(改訂版)-1溫庭筠59《巻2-09 河傳三首其一》(大江のほとりの娼屋館の若いおんなが採蓮に向かう、ここに遊びに来た貴公子たちが声をかける、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-1溫庭筠59《巻2-09 河傳三首其一》溫庭筠66首巻二9-59〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5492

 

 

「男耕女織」、これは中国古代の標準的な農家の生活風景である。唐代の農民は官府に租税を納める外に、なお調として絹、綾、布、綿などを納めねばならず、これらの任務はみな女性たちが担わされていた。少数の豪紳地主の家の女性を除いて、大多数の農家の女性は、その生涯のすべてを養蚕や紡織の仕事に投じた。社会全体の「衣と食」という二つの大仕事は、彼女たちがその半分を担ったのであるが、それと同時に彼女たちは精美な織物を大量に作って古代文明に貢献したのである。

孟郊《織婦辞》「夫是田中郎,妾是田中女。當年嫁得君,爲君秉機杼。 筋力日已疲,不息窻下機。如何織紈素,自著藍縷衣。 官家牓村路,更索栽桑樹。」(夫は田中の郎、妾は田中の女。当年君に嫁し得て、君の為に機杼を秉る。筋力は日に巳に疲るるも、窓下の機を息めず。如何せん紈素を織るに、自らは襤褸の衣を著くるを)。

これが一般の農家の女性たちの労働と生活の状況であった。

春が来るとすぐに彼女たちは明ければ桑の葉を摘み、蚕を飼うことに暮れるまでするようになる。

来鵠《蚕婦》「曉夕采桑多苦辛,好花時節不閒身。」(暁夕桑を採んで苦辛多く、好花の時節も不閑身。)

張籍 《江村行》「桑林椹黑蠶再眠,婦姑采桑不向田。」(桑林植黒く蚕は再び眠り、婦姑は桑を採んで田に向かわず)。

彼女たちは天の神様に御加護を祈る、どうか繭がたくさん取れますようにと。

王建 蔟蚕辞「但だ青天を得て雨下らず、上に蒼蝿無く下に鼠無からんことを。新婦は蔟を拝して繭の稠がるを願い…。三日箔を開けば雪く団団、先ず新たな繭を将で県官に送る。已に聞く郷里にては織作を催すと、去きて誰人の身上に著けられん。」

蠶欲老,箔頭作繭絲皓皓。

場寬地高風日多,不向中庭蒿草。神蠶急作莫悠揚,年來爲爾祭神桑。

但得青天不下雨,上無蒼蠅下無鼠。新婦拜簇願繭稠,女灑桃漿男打鼓。

三日開箔雪團團,先將新繭送縣官。已聞里催織作,去與誰人身上著。

 

こうした労働と生活の風景は、南方の女性たちがあたかも牧歌的な田園生活を送っていたかのように思わせるが、実際は彼女たちの生活も詩人が描くような詩情に富むものでは決してなかった。彼女たちにも、北方の姉妹たちと同じょうに様々な苦痛と困難があった。ただ江南はわりに豊かであり、またこれまで戦乱も一貫して比較的少なかったので、彼女たちが受ける災難はやや少なかっただけのことである。それよりも重要なことは、詩人たちが江南の明るく美しい景色に陶酔して、女性の労働をロマンチックに飾り立てて詠んだので、彼女たちの苦労があまり反映されずに終ったことである。

 

採蓮について、梁の武帝が、南朝の民歌である「西曲」を改めて作った「江南弄」の七曲のうちの一つであり、その後梁の簡文帝、元帝、劉孝威、朱超、母君攻、呉均、陳の後引、階の盧思、、般英里、唐代では崔国輔、彦伯、李白、賀知章、王昌齢、戎呈、儲光義、墨壷、白居易、斉己が同題で詠じている他、王勃「採蓮帰」、閻朝隠「採蓮女」、李白「湖辺採蓮婦」、溫庭筠「張静婉採蓮曲」がいずれも『楽府詩集』の同じ巻に採録されている。

