張泌臨江仙 一首湘水の渚をおおっていた霧は消え、静かに秋の大江は流れ、カンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、水に沈んだがその跡は今は何も残さない、幾たびかそこを訪ね回り、そこでその燃える思いを断ったという、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだことだろう。

2013年11月14日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(2) 文選 賦<111―2>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩948 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3288
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(14)-#12韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <861>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3289韓愈詩-220-#12
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 690 《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》 蜀中転々 杜甫 <596>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3290 杜甫詩1000-596-852/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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臨江仙 一首 張泌【ちょうひつ】  Ⅹ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-349-7-#11   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3292

 

 

臨江仙

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

湘水の渚をおおっていた霧は消え、静かに秋の大江は流れ、カンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、水に沈んだがその跡は今は何も残さない、幾たびかそこを訪ね回り、そこでその燃える思いを断ったという、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだことだろう。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡である、波の間に静かに瑟琴の奏では水の音にきえてゆく。花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。

古祠深殿,香冷雨和風。

古き道教聖女祠の奥深い宮殿は、聖女祠の香りは吹きつける冷い雨と風になごんでいく。

臨江仙【りんこうせん】

煙【もや】收まり 湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。

五雲 雙鶴 去りて蹤【あと】無く,幾迴 魂斷え,望を凝らして 長空に向える。

翠竹 暗きに留み 珠の淚の怨み,閑かに寶瑟 波中に調ぶ,花鬟 月鬢 綠雲 重る。

古祠【こし】の深殿,香は冷雨となりて風に和す。
カンナ223

春爛漫の美女007
 

 

『臨江仙』 現代語訳と訳註

(本文)

臨江仙 一首

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

古祠深殿,香冷雨和風。

 

 

(下し文)

臨江仙【りんこうせん】

煙【もや】收まり 湘渚【しょうちょ】秋江 靜まり,蕉花 露に泣き 紅に愁う。

五雲 雙鶴 去りて蹤【あと】無く,幾迴 魂斷え,望を凝らして 長空に向える。

翠竹 暗きに留み 珠の淚の怨み,閑かに寶瑟 波中に調ぶ,花鬟 月鬢 綠雲 重る。

古祠【こし】の深殿,香は冷雨となりて風に和す。

 

 

(現代語訳)

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

湘水の渚をおおっていた霧は消え、静かに秋の大江は流れ、カンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。

五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、水に沈んだがその跡は今は何も残さない、幾たびかそこを訪ね回り、そこでその燃える思いを断ったという、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだことだろう。

翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡である、波の間に静かに瑟琴の奏では水の音にきえてゆく。花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。

古き道教聖女祠の奥深い宮殿は、聖女祠の香りは吹きつける冷い雨と風になごんでいく。

 

 

(訳注)

臨江仙 一首

(湘江の女神、娥皇と女英の所縁の地を巡り、そこにいる道妓を思いを詠う。)

唐の教坊の曲名。『花間集』には二十六首所収。張泌の作は一首収められている。双調五十八字、前後段二十九字五句三平韻で、7⑥⑦4⑤/7⑥⑦4⑤の詞形をとる。

前段二段は、湘江の女神、娥皇と女英を祭った社を訪れた時の感懐を詠う。鶴に乗って去ったきり行方知れずの堯の娘蛾皇、女英を追慕する思いを吐露する。後段二段は、辺りに繁る青竹の娥皇、女英の怨みの涙の跡を今もなお留め、今の道女の美しさを詠い、波音は二人が奏でる琴のようであることを述べる。そして末三句で、古びた祠殿には、花のように髪を結いしげ、三日月のような賓を垂れた、黒髪豊かな道女がいる。香炉に薫かれる香の香りは吹きつける雨風に溶け入り、物寂しさが漂うことを言う。なお前段の泣き濡れたように露が降りた紆蕉(カンナ)の花は、娥皇、女英を連想させる働きをしているし、そこに今は美しい道女が居るのか、あるいはいてほしいということである。あるいは女性の精気を連想させるのである。。

