(秋には帰ると言って別れたのに、幾度の秋を過す。また今年も秋が過ぎてしまう女を詠う)又夏が来て、以前には菱の花でいっぱいになっていた。でも翡翠も、花鈿も拾い集め、納めてしまって、お顔に飾るのはもうやめにした。

        
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13-316《酒泉子七首,其五》顧太尉(顧夐【こけい】)五十五首唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-499-13-(316)  花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4042

 

 

酒泉子七首 其一

(愁いで崩れた年増女妓(家妓・愛妾)の孤閏の悲しみを詠う。)

楊柳舞風,輕惹春煙殘雨。

楊と柳は吹く風に舞い揺れる。春景色に春雨が降りやんで、靄が漂っているとどうしてもあの人とのことを考えてしまう。

杏花愁,鶯正語,畫樓東。

盛春に咲き誇る杏花も同じであのひとがこないと愁えてしまうし、鶯が春を告げる一番の時期も同じように思ってしまう、梁景色のきらびやかな東側の高楼のなかで春めいた心を動かされてしまう。

錦屏寂寞思無窮,還是不知消息。

閨の錦の屏風、むなして、さびしくて、あの人を思うのにたえることができない。相も変わらず知らせはないし、何処にいるのかわからない。

鏡塵生,珠淚滴,損儀容。

丹念な化粧もしないからか鏡に埃がかかっているし、頬をつたうなみだは真珠をつないだように流れていて、起ち居振舞もあの凛とした姿かたちはなくなってしまった。

(酒泉子七首 其一)

楊柳 風に舞い,春煙の殘雨に輕やかに惹る。

杏花 愁い,鶯 正に語り,畫樓の東に。

錦屏 寂寞として 思い窮り無く,還是たりて 消息を知らざれり。

鏡 塵生じ,珠淚 滴り,儀容を損う。

酒泉子七首其二其二

(帰らぬ男を思う無気力になっていく女性の情を詠う。)

羅帶縷金,蘭麝煙凝魂斷。

金糸の縫い取りの帯もそのままおかれ、独り閨に蘭麝の香はひろがったままで煙は濃くただようまま、おんなの魂は気持ちを維持することが出来ない。

畫屏欹,雲鬢亂,恨難任。

思い出の絵屏風は斜めにしたままだし、雲型の髪は乱れたまま、恨みはもう堪えることができない。

幾迴垂淚滴鴛衾,薄情何處去。

涙で濡らして布団を何度変えるけれど鴛鴦模様の掛け布団はまた涙を流してしまう。薄情な彼の人はいずこに行ってしまったのだろう。

登臨,花滿樹,信沉沉。

高楼に上って窓から遠くを臨む、いつの間にか花は木々にいっぱい咲く良き時節になっている、いまも便り一つ来ないのでまた気持ちは沈んでゆく。

(酒泉子七首其の二)

羅帶 縷金【るきん】あり,蘭麝【らんじゃ】煙凝り 魂斷えたり。

畫屏 欹【そばだ】ち,雲鬢亂れ,恨 任難し。

幾つも迴して淚を垂し鴛衾に滴し,薄情 何處にか去らん。

登って臨み,花 樹に滿ち,信 沉沉【ちんちん】たり

 

酒泉子七首其三

(棄てられた女が初夏の昼下がりに閨で過ごす、どんなに思い続けても諦めるよりほかないのか、愁いで少し老けてしまう女を詠う。)

小檻日斜,風度綠人悄悄。

閨に西に傾いた日が射しこむ、風が緑色の枠の窓を抜けて、 静かでもの寂しく一人過ごす部屋を吹き抜けわたる。

翠幃閑掩舞雙鸞,舊香寒。

翡翠の飾りのとばりが静かに蔽っている底にはツガイの鸞王が描かれている。香炉には消えた古い香がそのままになっている。

別來情緒轉難判,韶顏看卻老。

別れてもまたこの閨に来てくれると心に思うことはあの人の思いばかりで他のことは考えられない、若くて美しい顔は見ると少し老けたように見える。

依稀粉上有啼痕,暗銷魂。

白粉を上に塗って化粧を整えた顔に涙の痕がついている、どうしても心は沈んでもうあの人のことは思い出すこともできなくなってしまう。

 

(酒泉子七首 其の三)

小檻 日斜めなり,風 綠度り 人悄悄たり。

翠幃 閑に掩う 雙鸞舞い,舊香 寒し。

情緒を別來して 轉た判り難し,韶顏 卻老るを看る。

粉上に依稀れにして 啼痕有り,魂銷すを暗くす。

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酒泉子七首其四

(少女の時に芸妓の世界に入って、身請けしてもらったものの出世した男はやがて来なくなり、手紙さえ来なくなった。)

黛薄紅深,約掠綠鬟雲膩。

あのころはまだ、眉が少し薄く書き、唇の赤は、色濃いまま、黒髪は少女のあげまきに結った髪を、人目につかないように、はやりのおおきな雲型に油でかためた髪型にしてもらった。

小鴛鴦,金翡翠,稱人心。

その後、小さな鴛鴦のように過し、黄金と翡翠で飾った部屋になっていく、ひとの心とはそういったものだ。

錦鱗無處傳幽意,海鷰蘭堂春又去。

錦色の鱗のように輝くお人はここにはいないもの静かな思いだけが伝わってくる。海ツバメが春になれば巣づくりにこのきらびやかなお座敷に帰って来たけれど、また去って行った。

隔年書,千點淚,恨難任。

今では重陽の日に届けてくれるお手紙も来なくなって、あるのは沢山の涕の痕、うらみにおもうことだしていてはいけないのに。 

(酒泉子七首其の四)