内容は、蓮の花や蓮採りの女性の美しさ、また男性に対する恋情を詠うものを特徴としている。若い女、素足、水にかかわる女たちは、好奇な目で詩人たちは捉えた。

「採蓮」は文字通り蓮を摘み採る。蓮の花を摘んだり、蓮の実を摘んだりする意味で用いられるが、張籍のこの詩では蓮の実を摘むこと。用例は古くからあり、梁の武帝が「採蓮曲」を作る際に基づいたとされる前漢の古楽府「江南」(『宋書』楽志三)に、「江南可採蓮、蓮葉何田田」(江南 蓮を採るべし、蓮葉 何ぞ田田たる)と見える。

杜甫には用例がない。張籍に詩中で使われる例がもう一例、「烏棲曲」に、「呉姫採蓮自唱曲、君王昨夜船中宿」(呉姫 蓮を採りて 自ら曲を唱い、君王 昨夜 船中に宿る)とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『河傳』十八首

 

 

溫助教庭筠

巻二

河傳三首其一

曉妝仙,仙景箇

 

 

巻二

河傳三首其二

雨蕭蕭,煙浦花

 

 

巻二

河傳三首其三

杏花稀,夢裡每

 

 

韋相莊

巻二

河傳三首 其一

何處,煙雨,隋堤

 

 

巻二

河傳三首 其二

春晚,風暖,錦城

 

 

巻二

河傳三首 其三

錦浦,春女,繡衣

 

 

張舍人泌

巻五

河傳 二首之一

渺莽雲水,惆悵暮

 

 

巻五

河傳 二首之二

紅杏,交枝相映,

 

 

顧太尉

巻七

河傳三首 其一

鷰颺,晴景。小

 

 

巻七

河傳三首 其二

曲檻,春晚。

 

 

巻七

河傳三首 其三

棹舉,舟去,波光

 

 

孫少監光憲

巻七

河傳四首(1

太平天子,等閑遊

 

 

巻七

河傳四首(2

柳拖金縷,着煙籠

 

 

巻七

河傳四首(3

花落,煙薄,謝家

 

 

巻七

河傳四首(4

風颭,波斂。

 

 

閻處士選

巻九

河傳一首

秋雨,秋雨,

 

 

李秀才珣

巻十

河傳二首其一

朝雲暮雨,依舊

 

 

巻十

河傳二首其二

落花深處,啼鳥

 

 

 

 

 

 

 

 

(旧版)

《河傳三首其一》

(大江のほとりの女の館に貴公子たちが遊びに来る、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

江畔,相喚。

大江の岸辺のあたりで、女たちにむけて大きな声で呼び合っている。

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

朝化粧をきれいにした女たちがいる、こちらには川辺の祠館の風景の中で、今しも、一人の女が蓮を摘み取っている。

請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。

あなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、あそこの岸辺のこと。貴公子がいるのだ。かれらはよい花の美人ばかりを新たに選んで行ってあの船をいっぱいにしようとしている。

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

採蓮の女は、紅い袖をたくし上げて素肌を見せている。そちらから吹いてくる風は暖かい。しろくかがやくうでを船縁から垂らして蓮を摘む。恋い焦がれた思いをいくら向けようとも、貴公子は柳の梢を断ち切るようにすぐわかれるだろう。

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

入り江の港から南に向かって帰っていくもの、同じように北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるように若さもやがてなくなるもので、歳をとっても捨てられないというのも稀な事なのだ。

(河傳三首 其の一)

江畔,相いに喚【よびあ】う。

曉妝の仙,仙景 箇女 蓮を採る。

君に請う 向う莫れ 那の岸邊,少年,花を好み 新たに舡滿つ。

紅袖 搖れ曳き 風暖を逐う,玉腕を垂れ,腸は向えど 柳絲斷つ。

浦南 歸りて,浦北 歸り,知る莫れ,晚來りて 人に稀れなり。

(旧版)

