薛濤《柳絮詠》  
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。

2013年5月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩上責躬應詔詩表 曹植 漢詩<74-#6>Ⅱ李白に影響を与えた詩752 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2308
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩示兒 韓愈(韓退之) <112-#2>Ⅱ中唐詩666 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2314
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集百憂集行 杜甫 五言古詩 成都5-(20)<469>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2310 杜甫詩1000-469-656/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集長歌行 謝霊運(康楽)<62> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2311 (05/02)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性柳絮詠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-153-25-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2312
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


柳絮詠 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-153-25-#18   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2312


柳絮詠
二月楊花輕復微,春風搖蕩惹人衣。

春も二月になれば柳絮が舞う季節になる、若い女たちは、軽やかに踊り微かな香りを残しますが、年を重ねた女の人は相手をする男がいないのです。それが春風に乗ったならふんわり飛んで男の着物にでもくっつけるのです。

他家本是無情物,一向南飛又北飛。
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。

柳絮01






柳絮

二月の楊花【ようか】は輕やかに 復た微かに,春風は搖蕩【ようとう】して 人の衣を惹【ひ】く。
他家【たか】は本【もとも】と 是れ無情の物なり,一び向うて 南に飛び 又た 北に飛ぶ。


『柳絮詠』 現代語訳と訳註
(本文)

二月楊花輕復微,春風搖蕩惹人衣。
他家本是無情物,一向南飛又北飛。


(下し文)
柳絮
二月の楊花【ようか】は輕やかに 復た微かに,春風は搖蕩【ようとう】して 人の衣を惹【ひ】く。
他家【たか】は本【もとも】と 是れ無情の物なり,一び向うて 南に飛び 又た 北に飛ぶ。


(現代語訳)
春の盛りに風に吹かれて飛ぶ柳絮に儚い女を重ね年を重ねていくことを詠う。
春も二月になれば柳絮が舞う季節になる、若い女たちは、軽やかに踊り微かな香りを残しますが、年を重ねた女の人は相手をする男がいないのです。それが春風に乗ったならふんわり飛んで男の着物にでもくっつけるのです。
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。


(訳注)
柳絮

春の盛りに風に吹かれて飛ぶ柳絮に儚い女を重ね年を重ねていくことを詠う。
・柳絮 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。女性の浮気心の喩えをいう。
○この詩も、薛濤自身のことを詠っているのではない。教養も何もなく、男の接待をさせられ、年をかせねていくと相手にもされない。しかし、行楽の季節でお相手をするお客もいない女を見て詠ったものである。


二月楊花輕復微,春風搖蕩惹人衣。
春も二月になれば柳絮が舞う季節になる、若い女たちは、軽やかに踊り微かな香りを残しますが、年を重ねた女の人は相手をする男がいないのです。それが春風に乗ったならふんわり飛んで男の着物にでもくっつけるのです。
・二月 陰暦二月は現在の三月から四月初めころ。
・楊花 柳絮の綿帽子。女性の浮気心の喩え
・輕復微 かろやかには上の方を意味し、微かには中間的な高さを云う。性行為の喩えである。
・春風 春の生産行動。
・搖蕩 ゆれ動くこと。ゆり動かすこと。動揺。
・惹人衣 男に携えられていくこと。


他家本是無情物,一向南飛又北飛。
そうであっても、相手の男の人に女を愛す気持ちが元々ないので会ったらどうしようもないのです。でも、女として、この路に入った以上は南に飛んでいくこともあるだろうし、また北に飛んでいくことだってあるのです。好いた惚れたといってはいけないのです。
・他家 柳絮がくっついた男と人のこと。
・本是無情物 もともと感情があるわけではない。好かれてくっついたわけではないことを云う。
・一向 ひとたび向かうこと。つまり、色町の女となった以上はという意味。
・南飛又北飛 南に飛び、また北に飛ぶ。男の選り好みはできないということ。


この詩について、ある本では、軽妙なタッチの詠物詩で、これまた春風に舞う柳絮の軽薄なさまが活写されていて、柳絮を“無情の物”ということにより“有情の人”の春愁がきわ立つと解説されているが、表面的なきれいごとのとらえ方で、これでは、薛濤たちのおんなの苦しみは伝わらない。
美女画557