武元衡 《題嘉陵驛》 ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。


2013年6月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《觀滄海 曹操》 武帝 魏詩<87-#1> 平原侯值 803 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2563
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#2>716 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2564
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex

『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

題嘉陵驛 武元衡 唐五代詞・宋詩 -204-70-#64   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2567


武元衝の「嘉陵驛に題す」と題した次の詩につづけて作ったものである。
題嘉陵驛
(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)
悠悠風旆繞山川、山驛空濛雨作煙。
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 
路半嘉陵頭己白、蜀門西更上青天。
津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 


悠悠 風旆 山川を繞る、山驛 空濛 雨 煙と作る。
路 嘉陵に半ばして頭は己に白くし、蜀門 西のかた更に青天に上る。


『題嘉陵驛』 現代語訳と訳註
(本文)

悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。
路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。


(下し文)
嘉陵驛かりょうえきに題す
悠悠たる 風旆ふうはい  山川を繞めぐり,
山驛 空濛くうもうとして  雨 煙と作なる。
路 嘉陵かりょうに半ばして  頭かうべ 已すでに白く,
蜀門 西のかた 更に  青天に上のぼらん。


(現代語訳)
(武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。)
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 

津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 

剣門関01












(訳注)
題嘉陵驛
武元衝が蜀に入る途上で詠った詩。 
・題:…を題とした詩を作る。 
・嘉陵驛:陝西から蜀に入る道の途中にある駅。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)の52-53ページ「唐 山南東道 山南西道」で蜀の入り口附近の、街道と嘉陵江が交わる近くに綿谷、利州や、渡し場の吉柏津(fg-4)が並んでいる。吉伯津から渡って蜀に入った。現・広元よりややわずかに益昌、剣閣(南側:蜀)寄り。
武元衡:中唐の政治家。字は伯蒼。河南氏の人。758年(乾元元年)~815年(元和十年)。憲宗の元和二年に門下侍郎・同中書門下平章事(宰相)となった。


悠悠風旆繞山川,山驛空濛雨作煙。
ゆつたりと落ち着いて風に靡く旗の行列が秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江の流れるそれらの山川を繞【めぐ】って進んでいる。山の中の宿場、嘉陵江を渡る手前側では綿谷、利州、渡し場では吉柏津、対岸に渡った益昌とつづくあたりをいう。 
・悠悠:遠くはるかなさま。限りないさま。長く久しいさま。ゆつたりと落ち着いたさま。『詩經・王風・黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。彼黍離離,彼稷之穗。行邁靡靡,中心如醉。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。彼黍離離,彼稷之實。行邁靡靡,中心如噎。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」とあり、曹操は『短歌行』「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。青青子衿,悠悠我心。 但爲君故,沈吟至今。鹿鳴,食野之苹。我有嘉賓,鼓瑟吹笙。」とある。 

《短歌行 魏武帝》 武帝 魏詩<86-#1>  古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

・風旆:風に靡く旗。 ・旆:はた。黒地にさまざまの色の縁飾りを附け、その末端を燕の尾のように裂いた旗。大将の立てる旗。 
・繞:めぐる。まつわる。まとう。 
・山川:秦嶺山脈、大巴山の大山脈と、岷山の大山脈の間の地溝帯を嘉陵江が流れる。それらの山河。
・山驛:・空濛:霧雨が降って薄暗いさま。後世、蘇軾の『飮湖上初晴後雨』で「水光瀲晴方好,山色空濛雨亦奇。欲把西湖比西子,淡粧濃抹總相宜。」と使う。 ・作:(…と)なる。「似」ともする。 ・似:ごとし。 ・煙:もや。


路半嘉陵頭已白,蜀門西更上靑天。
任地蜀への路程は半ばで、やっと嘉陵江の渡し場吉柏津に辿り着いたが、髪の毛は白くなってしまった。蜀の剣閣へは西の方に向かい、更に青天に上【のぼ】るような嶮しい登り道が続いている。 
・路半:(蜀の任地への)路程は半ばである。 
・嘉陵:陝西省西部を川から南に流れる川の名。蜀に至る街道と並行しているが、蜀に入る手前で交叉する。陝成都遂州00西省東北部の嘉陵谷を水源とし、四川省東部を南流して、重慶附近で長江に注ぐ川で、秦嶺山脈、大巴山の大山脈西側、岷山の大山脈の東側を南流している。その低地(谷間)に沿って街道もできた。長安など関中から四川に出る唯一の道筋。 
・頭:あたま(の髪)。こうべ。 
・已:とっくに。すでに。 
・白:白い。白髪となる。
*「蜀門西上更青天」ともする。 
・蜀門:蜀の剣閣。街道が蜀の国に入った所の地名。蜀の国の入り口の意。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「剣南道北部」fg-4にある、(長安と成都を結ぶ街道を塞ぐばかりに聳える)大剣山、石門山辺りを指す。杜甫の成都紀行にこのあたりの風景が描写されている。

”成都紀行(9)” 桔柏渡 杜甫詩1000 <349>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1683 杜甫1500- 520

”成都紀行(10)” 剣門 杜甫詩1000 <349>#1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1687 杜甫1500- 521

”成都紀行(11)”  鹿頭山 杜甫詩1000 <350>#1/3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1695 杜甫1500- 523


・西:西に向かう。西す(る)。動詞。 
・更:その上。 上:のぼる。 
・青天:青空。ここでは天に上るかのような険しい山道が続いていることをいう。李白蜀道難 「噫吁戲危乎高哉,蜀道之難難於上青天。蠶叢及魚鳧,開國何茫然。」とある。