薛濤 《斛石山書事》 唐五代詞
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。




2013年5月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩送劉師服 韓愈(韓退之) <119>Ⅱ中唐詩678 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2374
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382
 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

斛石山書事 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-167-39-#32   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2382



斛石山書事
(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。

ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。

(斛石山書事)
王家の山水 畫圖の中、意に思ふ都盧粉墨の容と。
今日忽ち 虚境に登って望めば、歩揺 冠翠 一千峯。

峨眉山003
『斛石山書事』 現代語訳と訳註
(本文)
王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。


(下し文)
(斛石山書事)
王家の山水 畫圖の中、意に思ふ都盧粉墨の容と。
今日忽ち 虚境に登って望めば、歩揺 冠翠 一千峯。


(現代語訳)
(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。


(訳注)
斛石山書事

(斛石山で、感じたままをスケッチする。)
題新津北橋棲00・斛石山 成都盆地の中に有る山で成都 学射山、現在鳳凰山。学射山の古名で、蜀県の北十五里(約9km 地図5/4-C/D)「益州日記」に、斛石山に雨女擪ありと見ゆるもの。北宗の田況の「三月三日、学射山に登る」。三国時代蜀漢、劉備の子、劉禅が弓の練習をしたとされることから、「学射山」といわれた。斛も石も物の量をあらわす語で10斗の量になる。
・書事 即事におなじ。スケッチといったもの。
杜甫に成都での五言律詩に
『草堂即事』
荒村建子月,獨樹老夫家。
雪裡江船渡,風前竹徑斜。
寒魚依密藻,宿鷺起圓沙。
蜀酒禁愁得,無錢何處賒?
草堂即事 五言律詩 成都5-(34) 杜甫 <459>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2380 杜甫詩1000-459-670/1500
『即事』
聞道花門破,和親事卻非。
人憐漢公主,生得渡河歸。
秋思拋雲髻,腰肢勝寶衣。
群凶猶索戰,回首意多違。
即事 杜甫 <290> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1337 杜甫詩 700- 410


王家山水畫圖中,意思都盧粉墨容。
王維の系統の山水画を見るたびに心の中でおもうことがある。これはみんなだれもが絵の中でのこと、実態とは違うものを書いていると思っていた。
・王家山水 王は、唐の詩人であり山水画家であった王維。王維の山水画に影響され、平遠のおもむきをよく写した。大きな遠景がとくいであった。その一派の山水画をいう。南宋画派に受け継がれ発展した。
・都盧 唐代からよくつかわれるとうになった言いまわしで、すべての意。いまの中国語で、「都」一字を、すべての意に用いるのは、このころから始まったものといわれている。白居易(楽天)に「骨肉都盧十口無し」の句がある。みんなでの意。


今日忽登虛境望,步搖冠翠一千峰。
ところが今日、思いがけなく、あの崑崙山のような高い大空のうえの山(斛石山)にのぼってみると、步搖峯だとか、冠翠峯だとか、遠く囲む千もあろうかという峯々がながめられて、王維の山水画も、実景をしたものだと思うようになったのです。
・粉墨 白と墨。えのぐ。
虛境 「説文」に「崑崙の丘、これを崑崙の虚という」とある。虚は大丘の意。後に墟と書くようになった。また天空を虚ともいう。
・ 步搖冠翠  歩揺峰・冠翠峰 斛石山から望まれる峯の名。ここで実際の山名とは異なる名前をわざわざ使ったのである。歩揺〔歩くたびに揺れるところから〕古代中国で、女性の髪飾り・かんざしの類をいい、また、冠翠は蜀地方に住む綺麗な小鳥をいうため、山々の表現をかわいらしく云ったもの。