林立する道教の道観には、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していたが、ここでも若い時の華やかさで、アイドルとなるも、数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。)花冷えの朝露に日が射し、昼には陽炎が草むらに立つ、ひっそりとしてさびしさがひろがる、天女が遊ぶ三山が浮かび、そこには五色の雲がかかる。もう盛春になってきた。

 
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8-418《女冠子一首》張泌唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-601-8-(418)  四巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4552

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『女冠子』十九首

 

 

溫助教庭筠

巻一

女冠子二首其一

含嬌含笑

 

 

 

巻一

女冠子二首其二

霞帔雲髮,

 

 

韋相莊

巻三

女冠子二首其一

四月十七,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

昨夜夜半,

 

 

薛侍郎昭蘊

巻三

女冠子二首其一

求仙去也,

 

 

 

巻三

女冠子二首其二

雲羅霧縠,

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

女冠子四首 其一

綠雲高髻,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其二

錦江煙水,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其三

星冠霞帔,

 

 

 

巻四

女冠子四首 其四

雙飛雙舞,

 

 

張舍人泌

巻四

女冠子一首

露花煙草,

 

 

孫少監光憲

巻八

女冠子二首其一

蕙風芝露,

 

 

 

巻八

女冠子二首其二

澹花瘦玉,

 

 

鹿太保虔扆

巻九

女冠子二首其一

鳳樓琪樹,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

步虛壇上,

 

 

毛秘書熙震

巻九

女冠子二首其一

碧桃紅杏,

 

 

 

巻九

女冠子二首其二

脩蛾慢臉,

 

 

李秀才珣

巻十

女冠子二首其一

星高月午,

 

 

 

巻十

女冠子二首其二

春山夜靜,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女冠子

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。

貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。

何事劉郎去,信沉沉。

林立する道教の道観には、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していたが、ここでも若い時の華やかさで、アイドルとなるも、数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

花冷えの朝露に日が射し、昼には陽炎が草むらに立つ、ひっそりとしてさびしさがひろがる、天女が遊ぶ三山が浮かび、そこには五色の雲がかかる。もう盛春になってきた。

その女の盛りも過ぎて姿かたちも衰えて、珠のように輝くのも影を潜め、魅力が消えて行く。閨には、あの人を待つのにお香の香りを残し、それでもなお化粧を直してえりを整える。

祠のまわりの竹林は疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで息絶えた女たちの墳墓に植えられた松の木は次第に多く密集してくるが、災いをなくすためお供えを置く祭壇のお供えはしだいに少なくなっていく。

あれだけここで過ごしていた劉郎も去って行ってしまったし、人を思う真実の心は水の底へ沈んで行ってしまったという。

 

(女冠子)

露花 煙草,寂寞として五雲 三島に,正に春深し。

貌減じ潛めて玉を銷し,香殘して尚お襟を惹く。

竹疎らにして虛檻 靜し,松密にして醮壇 陰す。

何ぞ事あって劉郎去り,信に沉沉たり。

女性詩人0053
 

 

女冠子』 現代語訳と訳註

(本文)

女冠子

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。

貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。

何事劉郎去,信沉沉。

 

(下し文)

(女冠子)

露花 煙草,寂寞として五雲 三島に,正に春深し。

貌減じ潛めて玉を銷し,香殘して尚お襟を惹く。

竹疎らにして虛檻 靜し,松密にして醮壇 陰す。

何ぞ事あって劉郎去り,信に沉沉たり。

 

(現代語訳)

林立する道教の道観には、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していたが、ここでも若い時の華やかさで、アイドルとなるも、数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

花冷えの朝露に日が射し、昼には陽炎が草むらに立つ、ひっそりとしてさびしさがひろがる、天女が遊ぶ三山が浮かび、そこには五色の雲がかかる。もう盛春になってきた。

その女の盛りも過ぎて姿かたちも衰えて、珠のように輝くのも影を潜め、魅力が消えて行く。閨には、あの人を待つのにお香の香りを残し、それでもなお化粧を直してえりを整える。

祠のまわりの竹林は疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで息絶えた女たちの墳墓に植えられた松の木は次第に多く密集してくるが、災いをなくすためお供えを置く祭壇のお供えはしだいに少なくなっていく。

あれだけここで過ごしていた劉郎も去って行ってしまったし、人を思う真実の心は水の底へ沈んで行ってしまったという。

 

 (訳注)

