(年を重ねたおんなには杜秋娘のように誰も振り向いてくれないのか、回文錦字詩を作っても渡す人もいないのかと詠う。)春になって大堤に若草や柳の緑が色付き河畔に小波が寄せてくる、やがて花は落ちて高楼の庭にも空しい寂しさに覆われてきた。

 
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7-422《玉樓春一首》牛嶠唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-605-7-(422)  五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4572

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『滿宮花』三首

 

 

作者



初句7字

 

 

牛嶠(牛給事嶠)

巻四

玉樓春一首

春入橫塘搖淺浪,

 

 

顧太尉

巻七

玉樓春首其一

月照玉樓春漏促,

 

 

巻七

玉樓春四首其二

柳映玉樓春日晚,

 

 

巻七

玉樓春四首其三

月皎露華影細

 

 

巻七

玉樓四首其四

拂水雙飛來去鷰,

 

 

魏太尉承班

巻九

玉樓春二首其一

寂寂畫堂梁上鷰,

 

 

巻九

玉樓春二首其二

輕斂翠蛾呈皓齒,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牛嶠《玉樓春》

(年を重ねたおんなには杜秋娘のように誰も振り向いてくれないのか、回文錦字詩を作っても渡す人もいないのかと詠う。)

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。

春になって大堤に若草や柳の緑が色付き河畔に小波が寄せてくる、やがて花は落ちて高楼の庭にも空しい寂しさに覆われてきた。

此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

この寂寞とした思いは誰がしたのか、それはあの浮気男に決まっている。あの男のくれた翡翠の飾りを怨み、紅白粉をしても愁うだけ、枕にはどれだけの涙を流したことか。

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。

ここにいるほかの女が窓の前で、仲睦まじく「鷰語」で語っているのに怒りを覚える。それでも頬紅をつたって堕ちる涙は床を穿つほどで、歳を重ねた女は「金縷曲」の杜秋娘のように憐れに暮らせというのか。

鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

書簡をつたえる雁が帰ってきたはずなのに、音沙汰がないだけでなく、あの男が帰ってきたというのに、顔を見せないばかりか、報せもないのだ。自分の思いを手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した「回文錦字詩」の故事のように織りなしたが、それも何もかもやめて仕舞おう。

《玉樓春》

春入り 塘に橫たうて 淺浪を搖らし,花落ち 小園 空しく惆悵す。

此の情 誰をか信じん 狂夫と為すを,翠を恨み 紅を愁い 枕上に流す。

小玉 前 鷰語に嗔り,紅淚は 滴穿し 金線の縷。

鴈歸るも 郎歸るを報らせるを 見ず,織成の錦字 過ぎるとともに封ず。

 

 

顧夐《玉樓春 四首》

玉樓春 四首 其一

月照玉樓春漏促,颯颯風搖庭砌竹。

夢驚鴛被覺來時,何處管絃聲斷續。

惆悵少年游冶去,枕上兩蛾攢細綠。

曉鶯簾外語花枝,背帳猶殘紅燭。

(玉樓春四首 其の一)

月 玉樓を照し 春 漏促し,颯颯として風 庭の砌の竹を搖す。

夢 鴛被に驚き 覺めて來たる時こそ,何處なるか 管絃 聲 斷續するを。

惆悵するは 少年 游冶に去るなり,枕上 兩蛾 細綠を攢【ひそ】む。

曉鶯 簾外に 花枝に語り,帳を背にして 猶お 紅の燭を殘す。

 

玉樓春四首 其二

柳映玉樓春日晚,雨細風輕煙草軟。

畫堂鸚鵡語雕籠,金粉小屏猶半掩。

香滅繡幃人寂寂,倚檻無言愁思遠。

恨郎何處縱疎狂,長使含啼眉不展。

(玉樓春四首其の二)