《河傳三首其二》

湖上,閑望。

湖のほとりの樓閣から、静かに湖面を眺めている。

雨蕭蕭,煙浦花橋路遙。

雨はしとしとと降り続いてる。雨靄のかかった入り江に、橋のほとりに花が雨に潤い鮮やかにさいている、その路はとおくはるかにかすんでいる。

謝娘翠蛾愁不消,終朝,夢魂迷晚潮。

嘗ては謝安に携えられた娘のようであったのに今は、みどりの蛾眉が消えかけても愁いは消えないでいるのです。宵の化粧もそのままについにあさになるのです、あの人は夜は夢のなか、昼は魂さえも雨靄に、夕ぐれになれば潮のあとを追って迷ってばかりなのでしょう。

蕩子天涯歸棹遠,春已晚,語空腸斷。

空のはてに行ったまま、わたしのことも忘れてしまっている放蕩癖のあの人が、舟にのって帰ってくることはないのでしょうか。この長雨で春はもう過ぎて行こうとしています。鶯の鳴き声を聞くたびにただむなしい下腹はいたくなるだけなのです。

若耶溪,溪水西。

若耶渓にも女が居ます、西施が足を洗って見初められた渓川の西の方に。

柳堤,不聞郎馬嘶

楊柳を折った柳の堤に、ここにはあの人が旅立つときに乗った馬のいなないたのに、今はなにもきこえないのです。

 湖の上り,閑かに望む。

雨 蕭蕭として,煙める浦に花橋の路遙なり。

娘 翠蛾を謝するは愁い消さず,終に朝なり,夢魂は晚の潮に迷う。

蕩子は天涯にあり棹して歸るは遠く,春 已に晚く,鶯語 空しく腸斷す。

若耶溪,溪水の西。

柳の堤,郎の馬嘶くも聞えず。
『河傳』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-49-2-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1812

(旧版)

河傳三首其三

(女の盛り、春の盛りにはいつも一緒に過ごしたのに、春も終わり、男は旅に出て帰って来ることはなかった、秋を迎えれば悲愁であり、心は傷つくばかりと詠う。)

同伴,相喚。

いつも一緒だったし、何時も声を掛け合った。

杏花稀,夢裡每愁依違。

春も暮れかかってきた杏花ちりおちて、疎らに残っているだけだ。もう夢だけでしか会えなくなったこの閨でも、依然とは違った生活で、愁えている毎日だ。

仙客一去鷰已飛,不歸,淚痕空滿衣。

ここに来る旅の人は燕は一たび去ると既に飛ぶのをやめる。そして、帰ることはない。別れて残されたものの頬には涙の痕が残っており、着物を中には空しさだけが残っている。

天際雲鳥引晴遠,春已晚,煙靄渡南苑。

空高く天の遠く雲のはし空が晴れているあたりに鳥が飛んでいく、春は既に終わろうとしている、春霞は広がり渡ってこの南苑に漂い渡る。

雪梅香,柳帶長,小娘,轉令人意傷。

柳永が「雪梅香」という歌曲で、宋玉が九辯であらわした「悲愁」を詠い、柳の並木は長く続いている、その先にはまだあどけない女が一人、でもそれからは人として生きていても毎日は心痛められる事ばかりなのだ。

 

(河傳三首其の三)

同伴し,相い喚ぶ。

杏花稀れにして,夢裡 每に依違を愁う。

仙客 一去って 鷰已に飛び,歸らず,淚痕 空しく衣滿つ。

天際 雲鳥 晴遠を引く,春已に晚れ,煙靄 南苑に渡る。

雪梅 香り,柳帶 長く,小娘,轉た人をして意傷きわ令む。

 

(改訂版)-1溫庭筠59《巻2-09 河傳三首其一》

河傳三首其一

(大江のほとりの娼屋館の若いおんなが採蓮に向かう、ここに遊びに来た貴公子たちが声をかける、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

