魚玄機 光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 

七言の詩をここまでのいいものに仕上げている。男性を含めた多くの詩の中でもよくまとまった抜群の作詩力である。秀作である。

2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。

孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。

 

光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177


bijo04光・威・裒、姉妹三人、小孤、而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。
#1
昔聞南國容華少,今日東鄰姊妹三。
客の話にでた三人の姉妹は、南方の生まれだという、南方に美人はすくないと聞いていたが、まちがいで、今、現に都のわたしの住んでいたすぐ近くに、こんな美しい三人の姉妹があろうとは。
妝閣相看鸚鵡賦,碧窗應繡鳳凰衫。
三姉妹は、化粧部屋で、「鸚鵡の賦」を見せあったりしているというし、東側の窓べで着物に鳳凰の模様を刺繍したりしているという。
紅芳滿院參差折,綠醑盈杯次第銜。
また一面に赤い花の咲き、芳しい風が中庭にただよい、そこで、三人は、長い花あるいは花を短く手折ったりしている、新酒のうまい清酒を、杯についでは、姉妹仲よく、順々に飲んでいることであろう。
恐向瑤池曾作女,謫來塵世未為男。
こんな聯句の詩を作った彼女たちは、きっと仙宮瑤池で西王母に仕えていた仙女で何かの罪によったのでしょう。今の下界に謫されてきたもので、男に生まれかわってりっはな詩人になってもよかったものを、女にさせられたものでしょう。
#2
文姬有貌終堪比,西子無言我更慚。
漢末の蔡文姫(蔡琰)は、美人のうえに風流人で琴の腕前と詩にもたけていたてから、美人であり詩才のある今日の三人姉妹が比較されても、それに堪えうるほどのものであるが、同じ美人でも貧しい薪売りの娘で詩才のなく残していなかった西施とくらべられたら、比べる人がかえってそのことを羞じなければいけないでしょう。
一曲艷歌琴杳杳,四弦輕撥語喃喃。
蔡琰と三姉妹が、琴に合わせて、もし艶っぼく歌うと、琴の音は、奥ゆかしいようようと余韻をただよわせるでしょう。それがもし、琵琶をひいて歌ったのなら、その歌聾は、軽いばちさばきにのせて、賞賛した声はなんなんとどこまでもささやかれてゆくでしょう。
當臺競鬥青絲發,對月爭誇白玉簪。
鏡台の前に坐っていたら、三人がそれぞれみどりの黒髪の美しきをきそいあうでしょう。月の射しかかる下では、顔の白さ、輝きと髪にさした白玉のこうがいの美しさを自慢しあっていることでしょう。
小有洞中松露滴,大羅天上柳煙含。
彼女たち三人は謫仙女であるから、きっと松から露のしたたる清浄なあの小有洞へ掃ってゆくのであり、そこから柳と雲かすみにのりかかり、大羅天の天上仙界へ、やがては昇天してゆくことでしょう。
#3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。

それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。

昔聞く南国には 容華 少なりと、今日東隣に 姉妹三たりあり。
妝閣相看る 鸚鵡の賦、碧窗応に繍すべし 鳳凰の衫。
紅芳 院に滞つれば 参差として折り、綠醑 杯に盈つれば 次第に銜む。
恐らくは 瑤池に向って曾つて女となり、
謫せられて塵世に来って 未だ男と爲らざりしならん。

文姬には貌有り 終に比べるに堪ゆ,西子は言無く我更に慚づ。
一曲 艷歌 琴 杳杳【ようよう】,四弦 輕撥 語喃喃【なんなん】。
臺に當り競鬥して青絲の發,月に對し爭誇して白玉の簪。
小有 洞中 松露 滴り,大羅 天上 柳煙 含む。

但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


『光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
王屋山01但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。
阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。


(下し文)
但だ能く 雨と為る 心は 長へに在り、怕れず 簫を吹く 事 未だ諳んぜざるを。
阿母 幾たびか 花下に語るを 嗔り、潘郎 曾て 夢中に向って 参ず。
暫時の清句にも、魂 猶は断ゆ、若し 紅顔を睹なは 死もまた甘んぜん。
悵望す 佳人 何れの處にか 在る、行雲は 北に歸り 叉 南に歸る。


