薛濤 《和郭員外題萬里橋》 郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。


 

2013年6月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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和郭員外題萬里橋 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-193-59-#53   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2512


和郭員外題萬里橋
(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
萬里橋頭獨越吟,知憑文字寫愁心。
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。
細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。

後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。

李清照0055




『和郭員外題萬里橋』 現代語訳と訳註
(本文)

萬里橋頭獨越吟,知憑 文字 寫愁心。
細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。


(下し文)
郭員外萬里橋に題するに和す
萬里 橋頭にありて 獨り越吟す,文字に憑して愁心を寫すを知る。
細侯 風韻と前事とを兼ぬ,舟を為すに 也た霖を作すを止めず。


(現代語訳)
(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。
後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。


(訳注)
和郭員外題萬里橋

(郭員外様のこの「万里橋に題す」という詩に唱和する詩。)
・郭員外 前の“酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507”と同じ人物を見送っての詩である。
・萬里橋は今の成郡市の南門外の錦江に架けられている橋で、三国時代に奥の間へ使節となって出章する費韡を宰相の諸葛亮(孔明)が見返ったところで、費韡が「萬里の行、この橋より始まる」といったことから名づけられたもの。杜甫の草堂は、この橋の西にあり、杜詩に、「萬甲橋西一草堂」の句で有名である。薛濤の住居も、その近くにあった。ちなみに、「長星橋」から「万里橋」に改名されたとされる。現在は更に改名され「老南門大橋」となっている。


萬里橋頭獨越吟,知憑文字寫愁心。
郭員外さまは、萬里橋より一人で越に向かわれる寂しさをぎんじられました。そして、文字に記して詠われましたが、漢の郭伋の故事もあり、御帰りをおまちしています。


細侯風韻兼前事,不止為舟也作霖。
後漢の細侯は前任中の恩徳により風流なお迎えがあったのですが、それは帰ってきた時の事で、あなた様には、雨が細々と降って、まるでご出立を惜しみいやがっているようではございませんか。
・愁心(しゅうしん) さびしい心。
・細侯 後漢の郭伋のあざな。郭伋は茂陵の人。王奔のときに井州の牧(長官)となった。のち、また幷州の牧に再任されると、前任のさい居民を愛したので、
居民の老幼みな喜び、児童数百が竹馬にのって着任を迎えた。今、薛濤が見送っている相手の姓が郭であるので、漢の郭伋の故事をつかったもの。
・風韻 右にのべた郭伋の再任を迎えた時の風流な出迎えをいったもの。
・前事 郭伋の前任中に恩徳をほどこしたことをいう。
・作霜 霧雨、すなわちしとしとと降る長雨をふらせて、舟の出帆をはばんだこと。

浣花峡556

























杜甫『野望』
西山白雪三城戍,南浦清江萬裡橋
海內風塵諸弟隔,天涯涕淚一身遙。
惟將遲暮供多病,未有涓埃答聖朝。
跨馬出郊時極目,不堪人事日蕭條!

(野 望)
西山の白雪三城の戍【まもり】、南浦 清江の万里橋。
海内【かいだい】の風塵【ふうじん】に諸弟隔たり、天涯【てんがい】涕涙【ているい】一身 逢かなり。
惟 遅碁【ちぼ】を将て多病に供す、未だ涓埃【けんあい】の聖朝に答うる有らず。
馬に跨り郊を出で時に目を極むれば、堪えず人事の日とに粛条【しょうじょう】たるに。

遠くには西連峰の山々が白雪をいただくあたりに三城の要塞が見える。近くには成都、南の清らかな錦江の川浦があり、あの万里橋が見える。
いま天下には兵馬のちりを巻き起こす兵乱がうちつづくなか弟たちは遠く隔たっている。私は天の果て遙かにひとりさまよって涙をこぼし、喘ぐのである。
私はここで晩年を多年の病に向ってささげているばかりである。まだつゆちりほども聖天子の御恩に報いたてまつったことはないのである。
家を出て馬にまたがって成都の西郊外に、時時はるかに眺めわたしてみる。人間についての消息が日日にさびしくすがれていくのに堪えられぬ思いだ。