温庭筠詩集 菩薩蛮 十四首
◆◆◆2012年12月21日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆
Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集
古代中国の結婚感、女性感について述べる三国時代の三曹の一人、曹丕魏文帝の詩
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩<3>玉台新詠集 女性詩620 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1697
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Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
誰氏子 韓愈 韓退之(韓愈)詩<99-#1>Ⅱ中唐詩534 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1702
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Ⅲ.杜甫詩1000詩集
●杜甫の全作品1141首のほとんどを取り上げて訳注解説するブログ
●詩人として生きていくことを決めた杜甫が理想の地を求めてっ旅をする
●人生としては4/5前で、詩としては1/3を過ぎたあたり。 "
”成都紀行(11)” 鹿頭山 杜甫詩1000 <351>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1699 杜甫1500- 524
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Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集
元和聖徳詩 韓退之(韓愈)詩<80-#6> (12/21)
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Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩
森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”彼女の詩の先生として登場する 晩唐期の詩人 温庭筠(おんていいん)の作品を訳註解説する。
温庭筠 菩薩蛮 14首index(1)
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html
温庭筠 菩薩蛮 14首index(1)
森鴎外『魚玄機』より温庭筠について
温庭筠は大中元年に、三十歳で太原から出て、始て進士の試に応じた。自己の詩文は燭一寸を燃さぬうちに成ったので、隣席のものが呻吟するのを見て、これに手を仮して遣った。その後挙場に入る毎に七八人のために詩文を作る。その中には及第するものがある。ただ温庭筠のみはいつまでも及第しない。
これに反して場外の名は京師に騒いで、大中四年に宰相になった令狐綯も、温庭筠を引見して度々筵席に列せしめた。ある日席上で綯が一の故事を問うた。それは荘子に出ている事であった。温庭筠が直ちに答えたのは好いが、その詞は頗る不謹慎であった。「それは南華に出ております。余り僻書ではございません。相公も爕理の暇には、時々読書をもなさるが宜しゅうございましょう」と云ったのである。
また宣宗が菩薩蛮の詞を愛するので、令狐綯が塡詞して上った。実は温に代作させて口止をして置いたのである。然るに温庭筠は酔ってその事を人に漏した。その上かつて「中書堂内坐将軍をざせしむ」と云ったことがある。令狐綯が無学なのを譏ったのである。
温庭筠の名は遂に宣宗にも聞えた。それはある時宣宗が一句を得て対を挙人中に求めると、温庭筠は宣宗の「金歩揺」に対するに「玉条脱」を以てして、帝に激賞せられたのである。然るに宣宗は微行をする癖があって、温庭筠の名を識ってから間もなく、旗亭で温庭筠に邂逅した。温庭筠は帝の顔を識らぬので、暫く語を交えているうちに傲慢無礼の言をなした。
既にして挙場では、沈詢が知挙になってから、温庭筠を別席に居らせて、隣に空席を置くことになった。詩名はいよいよ高く、帝も宰相もその才を愛しながら、その人を鄙んだ。趙顓【ちょうせん】の妻になっている温庭筠の姉などは、弟のために要路に懇請したが、何の甲斐もなかった。
『菩薩蠻 一』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