女冠子一首

唐の教坊の曲名。女冠は女黄冠、女道士、道姑。唐代において女道士は皆、黄冠を戴いた。『花間集』 には牛嶠の作が四首収められている。双調四十一字、前段二十二字五句二灰韻二平韻、後段十八宇四句二平韻で、❹❻③5/55の詞形をとる。

女冠

宗教や迷信に携わる専業の女性である。彼女たちは唐代の女性の中ではきわめで特殊な階層であった。彼女たちは基本的には生産に携わらない寄生的階層であり、同時にまたいささか独立性と開放性をもった階層であった。

唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬢・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。

出家の動機は、次のようないくつかの情況に分けることができる。

 家族あるいは自分が仏教、道教を篤く信じて出家した人々である。

    病気のため仏にすがり、治癒した後に仏稗と名を改め、自ら剃髪して尼となることを願った。長安にあった成宜観の女道士は、大多数が士大夫の家の出身であった。しかし、こうした人は少数であり、

    圧倒的多数はやはり各種の境遇に迫られ、あるいは世の辛酸をなめ尽して浮世に見切りをつけ、寺院や通観に入って落ち着き先を求めた人々であった。その中には、夫の死後再婚を求めず入信して余生を送ろうとした寡婦もいる。

   家族が罪にふれて生きる道がなく、寺院や通観にたよらざるをえなかった者もいる。

    妓女、姫妾が寺院や通観を最後の拠り所にすることもあった。有名な女道士魚玄機はもともとある家の侍妾であったが、正妻が容認しなかったので道観に入った(『太平広記』巻二二〇)。妓女は年をとり容色が衰えると出家するのが一般的だった。

  貧民の家の大量の少女たちがいる。彼女たちはただ家が貧しく親に養う力がないという理由だけで、衣食に迫られて寺院や道観に食を求めざるを得なかった人々である。

美女画55101道観
 

女冠子

林立する道教の道観には、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していたが、ここでも若い時の華やかさで、アイドルとなるも、数万にも及ぶ女道士も人知れずなくなっていくと詠う。

 

露花煙草,寂寞五雲三島,正春深。

花冷えの朝露に日が射し、昼には陽炎が草むらに立つ、ひっそりとしてさびしさがひろがる、天女が遊ぶ三山が浮かび、そこには五色の雲がかかる。もう盛春になってきた。

寂寞【せきばく】1 ひっそりとして寂しいさま。2 心が満たされずにもの寂しいさま。

五雲【ごうん】1 仙人や天女が遊ぶ所にかかるという五色の雲。2 「五雲の車」の略。ごうんのくるま【五雲の車】もと、中国で、5色の雲を描いた車。貴人の乗用とした。また、天子の車。

三島 神仙の住む蓬莱・瀛州・方丈になぞらえられた3島(三神島)。 黄河が渤海へと注ぐ岸に立ち、遥か東の海上をのぞむと、忽然と浮かび上がる島影。ここは、道教寺観の道妓:女冠子の居る環境をいう。

 

貌減潛銷玉,香殘尚惹襟。

その女の盛りも過ぎて姿かたちも衰えて、珠のように輝くのも影を潜め、魅力が消えて行く。閨には、あの人を待つのにお香の香りを残し、それでもなお化粧を直してえりを整える。

 1 金属をとかす。とける。「銷金」2 消える。消す。

 (1) (よくない事を)引き起こす。(2) 感情を害する,気に障ることを言う。(3) 注意を引く,ある反応を引き起こす

 

竹疎虛檻靜,松密醮壇陰。

祠のまわりの竹林は疎らであり、祠に続く渡り廊下の欄干もひっそりと静まり返っている。ここで息絶えた女たちの墳墓に植えられた松の木は次第に多く密集してくるが、災いをなくすためお供えを置く祭壇のお供えはしだいに少なくなっていく。

○醮の用語解説 - 中国における道教の祭祀の一つ。《隋書》経籍志の道経序録によれば,醮とは災厄を消除する方法の一つで,夜中,星空の下で酒や乾肉などの供物を並べ,天皇太一や五星列宿を祭り,文書を上奏する儀礼をいう。

 

何事劉郎去,信沉沉。

あれだけここで過ごしていた劉郎も去って行ってしまったし、人を思う真実の心は水の底へ沈んで行ってしまったという。

○劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 劉禹錫『再遊玄都觀』「百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。」

天仙子二首 其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

天仙子二首其一 皇甫松 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-375-6-#67  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3422

○沉沉  (1) ずっしり重い,重量のある.(2) うち沈んだ,重苦しい.
miyajima594