女冠子二首 其一 一夜経ても、艶やかな動き、笑みを浮かべる、一夜すごして眉の墨は色褪せ、頬紅の色も薄れたけれどたおやかにせっしてくれる。雲型の鬢の髪が透けて蝉の羽のようであり、澄んだ秋の水のように冷たく冴える玉の簪がゆれる、翻る薄絹の衣は碧の霞のようで艶めかしい。 


2013年10月8日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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女冠子二首 其一 温庭筠  Ⅹ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

  

花間集に収める『女冠子』

Ⅴ-ID

詩人

首数

掲載

1

溫助教庭筠

女冠子二首

5

韋相莊

女冠子二首

9

薛侍郎昭蘊

女冠子二首

6

牛嶠(牛給事嶠)

女冠子四首

7

張舍人泌

女冠子一首

12

孫少監光憲

女冠子二首

15

魏太尉承班

女冠子二首

18

毛秘書熙震

女冠子二首

22

李秀才珣

女冠子二首

  

女冠子二首

其一

含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。

一夜経ても、艶やかな動き、笑みを浮かべる、一夜すごして眉の墨は色褪せ、頬紅の色も薄れたけれどたおやかにせっしてくれる。

鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。

雲型の鬢の髪が透けて蝉の羽のようであり、澄んだ秋の水のように冷たく冴える玉の簪がゆれる、翻る薄絹の衣は碧の霞のようで艶めかしい。 

鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。

雪のように白い胸が鸞鏡に映る、美しき高樓の前に仙界の琪樹のように立ち、麗しき鳳凰のお伴の前に進む、

寄語青娥伴,早求仙。

そして、嫦娥のような女はお伴の者に次のように言った、「あなたも早く道士におなりなさいな」と。

 

其二

霞帔雲髮,鈿鏡仙容似雪。

畫愁眉,遮語迴輕扇,含羞下繡帷。

玉樓相望久,花洞恨來遲。

早晚乘鸞去,莫相遺。

 

 

女冠子二首

其一

嬌を含み笑を含む,宿翠 殘紅 窈窕たり。

鬢は蟬の如く,寒玉 秋水を簪し,輕紗 碧煙を捲く。

雪の 鸞鏡の裡,琪樹 鳳樓の前。

語を寄せ 青娥の伴とし,早に仙を求めよ。

 

其二

霞帔 雲髮,鈿鏡 仙容 雪に似たり。

畫は眉に愁い,語を遮って輕扇を迴らし,羞を含み繡帷を下る。

玉樓 相い望み久しく,花洞 恨み來る遲れる。

早晚 鸞に乘り去り,相いに遺すこと莫れ。

botan00
 

 

『女冠子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首

其一

含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。

鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。

鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。

寄語青娥伴,早求仙。

 

 

(下し文)

女冠子二首

其一

嬌を含み笑を含む,宿翠 殘紅 窈窕たり。

鬢は蟬の如く,寒玉 秋水を簪し,輕紗 碧煙を捲く。

雪の 鸞鏡の裡,琪樹 鳳樓の前。

語を寄せ 青娥の伴とし,早に仙を求めよ。

 

 

(現代語訳)

一夜経ても、艶やかな動き、笑みを浮かべる、一夜すごして眉の墨は色褪せ、頬紅の色も薄れたけれどたおやかにせっしてくれる。

雲型の鬢の髪が透けて蝉の羽のようであり、澄んだ秋の水のように冷たく冴える玉の簪がゆれる、翻る薄絹の衣は碧の霞のようで艶めかしい。 

雪のように白い胸が鸞鏡に映る、美しき高樓の前に仙界の琪樹のように立ち、麗しき鳳凰のお伴の前に進む、

そして、嫦娥のような女はお伴の者に次のように言った、「あなたも早く道士におなりなさいな」と。

 

 

(訳注)

女冠子二首

唐の教坊の曲名。女冠は女道士の意。『花間集』には十九首所収。温庭第の作は二首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二乎韻、後段卜八字四句二平韻で、❹.❻.③.5.⑤./5.⑤.5.③の詞形をとる。

 

其一

女道士の風俗を描く。前段は女道士の姿を詠い、後段は伴の女にあなたも早く道士になりなさいと勧めるさまを描く。脱俗の女道士にしては、あまりにも艶めかしい姿態で措かれているが、この期の女道士や尼僧の住む祠、通観や寺院は、風俗を乱す場として、しばしば取りつぶしにあっている。一歳とると囲われていても捨てられたり、親、兄弟と死別すると多くの女性が駆け込んだのである。(後段に「妓女」について述べる。)

