思帝鄕 韋荘 ある春の日に、郊外へ行楽に出かけました。杏の花びらが頭一杯に降りかかってくるような日でした。こんな田舎道にいるのは、どこの若者なのでしょう。行楽で足を延ばしてきたなかなか風流な事でしょう。

 

2013年8月20日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 
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116 思帝鄕二首 其二 韋荘 Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-263-5-#17   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2697

 
思帝鄕二首 其一

雲髻墜,鳳釵垂,

髻墜釵垂無力,枕函欹。

翡翠屏深月落,漏依依。

盡人間天上,兩心知。

 

 

思帝郷二首 其二

(帝都にいて田舎を思う。)

 春日遊,  杏花吹滿頭。

ある春の日に、郊外へ行楽に出かけました。杏の花びらが頭一杯に降りかかってくるような日でした。
 陌上誰家年少、 足風流。

こんな田舎道にいるのは、どこの若者なのでしょう。 行楽で足を延ばしてきたなかなか風流な事でしょう。
 妾擬將身嫁與、 一生休。

わたしは一度でいいから、嫁という地位をあたえられたいのです。そしたら、一生 おちつき、これでおわっても満足なのです。

 縱被無情棄,  不能羞。

たとえ、無情にも棄てられたとしても、いっかいよめになっておれば、はずかしいとは思わないものなのです。

 

思帝鄕

春日遊ぶ, 杏花 吹きて頭に滿つ。

陌【あぜみち】の上 誰が家の年少か、足【はなは】だ風流なり。

妾【わたし】は擬【おも】う 身を嫁與【かよ】すとしても、 一生の休んぜん。

 縱【たと】い無情に棄てらるるとも, 羞づ能【あた】わず。

花と張0104 






 

『思帝鄕』 現代語訳と訳註

(本文) 思帝郷 思帝鄕二首 其二

 春日遊,  杏花吹滿頭。

 陌上誰家年少、 足風流。

 妾擬將身嫁與、 一生休。

 縱被無情棄,  不能羞。

 

 

(下し文)

思帝鄕

春日遊ぶ, 杏花 吹きて頭に滿つ。

陌【あぜみち】の上 誰が家の年少か、足【はなは】だ風流なり。

妾【わたし】は擬【おも】う 身を嫁與【かよ】すとしても、 一生の休んぜん。

 縱【たと】い無情に棄てらるるとも, 羞づ能【あた】わず。

 

 

(現代語訳)

(帝都にいて田舎を思う。)

ある春の日に、郊外へ行楽に出かけました。杏の花びらが頭一杯に降りかかってくるような日でした。 

こんな田舎道にいるのは、どこの若者なのでしょう。 行楽で足を延ばしてきたなかなか風流な事でしょう。

わたしは一度でいいから、嫁という地位をあたえられたいのです。そしたら、一生 おちつき、これでおわっても満足なのです。

たとえ、無情にも棄てられたとしても、いっかいよめになっておれば、はずかしいとは思わないものなのです。

 

 

(訳注)

思帝郷 思帝鄕二首 其二

(帝都にいて田舎を思う。)

詞牌の一。詞の形式名。単調 三十四字。

八句五平韻平声一韻到底。萬斯年曲。

 

春日遊、杏花吹滿頭。

ある春の日に、郊外へ行楽に出かけました。杏の花びらが頭一杯に降りかかってくるような日でした。 

・杏花:アンズの花。春の情景を表す常套句でもある。

・吹滿頭:春の象徴である杏の花びらが頭一杯に降りかかっているさま。

 

 

陌上誰家年少、 足風流。

こんな田舎道にいるのは、どこの若者なのでしょう。 行楽で足を延ばしてきたなかなか風流な事でしょう。

・陌上:あぜ道にいる。陌は田畑の中の東西に走る道。転じて、あぜ道。田舎道。

・誰家:(古白話)だれ。何びと。建物としての家を直接尋ねてはいない。年少を強調するための語で、「家」字の意味は強くない。ここはこのあたりでいつもは見かけない若者であること。みなりが田舎に似合わないということ。

・年少:年が若い。また、年が若い者。少年。若者。

・足風流:風流にたりる。この時期の行楽は、野原・木陰に来て、酒を呑み、男女の交わりをすることにある。そういった女性とピクニックを詩に来ている。ここでの風流はエロティックな様子を云うのである。

 

妾擬將身嫁與、 一生休。

わたしは一度でいいから、嫁という地位をあたえられたいのです。そしたら、一生 おちつき、これでおわっても満足なのです。    

・妾:わたし。わて。あちき。女性の謙譲の自称。 

・擬:…したいと思う。擬待。 

・將身:身を…。 

・嫁與:嫁入りする。一夫多妻制の時代、芸妓は一定の地位あるものに身請けをされることがステータスであったので、今で云う嫁入りとは少し異なる。 

・休:いこう。おちつく。やすんじる。

 

 

縱被無情棄,  不能羞。

たとえ、無情にも棄てられたとしても、いっかいよめになっておれば、はずかしいとは思わないものなのです。

・縱:たとえ…であっても。たとい…とも。仮定の表現の辞。 

・被:…される。受け身の表現の辞。日本語の受け身の助動詞「る、らる」(れる、られる)に働きが似ているが、「被」は明らかに他者より外的な力が加わった場合にのみ使われ、「る、らる」よりも使用の場が限定されている。 

・無情:無情にも。人情をわきまえず。冷たく。 

・棄:ここでは男性にすてられる。男に罪悪感がない時代である。

・羞:きまりがわるくて人に顔をあわせられない、という意味のはずかしさ。乙女のはじらい等に使う。恥や辱とは違う。不能:…ということはありえない。…と思わない。…と考えない。

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