薛濤 《十離詩十首 筆離手》
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。

 
 

2013年5月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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筆離手
(筆がすてられた。)
越管宣毫始稱情,紅箋紙上撒花瓊。 
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。
都緣用久鋒頭盡,不得羲之手里擎。 
何もかもに愛用し、しかも久しく使ったことによって、穂さきまとまらなくなって、いかに有名な名筆家の晋の王義之の腕にかかっても、良い書画がえられなくなってしまったのだ。
(筆は手を離る。)
越管【えつかん】宣毫【せんごう】始めより情に稱【かな】う,紅箋【こうせん】紙上 花瓊【かけい】を撒【ま】く。
都【すべ】て用うること久しきことに緣り鋒頭【ほうとう】盡き,羲之の手里に擎【ささ】げらるるを得ず。


『十離詩十首 筆離手』 現代語訳と訳註
(本文)
筆離手
越管宣毫始稱情,紅箋紙上撒花瓊。 
都緣用久鋒頭盡,不得羲之手里擎。 


(下し文)
(筆は手を離る。)
越管【えつかん】宣毫【せんごう】始めより情に稱【かな】う,紅箋【こうせん】紙上 花瓊【かけい】を撒【ま】く。
都【すべ】て用うること久しきことに緣り鋒頭【ほうとう】盡き,羲之の手里に擎【ささ】げらるるを得ず。 


(現代語訳)
(筆がすてられた。)
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。
何もかもに愛用し、しかも久しく使ったことによって、穂さきまとまらなくなって、いかに有名な名筆家の晋の王義之の腕にかかっても、良い書画がえられなくなってしまったのだ。

(訳注)
筆離手

筆がすてられた。
薛濤は詩歌と書も王羲之の書体をマスターしており、文具についても詳しかった。彼女の作った薛濤䇳は現在も廃れていないものであることから、文具全般に薛濤の改良品を作っていたのではないだろうか。なお、薛濤が四大文具について詠った詩『四友贊』がある。四友贊 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-152-24-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2307


越管宣毫始稱情,紅箋紙上撒花瓊。
越州産の軸に、宣州産の穂がついた筆がある。はじめから気に入って、紅い画宣紙や詩箋の上に、花瓊を撒いた様なみごとな書画を書くことができたものだった。
・越管 越は今の浙江省の地方。管はくだ。筆の軸をいう。越地方産の竹の筆軸。竹管を使うようになったのは六朝時代から。湘江の班竹をつかったもの。
・宣毫(せんごう) 宣州は宣城。李白の詩にも宣城紙についてふれている。今の安徽省、江西省、浙江省六朝文化の中心地で文具は完成された。。毫は筆の毛。筆の穂である。唐の開元二年に、宰相に斑竹の筆を賜わったことが、「唐書」に見える。また宣城は紙と筆の名産地で、唐代から諸葛氏が筆の製造家として有名である。画仙紙/宣紙は「宣紙を冠される紙」はその伝統的産地「宣城」、現在の「安徽省県烏城地域」で伝統手法に則り生産される紙に限定されている。
紅箋 あかい詩集。箋は今の便箋のようなもの。薛濤䇳。
花瓊(かけい) 瓊は黄玉。ここでは端渓石で作った硯(すずり)。美しい斑文(はんもん)があり、墨のおりもよく、古来珍重される。
*瓊花 隋から唐の時代、「瓊花(チウンホア)」は「玉蘂」とも呼ばれ、その芳香のある黄白色の花が愛でられたという。ただ不稔であったために、「聚八仙」という台木に接ぎ木して増やしていたそうだが、やがて元軍の進入とともに絶え、その後は残った台木の「聚八仙」が「瓊花」と呼ばれるようになったという。この花は薛濤らしい花である。

花瓊








都緣用久鋒頭盡,不得羲之手里擎。

何もかにもに愛用し、しかも久しく使ったことによって、穂さきまとまらなくなって、いかに有名な名筆家の晋の王義之の腕にかかっても、良い書画がえられなくなってしまったのだ。
・鋒頭 筆の穂のさき。宋の熙寧頃までは固い穂で、バラバラの穂が現われたのはその後。
・義之 晋の名書家王羲之。