皇甫松夢江南二首 其二でも、夢に見るのは金陵の高楼で別れた恨み嘆き事ばかりなのです、あのときは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ城郭に一杯に飛んでいました。

 

2013年10月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩 
   
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩 
 
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《大行皇太后挽歌詞,三首之一》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <822>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3094韓愈詩-198
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html 

 

夢江南二首 其二 皇甫松  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-310-5-#64   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3097

 

 

夢江南 其一

(江南で過ごした日、愛する女との別離の思い出)

蘭燼落,屏上暗紅蕉。

香油の入った蝋燭の燈芯が燃え尽きるのか蝋のしずくが落ち、屏風絵の紅蕉(カンナ)の花も薄暗い。

閒夢江南梅熟日,夜船吹笛雨蕭蕭。

夢路に辿るのは江南の初夏、梅の実が熟すころのこと、夜の船にでいると笛の音がひびく、雨はしとしとと降って、雨だれが鼓のように合わせて伝わってくる。

人語驛邊橋。

人の話し声が駅舎近くの橋から聞こえる。

 

(夢江南)

 蘭燼【らんじん】落ち, 屏上【へいじょう】紅蕉【こうしょう】暗し。

 閒夢【かんむ】江南 梅 熟す日, 夜船の吹笛 雨 蕭蕭たり。

人は語る 驛邊の橋。

 

 

夢江南二首 其二

(江南で過ごした日、愛する女との別離の思い出、女の身になって歌う)その二

樓上寢,殘月下簾旌。

金陵の高楼に上り愛するあのひとと寝たのです。傾きかけた月を見て簾をおろし、羽飾り旗出して出発の準備をしました。

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城

でも、夢に見るのは金陵の高楼で別れた恨み嘆き事ばかりなのです、あのときは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ城郭に一杯に飛んでいました。

雙髻坐吹笙。

そして、雲型の兩の鬢をととのえて、坐して、笙をふいたのです。

夢江南二首 其二

樓 上りて 寢,殘月 下りて 簾旌す。

夢 秣陵 惆悵の事を見て,桃花 柳絮 江城に滿つ,

雙髻 坐して 笙を吹く。

 

 

『夢江南二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

夢江南二首 其二

樓上寢,殘月下簾旌。

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

雙髻坐吹笙。

 

 

(下し文)

夢江南二首 其二

樓 上りて 寢,殘月 下りて 簾旌す。

夢 秣陵 惆悵の事を見て,桃花 柳絮 江城に滿つ,

雙髻 坐して 笙を吹く。

 

 

(現代語訳)

(江南で過ごした日、愛する女との別離の思い出、女の身になって歌う)その二

金陵の高楼に上り愛するあのひとと寝たのです。傾きかけた月を見て簾をおろし、羽飾り旗出して出発の準備をしました。

でも、夢に見るのは金陵の高楼で別れた恨み嘆き事ばかりなのです、あのときは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ城郭に一杯に飛んでいました。

そして、雲型の兩の鬢をととのえて、坐して、笙をふいたのです。

 

 

(訳注)

夢江南二首 其二

(江南で過ごした日、愛する女との別離の思い出、女の身になって歌う)その二

 

 

樓上寢,殘月下簾旌。

金陵の高楼に上り愛するあのひとと寝たのです。傾きかけた月を見て簾をおろし、羽飾り旗出して出発の準備をしました。

・旌 旗竿(はたざお)のさきに旄(ぼう)という旗飾りをつけ、これに鳥の羽などを垂らした旗。天子が士気を鼓舞するのに用いる。また、旗の総称。

 

夢見秣陵惆悵事,桃花柳絮滿江城,

でも、夢に見るのは金陵の高楼で別れた恨み嘆き事ばかりなのです、あのときは、桃が花を咲かせ、柳絮が長江のほとりに立つ城郭に一杯に飛んでいました。

・秣陵 秣陵県 (江蘇省) - 江蘇省南京市の古称。 秣陵県 (河南省) - 河南省周口市沈丘県の古称。もともと金陵という名であったが、望気者が「王者の都たるべき地勢である」と言ったので、それを嫌った始皇帝は山を削って地形を変え、つまらない名を付けたのである。建安十六年(211)、孫権は張紘の進言を容れて治府を呉から秣陵に移し、翌年には石頭に築城して建業と改名した。

・惆悵 恨めしく思うこと。恨み嘆くこと。うらめしい。うらみがましい。温庭筠『更漏子 一』「惆悵謝家池閣」  謝女というのは晋の謝安が東山の彼を愛した故事から出たもの。過去女もそういう時期もあった。李白『送侄良攜二妓赴會稽戲有此贈』「攜妓東山去。 春光半道催。遙看若桃李。 雙入鏡中開。」送姪良携二妓赴会稽戯有此贈  李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -287
池閣は、謝霊運の「池塘生春草」
謝霊運の「池塘生春草」にかけて、池堀に春草の生ずるようになったという春情にかける意がある。

 

雙髻坐吹笙。

そして、雲型の兩の鬢をととのえて、坐して、笙をふいたのです。