三年笛裡關山月,萬國兵前草木風。」洗兵行 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ992 杜甫特集700- 295杜甫『登岳陽樓』「昔聞洞庭水,今上岳陽樓。呉楚東南坼,乾坤日夜浮。親朋無一字,老病有孤舟。戎馬關山北,憑軒涕泗流。」、李白31 『関山月「明月出天山、蒼茫雲海間。長風幾萬里、吹度玉門關。漢下白登道、胡窺青海灣。由來征戰地、不見有人還。戍客望邊色、思歸多苦顏。高樓當此夜、歎息未應閑。」高適『塞上聞吹笛』「借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。」とある。関所となるべき要害の山。また、ふるさとの四方をとりまく山。故郷。などの意味がある。高適の詩(2 塞上聞吹笛  田家春望 (1)除夜作

金雁一雙飛,淚痕沾繡衣。
季節は廻って金星が流れて空の上をつがいの雁が渡ってゆく、宮女の部屋にお渡りがなくなって随分経つながれる涙は刺繍の衣服をうるおしている。
金雁 金星が流れて秋が来て雁が帰る季節になったという意。秋は五行で金に配せられる。雁は書信を伝える。
・涙痕 なみだのながれたあと。単になみだをいうときもある。


小園芳草綠,家住越溪曲。
又季節が廻り、宮殿の中庭の園にはもう春の草がみどりに萌えでている。そう、わたしもむかし越の国の美人西施が住んでいた若耶渓の「詞曲」のように出会ったのです。
・越溪曲 越溪は若耶渓。若耶渓は会稽の南から北流して鏡湖に流れ入る。浙江省紹興県南にあり、昔、西施が素足を洗ったところ。ここは美女を西施に比喩していう。李白越女詞五首越女詞 五首 其四淥水曲  李白 11白10  採蓮曲(この採連曲のブログで西施について解説している。)。この地方は美人の多い子で有名。素足の女は、楚の国の王を籠絡した女性西施が其ふっくらとした艶的の魅力により語の句に警告させその出発殿のすあしのおんなであったことから、そのエピソードを歌にされたもの。家住は晏幾道の清平楽詞など、詩詞によく見られることば。
晏幾道(清平樂)蓮開欲遍。
一夜秋聲轉。殘綠斷紅香片片。長是西風堪怨。莫愁家住溪邊。采蓮心事年年。誰管水流花謝,月明昨夜蘭船。


色依依,燕歸君不歸。
わたしはまだまだ楊柳色のようの若々しくそしてなまめかしい体なのです。そしてまた燕は愛の巢に帰ってきます。愛する君は若い宮女に行っていて私の所に帰ってくれないのです。
・楊柳句 詩経采薇に「楊柳依依」とある。依依は柳の枝のしなやかなさまをいう。



10<参考>漢詩大系24 中田勇次郎 下し文
 滿宮明月梨花白,くまもなく官居をてらす月かげに梨の花白く
故人萬裏關山隔。わがおもふひとはちさとのくにべにへだたりぬ
金雁一雙飛,つれとぶ雁をながめては
淚痕沾繡衣。涙に染むるぬひごろも
小園芳草綠,さにはべの春のわか草もえいづるに
家住越溪曲。ただひとり越渓の曲にすみわびぬ
楊柳色依依,あをやぎのいろいたづらにふかくして
燕歸君不歸。燕はかへりきたるに君はかへらず


1 温庭筠 おんていいん
(812頃―870以後)本名は岐、字は飛卿、幷州(山西省大原)の人。初唐の宰相温彦博の子孫にあたるといわれる。年少のころから詩をよくしたが、素行がわるく頽廃遊蕩生活に耽り、歌樓妓館のところに出入して、艶麗な歌曲ばかりつくっていた。進士の試験にも落第をつづけ、官途につくこともできなかった。徐商が裏陽(湖北)の地方長官をしていたとき、採用されて巡官となり、ついで徐商が中央の高官(成通のはじめ尚書省に入る)になったので、さらに任用されようとしたが成らなかった。859年頃に詩名によって特に召されて登用され、国子(大学)助教となった。たが、叙任前に微行中の宣宗に無礼があって罷免され、晩年は流落して終わった。そのため、生歿が未詳である。

集に撞蘭集三巻、金墨集十巻、漢南其稿十巻があったという。かれは晩唐の詩人として李商隠と相並び、「温李」として名を知られている。音楽に精しく、鼓琴吹笛などを善くし、当時流行しつつあった詞の作家としても韋荘と相並んで「温韋」の称があった。その詞の大部分は超崇祚の編した花間集に収載されている。洗練された綺麗な辞句をもちいた、桃李の花を見るような艶美な作風は花間集一派の詞人を代表するもので、「深美閎約」と批評されているその印象的なうつくしさにおいてほ花間集中、及ぶものがないといってよく、韋荘の綺麗さとよい対照をなしている。王国維が花間集に収載する六十六首のほか他書に散見するものを合せて輯した金荃詞一巻があり、七十首を伝えている。