その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

 
 2014年7月23日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
37-#2 《古風五十九首之三十七》Index-26Ⅳ-1 747年天寶六年47歳466古風,五十九首之三十七燕臣昔慟哭, <37-#2> Ⅰ李白詩1199 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4543 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
417ー#2 《和李相公攝事南郊覽物興懷呈一二知舊》韓愈(韓退之)ID Index-12-504 Ⅱ823年長慶三年<1112>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4544韓愈詩-417ー#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ《立秋雨院中有作》 杜甫index-14 764年 杜甫<778-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4545 杜甫詩1500-778-#1-1080/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417) 四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

4-417《浪濤沙二首其二》皇甫松唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-600-4-(417)  四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4547

 

 

浪淘沙二首其一

灘頭細草接疎林,浪惡罾舡半欲沉。

宿鷺眠鷗飛舊浦,去年沙觜是江心。

(波が砂を洗う水際の近くの娼妓が去年遭い、別れた人を思って長江の景色を詠う)

緩やかな流れから、早瀬が始まる河辺りには葉のか細い草がはえ、疎らな雑木林に続いている。風が強く波が立って、四隅を竹ざおで張った沙網を仕掛ける船が半ば沈みかけようとしている。

水際には白鷺が棲みついているし、かもめは砂地で眠っている、何かの拍子に昔の入り江の港の方に飛んでいく。もう去年のことになるのは、その砂浜で觜宿の星を見て別れてしまったけれど、これが大江の別れの心というものか、二度と逢うことはないのだろう。

(浪淘沙 二首其の一)

灘の頭 細草 疎林に接し,浪惡く 罾舡 半ば沉まんと欲す。

宿鷺 眠鷗 舊浦に飛び,去年 沙觜 是れ江の心なり。

 

 

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。

水鳥ケリ001
 

 

『浪淘沙二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

浪淘沙二首其二

蠻歌豆北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

 

蠻歌豆北人愁,松雨蒲風野艇秋。

浪起眠不得,寒沙細細入江流。

 

(下し文)

(浪淘沙 二首其の二)

蠻歌 豆 北人の愁,蒲雨 杉風 野艇の秋。

浪起き 鵁鶄 眠りは得られず,寒沙 細細にして 江に入りて流る。 

 

(現代語訳)

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

 

(訳注)

浪淘沙二首其二

(歌妓の一生を鵁鶄に比喩して詠う。)

花間集には浪淘沙は皇甫松の二首が所収されている。雑曲歌辞、七言絶句形式、二十八字四句三平韻⑦⑦7⑦の詞形をとる。

皇甫松(生卒年不詳・父皇甫湜が約777~約830とされているので約800~約850と考える。親子とも、隠遁者の為形跡を遺していない)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。韓愈門下、工部侍郎、皇甫湜の子、宰相牛僧孺の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『人隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。花間集では「皇甫先輩松」とある。唐代では、進士を先輩と呼ぶので、進士で、出仕しないで終わったのだろう。『花問集』 には十二首の詞が収められている。

《雑曲歌辞》 

浪淘沙 雑曲歌辞であるところの浪淘沙【ろうとうさ】。波が砂をよなげる。この作は、黄河や長江の流れを詠じている。『楚辭』の九歌に擬しているといわれる。

雑曲歌辞:楽府詩の一つ。内容は雑然としており、志を描写するものや感情を発露するものであり、宴遊や歓楽、うらみや別離の情、行役や征戍の苦労を詠ったものがある。・浪淘沙:なみが砂を洗う。詞牌・『浪淘沙』となる。 ・淘:よなげる。米を水に入れて、ゆりとぐ。物を水に入れて、揺らし動かして洗う。

ゆりかもめ002
 

蠻歌 豆 北人愁,蒲雨杉風野艇秋。

その頃は、珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていて、愛してもらうことが、豆などの常緑樹とおなじで枯れることもないとおもっていたが、北の国から来た人であり、少し心配をすることもあった。その間、雨が集中して降ったり、杉林を抜ける風が清々しく、いろんな時を過ごし、秋には、野原や沼地に採蓮、菱摘みに舟遊びを楽しんだのだ。

蠻歌 珍しい江南か南国のうたがうたわれる宴席を開いていることをさす。

 ニクズク属は、ニクズク科の1属。学名Myristica。ミリスティカ属とも。属名はギリシャ語で香油を意味するミュリスティコス から。 熱帯性の常緑高木。東南アジア、オーストラリアに自生。 種子から、スパイスのナツメグ とメース 、生薬の肉荳蔲が作られる。

蒲雨 集中豪雨。スコール。

野艇 採蓮や、菱摘みを見る遊び。

 

浪起鵁鶄眠不得,寒沙細細入江流。

そこに波が起こり、鵁鶄は安眠することが出来なくて、そのまま寒気の砂浜に残され、心寂しくかろうじて生き延びて、そして何時とはなく長江の流れの中に入り流れ去ってゆくのである。ここの女は、年を取るとみんな同じように何処かへいなくなっていくのが通常のことなのだ。

鵁鶄 ごいさぎ.(1)、一名{-+}。鳬に似て脚高く毛冠あり(2)。高木に巣くい、子を穴中に生む。子其の母の翅を銜へ飛びて上下す(3)。淮賦の所謂、「鸕{+}は雛を八九に吐く、鵁鶄は翼を銜へ低昂する」者なり。

細細 1 非常に細いさま。また、細く弱々しいさま。「―とした声」2 かろうじて続いているさま。また、やっとのことで維持するさま。
haqro04