遣懷 魚玄機

2013年3月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩美女篇 曹植 魏詩<54-#3>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2053
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原鬼 韓愈(韓退之) <118-1>Ⅱ中唐詩614 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2054
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集永初三年七月十六日之郡初発都 謝霊運<11> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2056 (03/12)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性遣懷 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-102-38-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2057
 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


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卷804_31 【遣懷】魚玄機


遣懷#1
閑散身無事,風光獨自遊。
暇でのんびりしている。別に何かをしなければならないというわけでもない。よい景色のなかで、ひとりで悠々自適に過ごす。
斷雲江上月,解纜海中舟。
雲の切れ間に明るい月が顔を出す、大江にかげをおとす。繋がれていた舟が、ともづなを解いて、海にむかって進む。
琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。
優雅に琴をきままにかなでるならば、南朝梁の時代に建てられた多くの寺であり、詩歌を吟ずるには南朝中原の名門貴族の家に生まれ、若い頃から美貌と威厳のある風格をそなえ、清談の名手としても名を知られていた庾亮の樓であろう。
叢篁堪作伴,片石好為儔。

しずかな竹林であれば一人でのびのびし散歩するものであり、庭の石をじっとめでるのは、こだわりやわずらわしさもないのがよいことだ。
#2
燕雀徒為貴,金銀誌不求。
滿杯春酒綠,對月夜窗幽。
繞砌澄清沼,抽簪映細流。
臥牀書冊遍,半醉起梳頭。

懐を遣る
閑散 身に事無く、風光濁り自ら遊ぶ。
雲を断つ 江上の月、纜を解く 海中の舟。
琴は蕭梁の寺に弄し、詩は庚亮の樓に吟ず。
叢篁 伴を作すに堪え、片石 儔を為すに好し。

燕雀 徒に 貴と為し、金銀 志として 求めず。
杯に満せば 春酒 緑なり、月に封して 夜窗 幽なり。
砌を繞って 清沼 澄み、簪を抽いて 細流に映す。
臥牀 書冊偏く、半酔 起って 梳頭す。

55moon

『遣懷』 現代語訳と訳註
(本文)
閑散身無事,風光獨自遊。
斷雲江上月,解纜海中舟。
琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。
叢篁堪作伴,片石好為儔。


(下し文)
懐を遣る
閑散 身に事無く、風光濁り自ら遊ぶ。
雲を断つ 江上の月、纜を解く 海中の舟。
琴は蕭梁の寺に弄し、詩は庚亮の樓に吟ず。
叢篁 伴を作すに堪え、片石 儔を為すに好し。

(現代語訳)
暇でのんびりしている。別に何かをしなければならないというわけでもない。よい景色のなかで、ひとりで悠々自適に過ごす。
雲の切れ間に明るい月が顔を出す、大江にかげをおとす。繋がれていた舟が、ともづなを解いて、海にむかって進む。
優雅に琴をきままにかなでるならば、南朝梁の時代に建てられた多くの寺であり、詩歌を吟ずるには南朝中原の名門貴族の家に生まれ、若い頃から美貌と威厳のある風格をそなえ、清談の名手としても名を知られていた庾亮の樓であろう。
しずかな竹林であれば一人でのびのびし散歩するものであり、庭の石をじっとめでるのは、こだわりやわずらわしさもないのがよいことだ。


oborotsuki04(訳注)
遣懷

・遣懷 胸中のおもいを吐きだすことと云うことだが、この詩は二句、一聯ごとにテーマがあり、八つのテーマがある。
一聯:現在の生活
二聯:遠望
三聯:風流(音楽・詩)
四聯:風流(散歩)


(一)
閑散身無事,風光獨自遊。
暇でのんびりしている。別に何かをしなければならないというわけでもない。よい景色のなかで、ひとりで悠々自適に過ごす。
・閑散 ひまで何するということもなくのんびりしていること。
・風光 風景。自然をともとして。


(二)
斷雲江上月,解纜海中舟。
雲の切れ間に明るい月が顔を出す、大江にかげをおとす。繋がれていた舟が、ともづなを解いて、海にむかって進む。
・江上 大江。


(三)
琴弄蕭梁寺,詩吟庾亮樓。
優雅に琴をきままにかなでるならば、南朝梁の時代に建てられた多くの寺であり、詩歌を吟ずるには南朝中原の名門貴族の家に生まれ、若い頃から美貌と威厳のある風格をそなえ、清談の名手としても名を知られていた庾亮の樓であろう。
・蕭梁の寺 
武帝は異常なほど仏教に傾倒し、後世からはこのために梁の亡国を招いたとして非難される一因となっている。まず武帝は在位中に4回も捨身を行なう異常ぶりで、さらに中国皇帝は国家儀礼は儒教に基づいて行なうのが当然なのだが武帝は仏教に基づいて行なっており、さらに大赦と改元を伴って行なうなど常識を逸脱する熱烈ぶりが目立つようになっている。ただし仏教が武帝や梁の民衆にここまで受け入れられたのは、後漢という長期政権の崩壊後、魏晋南北朝時代という動乱期で儒教の価値観が低下し自己の救済を仏教に求めたため、という側面もあった事を理解しておく必要がある。とはいえこのような異常ともいえる仏教傾倒は梁における仏教隆盛をもたらした反面で、皇帝や皇族の放恣や側近による専権、貴族層の実務忌避や寺院の建立による財政悪化による民衆の窮乏と社会不安の増大という国勢の衰退を助長した。
庾亮(ゆりょう、289年 - 340年)は、中国東晋の政治家。字は元規。潁川鄢陵(現河南省)の出身。庾琛の子で庾彬、庾羲の父。
西晋時代、中原の名門貴族の家に生まれ、若い頃から美貌と威厳のある風格をそなえ、清談の名手としても名を知られていた。当時の人々は彼を夏侯玄や陳羣になぞらえたという。八王の乱、永嘉の乱で中原が戦乱に見舞われると、父親に従い会稽に難を避ける。


(四)
叢篁堪作伴,片石好為儔。
しずかな竹林であれば一人でのびのびし散歩するものであり、庭の石をじっとめでるのは、こだわりやわずらわしさもないのがよいことだ。
・叢篁 むらがり生えている竹。しずかな竹林。