姚康 《和段相公登武擔寺西臺》この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。



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和段相公登武擔寺西臺 姚康 唐五代詞・宋詩 薛濤-224-90-#80   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2667


姚康 和段相公登武擔寺西臺
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
松徑引清風,登台古寺中。
この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。
江平沙岸白,日下錦川紅。
錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。
疏樹山根淨,深雲鳥跡窮。
疎らに生えている木樹は山に大地に根を下ろしていてここの雰囲気を浄化している。そこは奥深く雲の中のようにおい繁っていて、鳥が棲んでいて巣作りを極めている。
自慚陪末席,便與九霄通。
ここにおいて私詩人の端くれとしてこの宴の末席に陪席させていただいている。ということで、ここより九天の高い所と通じていることに喜びを感じているのである。

姚康 (武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
松徑 清風を引き,台に登る古寺の中。
江 平かにして 沙岸白く,日下 錦川【きんせん】紅なり。
疏樹【そじゅ】山根 淨く,深雲 鳥跡【ちょうせき】窮まる。
自ら慚じて 末席に陪するも,便ち 九霄【きゅうしょう】と通ず。

幻日環01











『和段相公登武擔寺西臺』 現代語訳と訳註
(本文) 姚康 
松徑引清風,登台古寺中。
江平沙岸白,日下錦川紅。
疏樹山根淨,深雲鳥跡窮。
自慚陪末席,便與九霄通。


(下し文)
(武擔寺の西臺に登り段相公に和す)
松徑 清風を引き,台に登る古寺の中。
江 平かにして 沙岸白く,日下 錦川【きんせん】紅なり。
疏樹【そじゅ】山根 淨く,深雲 鳥跡【ちょうせき】窮まる。
自ら慚じて 末席に陪するも,便ち 九霄【きゅうしょう】と通ず。


(現代語訳)
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)
この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。
錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。
疎らに生えている木樹は山に大地に根を下ろしていてここの雰囲気を浄化している。そこは奥深く雲の中のようにおい繁っていて、鳥が棲んでいて巣作りを極めている。
ここにおいて私詩人の端くれとしてこの宴の末席に陪席させていただいている。ということで、ここより九天の高い所と通じていることに喜びを感じているのである。


(訳注)
和段相公登武擔寺西臺
 
(武擔寺の西の高台にのぼって段相公の詩に唱和する。)段文昌・姚向・李敬伯・溫會で唱和する。
・武擔寺 成都市内の西北偶の武擔山にある寺。楊雄の「蜀本紀」 によれば、武都(甘粛の成県の西)の男が化して女になったのを、覇王が納れて妃にしたが、まもなく死亡したので、武都の土を運んで、成都の城内に積んで、葬った所という。後に三国時代、蜀の劉備がこの武擔山の南で、帝位に即いたという。寺内から錦江の流れがながめられることは、姚康の詩によってもうかがわれる。現在は俗に五担山と称し、山というより小さな岡にすぎず、高さ四六五メートル。昭列帝(劉備)の祠堂が山のそばにあり、ふもとに池がある。
・姚康 『送姚員外』 薛濤
萬條江柳早秋枝,裊地翻風色未衰。
欲折爾來將贈別,莫教煙月兩鄉悲。
送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537

姚康は、あざなを汝諧といい、下邽(陝西省渭南縣)の人で、元和十五年に進士に及第し、右武衛曹参軍をへて、剣南観察推官になり、宜宗のときに太子唐草で終わっている。どちらも段文昌が西川節度使であったときに、成都におって、「段相公の晩夏に張儀楼(成都にある)に登りたまふに陪し奉る」と、「段相公の『武婚寺の西蔓に登る』に和す」という詩をのこしている。
薛濤の年齢は五十四歳から五十六歳までの問ということになる。


松徑引清風,登台古寺中。
この高台に続く松林の小道には清々しい風がふきぬける。進んでゆけば高台に登り、そこには古い寺がある。
・松徑 松林の小道。


江平沙岸白,日下錦川紅。
錦江は遠く水平線に続いていて、砂浜は白く続く。太陽が西に下ると錦江は赤く染まる。


疏樹山根淨,深雲鳥跡窮。
疎らに生えている木樹は山に大地に根を下ろしていてここの雰囲気を浄化している。そこは奥深く雲の中のようにおい繁っていて、鳥が棲んでいて巣作りを極めている。


自慚陪末席,便與九霄通。
ここにおいて私詩人の端くれとしてこの宴の末席に陪席させていただいている。ということで、ここより九天の高い所と通じていることに喜びを感じているのである。
大空。天の高い所。九天。
DCF00009