皇甫松《天仙子二首其一》晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

 
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4-414《天仙子二首其一》皇甫松唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-597-4-(414)  二巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4532

 

 

花間集巻二 皇甫松《天仙子二首》

 

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

 

 

花間集巻三 韋莊《天仙子五首》

 

天仙子五首其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

天仙子五首其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

天仙子五首其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

天仙子五首其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

天仙子五首其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

 

 

 

花間集 巻六 和凝 《天仙子二首》

 

天仙子二首其一

柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。

桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

 

天仙子二首其二

洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。

阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。

流水桃花空斷續。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

巻二

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

巻二

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

巻三

天仙子 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

巻三

天仙子 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

巻三

天仙子 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

巻三

天仙子 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

巻三

天仙子 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

巻六

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

 

 

 

 

 

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥【ろし】 一隻飛び,水花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

(天仙子二首其の二)

躑躅 花開き 水を紅に照す,鷓鴣 青山の觜に飛遶す。

行人 て 始めて歸り來り,千萬里,錯相倚,懊惱 天仙 應に以ってす有り。

 

 

『天仙子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

(下し文)

(天仙子二首其の一)

晴れた野 鷺鷥 一隻飛び,水の花發っして秋江 碧なり。

劉郎 此日 天仙に別れ,綺席に登り,淚 珠と滴る,十二晚峯 高く歷歷たり。

 

(現代語訳)

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

 

 

(訳注)

天仙子二首

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花問集』 には九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼❼❸の詞形をとる。

「天仙子」であるから、①宮女、②道観に併設された館。祠の巫女、について詠ったもの。

天仙子二首其一

(白鷺は番いでいるもの、大毛蓼は女の思い、未練を残して旅立つ男と巫山の巫女を詠う。)

【解説】 仙女のごとき道教の寺の尼と男の別れを詠う。当時、道教や仏教の尼寺は男に春をささげぐ所と化していた。末句の十二峯は巫山の著名な十二の峯のことで、宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

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 【女尼、女冠、女巫】

 唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる550の道観、2,122の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』の「傅奕伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の 「百官志」には「天下の女冠は9,888人、女尼は50,576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は二26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には二十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、御らく数倍にはなるのではないだろうか。国としても無視できない階層を形成していたのである。

この数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬪・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。娼屋のOGなどの駆け込み寺観が存在していたのである。

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる原野にはぐれ白鷺が一羽飛んでいる、水際に咲く大毛蓼のマゼンダ色の花は、秋の川水にそらの青々とした中に恋い慕う思いをあらわすようにその色を発している。

〇鷺鷺 白鷺。

 水辺に生える蓼の仲間のオオケタデ。【思いやり・汚れない心】水/水草名。一年生草本。全株有毛。叶子卵形,花色或白色,可观赏,花果可入

 

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

別れ去る愛しい劉郎はこの日、祠の仙女と別れたのである。送別の宴が催され、その席に着いてみたら、珠の涙は、はらはらと滴る。いつも二人で見た巫山十二の峰はいま、夕空に一峰ごとにくっきりと聳えている。

〇劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

顧夐『甘州子五首其三』「曾如劉阮訪仙蹤,深洞客,此時逢。綺筵散後繡衾同,款曲見韶容。山枕上,長是怯晨鐘。」13-12《甘州子五首其三》顧太尉(顧夐【こけい】)55首 Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-465-13-(12) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3872

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

・阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉郎は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。和凝『天仙子二首』其二「洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。流水桃花空斷續。天仙子二首 其二  和學士凝(和凝【わぎょう】)二十首ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」情けの強い男を「潘郎」といい、劉郞、阮郎、檀郎、安仁など色町の女が男をそう呼んだ。

〇天仙 天台山の仙女。ここでは道教の寺の尼を指す。

○登綺席 素晴らしい酒席に着く。ここでは別離の宴の席に着くこと。

〇十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の蜂々。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、軍鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松哲、仙人を指す。

毛文錫『巫山一段雲一首』「雨霽巫山上,雲輕映碧天。遠峯吹散又相連,十二晚峯前。暗濕啼猿樹,高籠過客舡。朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。」

〇歷歷 一つ一つがはっきりとしている、きまり


 

皇甫湜(こうほしょく、777835)に和し、其の韻を用う」はこの年の冬の作である。皇甫湜、字は持正・睦州新安の人で、806年元和元年進士試験を通過し、陸渾県の尉となり、元和三年、さらに上級の賢良方正能直言極諌科に及第し、すこぶる意気があがっていた。韓愈にとっては11歳年下の友人でもあり弟子でもあったひとである。皇甫湜は、その任地でおこった大きな山火事を「陸渾山火」という長詩に仕立てて、韓愈におくった。皇甫湜は散文にはひいでた才能をもっているくせに、詩となるとてんで見ばえがしない。

 

皇甫湜777—835年),字持正,睦州新安(今浙江淳安)人。唐代文學家。是引發牛李黨爭的人物之一。 元和進士,官至工部郎中。裴度辟為判官。皇甫湜出韓愈門下,從韓愈學古文,思想傾向與韓愈相近,為文亦言聖道,但其闢佛不若韓愈積極。

 

 

陸渾山火和皇甫湜用其韻(湜時為陸渾尉) 韓退之(韓愈)詩<93-#0>Ⅱ中唐詩493 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1558

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