柳 玉樓を映し 春の日の晚,雨 細く 風 輕く 煙草 軟かなり。

畫堂 鸚鵡 雕籠に語り,金粉 小屏 猶お半ば掩う。

香 滅し 繡幃 人 寂寂たり,檻に倚り 言無く 愁思 遠くなる。

郎も恨み 何處にか 疎しく狂するを縱【ほいままに】し,長く含啼【がんてい】せしめて 眉 展びず。

 

玉樓春四首 其三

月皎露華影細,風送菊香粘繡袂。

博山爐冷水沉微,惆悵金閨終日閉。

懶展羅衾垂玉淚,羞對菱花篸寶髻。

良宵好事枉教休,無計那他狂耍壻。

(其の三)

月皎 露華 影細く,風 菊香を粘繡の袂に送る。

博山 爐冷え 水に微かに沉み,惆悵して 金の閨 終日閉【とざ】。す

羅衾 懶展し 玉淚 垂れるを,菱花に羞對す 篸寶の髻を。

良宵 好事 枉げて休ま教【し】め,計ること無し 那んぞ 壻を耍【からか】うを他狂せんや

 

玉樓春四首 其四

拂水雙飛來去鷰,曲檻小屏山六扇。

春愁凝思結眉心,綠綺懶調紅錦薦。

話別情多聲欲戰,玉筋痕留紅粉面。

鎮長獨立到黃昏,卻怕良宵頻夢見。

(玉樓春四首其の四)

水を拂い雙飛し來りて鷰去り,曲檻 小屏 山 六扇あり。

春愁 思うに凝【わだかま】り 眉心を結び,綠綺 紅錦 薦するを懶調【らんちょう】す。

別るを話し 情多くして 聲 戰わんと欲し,玉筋 紅粉の面に痕留す。

鎮のごとく長く 獨り黃昏に到るを立つれば,卻て 良宵 頻りに夢見むことを怕る。

 

 

魏承班 《玉樓春二首》

 

玉樓春二首 其一

寂寂畫堂梁上鷰,高卷翠簾橫數扇。

一庭春色惱人來,滿地落花紅幾片。

愁倚錦屏低雪面,淚滴繡羅金縷線。

好天涼月盡傷心,為是玉郎長不見。

 

玉樓春二首 其二

輕斂翠蛾呈皓齒,鶯囀一枝花影裏。

聲聲清迥遏行雲,寂寂畫梁塵暗起。

玉斝滿斟情未已,促坐王孫公子醉。

春風筵上貫珠勻,豔色韶顏嬌旖旎。

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牛嶠『玉樓春』 現代語訳と訳註

(本文)

《玉樓春》

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。

此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。

鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

 

(下し文)

《玉樓春》

春入り 塘に橫たうて 淺浪を搖らし,花落ち 小園 空しく惆悵す。

此の情 誰をか信じん 狂夫と為すを,翠を恨み 紅を愁い 枕上に流す。

小玉 前 鷰語に嗔り,紅淚は 滴穿し 金線の縷。

鴈歸るも 郎歸るを報らせるを 見ず,織成の錦字 過ぎるとともに封ず。

 

(現代語訳)

(年を重ねたおんなには杜秋娘のように誰も振り向いてくれないのか、回文錦字詩を作っても渡す人もいないのかと詠う。)

春になって大堤に若草や柳の緑が色付き河畔に小波が寄せてくる、やがて花は落ちて高楼の庭にも空しい寂しさに覆われてきた。

この寂寞とした思いは誰がしたのか、それはあの浮気男に決まっている。あの男のくれた翡翠の飾りを怨み、紅白粉をしても愁うだけ、枕にはどれだけの涙を流したことか。

ここにいるほかの女が窓の前で、仲睦まじく「鷰語」で語っているのに怒りを覚える。それでも頬紅をつたって堕ちる涙は床を穿つほどで、歳を重ねた女は「金縷曲」の杜秋娘のように憐れに暮らせというのか。