菩薩蛮 (一)
小山重疊金明滅,鬢雲欲度香顋雪。
懶起畫蛾眉。弄妝梳洗遲。
照花前後鏡。花面交相映。
新帖繡羅襦。雙雙金鷓鴣。
菩薩蠻 (一)
小山 重疊して 金 明滅,鬢の雲 度(わた)らんと欲(す)香顋の雪に。
懶げに起き 蛾眉を 畫く。妝を弄び 梳洗 遲し。
花を照らす 前後の 鏡。花面 交(こもご)も 相(あ)ひ映ず。
新たに帖りて 羅襦に綉りするは、雙雙 金の鷓鴣。
小山の屏風のような重なった髪型に金の簪がキラキラ輝いている。雲のような鬢は雪のように真っ白な頬の上にかかり渡っている。
ものうげに起きいでて眉をかき、お化粧をしながらも、髪をくしけずる手はゆっくりとしてすすまない。
花のようなすがたを、前とうしろからあわせ鏡で照らす。うつくしい顔がこもごも鏡にうつる。
新しく閨に張る薄いとばりがあり、刺繍のうすぎぬの襦袢がかけてある。一ツガイずつ向かい合わせになった金の鷓鴣の紋様がぬいとりされている。
『菩薩蠻 二』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-2-2-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1624
菩薩蠻 二
夜來皓月才當午,重簾悄悄無人語。
深處麝煙長,臥時留薄妝。
當年還自惜,往事那堪憶。
花露月明殘,錦衾知曉寒。
夜來 皓月【こうげつ】才【はじめ】て午に當る,簾を重ねうは悄悄として人語るを無し。
處を深くする麝煙【じゃえん】長く,臥せし時 薄妝【はくしょう】を留む。
年に當るは還りて自ら惜みしを,往事 那んぞ憶うを堪んや。
花露 月の明り殘【あま】り,錦の衾【ふすま】 曉寒【ぎょうかん】を知る。
あの人が来るのをまちわびて、眠られぬままにすごしていると、あかるくさえわたった月が、ちょうど中空にかかっている。幾重にもたれるすだれのうちは、ひっそりとしずまりかえり人声もいっさいない。
おくふかい後宮部屋のなかには、麝香の香煙がながくしずかにただよっている。臥所に入るときには、うす化粧の香りがあとにひろがりのこる。
かつては若いころはすぎ去ってゆく時を惜しむように愛し合う月日をすごしたものなのだ。今ひと年取ってしまうと以前のように愛してくれない、どうしてこんなせつない思いにたえることができようか。
『菩薩蠻 三』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-3-3-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1628
菩薩蠻 三
蕊黃無限當山額,宿妝隱笑紗窗隔。
相見牡丹時,暫來還別離。
翠钗金作股,钗上蝶雙舞。
心事竟誰知?月明花滿枝。
蕊黃【ずいおう】すれど當に山額に限り無く,宿妝【しゅくしょう】紗窗の隔を隱笑す。
相見 牡丹の時,暫來 還って別離す。
翠钗【すいさ】金作の股,钗上 雙にす蝶の舞。
心事 竟に誰か知る?月明 花 枝に滿つ。
ひたいにお化粧した蕊黄はこのうえもなくうつくしいものだ、うすぎぬの窓をへだてて、昨夜から待ち侘びて崩れかけた化粧の宮女が、諦めの隠し笑いをしている。
あのお方と互い見合ったのは、牡丹の花のさく春であったが、しばらくのあいだやってきてくれたが、帰ったら別れてしまったままなのだ。
宮女がさしているのは、金の柄のついた翡翠のかんざしである。皮肉にもカンザシのうえには一つがいの蝶がむつまじく舞っている。
宮女のさびしいこころのうちにあるのは、けっきょくだれにもわかりはしないのだ。月明りのなかに枝いっぱいに咲いている花だけがそれを知っているのだ。
『菩薩蠻 四』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-4-4-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1632
『菩薩蠻 四』
翠翹金縷雙鸂鵣,水紋細起春池碧。
池上海棠梨,雨晴紅滿枝。
繡衫遮笑靥,煙草粘飛蝶。
青瑣對芳菲,玉關音信稀。
翠翹【すいぎょう】金縷【まと】う雙【つがい】の鸂鵣【けいせき】,水紋 細に起き春池の碧。
池上 海棠【かいどう】梨【り】,雨晴れて紅枝に滿つ。
繡衫にて笑靥【えくぼ】を遮い,煙草粘りて飛ぶ蝶。
青瑣【せいき】芳菲に對す,玉關 音信稀れなり。
みどりの羽に金糸をまとった美しいつがいのおしどりが、池のうえに睦まじく戯れている。水紋がこまかくたちおこる春の池は深くみどり水を湛えている。
池のほとりには海棠の花がさき、雨あがりに紅の花が枝いっぱいにさきみちて、春のこころをただよわせている。