 

煙收湘渚秋江靜,蕉花露泣愁紅。

湘水の渚をおおっていた霧は消え、静かに秋の大江は流れ、カンナの花は露に泣き愁いに紅く色を濃くしている。

湘 湘江は、広西チワン族自治区北部臨桂県の海陽山に発する。海洋圩から流れる海洋河を源流とし、北東方向へ広西チワン族自治区を流れる。湖南省永州市東安県の瀑埠頭で湖南省に入る。永州市では紫水、石期河、瀟水、応水、白水などの支流が、衡陽市では蒸水と耒水が、衡山県では水が、株洲県淥口鎮で淥水が、湘潭市で漣水が流入する。長沙市の中心で瀏陽河と撈刀河が、望城県新康で水が流入し、湘陰県の濠河口で左右に分かれて洞庭湖に注ぐ。湘江には2,157の支流があるとされ、主要な支流のうち、瀟水、耒水、水、淥水、瀏陽河は東岸の支流で、祁水、蒸水、涓水、漣水、水は西岸の支流である。

焦花 美人蕉の花。カンナの花。
カンナ113
美女004
五雲雙鶴去無蹤,幾迴魂斷,凝望向長空。

五色の雲の彼方へ二羽の鶴が飛び去り、水に沈んだがその跡は今は何も残さない、幾たびかそこを訪ね回り、そこでその燃える思いを断ったという、遠くはるかな空の果てにその思いを望んだことだろう。

五雲 五色の瑞雲。

双鶴去無躍 堯の二人の娘である娥皇と女英は、舜の后妃となったが、舜が崩御すると湘江に身を投じて、湘江の神、湘霊になったと伝えられる。本句は、湘江の神霊となった娥皇と女英が、舜を探し求めるために、鶴に跨って飛び去ったきり、行方の知れぬことを言う。

 

翠竹暗留珠淚怨,閑調寶瑟波中,花鬟月鬢綠雲重。

翠の斑竹は密かに留めている怨み込めたる涙跡である、波の間に静かに瑟琴の奏では水の音にきえてゆく。花のような鬟髷、月のような両鬢、美しき黒髪は雲のように重なっている。

翠竹暗留珠淚怨 娥皇と女英は湘夫人と呼ばれ、舜が崩御すると泣き崩れて涙を竹に払った。すると竹は残らず斑模様になったと言う。今の斑竹がそれである。本句はこの伝説を踏まえる。

閑調寶瑟波中 逐語訳すれば、静かに波間で琴を奏でる。ここでは波音を湘夫人が奏でる琴の音に喩える。

花鬟月鬢綠雲重 社に祀られた湘大人の像の髪の毛を形容した言葉。

 

古祠深殿,香冷雨和風。

古き道教聖女祠の奥深い宮殿は、聖女祠の香りは吹きつける冷い雨と風になごんでいく。

古祠深殿 道教聖女祠の奥深い宮殿。

 

 

湘江の川の神は「湘妃」「湘君」といい、娥皇と女英の二人の女神からなる。娥皇と女英は舜帝の妃であったが、舜が没すると悲しんで川に身を投じ、以後川の神となった。斑竹の表面にある斑紋は、娥皇と女英の涙が落ちた跡が残って斑になったという言い伝えがあり、湘江竹、湘竹、涙竹などの別名がある。

春秋時代から戦国時代にかけてこの地にあった楚の人々は、湘水神を崇めた。楚の人であった屈原にも『湘夫人』という漢詩がある。

楚の地に伝わる湘妃などの神話、桃源郷をはじめとする伝説、およびこの地を流浪した屈原の詩により、風光明媚な湘江流域は神話的想像力や詩的想像力をかきたてる土地とみなされるようになっていった。これを背景に、洞庭湖から湘江、瀟水にかけての地域には瀟湘八景という名所が設定され、中国をはじめ東アジアで書画の題材となってきた。