書簡をつたえる雁が帰ってきたはずなのに、音沙汰がないだけでなく、あの男が帰ってきたというのに、顔を見せないばかりか、報せもないのだ。自分の思いを手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した「回文錦字詩」の故事のように織りなしたが、それも何もかもやめて仕舞おう。

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(訳注)

玉樓春一首

『花間集』には七首所収。顧夏の作は四首収められている。双調五十六字、前段二十八字四句三仄韻、後段二十八字四句二仄韻で、❼❼7❼/77❼の詞形をとる。

《玉樓春》

(年を重ねたおんなには杜秋娘のように誰も振り向いてくれないのか、回文錦字詩を作っても渡す人もいないのかと詠う。)

 

春入橫塘搖淺浪,花落小園空惆悵。

春になって大堤に若草や柳の緑が色付き河畔に小波が寄せてくる、やがて花は落ちて高楼の庭にも空しい寂しさに覆われてきた。

 

此情誰信為狂夫,恨翠愁紅流枕上。

この寂寞とした思いは誰がしたのか、それはあの浮気男に決まっている。あの男のくれた翡翠の飾りを怨み、紅白粉をしても愁うだけ、枕にはどれだけの涙を流したことか。

 

小玉前嗔鷰語,紅淚滴穿金線縷。

ここにいるほかの女が窓の前で、仲睦まじく「鷰語」で語っているのに怒りを覚える。それでも頬紅をつたって堕ちる涙は床を穿つほどで、歳を重ねた女は「金縷曲」の杜秋娘のように憐れに暮らせというのか。

瞋【いかる】. 怒って目をかっと見はる。相手をにらみつける。【瞋恚】しんい. 自分の心に反するものを怒り恨むこと。仏教の三毒・十悪の一つ。怒り・憎しみ・怨みなどの憎悪の感情。怒り恨むこと。腹立ち。怒り。

楽府としている。の扱いであるが、絶句に近い。正格の絶句ではない。詳しくは「◎構成について」の平仄を参照。この作品は、詞の扱いで金縷曲、金縷衣というものの、詞牌の「金縷曲」「金縷衣」とは違う。

杜秋娘『金縷衣』「勧君莫惜金縷衣、勧君須惜少年時。花開堪折直須折、莫待無花空折枝。」

(君に勧む 惜しむ莫れ 金縷の衣、君に勧む 須らく惜しむべし 少年の時。花開いて折るに堪えなば 直ちに須らく折るべし、花無きを待って 空しく枝を折る 莫れ。)

杜秋娘については、杜牧に『杜秋娘の詩』という長い詩がある。宮人の杜秋は穆宗の時、皇子の保母であった。この皇子が讒言によって罪に落されたので、彼女も巻き添えになって故郷に追い返された。年を取って飢えと寒さがこもごも加わり、また孤独で頼るところがなかった。杜牧などの名士が気の毒に思い、有名な「杜秋娘の詩」を作って彼女の哀れな運命を悼んだ。

     

鴈歸不見報郎歸,織成錦字封過與。

書簡をつたえる雁が帰ってきたはずなのに、音沙汰がないだけでなく、あの男が帰ってきたというのに、顔を見せないばかりか、報せもないのだ。自分の思いを手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した「回文錦字詩」の故事のように織りなしたが、それも何もかもやめて仕舞おう。

 

「回文錦字詩」の故事

中国は、四方を外敵に狙われているとして、辺地に兵士を送っていた。北辺を守り、長年帰って来ない夫。故郷に残る妻は、その夫に対する情を一章の詩に作り、手ずから錦にその字句を織り込んで、一本を夫のもとに送り、一本を役人に献上した。この話は時の帝の耳に入り、夫は無事帰されたという。帝を感激させたこの故事は、織錦回文詩や回文錦時詩などと呼ばれて、後世の詩人たちにも詠まれるようになった。

  本書見返しには、紺色摺りで回文の図が刷られている。稀本と言える。江戸時代後期になると、子供向けに解説を施した『回文錦字詩抄』が出版される。
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