薛濤《酬吳使君》 長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
  

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酬吳使君 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-233--#89   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2712


酬吳使君
(呉使君から贈られた詩にお返しする詩。)
支公別墅接花扃,買得前山總未經。
長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
入戶剡溪云水滿,高齋咫尺躡青冥。

お部屋のなかにはいったら、剡渓の美しい自然の雲や水が、いっぱいに感じられることでしょう。そして書斎からは、すぐ目の前に青空へふみ出せる景色が広がるのでしょう。

(吳使君に酬ゆ)
支公の別墅【べつしょ】 花扃【かけい】に接す,前山を買い得たるも 總て未だ經【よぎ】らず。
戶に入るの剡溪【えんけい】には 云水【うんすい】滿ち,高齋は 咫尺【ししゃく】に青冥【せいめい】を躡【ふ】むならん。


幻日環01












『酬吳使君』 現代語訳と訳註
(本文)
酬吳使君
支公別墅接花扃,買得前山總未經。
入戶剡溪云水滿,高齋咫尺躡青冥。


(下し文)
(吳使君に酬ゆ)
支公の別墅【べつしょ】 花扃【かけい】に接す,前山を買い得たるも 總て未だ經【よぎ】らず。
戶に入るの剡溪【えんけい】には 云水【うんすい】滿ち,高齋は 咫尺【ししゃく】に青冥【せいめい】を躡【ふ】むならん。


(現代語訳)
(呉使君から贈られた詩にお返しする詩。)
長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
お部屋のなかにはいったら、剡渓の美しい自然の雲や水が、いっぱいに感じられることでしょう。そして書斎からは、すぐ目の前に青空へふみ出せる景色が広がるのでしょう。


(訳注)
酬吳使君
(呉使君から贈られた詩にお返しする詩。)
・呉使君 使君は、州郡の長官。呉という人物については、「全唐詩」巻七七四、呉商浩『塞上即事』という作品を残している人物といわれる、以下の詩にあるように故郷は浙江省東部、天台山の近所である。
卷774_5 《巫峽聽猿》吳商浩
巴江猿嘯苦,響入客舟中。孤枕破殘夢,三聲隨曉風。
連雲波澹澹,和霧雨濛濛。巫峽去家遠,不堪魂斷空。

卷774_7 《塞上即事》吳商浩
身似星流跡似蓬,玉關孤望杳溟蒙。
寒沙萬里平鋪月,曉角一聲高卷風。
戰士歿邊魂尚哭,單于獵處火猶紅。
分明更想殘宵夢,故國依然在甬東


支公別墅接花扃,買得前山總未經。
長官のお宅は、東晋時代の僧支遁の別荘とおなじようにお庭の花園の出入口につながって、風流なお住居だというし、そのうえ、前の山もお手にお入れされたといいではないですか。それなのに、そこまで行ったことはないというお話は、よほど廣いお敷地ということですね。
支公 東晋時代の僧支遁のこと。陳留(河南省陳留県)の出身とも,河東林慮(河南省林県)の出身ともいう。本姓は関、字は道林。二十五才で剃髪して僧となり、剣藻に入って寺を建てて修業した。都の建康(南京)と会稽の剡山(えんざん)で活躍。おもに般若(はんにや)系統の仏典を研究し,かれの般若の“空”の解釈は〈即色義〉とよばれたが,そこには老荘思想の影響がつよくみとめられる。洒脱で闊達な人柄は貴族社交界にむかえられ,清談の好手としても有名であった。父祖の代からの仏教徒であり、幼い頃に已に西晋末の華北の動乱を避け、江南に移り住んでいたが、25歳で出家した。『道行般若経』などの教理研究に専心した。また、老荘思想や清談にも精通しており、『荘子』「逍遥遊篇」に注釈を加え、独自の見解を述べている。
その後、江蘇の支山寺に入ったが、王羲之の要請によって会稽(浙江省)の霊嘉寺に移った。以後も、各地で仏典の講説を行い、弟子百人あまりを率いていた。哀帝の招きにより、都の建康に出て、東安寺で『道行般若経』を講ずるなどした。王羲之のほか、孫綽・許詢・謝安・劉恢らの東晋一流の文人らと交遊したが、東晋の太和元年(366年)、余姚(浙江省)で病死した。
・別墅 別荘。
・花扃 扃は出入ロ。花園の入口
・接 接近の接。つづくの意。
・経 経過。いったこと。


入戶剡溪云水滿,高齋咫尺躡青冥。
お部屋のなかにはいったら、剡渓の美しい自然の雲や水が、いっぱいに感じられることでしょう。そして書斎からは、すぐ目の前に青空へふみ出せる景色が広がるのでしょう。
・戸 へや。
・剡溪 浙江省の曹蛾江の上流の谷川。源は天台山に出るという。王子猷が雪の夜に戴達を訪ねたことで有名なところ。
・高齋 高いところにある書斎。相手の書斎であるから、高の字をつけたものとしてもよい。
・咫尺 咫は八寸。八寸か一尺はかりということは、きわめてわずかの距離を意味する。つい目の前の意。「左伝」に、「天成、顔を違らざること間尺」とある。それはすぐ目の前に天子がいるの意。
・躡 ふむ。ふまえる。足の下におしつける。「史記」 の推陰侯伝に、「漠王の足を蹄み、困って耳を附けて語る」とある。一本に按としてあるが、按の字は第一句にすでに用いられているから、とらぬ。
・青冥 青空。「楚辞」の「九章」に、「靑冥に拠って、虹を撼ぶ」とある。

天台山 瓊臺

吳商浩 作品集
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卷774_5 《巫峽聽猿》吳商浩
巴江猿嘯苦,響入客舟中。孤枕破殘夢,三聲隨曉風。
連雲波澹澹,和霧雨濛濛。巫峽去家遠,不堪魂斷空。


卷774_6 《長安春贈友人》吳商浩
繁華堪泣帝城春,粉堞青樓勢礙雲。花對玉鉤簾外發,
歌飄塵土路邊聞。幾多遠客魂空斷,何處王孫酒自醺。
各有歸程千萬裏,東風時節恨離群。


卷774_7 《塞上即事》吳商浩
身似星流跡似蓬,玉關孤望杳溟蒙。寒沙萬里平鋪月,
曉角一聲高卷風。戰士歿邊魂尚哭,單于獵處火猶紅。
分明更想殘宵夢,故國依然在甬東。


卷774_8 《宿山驛》吳商浩
文戰何堪功未圖,又驅羸馬指天衢。露華凝夜渚蓮盡,
月彩滿輪山驛孤。岐路辛勤終日有,鄉關音信來年無。
好同範蠡扁舟興,高掛一帆歸五湖。


卷774_9 《北邙山》吳商浩
北邙山草又青青,今日銷魂事可明。綠酒醉來春未歇,
白楊風起柳初晴。岡原旋葬松新長,年代無人闕半平。
堪取金爐九還藥,不能隨夢向浮生。


卷774_10 《秋塘曉望》吳商浩
鐘盡疏桐散曙鴉,故山煙樹隔天涯。
西風一夜秋塘曉,零落幾多紅藕花。


卷774_11 《水樓感事》吳商浩
高柳螿啼雨後秋,年光空感淚如流。
  滿湖菱荇東歸晚,閑倚南軒盡日愁。


卷774_12 《泊舟》吳商浩
身逐煙波魂自驚,木蘭舟上一帆輕。
雲中有寺在何處,山底宿時聞磬聲。


卷774_13 《湘雲》吳商浩
□滿湘江雲瑩空,紛紛長對水溶溶。
日西遙望自歸處,盡掛九疑千萬峰。