◆◆◆2013年2月12日紀頌之の5つの漢文ブログ◆◆◆
Ⅰ.李白と李白に影響を与えた詩集
古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
贈王粲  曹植(曹子建) 魏詩<37-#1>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩

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Ⅱ.中唐詩・晩唐詩
 唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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Ⅲ.杜甫詩1000詩集
"●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする
泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#3)  杜甫 <396>  漢文委員会kanbuniinkai

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Ⅳ.漢詩・唐詩・宋詞詩詩集
與顏錢塘登障樓望潮作 孟浩然  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1916 (02/12) 

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Ⅴ.晩唐五代詞詩・宋詞詩
 森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれ

に疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-# 卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会

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浣紗廟 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-74-10-#  卷804_6 【浣紗廟】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1912 

卷804_6 【浣紗廟】魚玄機



浣紗廟
吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。
呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。 範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。
只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。

今日では、諸暨(西施の出身地)の大きな河のほとりに、その歴史のなごりをとどめている。ただ、むなしいことは苧羅山と号する山が青々と聳えていて、絶世の美女、西施の跡としては、ただそれだけがあるだけでなのだ。
浣紗廟
呉越相謀るに計策多く、浣紗の神女己に相和す。
一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。
範蠡【はんれい】は 功成って 身 隱遁【いんとんn】し、伍胥【ごしょ】は 諌死【かんし】して 國 消磨す。
只今 諸暨【しょき】長江の畔、空しく青山の苧蘿【ちょら】と號【ごう】する有るのみ。


天台山 瓊臺

















6.『浣紗廟』 現代語訳と訳註
(本文)
浣紗廟
吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。
一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。


(下し文) 浣紗廟
呉越相謀るに計策多く、浣紗の神女己に相和す。
一雙の笑靨【しょうよう】複に面を回らせば、十萬の精兵 盡く戈を倒【さかしま】にす。
範蠡【はんれい】は 功成って 身 隱遁【いんとんn】し、伍胥【ごしょ】は 諌死【かんし】して 國 消磨す。
只今 諸暨【しょき】長江の畔、空しく青山の苧蘿【ちょら】と號【ごう】する有るのみ。


(現代語訳)
呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。


(訳注)
浣紗廟
 諸曁(しょき)市城区の南部、苧蘿山のほとりを流れる浦陽江(浣江・浣紗渓・浣浦ともいう)の川岸に西施石(浣紗石)、浣紗廟がある。呉越抗争のころ、越の美女西施がこの渓川で洗濯をしていたとつたえられている。紗はうすぎぬ。浣はすすぐ。せんたくすること。1980年、西施を記念する西施亭が、1990年、西施殿が再建されている。

呉越の地図

















吳越相謀計策多,浣紗神女已相和。

呉の國と越の国と互いに陰謀して抗争し合っていたときに、この山の下の川縁で洗濯をしていた絶世の美女西施は、范蠡に見出された。それで彼女は越國の復興のために力を合わせると合意したのだ。
・吳越 春秋時代に、今の江蘇省南部を中心にした呉の国(首都は今の蘇州)と、その南方、折江省の紹輿を中心にした越の国(首都は会稽。今の紹興の南)とが相争っていた。 
・計策多 それぞれいろんな計略をめぐらしていた。呉には楚の国からのがれてきた伍員が参謀格としてついていたし、越には范蠡が参謀としてついていたが、呉王夫差は越に侵入して、越王祁配をとりこにした。ここから、臥薪嘗胆がうまれる。范蠡は夫差の使臣伯嚭に賄賂を贈って巧みに釈放してもらうと、浣紗の美女西施を夫差のもとへ送った。夫差はその計略にかかって、淫楽にふける一方で、呉員の諌めるのもきかず、兵を北に出して斉を討った。勾践・范蠡はその機会をのがさず、呉を攻め、呉を滅ぼした。
・神女 西施をいう。廟に祭られているから神女といった。美しいということで宿敵を破る力となったこと。多大な評価をするということである。
・相和 范蠡はこの西施とかたく約束をむすんで、呉を滅ぼすために、夫差のところへいってもらったことをいう。


一雙笑靨才回面,十萬精兵盡倒戈。
夫差は彼女のえくぼに魅せられてしまった。そしてさしもの異国の精兵も、彼女のほほえみにうつつをぬかしてしまった王の嬌奢に反感を抱き、軍の統率力は消え、越軍が侵入すると、あっさり祖国に鉾先を替えてしまった。
・一雙(いっそう) 二つの意。左右にあるから。
・笑靨(しようよう) えくぼ。
・回面 ふり向く。呉王に媚を豊することをいう。
・十萬精兵 呉軍をいう。
・倒戈 敵(越) にむけていたはこを味方(呉)にむけること。裏切ること。ほこは両刃の短剣を長い柄につけたもの。


範蠡功成身隱遁,伍胥諫死國消磨。
こうして越の范蠡は、王の勾践をたすけて、ついに呉を滅ぼす大功をたてた。ただ、この見事に役目をはたしおわった美女をともなって、五湖のほとりへ隠遁してしまった。しかるに、一方、呉王をたすけていた伍子胥の方は、王の日夜をおかぬ亨楽におぼれ、討齊というのに反対して極諌したために死を賜わった。その國はやがて越軍の揉輪のもとに滅ぼされてしまった。
范蠡 越王勾銭の重臣。
・隠遁 范蠡は、勾践が復仇をとげて凱旋すると、呉の重臣伍負が、斉を討つことに反対して殺されたことを思い、勝利をおさめた勾践のもとにあって、伍員のような運命にめぐりあうこ之を恐れ、西施をつれて隠遁して五湖に泛び、斉にいって大富家となった。
・伍胥背 伍子背(ごししょ)、名は員。もと楚の重臣であった伍奢の子。楚王からその父(伍奢)と兄を殺された彼は、呉にのがれ、前述のように呉王夫差の重臣となったが、夫差が西施の色におぼれ、宮殿を築いて遊楽にふけり、かれは斉(山東省の雄国) への出兵を志したので、これを諌めた。それがかえって夫差の怒りを買い、死を賜わった。死に当たって、自分の首を呉宮の西門にかけさせ、「この目で越軍の入城を見てやる!」といったが、そのとおりに越は侵入し、夫差は殺されて、呉の国は亡びた。
・消磨(しょうま) 消えほろびること。


只今諸暨長江畔,空有青山號苧蘿。
今日では、諸暨(西施の出身地)の大きな河のほとりに、その歴史のなごりをとどめている。ただ、むなしいことは苧羅山と号する山が青々と聳えていて、絶世の美女、西施の跡としては、ただそれだけがあるだけでなのだ。
・諸暨 今の新江省の解興の南、諸聾県。近くに浣沙渓がある。
・長江 揚子江ではない。実際には諸盤の近くを北流する浦陽江をさす。大きな河をいう。
・苧羅(ちょら) 山の名。諸暨に近く、その麓が浣紗渓であり、浣紗廟がある。
・號(ごう) 名をつける。いう




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只今惟有西江月、曾照呉王宮裏人。
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