薛濤 《詠八十一顆》 
お座敷で披露されたもので、男性の喝采を浴びたものであろう。円満な男女の象徴として喩えられる「合歓の木」を男女の性器、閨の事などを連想させる言い回しで歌っている。詩の内容から判断すると年齢が若い時では宴会で披露できるものではないだろう。

2013年4月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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詠八十一顆 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-151-23-#16   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2302



詠八十一顆
色比丹霞朝日,形如合浦圓璫。 
色について比較してみると丹霞山の陰と陽の石のようで、形はというと合浦の竹で作った耳輪のようなのです。
開時九九知數,見處雙雙頡頏。
 
その実を開けてみると一房に九粒ありそれが九個あつまっていることがわかり、じっと見つめてみると二つが寄り添っていたり、互いに向き合って張り合っているかのようなのです。

(八十一顆を詠ず)一房九粒が九個の豆を詠う
色は 丹霞【たんか】の朝と日に比し、形は 合浦の圓璫【えんとう】の如し。
開く時は九と九の数の知り、見る處は雙雙【そうそう】し頡頏【きつこう】す。



『詠八十一顆』 現代語訳と訳註
(本文)
色比丹霞朝日,形如合浦圓璫。 
開時九九知數,見處雙雙頡頏。 


(下し文)
(八十一顆を詠ず)一房九粒が九個の豆を詠う
色は 丹霞【たんか】の朝と日に比し、形は 合浦の圓璫【えんとう】の如し。
開く時は九と九の数の知り、見る處は雙雙【そうそう】し頡頏【きつこう】す。


(現代語訳)
色について比較してみると丹霞山の陰と陽の石のようで、形はというと合浦の宝玉や竹で作った耳輪のようなのです。
その実を開けてみると一房に九粒ありそれが九個あつまっていることがわかり、じっと見つめてみると二つが寄り添っていたり、互いに向き合って張り合っているかのようなのです。

(訳注)
 詠八十一顆

男女の円満のことを合歓の樹とその果実を詠う。
お座敷で披露されたもので、男性の喝采を浴びたものであろう。円満な男女の象徴として喩えられる「合歓の木」を男女の性器、閨の事などを連想させる言い回しで歌っている。詩の内容から判断すると年齢が若い時では宴会で披露できるものではないだろう。いずれにしても一年取ってからのものと考える。
・八十一 合歓樹の異名マメ科ネムノキ亜科の落葉高木。葉は2回偶数羽状複葉。花は頭状花序的に枝先に集まって夏に咲く。淡紅色のおしべが長く美しい。香りは桃のように甘い。果実は細長く扁平な豆果。マメ科に属するが、マメ亜科に特徴的な蝶形花とは大きく異なり、花弁が目立たない。
イラン、アフガニスタン、中国南部、朝鮮半島、日本の本州・四国・九州[3]に自生する。陽樹であり、荒れ地に最初に侵入するパイオニア的樹木である。河原や雑木林に生え、高さは10mにもなる。芽吹くのは遅いが、成長は他の木と比較すると迅速である。夜になると葉が閉じること(就眠運動)に由来する。漢字名の「合歓木」は、中国においてネムノキが夫婦円満の象徴とされていることから付けられたものである。馬纓花、絨花樹、合昏、夜合、鳥絨
・顆 果実、この場合豆。


色比丹霞朝日,形如合浦圓璫。 
合歓樹99色について比較してみると丹霞山の陰と陽の石のようで、形はというと合浦の宝玉と竹で作った耳輪のようなのです。
・丹霞 丹霞山(たんかさん)は、中華人民共和国(中国)の山である。主峰の標高は618 mである。広東省韶関市近郊にあり、赤みがかった砂岩が長い間の侵食作用を受けて美しい曲線美や際立った断崖を形成しており、丹霞地形という地理用語の由来にもなった。山の名前は、林立する赤い断崖が「丹(あか)い霞」のように見えたことに由来するという。
丹霞山世界地質公園として2004年に最初に世界ジオパークに認定された場所のひとつで、世界遺産「中国丹霞」の一部でもある。印象的な景観は散策で楽しめるだけでなく、その間を縫うようにして流れている川を使って小舟で遊覧しても楽しめる。
様々な奇観がある。殊によく知られているのが、男根に似ている陽元石(「男性の石」の意味)という石柱や女陰を思わせる陰元石などで、女性の胸部を思わせる2箇所の突き出た岩も踏まえて、「3つのロマンティック・ストーン」などといわれ、丹霞山が「ヌード自然公園」 (Nude Natural Park) との異名をとる理由になっている。
・朝日 陰と陽ということ。陰元石と陽元石。
・合浦 合浦郡は、今の広東省廉江県の西、南は東京湾の清潜な水にのぞむ。珠を産す。
・圓璫 まるいみみかざり。この語も女性性器をあらわす言葉。
丹霞と合浦は五嶺山脈を越えてある所であり、いわゆる蠻とされていたところ、女性性器をあらわす言葉でもある。
・合浦固嗜(がっはのえんとう) 合浦郡は、今の広東省廉江県の西、南は東京湾の清潜な水にのぞむ。珠を産す。「後漢書」の「循吏伝」 の孟嘗の条に、孟嘗はあざなを伯周という。合酒の太守となる。郡、穀実を産せず、而して海には珠宝を出す〈先の時の宰守、並びに貪碗多く、人を詭きて採求し、紀極を知らず。珠、つひにようやく交址の郡界に徒る。嘗、官に到るや、前弊を革易し、民の病利を求む。
曽ち末だ歳を餓えずして、去珠復た選ると。「合浦珠還」 の故事である。ここは、種子粒が、その合滞産の珠で作られたまるい耳飾のような形をしている意。塔は、耳飾りの意。慨靖を「全唐詩」では箕管(うんとう)に作る。箕蜜ならば湖南産の巨大な竹であるが、とらぬ。

開時九九知數,見處雙雙頡頏。

合歓樹豆99その実を開けてみると一房に九粒ありそれが九個あつまっていることがわかり、じっと見つめてみると二つが寄り添っていたり、互いに向き合って張り合っているかのようなのです。
・八十一顎 顎は粒である。種子の数と思われる。今、合歓樹の説明を辞書で読むと、「茸料、落葉喬木、高さ、一丈あまり、葉は羽状の複葉、あまたの小葉より成る、小薬は夜になると合わさる。夏、こずえに小さい花を開く、雄蕊が多くて長く赤みがかった色をしている。花は後に実をむすび、大きな英をつくる。合昔、夜合、馬控花などの異名がある」と。この合歓樹のことではないかと思う。
圓璫 圓形玉耳環
・九九 八十一個。かならずしもそのとおりの数ではあるまいが、多いので俗に八十一個英の中にあるというのであろう。
・雙雙(そうそう) 小葉がむかいあっていることをいうのであろう。
・頡頏(きっこう) たがいに張り合っている。
この二句の語は閨情語であるためその詳しい解釈については述べない。