薛濤 《送鄭資州》 峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。


2013年6月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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送鄭資州 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-194-60-#54   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2517


送鄭資州
(資州に帰る鄭様を見送る詩。)
雨暗眉山江水流,離人掩袂立高樓。
峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。
雙旌千騎駢東陌,獨有羅敷望上頭。
夫の太守さまのお行列は旗をたて、大勢のお供をお従えて、大道を東に向かわれる。相和曲『陌上桑』(日出東南隅行)の「羅敷」のように、妻のわたくしはひとり、東に進む行列の先頭のあなたさまを、じっとみつめております。



『送鄭資州』 現代語訳と訳註
bijo02(本文)
雨暗眉山江水流,離人掩袂立高樓。
雙旌千騎駢東陌,獨有羅敷望上頭。


(下し文)
鄭資州を送る
雨は暗し 眉山 江水流る,離人 袂を掩うて 高樓に立つ。
雙旌【そうしょう】千騎 東陌【とうばく】駢【なら】び,獨り有る 羅敷【らふ】上頭を望むを。


(現代語訳)
(資州に帰る鄭様を見送る詩。)
峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。
夫の太守さまのお行列は旗をたて、大勢のお供をお従えて、大道を東に向かわれる。相和曲『陌上桑』(日出東南隅行)の「羅敷」のように、妻のわたくしはひとり、東に進む行列の先頭のあなたさまを、じっとみつめております。


(訳注)
送鄭資州

(資州に帰る鄭様を見送る詩。)
望江楼で送別の宴席を終え、万里橋のたもとから沱江への運河を行き簡州を下り、資州に入るということ。


雨暗眉山江水流,離人掩袂立高樓。
峨眉山あたりに雨が降りつづき空も暗いのです。大江の水が流れています。夜を共にした人とのおわかれはこの高殿の上から、袂をおおうて涙を隠します。
・眉山 眉の山。峨眉山、成都からは泯江の流れをくだる方角にあるやまであるが、若い芸妓の薛濤が見送ることは別れの宴会を何日間か過ごしているのである。女子の眉から、ただここでは薛濤自信を示すものと考える
・江水 望江楼の傍を岷江が流れる。このあたりでは大きな流れになっている。
・離人 前日までくっ付いていたから、離れる人となる鄭資州太守のこと。羅敷、つまりあなたの妻が残される。そして、地位ある人に声を掛けられるということを連想させる。そこで第四句の「独り」が生きてくる。


雙旌千騎駢東陌,獨有羅敷望上頭。
夫の太守さまのお行列は旗をたて、大勢のお供をお従えて、大道を東に向かわれる。相和曲『陌上桑』(日出東南隅行)の「羅敷」のように、妻のわたくしはひとり、東に進む行列の先頭のあなたさまを、じっとみつめております。
・雙旌 雙は最先頭に二本かかげる、旌は軍旗。舵の上に羽槙のかぎりのついたもの。
・東陌 東方へむかう道路。資州は成都の東にある。南の眉州に向かうという解釈の本もあるが間違い。
・駢 二頭並列すること。
・羅敷 古楽府の「陌上桑」に見ゆる邯鄲の秦氏のむすめ。
・上頭 列の先頭。この位置に相手がおり、あとには従者が大勢ついている。
・千騎・上頭 ともに下に示す「階上桑」の中の句に見える語で、「東方千余蹄、大将頭に居る」これから「私の夫は千騎の上頭の物ですよ」と云いますというほどの意味になる。





 

相和歌辭︰相和曲
陌上桑. (日出東南隅行)
日出東南隅、照我秦氏樓。
秦氏有好女、自名為羅敷。
羅敷
善蠶桑、採桑城南隅。
青絲為籠系、桂枝為籠鉤。
頭上倭墮髻、耳中明月珠。
緗綺為下裙、紫綺為上襦。
行者見羅敷、下擔捋髭須。
少年見羅敷、脫帽著□頭(更+)。
耕者忘其犁、鋤者忘其鋤。
來歸相怨怒、使君從南來。
五馬立踟躕、使君遣吏往。
問此誰家姝、秦氏有好女。
自名為羅敷、羅敷年幾何。
二十尚不足、十五頗有餘。
使君謝羅敷、寧可共載不。

羅敷前致辭、使君一何愚。
使君自有婦羅夫自有夫。

東方千餘騎、夫婿居上頭
何用識夫婿、白馬從驪駒。
青絲系馬尾、黃金絡馬頭
腰中鹿盧劍、可值千萬餘。
十五府小史、二十朝大夫。
三十侍中郎、四十專城居。
為人潔白皙、□□頗有須。
盈盈公府步、冉冉府中趨。
坐中數千人、皆言夫婿殊。

東南の隅から出た朝日が、まず、わが秦氏の高殿を照らす。その秦氏の美しい娘がいて自ら羅敷と名乗っている。羅敷は養蚕が上手、城郭の南隅で桑つみをする。そのいでたちは青い糸を籠のひもにし、桂の枝を籠のさげ柄にし、頭の上に垂れ髪のまげをむすび耳には明月の珠をかざり、浅黄色のあやぎぬを裳にし、紫のあやぎぬを上衣としている。
その美しい姿に道行く男は荷物をおろして見とれ、ひげをひねって体裁ぶり、若者は彼の女を見ると帽をぬいて、髻をつつんだ頭をあらわして気どって見せる。田を耕す人は犂を忘れ、畑をすく人は鋤を休めて見とれる。家に帰ってから怨んだり怒ったり、夫婦争いをするのも、じつはただ羅敷を見たことがもとなのだ。
ある日、国の太守が南の方からやって来て羅敷を見とめ、五頭立の馬車もそこに立ちどまって進もうとしない。太守は下役をよこしてたずねる。「これはどこの娘さんか」と。人々が答えた。
「秦家の美しい娘、その名は羅敷と申します」「年はいくつか」「二十にはまだならぬが、十五は大分過ぎています」
太守はそこで羅敷にあいさつし、「どうだ、わしの車で一緒に行くことはできぬか」と。羅敷が進み出て申しあげる。「太守さまはほんとにおばかさんだ。あなたさまにはもともと奥さまがいらっしゃるし、わたしにも夫があります。東地方千余騎の軍隊、わたしの夫はその頭にいます。
夫を何で見わけるかといえば、白い馬に黒の若駒を従え、
青糸の紐をしりがいにし、黄金のおもがいをかざり、自分の腰には鹿盧の剣をおびている。その価は千万金余もする名剣。十五の歳に役所の書記だった夫は、二十で朝廷の大夫、三十では侍従職、四十では一城の主となりました。生まれつきのすっきりした色白、ふさふさとしたあごひげ、堂々と役所を歩み、さっさと役所内を急ぎまわる。威風あたりをはらって同坐の人々数千人、みなわたしの夫が目立ってすぐれていると申します」 と。
蜀の山50055