刺繍をした衫の袖でわかれたままの愁いに沈んでえくぼをおおいかくす。ぼんやりとした春かすみのなか春草にふれたり離れたり蝶がたわむれ飛ぶのである。
青漆で塗った東の門のほとりにはかぐわしい春の草が花をさかせるころとなったが、とおい西域の国境のかなた玉門関へいった人からの便りもまれにしかやってこない。
『菩薩蠻 五』現代語訳と訳註
杏花含露團香雪,綠楊陌上多離別。
燈在月朧明,覺來聞曉鶯。
玉鈎褰翠幕,妝淺舊眉薄。
春夢正關情,鏡中蟬鬓輕。
杏花は露を含み香雪を團くす,綠楊 陌上には離別を多くする。
燈在りて月 明を朧【おぼろげ】にす,覺來りて曉の鶯を聞く。
玉鈎 翠幕を褰【かかげ】る,妝淺 舊眉の薄。
春夢 正に情を關わる,鏡中 蟬鬓【ぜんびょう】 輕くする。
中庭の杏の花は朝露を含んでまっしろな雪をまるくかためたようにうつくしい。すももの花がさくころには、青柳の大道のほとりに別離をする人が多いものだ。
閨で一人待つ部屋の燭燈は灯し続け、月はおぼろにかすんでいる。うとうとして目をさますと、暁にうぐいすの啼く声を聴くのである。
簾幕をひっかける玉製のかぎでみどりのとばりの幕をかかげた部屋があり、お化粧もくずれて浅くなっており、昨日の画き眉も薄く消えかかり、何もかも薄れて行っている。
春の夢はほんとうに別れの心情にかかわるものばかり、鏡の中にうつる蝉の羽のような鬢も、愁いのために薄くほつれてみえる。
『菩薩蠻 六』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-6-6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1640
『菩薩蠻 六』
寶函钿雀金鸂鵣,沈香閣上吳山碧。
楊柳又如絲,驛橋春雨時。
畫樓音信斷,芳草江南岸。
鸞鏡與花枝,此情誰得知。
寶函【ほうかん】鈿雀【てんじゃく】金の鸂鵣【けいちょく】,沈香【ちんこう】の閣上 吳山の碧【みどり】。
楊柳 又 絲の如し,驛橋 春雨【はるさめ】の時なり。
畫樓から音信 斷つ,芳草 江南の岸のあり。
鸞鏡と花枝とあり,此の情は誰か知るを得る。
あの人をまちわびている女妓が、目をさまし、うつくしい匣枕、鈿雀のかんざしと、金のおしどりにかざられたかんざしがそばにおちている。起き出すのも物憂い女妓は、朝のお化粧をして沈香のただよう樓閣のうえにのぼって、呉山のみどりの彼方をながめやる。
健康と無事を祈って折った青柳は又芽をふいて、糸のようにほそい枝を風になびかせている。驛亭にしっとりと春雨がふって、あの日ここであの人と別れを告げた。あれからどれほど月日がたったのか。
美しい高楼あの人を待ち侘びているけれど音信はとぎれたままなのだ。かんばしい春の草が江南の岸にはまたさきだした。
このさびしいこころは、鸞鳥を背に彫んだ鏡と花が咲き誇る枝だけがいつもみている。この心情はだれが察っしてくれるのだろうか。
『菩薩蠻 七』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-7-7-# 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1644
『菩薩蠻 七』
玉樓明月長相憶,柳絲裊娜春無力。
門外草萋萋,送君聞馬嘶。
畫羅金翡翠,香燭銷成淚。
花落子規啼,綠窗殘夢迷。
玉樓明月長へに相ひ憶ふ、柳絲裊娜【じょうや】春力無し。
門外草萋萋たり、君を送れば馬の嘶くを聞けり。
畫【いろうつくしき】羅【うすぎぬ】金の翡翠、香【かぐはしき】燭消【とけ】て涙を成す。
花落ちて子規啼けば、綠窗【ろくそう】に殘夢迷ふ。
春の装いにかがやく高楼にのぼり、あかるい月かげがさしこむ、もうずいぶんな歳月になる、私のもとにかえってこないあの人を恋しく思う。柳のいとの様な腰つき、もっと魅力的にしているが、一人過ごす春の日、片思いのままは気力も失せて來る。
門外にでて春の行楽に幔幕を春草がまた青々としげる中に有る。あの人を見送ったときには、乗ってゆく馬のいななくのを聞いたものだった。(いまも馬が嘶いてもあの人は来てくれない。)
うすものの衾に金と翡翠で描かれているのを見るばかり、今宵も更けゆくままに、蝋燭も溶けて流れ、涙もとめどがない。
若い花はちりさり、ほととぎすは逢いたい一心で啼いて血を吐くのだ、部屋のみどり絹の上窓から思いを送るがどこかあの人のもとへ夢はまようのだろう。
『菩薩蠻 五』温庭筠 ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-5-5-#5 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1636