魚玄機 左名場自澤州至京,使人傳語


2013年3月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) <119-#12>Ⅱ中唐詩629 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2129
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 杜甫 <437> 其一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集遊南亭 謝霊運<26> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2131 (03/27)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

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卷804_45 【左名場自澤州至京,使人傳語】魚玄機




左名場自澤州至京,使人傳語
閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。

もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。

(左名場、澤州【たくしゅう】より京に至り、人をして傳語せしむ)
閑居【かんきょ】して賦を作る 幾年の愁、王屋【おうおく】山前【さんぜん】は是れ舊【むか】し遊ぶ。
詩は詠ず東西 千嶂【せんしょう】亂れ、馬は随ふ 南北 一泉【いつせん】流る。
曾て陪す 雨の夜 歓席【かんせき】を同じうし、別れし後 花の時濁り樓に上る。
忽ち喜ぶ 門を叩いて 傳語の至るを、爲に憐む巷【こう】を隣して小房【しょうぼう】の幽かなるを。
相加【そうじょ】琴を罷めて朱弦【しゅげん】断え、雙燕【そうえん】巣を分って白露の秋。
倦【う】むこと莫れ 蓬門【ほうもん】時に一訪【いちほう】するを、毎春 忙はしく 曲江の頭【ほとり】に在り。


『左名場自澤州至京,使人傳語』 現代語訳と訳註
(本文)
左名場自澤州至京,使人傳語
魚玄機が宮島に閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。


(下し文)
(左名場、澤州【たくしゅう】より京に至り、人をして傳語せしむ)
閑居【かんきょ】して賦を作る 幾年の愁、王屋【おうおく】山前【さんぜん】は是れ舊【むか】し遊ぶ。
詩は詠ず東西 千嶂【せんしょう】亂れ、馬は随ふ 南北 一泉【いつせん】流る。
曾て陪す 雨の夜 歓席【かんせき】を同じうし、別れし後 花の時濁り樓に上る。
忽ち喜ぶ 門を叩いて 傳語の至るを、爲に憐む巷【こう】を隣して小房【しょうぼう】の幽かなるを。
相加【そうじょ】琴を罷めて朱弦【しゅげん】断え、雙燕【そうえん】巣を分って白露の秋。
倦【う】むこと莫れ 蓬門【ほうもん】時に一訪【いちほう】するを、毎春 忙はしく 曲江の頭【ほとり】に在り。


(現代語訳)
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。


(訳注)
左名場自澤州至京,使人傳語

魚玄機55021(左名場さんが山西の澤州から都へ出てきて、使いの著をよこし、ことづてしてくれた。)
・左名場 妙な姓名と思うが、はっきり
しない。択州土着の人らしい。左という
姓は山西省によくある姓である。
・澤州 唐代の択州は、今の山西省の陽城県の西の地にあった。
送李億東歸 溫庭筠
黃山遠隔秦樹,紫禁斜通渭城。
別路青青柳弱,前溪漠漠苔生。
和風澹蕩歸客,落月殷勤早鶯。
灞上金樽未飲,宴歌已有餘聲。

情書(書情寄李子安)
飲冰食檗誌無功,晉水壺關在夢中。
秦鏡欲分愁墮鵲,舜琴將弄怨飛鴻。
井邊桐葉鳴秋雨,窗下銀燈暗曉風。
書信茫茫何處問,持竿盡日碧江空。
情書(書情寄李子安) 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-77-13-# 卷804_9 【情書(一作書情寄李子安)】魚玄機  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1932


閑居作賦幾年愁,王屋山前是舊遊。
わたくしは、隠遁して閑居において、数年、詩を作って寂愁なくらしをしております。王屋山のふもとにおいて、昔、王屋の道観で遊びましたこと、今もなつかしく思っております。
・重臣山(おうおくざん) 今の山西省陽城県の西南にある有名な山。道教の聖地でもある。同上地図参照のこと。
・舊遊(きゅうゆう) 前にいったことがある。この語は、魚玄機がかつて沢州へいってあそんだことをいう。

魚玄機2長安洛陽中原地図














詩詠東西千嶂亂,馬隨南北一泉流。
詩に詠むのはあの東西にいくえにもつらなった急峻な山々のことですし、峠越えに馬にゆられたことですし、南北に通った一本の河に浮んで旅をしたことなのです。
・東西千嶂亂 東西に黄河が流れ(地図では2-5)その両側に延々と山が連なる。東西に連なる山は中条山脈(E-4)である景山、王屋山、折城山、烏牢山と太行山脈(G-5)に連なっている。その山を割って絃水(丹水)が潞州、晋州を経て南北に流れ出て黄河に灌ぐのである。
千嶂(せんしよう) 峠は高くてけわしい山、またそのような峯。この附近、中条山脈が東西につらなっており、玉屋山もその山脈中の山である。地図参照
・南北一泉 地図においても流南北へ一本の河が流れており、それにみちびかれて舟上の旅をしたわけである。南流(地図でG-G)した河は黄河にそそいでいる。
 

曾陪雨夜同歡席,別後花時獨上樓。
それから、あの雨の夜、たのしい宴席でごいっしょさせていただきました、お別れしてから、花のさくころには、ひとりで都の高楼の上から、遠く山々を望むのです。
・陪 臨席する。
・歓席(かんせき)たのしい宴席。


忽喜扣門傳語至,為憐鄰巷小房幽。
さて、思いがけなくも、お使いの人をよこされて、お言付けをいただき、とても喜んでおります。ひっそりした小さな家に住んでおりますので、私のことを気にかけていただいてありがたくおもっております。
・巷 ろじ。花街。
・小房 自分の部屋。


相如琴罷朱弦斷,雙燕巢分白露秋。
男の方は司馬相如でさえも琴を弾くのをやめ、女遊びを止めました。つがいのツバメでさえも白露の降りる秋になれば愛の巣を分かつものでございます。(あなた様はご立派なお方です)
・相如 司馬相如。琴を彈じて卓氏のむすめ文君にいどみ、ついに駈落ちして夫婦となって、財を成した。その後女遊びをして、卓文君と別れようとして切り出したが、卓文君の潔さを見直し、琴を弾くのを止め女遊びを一切やめた。左名場さまは司馬相如のようにきちんとしたお方ですね、というほどの意味で李億のことを謂っているわけではない。
・雙燕巢分白露秋 春からずっと愛の巢で過ごした燕でさえ、白露の降りる秋になれば、その巣を別にする。男女の愛の姿を云う。この句を以て李億との関係を他人に芸子がいうわけはない。色恋を他人に言うはずがない。(漢詩大系15の解釈はおかしい。参考にもならず。腹が立ってくるw―。)


莫倦蓬門時一訪,每春忙在曲江頭。
もし、おひまがございましたら、時にはこちらにおたちよりください。ただ、いつも春には、長安の公園の曲江のほとりで、忙しくしております。不在の事もあるかもしれませんのでその節はあしからず。
・曲江 長安の遊楽名勝の地。