訪趙煉師不遇 魚玄機


2013年3月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩

美女篇 曹植 魏詩<54-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ

●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原人 韓愈(韓退之) <117-3>Ⅱ中唐詩612 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2044
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集隴西行 謝霊運<10> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2051 (03/11)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性訪趙煉師不遇 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-101-37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2052
 
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卷804_30 【訪趙煉師不遇】魚玄機



訪趙煉師不遇
(趙煉師を訪ねて遇はず)
何處同仙侶,青衣獨在家。
お友だちの道士の方と、どこか行かれたらしい。青衣の下女がひとりでお留守番をしていた。
暖爐留煮藥,鄰院為煎茶。
出掛けられて間もないのか、爐があたたかであり、仙薬が煎じられている。庭の向こう隣りから、お茶をたててきて、もてなしてくれる。
畫壁燈光暗,幡竿日影斜。
祭壇のある壁画壁のある部屋には、燈火がついているが薄暗い。それと反対に明るい庭の方に建っているはたをかかげる竹竿には、午後の日が斜めにあたっている。
殷勤重回首,墻外數枝花。
歸りかけておもむろに後ろをふりかえると、かきねの外にまで何本か出ている枝に花が咲いている。


美女画555
(趙煉師を訪ねて遇はず)
何れの處にか仙侶【せんりょ】を同じうす、青衣【せいい】獨り家に在り。
暖爐【だんろ】留めて 薬を煮、鄰院【りんいん】爲めに 茶を煎ず。
畫壁【がへき】燈光【とうこう】暗く、幡竿【ばんかん】日影【にちえい】斜なり。
殷勤【いんぎん】重ねて首を回らせば、墻外【しょうがい】數枝の花。


『訪趙煉師不遇』 現代語訳と訳註
(本文)
訪趙煉師不遇
何處同仙侶,青衣獨在家。
暖爐留煮藥,鄰院為煎茶。
畫壁燈光暗,幡竿日影斜。
殷勤重回首,墻外數枝花。


(下し文)
(趙煉師を訪ねて遇はず)
何れの處にか仙侶【せんりょ】を同じうす、青衣【せいい】獨り家に在り。
暖爐【だんろ】留めて 薬を煮、鄰院【りんいん】爲めに 茶を煎ず。
畫壁【がへき】燈光【とうこう】暗く、幡竿【ばんかん】日影【にちえい】斜なり。
殷勤【いんぎん】重ねて首を回らせば、墻外【しょうがい】數枝の花。


(現代語訳)
(趙煉師を訪ねて遇はず)
お友だちの道士の方と、どこか行かれたらしい。青衣の下女がひとりでお留守番をしていた。
出掛けられて間もなおのか爐があたたかであり、仙薬が煎じられていた。庭の向こう隣りから、お茶をたててきて、もてなしてくれる。
祭壇のある壁画壁のある部屋には、燈火がついているが薄暗い。それと反対に明るい庭の方に建っているはたをかかげる竹竿には、午後の日が斜めにあたっている。
祭壇のある壁画壁のある部屋には、燈火がついているが薄暗い。それと反対に明るい庭の方に建っているはたをかかげる竹竿には、午後の日が斜めにあたっている。


(訳注)
訪趙煉師不遇

妓女である魚玄機が趙煉師ということは三国時代孫権が最も寵愛した夫人のことであり、花街の女が官僚の女になったものの互いに呼び合った名前である。森鴎外は小説の中で「かねて交っていた道士趙錬師を招待して、魚玄機の身の上を託した。玄機が咸宜観に入って女道士になったのは、かうした因縁であった。」とかいている。この詩が根拠ということなのである。
 妓女から役人の妻へ、そして、おそらく道士趙錬師はまさに魚玄機があこがれていた女性でもあったのではないだろうか。
少なくとも、この詩でわかるように、魚玄機は道士への憧れを持っていた。この詩はその気持ちを詠ったものである。
李白『訪載天山道士不遇』、賈島「尋隠者不遇」柳宗元、韋応物など多くの詩人が詩題にしている。
この詩が役人の妻という実績が出来、そして道観に隠遁するという、当時の妓女のステータスであったのである。したがって、魚玄機の李億に対する未練のかけらもないことを示す詩なのである。そういう意味でこの詩は重要なものである。おそらく、この詩も、書斎の中で作られたものであろう。


