薛昭蘊≪女冠子二首其一≫ 女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。


2013年12月23日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(33)#13(神仙境)-1 文選 賦<112―33>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩987 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3483 (33)#13(神仙境)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(17)#11-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <900>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3484韓愈詩-227-17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 232  《桃源圖》 韓愈(韓退之) kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3486 (12/23)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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9 12 女冠子二首其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊Ⅹ唐五代詞・「花間集」 Gs-388-9-#12   漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3487

 

花間集に収める『女冠子』

Ⅴ-ID

詩人

首数

掲載

1

溫助教庭筠

女冠子二首

5

韋相莊

女冠子二首

9

薛侍郎昭蘊

女冠子二首

6

牛嶠(牛給事嶠)

女冠子四首

7

張舍人泌

女冠子一首

12

孫少監光憲

女冠子二首

15

魏太尉承班

女冠子二首

18

毛秘書熙震

女冠子二首

22

李秀才珣

女冠子二首

 

女冠子二首其一

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野に靄がひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

靜夜松風下,禮天壇。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

女冠子 二首其の一

仙を求めて去る也,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲く 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫る 白玉の冠。

野煙 溪洞 冷やかに,林月 石橋 寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

tsuki04
 女冠子二首其二

雲羅霧縠,新授明威法籙,降真函。

髻綰青絲髮,冠抽碧玉篸。

往來雲過五,去往島經三。

正遇劉郎使,瑤緘。



『女冠子二首其一』現代語訳と訳註

(本文)

女冠子二首其一

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

靜夜松風下,禮天壇。

 

(下し文)

女冠子 二首其の一

仙を求めて去る也,翠鈿【すいでん】金篦【きんべい】盡く捨て,嵒巒【がんらん】に入る。

霧捲く 黃羅の帔【かたかけ】,雲彫る 白玉の冠。

野煙 溪洞 冷やかに,林月 石橋 寒し。

靜夜 松風の下,天壇に禮す。

 

(現代語訳)

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

野に靄がひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

あさがお002
 

(訳注)

女冠子二首其一

『花間集』には薛昭蘊の作が二首収められている。双調四十一字、前段二十三字五句、二仄韻二平韻、後段十八字四句二平韻で、❹❻③5⑤/5⑤5③の詞形をとる。

 

(家を出て山間に入り道士となった女を詠う。)

前段は、女道士となるために、家も身を創る品々もすべてを捨て去って、山に入ると、いつしかもやのようにつつまれ、おとこをしり、雲のようにまかれ、白玉の冠を彫り刻むかのようであると、道妓のいでたちについて述べる。後段は、月の照る静かな夜、風渡る松の木の下で、天壇に祈りを捧げるさまを描く。

 

女冠子二首 其一 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

女冠子二首 其二 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-313-5-#57-(4)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3112

女冠子 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-254-5-#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2652

女冠子 二 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-255-5-#9 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2657

女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107

女冠子四首 其二 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-315-5-#57-(6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3122

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-(7  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

女冠子四首 其四 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-317-5-#57-(8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3132

女道士の風俗を描く。前段は女道士の姿を詠い、後段は伴の女にあなたも早く道士になりなさいと勧めるさまを描く。脱俗の女道士にしては、あまりにも艶めかしい姿態で措かれているが、この期の女道士や尼僧の住む祠、通観や寺院は、風俗を乱す場として、しばしば取りつぶしにあっている。一歳とると囲われていても捨てられたり、親、兄弟と死別すると多くの女性が駆け込んだのである。(後段に「妓女」について述べる。)

 

 

求仙去也,翠鈿金篦盡捨,入嵒巒。

女道士になるために家を出るにつけて、翡翠の飾り、黄金の櫛、簪、なにもかもみな投げ捨てて、自然に同化できる岩山の洞窟に入ったのだ。

求仙 仙人になることを求める。ここでは女道士になることをいう。

翠細金箆 翡翠や金で飾った櫛や簪。

嵒巒 自然に同化するため岩山に入る。道教は、南北朝の時代に成熟し、唐代には国教となり、宗教としての質をどんどん向上させた。宗教人類学・宗教歴史学・宗教心理学・宗教社会学の観点から分析すると、道教は宗教の基本要素を全て備えている。キリスト教・イスラム教・仏教の三大世界宗教と比べると、道教は一般の宗教としての特徴だけでなく独特の民族文化の特色も備えている。道教の一般的な宗教としての特徴を次に示す。道教は自然発生した自然宗教と人為的な倫理宗教の結合体である。人格化した主神(元始天尊・太上老君など)に対する信仰だけだけでなく、自然界の本質である汎神論の「道」の信仰(ヒンズー教の「ブラーフマン」、大乗仏教の「仏性」と類似している)もある。祠に女妓ともなった。

