温庭筠《思帝郷》もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、それでも、これからは、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」ということだけがあるということなのでしょうか。

 

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思帝郷 温庭筠  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-303-5-#57   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3062

 

 

思帝郷

(一途に思う女心の詩)
花花、満枝紅似霞

花、花が咲いてる、枝一面の紅は朝や夕暮れにかすみがかかるのに似ています。

羅袖画簾腸断、阜香車

薄絹の袖に、画模様の車の帳に、どれもみなつがいの画ばかりで腸が断ち切られるようにうずくのです。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

車を停め、顔振り背けるようにして冷静に人と語らってみたけれど、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れる。

唯有阮郎春尽、不帰家。

もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、それでも、これからは、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」ということだけがあるということなのでしょうか。

 

(思帝郷)

花花、満枝 紅 霞に似たり。

羅袖 画簾 腸 断ゆ、香車を早め。

 

面を遅らして 人と共に閑かに語る、戦える箆 金鳳 斜めなり。

唯だ阮郎の 春 尽きるも、「家に帰らざる」有り。

魚玄機が宮島に
 

 

『思帝郷』 現代語訳と訳註

(本文)

思帝郷

花花、満枝紅似霞

 

羅袖画簾腸断、阜香車。

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

 

唯有阮郎春尽、不帰家。

 

 

(下し文)

(思帝郷)

花花、満枝 紅 霞に似たり。

 

羅袖 画簾 腸 断ゆ、香車を早め。

面を遅らして 人と共に閑かに語る、戦える箆 金鳳 斜めなり。

 

唯だ阮郎の 春 尽きるも、「家に帰らざる」有り。

 

 

(現代語訳)

(一途に思う女心の詩)

花、花が咲いてる、枝一面の紅は朝や夕暮れにかすみがかかるのに似ています。

薄絹の袖に、画模様の車の帳に、どれもみなつがいの画ばかりで腸が断ち切られるようにうずくのです。

車を停め、顔振り背けるようにして冷静に人と語らってみたけれど、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れる。

もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、それでも、これからは、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」ということだけがあるということなのでしょうか。

 

 

(訳注)

思帝郷

(一途に思う女心の詩)

唐の教坊の曲名。『花間集』には四首所収で温庭筠籍の作は一首、韋荘は二首、顧夐が一首収められている。単調三十六字、八句五平韻で、②⑤6③6⑤6③の詞形をと

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花花、満枝紅似霞。

花、花が咲いてる、枝一面の紅は朝や夕暮れにかすみがかかるのに似ています。

○霞 夕焼けや朝焼け。朝や夕暮れにかすみがかかるさま。

 

羅袖画簾腸断、阜香車。

薄絹の袖に、画模様の車の帳に、どれもみなつがいの画ばかりで腸が断ち切られるようにうずくのです。

○羅袖画簾腸断 着物の袖を見ても、草の帳を見ても、夫婦、つがいの画ばかりで、別れ去って久しく帰らぬ愛しい男に対して、思い焦がれる胸の思いと情事の思いが悶々とすることで腸が断ち切られるようにうずくこと。

○卓香車 車を停める。卓は停める。香車は香しい車、車の美称。

 

 

廻面共入閑語、戦箆金鳳斜。

車を停め、顔振り背けるようにして冷静に人と語らってみたけれど、斜めに挿せるカンザシの金の鳳凰はゆらゆら揺れる。

○戦箆金鳳斜 髪に斜めに挿した哲の金の鳳凰飾りが揺れる。戦は揺れ動く。箆はここではカンザシ。

 

 

唯有阮郎春尽、不帰家。

もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、それでも、これからは、後漢の阮郎のように「家に帰らざる」ということだけがあるということなのでしょうか。

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。

 

 

【解説】

 春が尽きても遠い旅に出て帰らぬ男を思う女の情を詠う。女は待つことしか選択肢がない時代の歌である。第二.句、着物の袖と車の帳の画模様が胸を引き裂くのは、着物の袖や帳に、男女和合の象徴である番の鳥の絵模様があしらわれていたことによる。続く句は、知人の車を認めたのであろう、車を停めて、髪に斜めに挿した智の金の鳳の飾り括らしながら、何の屈託もないかのように語り合うさまを述べる。最後の「もう若くないということなのでしょうか、今の私にとっては、もう春が終わろうとしていて、家に帰らぬ愛しの人だけ」と言うのは、はた目には幸せそうに見えながら、実は孤蘭を守る口々に、腸が引き千切られるほどの思いをしていることを訴え、もうあきらめなければならないのかということである。
花蕊夫人006