(現代語訳)
だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。


(訳注) #3
但能為雨心長在,不怕吹簫事未諳。

だが、昔、巫山の神女の故事のように、雲と雨となったというし、彼女たちも謫仙女であってもこの世界で育った女であるから、そのように男とちぎる心の下地は、ちゃんともっているはず。だから今は弄玉のように簫を吹く故事にあるほどではないかもしれないので、それを心配する必要はないのでしょう。
・為雨  ・爲雲爲雨 男女の交情をいう。楚の襄王が巫山で夢に神女と契ったことをいう。神女は朝は巫山の雲となり、夕べには雨になるという故事からきている。婉約の詩詞によく使われるが、千載不磨の契りという風ではなく、もう少し気楽な交わりを謂う。 ・爲雲 (神女は、朝は巫山の)雲となる。 ・爲雨 (神女は、夕べには巫山の)雨になる ・楚襄王 そじょうおう 楚の襄王。宋玉の『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの)があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。婉約の詩歌でよく使われる。「巫山之夢」。李白の『清平調』三首之二に「一枝紅艷露凝香,雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似,可憐飛燕倚新粧。」 と詠っている。
公子行  劉希夷(劉廷芝) (1) 初唐


・吹簫  簫史と弄玉との故事。 『列仙伝』に「簫史者、秦穆公時人也。善吹簫、穆公有女號弄玉、好之、遂以妻焉。遂教弄玉作鳳鳴。居數十年、吹似鳳凰、鳳凰來止其屋、為作鳳臺、夫婦止其下。不數年、一旦隨鳳凰飛去。」(秦の穆公の時、蕭史あり、善く簫を吹く。公の女弄玉これを好む。公もって奏す。遂に弄玉に教へて鳳鴫をなす。居ること数年、吹くに鳳凰の声あり。鳳来ってその星に止まる。公、為に鳳台を作る。夫妻その上に止りしが、一旦、みな鳳凰に随って飛去す)とみえる。・霊妃 秦の穆公の女の弄玉。
春秋時代、秦の穆公に弄玉というむすめがあった。帯の名手の蒲史を愛したので穆公は二人を夫婦にした。弄玉は夫から蒲の吹き方を教わり、鳳の鳴き声が吹けるようになり、その昔につられて鳳がやってくるようになった。後に斎史は竜に乗り、弄玉は鳳に乗って、二人とも天上にのぼったという伝説がある。


阿母幾嗔花下語,潘郎曾向夢中參。
いや、もうすでに、よい愛人と、花の下で憩をささやいて、何度も阿母さんから叱られたこともあるでしょうし、夢の中では、美男子の潘岳のような詩才もある男が、きっと彼女たちのところへ通ってきていることでしょう。
・阿母 娼妓を置いている館の女主人。仮母である。
・藩郎 晋の潘岳。美男子であり、詩人であった。魚玄機『迎李近仁員外』
今日喜時聞喜鵲,昨宵燈下拜燈花。
焚香出戶迎潘嶽,不羨牽牛織女家。
迎李近仁員外 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-115-50-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2122

・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。『和新及第悼亡詩二首 其一』
仙籍人間不久留,片時已過十經秋。
鴛鴦帳下香猶暖,鸚鵡籠中語未休。
朝露綴花如臉恨,晚風欹柳似眉愁。
彩雲一去無消息,潘嶽多情欲白頭。

和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982

和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987


暫持清句魂猶斷,若睹紅顏死亦甘。
そんな男たちは、彼女の清らかな詞句を讀むだけで、魂だけでなく下腹にも恋する思いがしたことでしょうから、それがもし実際に彼女たちの麗しき紅顏を見たならば、それこそ死んでもよいと思うにちがいないことでしょう。
・清句 清らかな詞句。
・魂猶斷 魂だけでなく下腹にも恋する思い。
・紅顔 若くうつくしい顔。


悵望佳人何處在,行雲歸北又歸南。
それにしても、この美人の三姉妹を遠くから悲しく眺めているのはどこにどんな男がいるのでしょうか、行く雲のように男は女と交際していても、北へ帰る雁のように妻のもとに帰るものだけれど、聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、彼女たちは故郷の江南に帰ろうとするのでしょうか。
魚玄機55021・悵望 かなしくながめる。
・佳人 三姉妹の事。「後漢書」に、「尚書令の陸閉、姿容、玉の如し。光武歎じて日く、南方佳人多しと」三人の夫たるにふさわしい美男子をいうか。
・行雲 流れ雲のような男の行動を云う。原詩に、「為雲分易甘」(雲となるに甘んず)の語があることに応ず。
・歸北 妻のもとに帰る。
・歸南 聯句に「看見風光零落盡,弦聲猶逐望江南。」とあり、(風流な景色を見て過ごし、霜の降り頃には葉をおとし尽くすのをこの身において歌にするのです。今なお琴を弾いて「江南を望む」を追いかけて歌うのです。)に基づいている。」