江畔,相喚。

大江の淵の岸辺のあたりで、大きな声で呼んでいる。

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

朝化粧をきれいにした仙女たちがいる、いまにも霓裳羽衣の曲を舞おうかという光景のなかに、たった一人の女が蓮を摘み取っている。

請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。

清らかなあなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、そう、あそこの岸辺のことだ。遊侠の貴公子たちがたむろしているのだ。美しく佳い花の美人ばかりを新たに選んで、舟遊びの船をいっぱいにしようとしている。

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

女たちの紅い袖がそちらから吹いてくる暖かい風に揺れている、袖をたくし上げて輝くような白い素肌を見せ、船縁から垂らして蓮を摘む。貴公子に恋いの思いを向けても、柳の梢を断ち切るように翌朝にすぐわかれる。

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

船着き場から南に帰っていくもの、北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるまでに若者も、やがてだれもいなくなる。
(河傳三首 其の一)

江畔,相いに喚【よびあ】う。

曉妝の仙,仙景 箇女 蓮を採る。

君に請う 向う莫れ 那の岸邊,少年,花を好み 新たに舡滿つ。

紅袖 搖れ曳き 風暖を逐う,玉腕を垂れ,腸は向えど 柳絲斷つ。

浦南 歸りて,浦北 歸り,知る莫れ,晚來りて 人に稀れなり。


 

 

(改訂版)-1溫庭筠59《巻2-09 河傳三首其一》

『河傳三首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

河傳三首其一

江畔,相喚。

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

請君莫向那岸邊,少年,好花新滿舡。

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

 

(下し文)

河傳三首 其の一

江畔,相いに喚【よびあ】う。

曉妝の仙,仙景 箇女 蓮を採る。

君に請う 向う莫れ 那の岸邊,少年,花を好み 新たに舡滿つ。

紅袖 搖れ曳き 風暖を逐う,玉腕を垂れ,腸は向えど 柳絲斷つ。

浦南 歸りて,浦北 歸り,知る莫れ,晚來りて 人に稀れなり。

 

(現代語訳)

(大江のほとりの娼屋館の若いおんなが採蓮に向かう、ここに遊びに来た貴公子たちが声をかける、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

大江の淵の岸辺のあたりで、大きな声で呼んでいる。

朝化粧をきれいにした仙女たちがいる、いまにも霓裳羽衣の曲を舞おうかという光景のなかに、たった一人の女が蓮を摘み取っている。

清らかなあなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、そう、あそこの岸辺のことだ。遊侠の貴公子たちがたむろしているのだ。美しく佳い花の美人ばかりを新たに選んで、舟遊びの船をいっぱいにしようとしている。

女たちの紅い袖がそちらから吹いてくる暖かい風に揺れている、袖をたくし上げて輝くような白い素肌を見せ、船縁から垂らして蓮を摘む。貴公子に恋いの思いを向けても、柳の梢を断ち切るように翌朝にすぐわかれる。

船着き場から南に帰っていくもの、北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるまでに若者も、やがてだれもいなくなる。

(訳注) (改訂版)-1溫庭筠59《巻2-09 河傳三首其一》

河傳三首其一

(大江のほとりの娼屋館の若いおんなが採蓮に向かう、ここに遊びに来た貴公子たちが声をかける、遊んだあとはそれぞれ女を棄てて帰っていくと詠う)

河傳
・双調五十五字、前段七句同氏韻五平韻、後段七句三穴韻四平韻(詞譜十一)。『花間集』中、最も異形式の多い曲の一つ。『花間集』には十八首所収。温庭筠の作は三首収められている。双調五十五字、前段二十七字七句二仄韻五平韻、後段二十八字七句三仄韻四平韻で、❷❷③⑥⑦②⑤/❼❸❺③③②⑤の詞形をとる。

  
曉妝  仙景箇女採
請君莫向那岸  年 好花新滿舡【セン】

紅袖搖曳逐風 垂玉  腸向柳絲
浦南  浦北歸   晚來人已

  
  
  
 

   
  
   

 

江畔,相喚。

大江の淵の岸辺のあたりで、大きな声で呼んでいる。

李白《越女詞,五首之三【《越中書》所見也。】》

耶溪採蓮女,見客棹歌迴。

笑入荷花去,佯羞不出來。

(越女の詞,五首の三【《越中書》見る所なり。】)

