魚玄機 折楊柳


2013年4月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#3> 女性詩727 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2183
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#1 宋玉  <00-#11>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 640 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2184
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其五 成都浣花渓 杜甫 <449>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2190 杜甫詩1000-449-632/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集夜宿石門詩 謝霊運<37>kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2186 (04/07)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性折楊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-128-56-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2187
 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

折楊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-128-56-#   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2187


卷804_48 【折楊柳】魚玄機



bijo05折楊柳
朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
朝になると川端にはいつもいつも花簪の女の涕がある。春風に楊柳を折って旅立つ人をおくる、柳の並木は朝もやに煙る。
願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。

お願いだから男の人が旅立つなら、西に向かう山には樹木が無くなって欲しい、そうしたら、おんなのひとがこんなにもとりすがってなくことはなくなるのです。

朝朝 送別 花鈿に泣き、春風に折り尽くすは楊柳 煙る。
願はくは 西山 樹木なしとし、人をして 涙の懸懸を作さしむるを免るるを得んことを。


『折楊柳』 現代語訳と訳註
(本文) 折楊柳

朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。


(下し文)
朝朝 送別 花鈿に泣き、春風に折り尽くすは楊柳 煙る。
願はくは 西山 樹木なしとし、人をして 涙の懸懸を作さしむるを免るるを得んことを。


(現代語訳)
朝になると川端にはいつもいつも花簪の女の涕がある。春風に楊柳を折って旅立つ人をおくる、柳の並木は朝もやに煙る。
お願いだから男の人が旅立つなら、西に向かう山には樹木が無くなって欲しい、そうしたら、おんなのひとがこんなにもとりすがってなくことはなくなるのです。


(訳注)
折楊柳

美女画557詩題の「折楊柳」は、前漢の張騫が西域から持ち帰った音楽を素にして出来たものだが、この時の辞は、魏晉時代に亡失してしまっているという。晉代には兵事の労苦が陳べられるようになり、それが南朝の梁、陳に始まり唐代ではさらにひろがった。
『折楊柳』の曲調。別離の曲。離愁を覚えるということ。王翰の『涼州詞』「秦中花鳥已應闌,塞外風沙猶自寒。夜聽胡笳折楊柳,敎人意氣憶長安。」、李白に『春夜洛城聞笛』「誰家玉笛暗飛聲,散入春風滿洛城。此夜曲中聞折柳,何人不起故園情。」とある。
六朝時代の軍歌の一種であったが、恋歌の内容ももられるようになり、さらに隋の滅亡をいたむ歌ともなった。中唐以後は、気のきいた民話風のものとなり、柳をよみこんだ歌として流行した。


朝朝送別泣花鈿,折盡春風楊柳煙。
朝になると川端にはいつもいつも花簪の女の涕がある。春風に楊柳を折って旅立つ人をおくる、柳の並木は朝もやに煙る。
・朝朝 毎日毎日。別れの前の晩から朝まで一緒に過ごし、夜明けに別れるのである。
・花鈿(かでん) 花かんざし。ここは花かんざしな挿した女をいう。女が見送り男が旅立つのである。


願得西山無樹木,免教人作淚懸懸。
お願いだから男の人が旅立つなら、西に向かう山には樹木が無くなって欲しい、そうしたら、おんなのひとがこんなにもとりすがってなくことはなくなるのです。
・西山 特定の山ではなく、西域にある山の意。西に向かうことを想像させる。
・懸懸 懸は吊りさける意。涙をつぎつぎとおとすこと。男に取りすがって泣くこと。
・樹木 木であるが、ここではあらゆる木で旅立つ男の総称である、したがって当然そのうちに楊柳の木もふくまれている。楊柳が無かったら別れに涙がなくなるのではなく、男そのものが居なかったら涙を流すことはない。