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『菩薩蠻十二』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-12-1-#12  花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1664


13.温庭筠 菩薩蠻 十二
雨晴夜合玲瓏日,萬枝香裊紅絲拂。
雨が晴れあがり、潤ったねむの花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごく。
閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
寂しくしずかな夢だけしかなく、あの人と過ごした奇麗な座敷のことを憶いだすだけしかないのです。かなしいのは庭にいっぱい「忘れの花」が生えているのです。
繡簾垂箓簌,眉黛遠山綠。
刺繍をした簾には美しい総が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、この体を持て余したまま、季節は夏の装いになってくる。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思うこころをきしてしまいたいとおもうのです。


菩薩蠻 十二
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草【かんぞう】長し。
繡簾 箓簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。



『菩薩蠻』 十二 現代語訳と訳註
(本文)
菩薩蠻 十二
雨晴夜台玲珑日,萬枝香袅紅絲拂。
閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
繡簾垂箓簌,眉黛遠山綠。
春水渡溪橋,憑欄魂欲消。


(下し文)
雨晴れ夜合 玲瓏の日,萬枝 香裊【こうじょう】 紅絲拂う。
閑夢は金堂を憶う,庭に滿つ萱草長し。
繡簾 箓簌【ろくそく】を垂し,眉黛【びたい】遠山の綠。
春水 溪橋を渡り,欄に憑【もた】れて魂消さんと欲す。


(現代語訳)
雨が晴れあがり、潤ったねむの花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごく。
寂しくしずかな夢だけしかなく、あの人と過ごした奇麗な座敷のことを憶いだすだけしかないのです。かなしいのは庭にいっぱい「忘れの花」が生えているのです。
刺繍をした簾には美しい総が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、この体を持て余したまま、季節は夏の装いになってくる。
そしてまた、谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思うこころをきしてしまいたいとおもうのです。


(訳注) 菩薩蠻 十二
雨晴夜台玲珑日,萬枝香袅紅絲拂。
雨が晴れあがり、潤ったねむの花にうららかな日の光がさしこむ。庭中の枝という枝にいっぱいにさいている紅い糸の匂い袋のようなうつくしい花が、ゆらゆらとゆれうごく。
夜合 一名合歓木、ねむのき。夜中になると葉が合するので夜合といわれる。明刊草本花詩譜で夜合花というのはこれとは別種のもの。ここは次の句に紅糸払とあるからねむの木の花をいう。
合歓の花

玲耗日 雨にねれたねむの花が日に映えてくっきりとうつくしく見えること。
万枝句 庭中の枝という枝に紅いふさのような花がさいてうつくしくしなやかに見えること。紅糸私は紅い色の糸払。糸私は払子のことであるが、ここはねむの花のふさのような形を形容して用いる。


閑夢憶金堂,滿庭萱草長。
寂しくしずかな夢だけしかなく、あの人と過ごした奇麗な座敷のことを憶いだすだけしかないのです。かなしいのは庭にいっぱい「忘れの花」が生えているのです。
金堂 うつくしい座敷。
・萱草一に吾輩という。かんぞう。わすれぐさ。詩経、衛風伯兮篇に「焉諼得草、言樹之背。願言伯思、使我心痗。」(焉くんぞ諼草を得ん。言に背に樹えん。願いて言に伯を思い、我が心をして痗ましむ)とある。
“我憂いを忘れるために、何処かで、もの忘れする草をみつけ、それを裏座敷に植えたい。“というもの。 謝惠連『西陵遇風獻康楽』にみえる。西陵遇風獻康楽 その5 謝惠運 謝霊運(康楽) 詩<54>Ⅱ李白に影響を与えた詩441 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1140
・閑夢二句 雨上がりのねむの花を見て」萱草の庭いっぱいに生えた座敷をおもいだす。閏情の詞と見てよく、男が来てくれない、(捨てられた)のなら忘れてしまうことしかないというもの。


繡簾垂箓簌,眉黛遠山綠。
刺繍をした簾には美しい総が垂れ下っている。そのすだれをかかげて、遠い山々をながめるとみどりのまゆずみを掃いたかのようにうすくかすんで、この体を持て余したまま、季節は夏の装いになってくる。
・箓簌 策のふさをいう。屡窮も同じであろう。流蘇(五采の羽の垂飾)も同じとおもう。沢庵筍の帰国浩詞に「翠鳳宝鈍重義軍」とあり、鋏にたれるふさかざ
りをいう。なお李梨の春妨正字剣子歌の「採糸田金懸碍星」も犀貫を懸くと訓じ、ふさの意と解すべきであろう。
・遠山綠 みどりの山は、晩春の山、遠い山の稜線は女の体であり、一人その体を持て余すことを云う。


春水渡溪橋,憑欄魂欲消。
そしてまた、谷川にかかる橋の下を春の雪解け水がながれてゆく。欄干にもたれて、あの人を思うこころをきしてしまいたいとおもうのです。
魂欲消 あの人を思う心、待ちつぃぢけるたましいもう消し去ってしまいたい。思うから消し去りたい。つのる思いをより強いものにする。李商隠か温庭筠でないとこうした表現はない。