薛濤 《送盧員外》玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。



2013年6月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597
 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

 
送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597


送盧員外
(盧員外をお送り申しあげます。)
玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。
信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。
貴方様は食客三千人もおいていたという信陵君の「宴席の門番の老人」の故事にみるようなお方です。だから私は「この老人がその時の恩を忘れずお返しをした」故事のように御恩は決して忘れません。

盧員外を送る
玉壘の山前 風雪の夜,錦官の城外 別離の魂。
信陵の公子 相いの如しと問わば,長く夷門に向って舊恩に感ず。

都江堰002










『送盧員外』 現代語訳と訳註
(本文)
送盧員外
玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。


(下し文)
盧員外を送る
玉壘の山前 風雪の夜,錦官の城外 別離の魂。
信陵の公子 相いの如しと問わば,長く夷門に向って舊恩に感ず。


(現代語訳)
(盧員外をお送り申しあげます。)
玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。
貴方様は食客三千人もおいていたという信陵君の「宴席の門番の老人」の故事にみるようなお方です。だから私は「この老人がその時の恩を忘れずお返しをした」故事のように御恩は決して忘れません。


(訳注)
送盧員外
盧員外をお送り申しあげます。
・盧員外 員外は員外郎の略称で官名。また富豪のこと。信陵君を例にひいて詠んでいるところから考えると、後者らしい。


玉壘山前風雪夜,錦官城外別離魂。
玉塁山のふもとに立つと、風雪の夜がおとずれる。錦官城の郊外までお見送りしたら、いよいよこれでお別れと思います。
・玉塁山 ・玉塁 四川省理蕃県東南にある山の名、現在四川省都江堰市玉塁山(標高約800m)。奇石千尺、城表に伐立屹立している。青城山、峨媚山とならんで四川省の代表的な山。都江堰は灌県の西側にある玉塁山の麓にあり、成都市から59km離れる。この一帯は成都平原西北部の頂きである。大小さまざまな支流が集まる岷江はここで成都平原に注ぐことになる。
四川省理蕃県の東南、成都の北方、灌県からさらに北に約三百里、汶川県の南三里にある西蜀の代表的な山。彰県から北上すると、重畳たる山脈がつらなり、沱江の源となっているが、その北山脈中でもっとも有名なのがこの玉塁山で、背光山ともいうが、山中から美玉を産するところから、玉塁の名で古くから知られている。
薛濤の『續嘉陵驛詩獻武相國』
蜀門西更上青天,強為公歌蜀國弦。
卓氏長卿稱士女,錦江玉壘獻山川。
(「題嘉陵驛」の詩に續いて武相國に獻ず)
蜀門 西のかた更に青天に上り,強いて公の為に蜀國の弦を歌わん。
卓氏 長卿 士女を稱し,錦江 玉壘 山川を獻ず。
・錦宮城(きんかんじ上う) 成郡の別名。四川の特産品である錦の製造買上げを職とする官吏が常駐していたところから、成郡のことを錦官城とよぶ。


信陵公子如相問,長向夷門感舊恩。
貴方様は食客三千人もおいていたという信陵君の「宴席の門番の老人」の故事にみるようなお方です。だから私は「この老人がその時の恩を忘れずお返しをした」故事のように御恩は決して忘れません。
・信陵君 魏の昭王の子、無忌。食客が三千人あったという。秦が趙を囲んだ時、趙では救援を魏に求めた。信陵君は、その大勢の客たちを集めての宴の席に、みんなを待たせておいて、みずから車を駆けて、大梁の夷門の番人であった老人の侯瀛を、迎えにゆき、そしてその老人を、宴席では、みんなの上座にすえた。侯瀛は、その時の感激が忘れられず、後日、信陵君の趙に秦の軍が侵入し、危急存亡のとき、ぐずぐずしていた趙の将軍を殺す人物を推薦し、ついに趙軍を麾下におさめて、秦軍を撃退するチャンスをつくったという。善恩人にお返しをした故事。