何處同仙侶,青衣獨在家。
お友だちの道士の方と、どこか行かれたらしい。青衣の下女がひとりでお留守番をしていた。
・仙侶 仙は道士、侶は仲間。同じ道士のひとと。仙侶、錬師は、女性であったのであろう。
・青衣 下女のこと。昔、身分のいやしい者が、青衣を着たことから、婦女・給仕の者を、青衣というようになった。


暖爐留煮藥,鄰院為煎茶。
出掛けられて間もないのか、爐があたたかであり、仙薬が煎じられている。庭の向こう隣りから、お茶をたててきて、もてなしてくれる。
・煮藥 道士は薬草を煎じるというのも常套である。
・鄰院 隣の中庭のあるブロック。


畫壁燈光暗,幡竿日影斜。
祭壇のある壁画壁のある部屋には、燈火がついているが薄暗い。それと反対に明るい庭の方に建っているはたをかかげる竹竿には、午後の日が斜めにあたっている。
・畫壁 壁画のある壁。
・幡 はた。仏寺や道観にたてられているはた。


殷勤重回首,墻外數枝花。
歸りかけておもむろに後ろをふりかえると、かきねの外にまで何本か出ている枝に花が咲いている。
・殷勤 ねんごろ、ていねい。この場合、ていねいにまたふりかえってみたこと。
・墻 土塀の垣根。

寒梅002



李白「訪載天山道士不遇」
犬吠水声中、桃花帯露濃。
樹深時見鹿、渓午不聞鐘。
野竹分青靄、飛泉挂碧峰。
無人知所去、愁倚両三松。

犬は吠ゆ水声の中、桃花は露を帯びて濃やかなり。
樹は深くして時に鹿を見、渓は午にして鐘を聞かず。
野竹は青靄を分け、飛泉は碧峰に挂かる。
人の去く所を知る無し、愁えて倚る両三松。


・不遇
六朝の末ごろから詠い出されたこのテーマは、いないことによって却って隠者の縹渺(ひょうびょう)たる風趣が漂う、ことを狙いとする」韋応物(いおうぶつ)の「休日 人を訪ねて遇(あ)わず」の詩。昔の官吏は九日働いて一日休み、という過酷な勤め。折角の休みに隠者に会うべく山中に尋ねてきたが、留守で会えない。「六朝の末ごろから詠い出されたこのテーマは、いないことによって却って隠者の縹渺(ひょうびょう)たる風趣が漂う、ことを狙いとする」と解説される。


・錬師 
花街の女が官僚の女になったものの互いに呼び合った名前らしい。孫権の歩夫人にあやかっての呼び合っていたのであろう。ちなみに歩夫人は徐州臨淮郡淮陰(現在の江蘇省淮安市)の出身。呉に仕えた歩隲の同族。諱は「練師」だった(『建康実録』)。史書に名前が残る孫権の妻の一人。戦乱を避けて母と共に江東に移住した所、孫権に見初められて夫人となった。嫉妬しない性格だったため孫権が最も寵愛した夫人となった。孫権が皇帝に即位すると内心歩夫人を皇后にしようと考えていたが、皇太子の孫登や群臣達は孫登の養母である徐夫人を皇后にすることを望んでいた。しかし孫権は徐夫人の立后を拒否し、歩夫人もまた皇后につこうとせず238年に没した。
孫権はあらためて歩夫人に皇后の位を追贈し、孫権死後に陵墓である「蒋陵」に一緒に葬られることになった。