光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172


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光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光・威・裒、姉妹三人、・・・・・因次其韻。』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。


(下し文)
文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。


(現代語訳)
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。


(訳注) #2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
・文姫 後漢の蔡邕の娘で蔡琰のことで、学識と琴の腕を誇る女性。匈奴単于にとらえられ、その妻にされるがその後、曹操によって保護され帰る。匈奴に残した子供との離れ離れの悲しさを『悲憤詩(三章)』、『胡笳十八拍』に賦した名作がある。
・貌 かんはせ。(1)顔つき。顔のさま。 美醜などから見た顔容貌 ・ 容色 ・ 器量 ・ 造作(ぞうさく) ・ みめかたち ・ 目鼻立ち ・ 顔立ち ・ 紅顔の(美少年) ・ (花の)かんばせ ・ (甘い)マスク  (2)名誉。体面。
・西子 本名は施夷光。中国では西子ともいう。紀元前5世紀、春秋時代末期の浙江省紹興市諸曁県(現在の諸曁市)生まれだと言われている。
 現代に広く伝わる西施と言う名前は、出身地である苧蘿村に施と言う姓の家族が東西二つの村に住んでいて、彼女は西側の村に住んでいたため、西村の施>>>西施と呼ばれるようになった。
 紀元前5世紀、越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた施夷光は谷川で洗濯をしている姿を見出されてたといわれている。越の策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
呉が滅びた後の生涯は不明だが、勾践夫人が彼女の美貌を恐れ、夫も二の舞にならぬよう、また呉国の人民も彼女のことを妖術で国王をたぶらかし、国を滅亡に追い込んだ妖怪と思っていたことから、西施も生きたまま皮袋に入れられ長江に投げられた。また、美女献上の策案者であり世話役でもあった范蠡に付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。
(2)西施ものがたり  李白がよく取り上げた題材

・『古風五十九首 第十八 李白ではべつの視点から興味あるとらえ方をしている。李白は西施にかかわる多く詩を残している。
・無言 言は文字。西子には文学的作品がなかった。


一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
・杳杳 遙々。はるかに深いさま。
・四絃 琵琶のこと。
・喃喃 賞賛した声はなんなんとどこまでもつづく。


當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
・當臺 台は鏡台。鏡台にむかって。
・青絲發 長いくろかみ。
・簪 かんざし。こうがい。ここはこうがい。

小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。

王屋山01
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
・小有洞 道教の洞祠。仙境。河南省の王屋山上にある王屋山小有洞のこと。「小有清虚洞天」という。杜甫『秦州雑詩二十首 其十四』(古来、道教の仙人が住んだという仇池山の洞穴のことを想像してのべる。)
萬古仇池穴,潛通小有天。
神魚今不見,福地語真傳。
近接西南境,長懷十九泉。
何當一茅屋,送老白雲邊。
仇池山の洞穴は古来からある、そこははるか河南の王屋山にある小有天の洞穴とひそかに通じているという。
その池にいるという神魚は今は見えないが、その場所が旧書の謂う所の仙人の住む福地だという話は本当に伝わっている。
この秦州は西から南にかけて国境であり、異民族と接している、仇池山は国境近くに接している、自分はいつもそこに在るという恵み豊かな九十九泉のことなどおもっている。
いつになったら一軒の茅屋をそこにかまえて、白雲の浮かべるあたりで老いさきを送ることができるであろうか。

秦州雜詩二十首 其十四 杜甫 第4部 <267> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1250 杜甫詩 700- 381

小有清虚洞天
●山の中が空洞になっており、其の中に多くの仙人たちの住宅がある。その広きこと、王者の館のごとくである。
頂上に天壇があり、いつも雲気があってこれを輪のように取り囲んで隠している。雷・雨の類はすべてこの天壇より下に起こり、飛ぶ鳥も背中しか見えぬ。いにしえより、仙人・神霊の朝に会するところと伝わる。
●この山麓は唐の司馬承禎の真理を修めたところである。白雲道院あり、承禎の名づけるところである。
●宋の徽宗皇帝、かつて遊び、天尊殿内の壁に自ら神仙・龍・鶴・雲気昇降・仙人たちの車や籠の類を描いており、これを見るにすこぶるすばらしい。
●仙猫洞なる洞あり。かつて燕真人が丹薬作りに成功し、そのエネルギーでニワトリやイヌとともに天上に昇っていった場所である。ただネコだけが同時に昇天できず、いまに至るもこの洞に住むという。洞の入り口より呼びかければネコの声が応えるのである。