薛濤《宣上人見示與諸公唱和》 
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。

2013年4月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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宣上人見示與諸公唱和 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-148-20-#13   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2287


宣上人見示與諸公唱和
(宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。)
許廁高齋唱,涓泉定不如。
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
可憐譙記室,流水滿禪居。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。

(宣上人 諸公との唱和を示すを見せられる)
廁【まじ】って 高齋に唱【とな】うるを許さるるも、涓泉【けんせん】も 定めて如【し】からざらん。
譙【しょう】記室を憐むべし、流水 禪居【ぜんきょ】に満つ。


美女画55101道観



















『宣上人見示與諸公唱和』 現代語訳と訳註
(本文)
許廁高齋唱,涓泉定不如。
可憐譙記室,流水滿禪居。


(下し文)
(宣上人 諸公との唱和を示すを見せられる)
廁【まじ】って 高齋に唱【とな】うるを許さるるも、涓泉【けんせん】も 定めて如【し】からざらん。
譙【しょう】記室を憐むべし、流水 禪居【ぜんきょ】に満つ。


(現代語訳)
(宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。)
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。


(訳注)
宣上人見示與諸公唱和

宣上人様が、諸公と唱和され示されたものをお見せくださった。
・宣上人 現在の双流県- 成都の南西三十里c-3)にある竜華寺にいた同時期の段文昌の詩に「竜華山寺の広宣上人を尋ぬ」という詩がある。
段文昌《尋竜華山寺広宣上人》
十里惟聞く松任の風、江山忽ち転じて龍宮を見る。
正に休師と万に旧を話すれば、風煙幾度か楼中に入る
と詠まれている。薛濤のこの詩は、段のこの詩を心に措きながら味わうべきであろう。


許廁高齋唱,涓泉定不如。
お上人さまが、本堂でご一同様と御一緒に、お経をとなえることをお許しくださいますが、わたくしは、ちょろちょろと流れる泉水の水音にもおよばない極最小の聾でございます。
・高齋(こうさい) 齋は書斎。相手の書斎であるから、敬語で高斎というが、寺の場合は高らかに声を上げて経を読む本堂を指す。
・廁 まじわる。家の中の片隅に置かれる便所をあらわす。
・唱 経文を唱すること。
・涓泉 涓は小さい水のしたたり。ここは湧水から、ちょろちょろ小さい音をたてて流れる水。


可憐譙記室,流水滿禪居。
しかし、昔、この蜀で、有名な書記官であったあの譙周さまは、まことに愛されました。私も皆様に愛されることにおいて、お上人さまのご指導によって、流水の一部として交じれば、この寺の本堂に、大きなお合唱になり、風流で、すがすがすがしく、まことに素晴らしいことになるでしょう。
・可憐(あわれむべし) 憐には、「哀」と「愛」 の二意があるが、ここは後者。
・譙記室(しようきしつ) 記室は書記のこと。譙 周(しょう しゅう、199年以前 - 270年)は、中国三国時代から晋の政治家、儒学者。字は允南。譙熙・譙賢・譙同の父、譙秀・譙登の祖父。
巴西郡西充国の人。身長は八尺、誠実で飾り気はなく、頭脳明晰だったが、不意の質問に上手く答えるような機転は利かなかった。幼くして父を亡くしたため家は貧しかったが、勉強熱心で六経を精細に研究し、書簡に巧みで、天文の現象の解釈にも明るかった。諸葛亮孔明から登用され、劉禅に仕え勧学従事になった。ただ学問や教育の分野では重用されたが、政治に関わることはなかった。しかし国家の大事の際には、意見を聞かれた。すると彼は学者としての考えを述べた。多くの著書がある。ここは、その譙周が、書がうまく、学問があるけれど、政治に関与しない。薛濤もいかに学問、書に秀でてもそれ以上のものを望んではいない。詩を賦して校書と称せられているし、王羲之の書法を学んだ書家としても認められている。譙周が愛されたように愛されることは望む、というもの。宣上人を譙周にあてたという解釈、あまりに上から目線であり、当時の女性がのべることはないので間違い。
・流水 詩を詠んだりする流れをいう。
・禪居(ぜんきょ) 宜上人のこの寺において薛濤がお経を読む修行生活することを云う。