薛濤 《罰赴邊上韋相公二首 其一》 "収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が光っている。とてもあの月の側まではゆけないでしょう。"


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罰赴邊上韋相公二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-176-48-#38   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2427

bijo0538 
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。   86
 重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。   
    
39
 按轡嶺頭寒復寒,微風細雨徹心肝。 87 
 但得放兒歸舍去,山水屏風永不看。   


801年貞元17年松州方面への吐蕃の侵略があったころのこと。詩はその前年の作。罰をうけた原因については、「鑑戒録」には、彼女が有名になり、中央から遣わされてくる役人が、韋皐へ口効きをする。彼女を通じて韋皐の側近へ金品をとどけてもらったり、彼女自身に金品を贈ったりしたことがあった。薛濤33・34歳頃のことである。詩により名声が高くなるに伴い増加したとある。ここでいう罰はこの収賄により国境の軍隊慰問をさせられたということなのだ。
この2年後に薛濤を寵愛した剣南節度使韋皐は蜀の地で死んでいる。61歳であった。
に薛濤 《罰赴邊有懷上韋令公二首》(罰せられて邊に赴き、懐あり、韋令公に上る」(11・12)と題した五言二首が収録されている。
この二首もまた韋皐にたてまつったもの。(11・12)の解説を読まれたい。
11.罰赴邊有懷上韋令公二首其一
黠虜猶違命,烽煙直北愁。
卻教嚴譴妾,不敢向松州。
罰赴邊有懷上韋令公二首 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-146-18-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2277

12.罰赴邊有懷上韋令公二首其二
聞道邊城苦,而今到始知。
卻將門下曲,唱與隴頭兒。
罰赴邊有懷上韋令公二首其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-147-19-#12  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2282



罰赴邊上韋相公二首 其一
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。

その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。

(罰せられて適に赴き、韋相公に上 る 二首)
蛍は 荒蕪に在り 月は 天に在り、螢飛ぶも 豈に月輪の邊に到らんや。
重光は萬里なるも 應に相い照らすべし、目は雲霄に断たれて 信 傳はらず。




『罰赴邊上韋相公二首 其一』 現代語訳と訳註
(本文)
螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。


(下し文)
(罰せられて適に赴き、韋相公に上 る 二首)
蛍は 荒蕪に在り 月は 天に在り、螢飛ぶも 豈に月輪の邊に到らんや。
重光は萬里なるも 應に相い照らすべし、目は雲霄に断たれて 信 傳はらず。


(現代語訳)
(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。


(訳注)
罰赴邊上韋相公二首 其一

(収賄のことを譴責されて国境の都護府慰問から松州慰問へ赴いているところ、韋皐節度使に上奏いたします。その一)
・韋相公 相公は宰相をいう。宰相でありながら、剣南西川節度使として出向していたのでかくいう。武は、武元衡。彼は憲宗の元和二年正月宰相となり、同年十月剣南西川節度使として赴任。八年三月、都にもどっている。そこで、この詩をこの題の通り、武元衡にたてまつったものということから、薛濤の四十歳から四十五歳までの間の作ということになる。しかし上述のように、これを韋令公、すなわち韋皐に上ったものとすれば、韋皐の死は彼女の三十八歳の時に当たるから、それまでの間の作ということになる。


螢在荒蕪月在天,螢飛豈到月輪邊。
収賄のことで罰をうけて、そのつぐないに、西北の荒れ果てた国境地方へ、守備兵の慰問途中の月が天高く上がった夜、宿舎の庭さきの荒れはてた草むらに、螢が飛びあがって光っているが、とてもあの高い室の月の側まではゆけないでしょう。
・荒蕪 土地が荒れて草が生い繁ること。またそうした土地。


重光萬里應相照,目斷云霄信不傳。
その月の明るい光は、どんなに遠いところへでも、万遍なく届いている、ただ大空をあの雲のように、仰ぎ見るだけで、心に思うまことは、上書した文には同じだけ、届かないのです。
・重光 重は尊の意。重光は、月の光のほかに、節度使の徳をも意味している。 
雲霄 雲と空。高い天をいう。
・目断 視力がそこまではとどいても、それから先へはとどかないこと。
 まこと。誠意。また書翰の意。