妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 
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19-491《南歌子二首其一》巻九 毛熙震唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-674-19-(491)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4917

 

 

溫庭筠『花間集』巻九《南歌子七首其一》

手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。

眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

●●○○●  ○○●●○

○●●○△  △△△●△ ●○○

単調二十三字、五句三平韻で、5⑤⑤5③の詞形をとる。

『南歌子七首』(一) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-30-5-#8 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1736

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『南歌子七首』 (七) 温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-36-5-#14 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1760

 

張泌『花間集』巻九《南歌子三首 其一》

柳色遮樓暗,桐花落砌香。

畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

●●○○●  ○○●●○

●○○●●△△  ○△●△○● ●○○

単調二十六字、五句三平韻で、5⑤⑦6③の詞形をとる。

南歌子三首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-354-7-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3317

南歌子 三首 其二 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-355-7-#17  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3322

南歌子 三首之三 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-356-7-#18  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3327

 

 

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

深院晚堂人靜,理銀箏。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

楊柳杏花時節,幾多情?

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其一

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

深院晚堂人靜,理銀箏。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

楊柳杏花時節,幾多情?

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

(現代語訳)

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

 

 

(訳注)

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。たとえば、玄宗の趙麗妃は歌妓の出身であった。そうした例もあるが、しかし妃賓でも出身、家柄はやはり大切であった。太宗の楊妃は隋の場帝の娘であったから、「地位と名望が高く、内外の人々が皆注目した」(『新唐書』太宗諸子伝)。玄宗の柳捷好は名門大族の娘であり、玄宗は「その名家を重んじて」(『新唐書』十一宗諸子伝)特別な礼遇を与えた。

 

美人が雲のごとく集まっている後宮において、家柄は一頭地を抜くために必要な第一の跳躍台であった。

 

古代、一貫して国の大小にかかわらず、後宮は国の威信をかけて運営された。国の予算の30%以上も浪費していた。その構図は、貴族社会、富貴社会の一個の家、家系、一族、すべて収入の3050%が、奥方の消費に当てられていたのであるから、消費生活の中で、一部の女性の権限は相当なものであった。また、中国は、収賄贈賄をうまく利用運用するものが富を得る社会制という見方もできる。

 

花間集の多くの詩は、白居易の詞詩の流れをくむもので、後宮の寵愛を失った多くの妃嬪たちを題材にしたものである。少なくとも数十人、多ければ数百人の妃嬪たちの中には短期間の寵愛のものが大半であり、ほとんどの妃嬪が寂しい生涯であったのである。この史実を理解して詞詩を読まないとただの艶詞になってしまう。この時代の女性が男に対して媚を売らなければ生きてゆけなかったというのは、貴族制と生産性、倫理観、であり、男社会がすべてであるかのような基盤の下には、女性がたくましく我慢し、族を実際に動かす制度ががっちりとしたものがあったのである。


双調五十六字十句、前段二十八字二平韻二仄韻、後段二十八字三平韻一仄韻、5⑤❼❻③/⑤⑤❼6③の詞形をとる。

遠山愁黛碧  橫波慢臉
膩香紅玉茜羅  深院晚堂人靜 理銀

鬢動行雲影 裙遮點屐

嬌羞愛問曲中 楊柳杏花時節  幾多

●○○●●  △○●△○

●○○●●○△  △△●○○● ●○○

●●△○● ○○●●○

△○●●●△○ ○●●○○●  △○○

 

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

 1 心がゆるんで締まりがない。「怠慢」2 速度や進行がだらだらと遅い。「慢性/緩慢」3 他をみくびっておごる。

 常侍の際に汗と脂が枕に染みついている様子をいう。

 

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

深院 奥庭。中庭。院とは、塀や建物で囲まれた中庭。中国の伝統的な御殿。

 一般にことと呼ばれ、「琴」の字を当てられるが、正しくは「箏」であり、「琴(きん)」は本来別の楽器である。最大の違いは、箏では柱(じ)と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節するのに対し、琴(きん)では柱が無いことである。

 

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

屐 。(1) 木靴木屐木靴,下駄.(2) 靴屐履はきもの.

 

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

 


 


 




      
 花間集 教坊曲『南歌子』十二首 
 作者初句7字 
 温庭筠巻一『南歌子七首』(一)手裡金鸚鵡 
 温庭筠巻一『南歌子七首』(二)似帶如絲柳 
 温庭筠巻一『南歌子七首』(三)窩墮低梳髻 
 温庭筠巻一『南歌子七首(四)臉上金霞細 
 温庭筠巻一『南歌子七首(五)撲蘂添黃子 
 温庭筠巻一『南歌子七首』(六)轉眄如波眼 
 温庭筠巻一『南歌子七首』(七) 懶拂鴛鴦枕 
 張泌巻四南歌子三首 其一柳色遮樓暗 
 張泌巻四南歌子 三首其二岸柳拖煙綠 
 張泌巻四南歌子 三首之三錦薦紅鸂鶒 
 毛熙震巻九南歌子二首其一遠山愁黛碧 
 毛熙震巻九南歌子二首其二惹恨還添恨