35薛濤 《賦凌云寺二首》 よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。

 




賦凌云寺二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-170-42-#35   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2397

薛濤 《賦凌云寺二首》 
35聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。 38
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。 
  
36聞說凌云寺里花,飛空繞磴逐江斜。 39
有時鎖得嫦娥鏡,鏤出瑤台五色霞。 


賦凌云寺二首 其一
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。

横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。


『賦凌云寺二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。


(下し文)
(凌云寺を賦す 二首 其の一)
聞說 凌雲寺裏の苔、風高く 日近うして纖埃【】を絶つと。
横雲 芙蓉の壁を點染し、詩人と寶月の来るを 待つに似たり。


(現代語訳)
(凌雲寺を二首、詩歌に詠む。)
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。

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(訳注)
賦凌云寺二首 薛濤
凌雲寺を二首、詩歌に詠む。
・賦 詩歌に詠むこと。




聞說凌云寺里苔,風高日近絕纖埃。
よく耳にするのは古き凌雲寺は苔に被われた中に立つ。風が高く吹き、寺は太陽に近い凌雲山の高い位置にあるので世俗のこまかい塵さえ全くない。
・聞說 よく耳にする。
・日近 寺が凌雲山にあって高い位置にあるので太陽の近くにあるという。
・纖埃 こまかい塵。


橫云點染芙蓉壁,似待詩人寶月來。
横たわっている雲を下に見て、あかあかと雲照りはえるときは仙郷の芙蓉壁の色にもなる。これは詩人が宝玉の仲秋の名月を詠うために来て待っているようなものである。
・横雲 横たわっている雲。
・粘染 点のように、また筆で描いたように染める。夕方の空に夕陽を反映してあかあかと見事な色彩で横たわっている雲が、壁に映えること。
・芙蓉 蓬莱のように緑色をした壁か、あるいは寺の壁であるから、蓮の飾りがついた壁か。
・賓月 月。宝字を冠したのは、珍重する心をふくめた詩語。


凌雲寺は、今の四川省楽山縣(唐代の嘉州府)から、眠江をわたった対岸にそびえる凌雲山(九頂山)にあり、唐代に創建されたもの。その山の江にのぞむ断崖には、玄宗の開元中に、僧侶の海通が、高さ三百六十丈の大麿崖傍をきざみ、九層の楼でおおうた。寺は江岸からただちに高い石段をのぼった位置にあり、眼下に対岸の嘉州城を俯瞰し、遠く峨眉山の方から吹いてくる風をうけ、風光絶佳をもって知られ、宋代には、蘇東玻がここで書を読み、范石湖の「呉船録」にも記されている。今は荒れはてているようであるが、開元の末年から、葦皐の死(薛濤三十八歳)までは、六十五年、薛濤のころには、のちにしるす司空曙の詩句に見えるように、なお磨崖佛は金色にかがやいていたと思われる。

楽山大仏は峨眉山地域内の長江の支流、岷江(びん-こう)、大渡河、青衣江が合流する地点にある。
近代以前に造られたものでは世界最大・最長の仏像であり、石像である[1]。顔は100畳分、岩山を掘り、90年かけて造られた。高さは71メートル。東大寺の大仏の5倍にも及ぶ。当時、多くの大仏が国家によって造られたのに対して、楽山大仏は民衆の力で作られた。
「峨眉山と楽山大仏」として、近隣にある峨眉山とともにユネスコの世界遺産に登録されている。

韋皐(い-こう)が編ませた『嘉州凌雲寺大像記』の伝えるところによれば、開元元年(713年)、楽山周辺では塩が大量に取れ、年間の生産高は現在の価格に換算すると1千億円以上でその成功を仏様に感謝したいという気運が高まったことと、当時頻繁に起こっていた塩を運ぶ大動脈である岷江の水害を大仏の力で治めてもらおうという願いから、僧の海通が民衆の布施の下に寺院・凌雲寺に隣接する崖に石像を彫り始めた。
天宝2年(743年)、海通は大仏が完成する前に亡くなったが、剣南西川節度使であった韋皐が建設を受け継ぎ貞元19年(803年)に完成した。 川の合流地点に工事で出た大量の土砂を投入することにより、川底が浅くなり、海通の意図通りに水害は大幅に減ることとなった。
完成当時、大仏は「大仏像閣」と称する13層の木造の建造物に覆われ、法衣には金箔、胴には朱色が塗られていた。 さらに、湧水を外に逃がすための排水溝、そして雨水を効率よく逃す溝が掘られていた。 しかし、明代末期に建物は焼失、大仏も風雨に晒されて色が落ち、雑草に覆われていった。

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