 

霧捲黃羅帔,雲彫白玉冠。

霧は巻かれることもあり、きれいな薄絹の肩掛けをつけるようになり、『高唐の賦』にいう雲は祠にかざられた彫刻に白い玉の冠をつけるようになった。

霧括黄羅披、雲彫白玉冠 霧と雲は男性を意味する語である。宋玉の『高唐の賦』で明確にくも、きり、に対する月、雨、松、鏡が女性という前提を踏まえなければ、解釈がまちまちになってしまう。男女のこと、妓女のことを詠う詩に抒情の詩のような解釈をする解説書があるがナンセンスである。花間集はエロチズムであり、権力に抵抗できる唯一の武器であった。

この二句については、注釈書によって解釈がまちまちである。ここでは、流れる霧は黄色い垂れ縞を巻き上げ、雲は刻むかのように白玉を飾った冠にかかる、次第に女を売ることに変化していくことの意に解する。

 

野煙溪洞冷,林月石橋寒。

野にもやがひろがり、渓谷の洞窟が冷ややかにして靄は生まれ、この祠の近くに散歩する木々のあいだから月あかりに映えていたが、いまは石橋をわたるのもひとりで寒い。

野煙溪洞冷 渓谷の洞窟から靄が発生し、雲に成長するというのが古代中国の考えであった。この二句は男にちやほやされていたことを云う。霞がつつんでくれたものが寒気によって消され、石の端を一緒に歩いたことも今や寒さに震えてひとり歩く、というほどの意味。

魚玄機0005
 

靜夜松風下,禮天壇。

あの人が来てくれなくなった静かな夜、小高い丘の松をぬけて風が吹いてくる、こうして恵まれてきたことを天壇に祈りを捧ぐ。

天壇 天の神を祭るための祭壇。

 

1 宮妓

皇帝の後宮に所属。籍没された女性や外国や諸侯、民間から献上された女性。后妃とは別に、後宮に置かれ、後宮での業務をし、技芸を学び、皇帝を楽しませた。道教坊で技芸を習得した女性もこれに含まれる。班婕妤・趙飛燕や上官婉児などのように后妃に取り立てられるものもいた。

 

2 家妓

高官や貴族、商人の家に置かれ、家長の妾姫となった。主人だけではなく、客を歓待する席でも技芸により、これをもてなす役目があった。官妓から、臣下に下賜されて家妓になるものもいた。始皇帝の母にあたる呂不韋の愛人や、西晋の石崇の愛妾である緑珠が有名

 

3営妓

軍隊の管轄に置かれ、軍営に所属する官人や将兵をその技芸で楽しませた。蘇小小。唐代女流詩人の薛濤が有名。

 

4官妓

中央政府の道教観や州府の管轄に置かれた。実際は、妓楼や酒楼は個別に運営されており、唐代・長安の北里、明代・南京の旧院は、その代表的な色町である。唐代の天宝年間以降に彼女らを題材にして、多くの士大夫が詩文にうたい、妓女となじんだという記録が盛んになる。唐代はその活動は最大なものであった。

唐代女流詩人の魚玄機、明代の陳円円、李香君、柳如是が有名。

 

5民妓

民営の妓楼に所属した。売春だけを目的とした女性も含まれる。明代以降、官妓が衰退した後、大きな役割を果たすようになった。清代は上海に多くの民妓がいた。宋代の李師師が有名。

 

6.道妓

道教の祠に学問等していない娼婦に近いものが多かった。

 

妓館には、花や植物が植えられ、狆や鸚鵡が飼われ、香炉が置かれ、また、雲母屏風、山水画や骨董が飾られているところが多く、庭園風になっているものもあった。妓館は、互いに奇をてらい合い、提供される様々な香りが数里先まで漂ったと伝えられる。さらに、厨女(女料理人)が働いており、彼女らが料理する山海の珍味がすぐに作れるように準備されていた。旧院には商店もあり、客が妓女に贈るための高級品が置かれていた。また、茶を専門とする茶坊もあった。夜には、妓女による音楽が奏でられ、芝居が上演された。妓館の額もまた、名人の手になるものがいくつもあった。妓館には、他に下働きの下女と男衆が別にいた。
魚玄機550034