 

含嬌含笑,宿翠殘紅窈窕。

一夜経ても、艶やかな動き、笑みを浮かべる、一夜すごして眉の墨は色褪せ、頬紅の色も薄れたけれどたおやかにせっしてくれる。

○含嬌含笑 艶めかしい眼差しと微笑みを帯びる。

○宿翠殘紅窈窕 一夜経て、化粧はくずれたが、依然としてたおやかな姿態を保っている、の意。宿翠は一夜経て色あせた眉。残紅は色薄れた頬紅。窈窕はたおやかなさま。

 

 

鬢如蟬,寒玉簪秋水,輕紗捲碧煙。

雲型の鬢の髪が透けて蝉の羽のようであり、澄んだ秋の水のように冷たく冴える玉の簪がゆれる、翻る薄絹の衣は碧の霞のようで艶めかしい。 

○鬢如蟬 透明で黒い超脈の入った蝉の羽のような髪。雲型の両鬢の薄く梳いた女性の髪の毛をいう。

○寒玉簪秋水 秋の水のように冷たく澄んだ.玉の智が髪にささっていること。なお轡の字は、本句と次句とが対をなし、抱の字と対応することから動詞と見なされる。

○軽妙捲碧煙 風にひらめく薄衣が碧の霞のように透けて見えること。

 

鸞鏡裡,琪樹鳳樓前。

雪のように白い胸が鸞鏡に映る、美しき高樓の前に仙界の琪樹のように立ち、麗しき鳳凰のお伴の前に進む、

○鸞鏡 鸞鳥の鋳込まれた鋼製の鏡。温庭筠「菩薩蛮」の「鸞鏡」。鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。代人悼亡 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-108-43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2087温庭筠『遐方怨』之一「花半坼,雨初晴。未卷珠簾,夢殘,惆悵聞曉鶯。宿妝眉淺粉山橫。約鬟鸞鏡裏,繡羅輕。」『遐方怨 二首之一』(花半坼)温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-46-15-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1800

『菩薩蠻』「寶函雀金鸂鵣,沈香閣上山碧。楊柳又如絲,驛橋春雨時。畫樓音信斷,芳草江南岸。鸞鏡與花枝,此情誰得知。」『菩薩蠻 六』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-6-6 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1640

・鸞鏡 鸞鳥を背に彫んだ鏡。ケイ賓(カシミ-ル地方にあった国の名)の王が鷲を飼っていたが三年たっても鳴かなかった。夫人が「鸞はその姿を見たらなく」というので鏡をかけてこれをうつさせたら夜中に鳴き出して死絶したという。よって後世鏡のことを鸞鏡というという。
李商隠『無題』
含情春晼晩、暫見夜蘭干。
樓響將登怯、簾烘欲過難。
多羞釵上燕、眞愧鏡中鸞。
歸去横塘暁、華星送寶鞍。
・鏡中鸞 金属製の鏡の背面に彫られた鸞の模様が「双鳳文鏡」であり、離ればなれのつがいの鸞がお互いを求め合う姿を彫刻しているものが多い。「鸞鏡」は、愛し合う(時にはなれねばならない)男女の思いを映し出す鏡をしめす。鸞は理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。白楽天「太行路」に鏡中鸞を引き合いにし男女について詠っている。

無題 (含情春晼晩) 李商隠 16

○琪樹 もともとは仙界の樹木を言うが、ここでは女道士のすっくと立った美しい姿を形容する。

 

 

寄語青娥伴,早求仙。

そして、嫦娥のような女はお伴の者に次のように言った、「あなたも早く道士におなりなさいな」と。

○靑蛾 美しい女性。靑は五行思想で春を意味する。女を売る意味の女性。

○早求仙 早く女道士になりなさい、の意。仙は仙界の人のこと。ここでは道士を指す。

 
 

美女004

 

芸妓について

妓女(ぎじょ)は、中国における遊女もしくは芸妓のこと。娼妓、娼女という呼称もある。歌や舞、数々の技芸で人々を喜ばせ、時には宴席の接待を取り持つこともあった。娼婦を指すこともある。また、道教の寺観にも娼婦に近い巫女がいた。この時代において、女性が男性と対等にできる唯一の場所であった。

もともとは国家による強制的な徴発と戦時獲得奴隷が主な供給源だったと考えられるが、罪人の一族を籍没(身分を落とし、官の所有とする制度)する方法が加わった。また、民間では人身売買による供給が一般的であった。区分すると以下の通り。

1.宮妓 2.家妓 3.営妓、4.官妓、5.民妓、6.道妓)

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名。

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。
 

6.道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。