黛薄く紅深し,綠鬟【りょくかん】雲膩【うんじ】を約掠【やくりゃく】す。

小さき鴛鴦たり,金の翡翠に,人心を稱す。

錦鱗 處に無く 幽意を傳え,海鷰【かいえん】春に蘭堂にあるも又た去る。

年書隔り,千點の淚に,恨み 任せ難し。

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其五

(秋には帰ると言って別れたのに、幾度の秋を過す。また今年も秋が過ぎてしまう女を詠う)

掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。

又夏が来て、以前には菱の花でいっぱいになっていた。でも翡翠も、花鈿も拾い集め、納めてしまって、お顔に飾るのはもうやめにした。

金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。

玉虫の飾り、輝くツガイの燕、大切な飾りの化粧箱を閉じたまま、恨みはたまっていくばかり。

雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。

雲型の髪に上の方に丸型に高く固めた髪が半ば崩れて垂れていて、竹の簪も下にずれているのに物憂げにそのままにしている。涙が枕に浸みこんで濡れたままになっている。

恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

閨の寝牀のとばりを背にした恨みの燈燭が夢を見ることと深酔いに向かわせる。もう秋のおわるのか、雁が南に向かう。

 

(其の五)

卻て菱花に掩う,翠鈿を收拾し 上面に休む。

金蟲 玉鷰 香奩に鏁し,恨み猒猒たり。

雲鬟【うんかん】半ば墜ち 重篸懶く,淚侵して山枕濕す。

背帳に恨燈し 夢と方【なら】んで酣す,鴈 南に飛ぶ。

花間集
 

 

『酒泉子七首,其五』 現代語訳と訳註

(本文)

酒泉子七首,其五

掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。

金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。

雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。

恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

 

 

(下し文)

(其の五)

卻て菱花に掩う,翠鈿を收拾し 上面に休む。

金蟲 玉鷰 香奩に鏁し,恨み猒猒たり。

雲鬟【うんかん】半ば墜ち 重篸懶く,淚侵して山枕濕す。

背帳に恨燈し 夢と方【なら】んで酣す,鴈 南に飛ぶ。

 

(現代語訳)

(秋には帰ると言って別れたのに、幾度の秋を過す。また今年も秋が過ぎてしまう女を詠う)

又夏が来て、以前には菱の花でいっぱいになっていた。でも翡翠も、花鈿も拾い集め、納めてしまって、お顔に飾るのはもうやめにした。

玉虫の飾り、輝くツガイの燕、大切な飾りの化粧箱を閉じたまま、恨みはたまっていくばかり。

雲型の髪に上の方に丸型に高く固めた髪が半ば崩れて垂れていて、竹の簪も下にずれているのに物憂げにそのままにしている。涙が枕に浸みこんで濡れたままになっている。

閨の寝牀のとばりを背にした恨みの燈燭が夢を見ることと深酔いに向かわせる。もう秋のおわるのか、雁が南に向かう。

 

 

(訳注)

酒泉子七首,其五

『花間集』には顧夐の作が七首収められている。双調四十字、前段十九字五句二平韻二仄韻、後段二十一字五句二平韻で、④❼❼③/⑦57③の詞形をとる。

 

其五

(秋には帰ると言って別れたのに、幾度の秋を過す。また今年も秋が過ぎてしまう女を詠う)

 

掩卻菱花,收拾翠鈿休上面。

又夏が来て、以前には菱の花でいっぱいになっていた。でも翡翠も、花鈿も拾い集め、納めてしまって、お顔に飾るのはもうやめにした。

○翠鈿 翡翠石と金細工を花鈿として額に付ける。

溫庭筠『菩薩蠻 九』

牡丹花謝聲歇,綠楊滿院中庭月。
相憶夢難成,背窗燈半明。
翠鈿金壓臉,寂寞香閨掩。
人遠淚闌幹,燕飛春又殘。

牡丹 花謝【お】ち 鶯聲歇【や】む,綠楊【りょくよう】院に滿ち 中庭の月。
相憶【そうおく】の夢 成し難く,窗を背に燈び明りを半ばにする。
翠鈿【すいてん】の金 臉【ほほ】に壓【くず】す,寂寞【せきばく】として香 閨に掩う。
人遠く淚 闌幹【らんかん】し,燕飛 春 又殘る。

 

金蟲玉鷰鏁香奩,恨猒猒。

玉虫の飾り、輝くツガイの燕、大切な飾りの化粧箱を閉じたまま、恨みはたまっていくばかり。

○鏁 錠・鏁・鎖〔動詞「鏈る」の連用形から〕 金属製の輪をつないだひも状のもの。 「懐中時計の-」 -につながれた猛獣」 物と物とを結び付けているもの。きずな。

○「香奩」は化粧道具を収める箱》漢詩で、女性の姿態や男女の恋愛感情などを写した艶麗な詩体。

○猒猒 安泰的な樣子をいう。荀子•儒效:「猒猒兮其能長久也。」とある。

 

雲鬟半墜懶重篸,淚侵山枕濕。

雲型の髪に上の方に丸型に高く固めた髪が半ば崩れて垂れていて、竹の簪も下にずれているのに物憂げにそのままにしている。涙が枕に浸みこんで濡れたままになっている。

○篸 竹の簪。

 

恨燈背帳夢方酣,鴈飛南。

閨の寝牀のとばりを背にした恨みの燈燭が夢を見ることと深酔いに向かわせる。もう秋のおわるのか、雁が南に向かう。
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