耶渓 採蓮の女、客を見て 棹歌して迴る。

笑って荷花に入って去り、佯【いつわ】り羞【はじ】て 出で来らず。

李白《越女詞,五首之四》

東陽素足女,會稽素舸郎。

相看月未墮,白地斷肝腸。

(越女の詞,五首の四)

東陽 素足の女,会稽 素舸の郎。

相看て 月 末だ墜ちず,白地に 肝腸を断つ。

越女詞,五首之五

鏡湖水如月,耶溪女似雪。

新妝蕩新波,光景兩奇

 (越女の詞,五首の五)

鏡湖 水 如月のごとく,耶溪 女 雪のごとし。

新妝 新波に蕩ゆらめき,光景 兩つながら奇絶。

 

曉妝仙,仙景箇女採蓮。

朝化粧をきれいにした仙女たちがいる、いまにも霓裳羽衣の曲を舞おうかという光景のなかに、たった一人の女が蓮を摘み取っている。

曉妝 夜の化粧を落として化粧を直すこと。閨で過ごした夜化粧を落として、朝化粧をし直す。

『浣溪沙』 

淸曉妝成寒食天,柳球斜嫋間花鈿,捲簾直出畫堂前。 

指點牡丹初綻朶,日高猶自凭朱欄,含顰不語恨春殘。

(浣溪沙)

淸曉妝成す 寒食の天に,柳球斜めに 嫋【じょう】として  花鈿を 間す,

簾を捲き 直ちに出づ  畫堂の 前。

 點【さ】す牡丹の初めて綻【ほころ】べる朶【えだ】を,

 高くして 猶ほも自ら  朱欄に 凭【よ】り,

顰【ひん】を含むも 語らず  春殘を恨むを。

女採蓮 〔蓮子〕蓮の実。蓮の果実は食用になるため、この詩の女性たちもこれを採集しに来ているのである。

蓮はその場所によって名称が異なり、『爾雅』釈草に、「荷、英渠、其茎茄、二葉蓬、其本密、其華函萏、其実蓮、其上藕、其中的、的中薏」(「荷、芙渠、其の茎は茄、其の葉は遐、其の本は菰、其の華は函萏、其の実は蓮、其の根は藕、其の中は的、的の中は薏)と説明がある。

南朝の民歌「子夜歌」「子夜四時歌」のなかに「憐子」(あなたを愛する)

の譜音双関語として多く見える。

 

請君 莫向 那岸邊,少年,好花新滿舡。

清らかなあなたにお願いしたいのは向うの方に行ってはダメだということ、そう、あそこの岸辺のことだ。遊侠の貴公子たちがたむろしているのだ。美しく佳い花の美人ばかりを新たに選んで、舟遊びの船をいっぱいにしようとしている。

少年 ・少年:遊侠の若者。年若い者。貴公子。いかに示すのは城下において我が物顔で遊び回るが、この詩では舟で花街に遊びに来た貴公子たちをいう。唐詩で「少年」といえば、王維 少年行
新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。
相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。 
李白 17少年行
少年行      
五陵年少金市東、銀鞍白馬度春風。
落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中。
杜甫 少年行

馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
 
王昌齢『少年行』
走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。

高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。
いなせな若者や壮士を詠う。

 

紅袖搖曳逐風暖,垂玉腕,腸向柳絲斷。

女たちの紅い袖がそちらから吹いてくる暖かい風に揺れている、袖をたくし上げて輝くような白い素肌を見せ、船縁から垂らして蓮を摘む。貴公子に恋いの思いを向けても、柳の梢を断ち切るように翌朝にすぐわかれる。

垂玉腕 船縁から素手を垂らして蓮を摘む

柳絲 女の細腰。

 

浦南歸,浦北歸,莫知,晚來人已稀。

船着き場から南に帰っていくもの、北に帰るものがいたとしてもそれ以上を知ろうとするものではない。やがて夕刻になるまでに若者も、やがてだれもいなくなる。