呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるが寒気に堪えられないほどのものではないのです。(一人で居るのが耐えられないのです)

 
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唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲 『楊柳枝』二十四首

 



 

作者名



初句



 

 

溫助教庭筠(温庭筠)

巻一

楊柳枝八首之一

館娃宮外鄴城西,

 

 

巻一

楊柳枝八首之二

宜春苑外最長條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之三

金縷毿毿碧瓦溝,

 

 

巻一

楊柳枝八首之四

御柳如絲映九重,

 

 

巻一

楊柳枝八首之五

織錦機邊鶯語頻,

 

 

巻一

楊柳枝八首之六

蘇小門前柳萬條,

 

 

巻一

楊柳枝八首之七

牆東御路傍,

 

 

巻一

楊柳枝八首之八

兩兩黃鸝色似金,

 

 

皇甫先輩松(皇甫松)

巻二

楊柳枝二首其一

春入行宮映翠微

 

 

巻二

楊柳枝二首其二

爛熳春歸水國時

 

 

牛給事嶠(牛嶠)

巻三

柳枝五首其一

解凍風來末上青,

 

 

巻三

柳枝五首其二

橋北橋南千萬條,

 

 

巻三

柳枝五首其三

狂雪隨風撲馬飛,

 

 

巻三

柳枝五首其四

王宮裡色偏深,

 

 

巻三

柳枝五首其五

裊翠籠煙拂暖波,

 

 

張舍人泌(張泌)

巻四

柳枝一首

膩粉瓊粧透碧紗,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

柳枝三首  其一

軟碧瑤煙似送人,

 

 

巻六

柳枝三首  其二

瑟瑟羅裙金縷腰,

 

 

巻六

柳枝三首 其三

鵲橋初就咽銀河,

 

 

顧太尉(顧

巻七

楊柳枝一首 顧夐

秋夜香閨思寂寥,

 

 

孫少監光憲(孫光憲)

巻八

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾

 

 

巻八

楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,

 

 

巻八

楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,

 

 

巻八

楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,

 

 

 

 

 

 

 


楊柳枝四首其一

(蘇州の花街の女妓が船で旅立った人が帰ってこないのを待ち侘びて舟が入って来るたびにそれを見守ると詠う)

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるが寒気に堪えられないほどのものではないのです。(一人で居るのが耐えられないのです)

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

また一人で居るけれど夕闇が迫るころになれば、あの人のことが気になって水陸駅に舟の入って来るのを臨むのです。女と同じ暇を持て余す人たちが大勢、紅い欄干に倚りかかって眺めているのです。

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。


楊柳枝四首其二

有池有榭即濛濛,浸潤飜成長養功。

恰似有人長點檢,着行排立向春風。


楊柳枝四首其三

根柢雖然傍濁河,無妨終日近笙歌。

驂驂金帶誰堪比,還共黃鶯不校多。


楊柳枝四首其四

萬株枯槁怨亡隋,似弔臺各自垂。

好是淮陰明月裏,酒樓橫笛不勝吹。

 


DCF00199
 



『楊柳枝四首』 現代語訳と訳註

(本文)

楊柳枝四首其一

閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。


(下し文)

(楊柳枝 四首其の一)

閶門 風暖く 花を落し乾く,飛遍 江城 雪寒からず。

獨り有る 晚來りて 水驛に臨み,人閑にして多く赤欄干に凭れる。


(現代語訳)

(蘇州の花街の女妓が船で旅立った人が帰ってこないのを待ち侘びて舟が入って来るたびにそれを見守ると詠う)

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるが寒気に堪えられないほどのものではないのです。(一人で居るのが耐えられないのです)

また一人で居るけれど夕闇が迫るころになれば、あの人のことが気になって水陸駅に舟の入って来るのを臨むのです。女と同じ暇を持て余す人たちが大勢、紅い欄干に倚りかかって眺めているのです。


(訳注)

楊柳枝四首其一

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』には二十四百所収(同調異名の「柳枝」九首を含む)。孫光憲の作は四首収められている。溫庭筠と同じ単調二十八字、四句三平韻で、⑦⑦7⑦の詞形をとる。

(蘇州の花街の女妓が船で旅立った人が帰ってこないのを待ち侘びて舟が入って来るたびにそれを見守ると詠う)



閶門風暖落花乾,飛遍江城雪不寒。

呉城の西北門の「閶闔門」から見れば春も終わりの風が暖かく花を落下させやがて乾燥させる。やがて、風が北から偏って吹きはじめると大江のほとりに立つ城郭に雪が降ることるが寒気に堪えられないほどのものではないのです。(一人で居るのが耐えられないのです)

○閶門 閶闔門、天の門、通常は宮城の門をさすが、ここでは蘇州城(呉城)の西北門で、「閶闔門」(しょうこうもん)が正式の名。この門は運河を舟で来た人が蘇州に入る場合の正門で、城楼から城内を見わたすと、眼下に蘇州一の賑やかな街並みが見下ろせる。門外は渡津になっており、運河を航行してきた舟がひしめき合って停泊する。呉の都の門陳後宮 李商隠:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 53」「茂苑城如畫、閶門瓦欲流。」詩参照。。

河内詩二首其二(湖中) 其二

閶門日下呉歌遠、陂路淥菱香満満。

後渓暗起鯉魚風、船旗閃断芙蓉幹。』

傾身奉君畏身軽、雙橈兩漿樽酒清。

莫因風雨罷團扇、此曲断腸唯北聲。

低樓小徑城南道、猶自金鞍封芳草。』

閶門 日下り 呉歌遠し、陂路の縁菱 香り満満。

後渓暗に起つ 鯉魚の風、船旗閃断す 芙蓉の幹。』

身を傾けて君に奉ずるも 身の軽き を 畏る、雙橈 両漿 樽酒清し。

風雨にて団扇を罷くることに因る莫かれ、此の曲 断腸するは 唯 北声。』

低楼 小径 城南の道、猶に自(より) 金鞍 芳草に対す。


獨有晚來臨水驛,閑人多凭赤欄干。

また一人で居るけれど夕闇が迫るころになれば、あの人のことが気になって水陸駅に舟の入って来るのを臨むのです。女と同じ暇を持て余す人たちが大勢、紅い欄干に倚りかかって眺めているのです。

○水驛 長安を中心とした各地方につながる道路、水路が整備されていった。道路には、30里(約17km)ごとに駅站(駅館、公営の宿)が置かれ、公文書を運ぶ政府の使者や地方へ赴任し、帰ってくる官僚が利用した。駅站の近くには、往々において民間の宿が存在した。宿の名称の最後には、『駅』、『館』、『店』とつくことが多かった。唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

○凭れる【もたれる/靠れる】1 人や物に自分のからだの重みをあずける。寄りかかる。「柱に―・れる」「籐椅子に―・れる」2 食べた物が消化されないで胃に残り重苦しく感じられる。美女画55101道観