(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》(秋の長雨で、巫山に逗留し、巫山の仙女と劉郎のように過ごした、そしてこの日秋晴れになり、「高唐賦」のように襄王と巫女の別れ、珠の涙を流して、巫山十二峰を後にする別れを詠う。)

 

 
 2015年2月11日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
177-#4 《巻20-36 登廣武古戰場懷古 -#4》Index-11 Ⅱ―6 -731年開元十九年31歳 43首 <177-#4> Ⅰ李白詩1397 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5533 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
35-(4) 《讀巻04-14 送孟東野序 -(4)§1-4》韓愈(韓退之)ID 801年貞元17年 35歳<1310> Ⅱ唐宋八大家文読本 巻三 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5534 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-36-#1奉節-26-#1 《巻15-65 種萵苣 -#1》 杜甫index-15 杜甫<898> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5510 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》皇甫松12首巻二17-〈67〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5537 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

 

『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-67-2皇甫松1《巻2-17 天仙子二首其一》皇甫松12首巻二17-67〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5537

 

 

(旧版)

 

 

 

 

 

 

 

花間集 教坊曲『天仙子』九首

 

 

作者



初句7字

 

 

皇甫先輩松

巻二

天仙子二首其一

晴野鷺鷥飛一隻

 

 

巻二

天仙子二首其二

躑躅花開紅照水

 

 

韋相莊

巻三

天仙子五首 其一

悵望前回夢裏期,

 

 

巻三

天仙子五首 其二

深夜歸來長酩酊,

 

 

巻三

天仙子五首 其三

蟾彩霜華夜不分,

 

 

巻三

天仙子五首 其四

夢覺雲屏依舊空,

 

 

巻三

天仙子五首 其五

金似衣裳玉似身,

 

 

和學士凝(和凝)

巻六

天仙子二首 其一

柳色披衫金縷鳳,

 

 

巻六

天仙子二首 其二

洞口春紅飛蔌蔌,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇甫先輩松       天仙子二首

天仙子二首

其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,錯相倚,懊惱天仙應有以。

 

韋相莊              天仙子五首

天仙子五首

其一

悵望前回夢裏期,看花不語苦尋思。

露桃花裏小腰肢,眉眼細,鬢雲垂,唯有多情宋玉知。

 

其二

深夜歸來長酩酊,扶入流蘇猶未醒。

醺醺酒氣麝蘭和,驚睡覺,笑呵呵,長道人生能幾何。

 

其三

蟾彩霜華夜不分,天外鴻聲枕上聞,繡衾香冷嬾重熏。

人寂寂,葉紛紛,才睡依前夢見君。

 

其四

夢覺雲屏依舊空,杜鵑聲咽隔簾櫳,玉郎薄倖去無蹤。

一日日,恨重重,淚界蓮腮兩線紅。

 

其五

金似衣裳玉似身,眼如秋水鬢如雲,霞裙月帔一羣羣。

來洞口,望煙分,劉阮不歸春日曛。

 

歐陽舍人炯       天仙子二首

天仙子二首

其一

柳色披衫金縷鳳,纖手輕拈紅豆弄,翠蛾雙斂正含情。

桃花洞,瑤臺夢,一片春愁誰與共。

 

其二

洞口春紅飛蔌蔌,仙子含愁眉黛綠。

阮郎何事不歸來,懶燒金,慵篆玉。

流水桃花空斷續。

 

皇甫松(生卒年不詳)、復姓で皇甫が姓、松が名。一名、嵩とも言う。字を子奇と言い、自ら檀欒子と号した。睦安(今の浙江省淳安)の人。工部侍郎皇甫湜の子、宰相牛僧濡の外甥で、晩唐の詞人。『酔郷日月』 『大隠賦』などの著書のあったことが知られており、これらの書名からすると、隠逸的傾向の強かった人物であったことが分かる。『花間集』 には十二首の詞が収められている。

 

(旧版)

天仙子二首 其一

(仙女といわれる道教の寺の尼と男の別れを詠う。)

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる野辺にはツガイの白鷺一羽飛んでゆく、蓼の花が咲き開いていたのに、もう秋になっての大江の水は青々と広がる。

劉郎此日別天仙,登綺席,

ここに來ると皆、劉郎となってこの日、仙女と別れるのだ。それは送別の宴に着くところからだ。

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

はらはらと涙の玉が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

(旧版)

天仙子二首其二

(人里離れた道教の聖女祠の女、年増になって好きな人は去って行った。それでも天仙子として生きていくしかない。)

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

ためらいがちにツツジの花が開き始め、大江の水面を赤く染めている。つがいでいた鷓鴣鳥も飛び立ち暫くグルッと回っていたが遠くの山の端の方に飛んで行って、未練だけが残る。

行人經始歸來,千萬里,

女も年を重ねて行く様に、行き過ぎていく人も年を経た人に変わっていく、若い初めのころに帰って來るならば、千も、万里もいとうことはない。

錯相倚,懊惱天仙應有以。

交じり合い、互いに寄り添う。悩んで苦しむことばかり、「天仙」と呼ばれて、まさにこれからも依然としてここにあるだけ。

 


 

bijo02

 【女尼、女冠、女巫】 (1

 唐代には仏教、道教の両宗教がきわめて盛んであり、寺院、道観は林立し、膨大な数の尼と女道士(女冠)の集団を生み出していた。『唐六典』(巻四)に、盛唐の時代、天下に女道士のいる550の道観、2,122の尼寺があったと記されている。尼や女道士の数はさらに相当なものである。『旧唐書』の「傅奕伝」に、唐初「天下の僧尼の数は十万に満ちる」とあり、『新唐書』の 「百官志」には「天下の女冠は9,888人、女尼は50,576人」とある。『唐会要』の「僧籍」によれば、唐後期の会昌年間(841846)、僧尼は二26万人を超えていた。これらの記録から推測すると、尼僧は少ない時でも数万人、多い時には二十余万人にも達していたと想像される。都から遥か遠方の敦煌地区でも、普通の寺の尼僧は常に一寺院に百人はいた(『敦煌資料』)。道教寺院の女道士の数はやや少なめであった。これに各地で自由に活動している女巫(女占師)を加えて合計すると、御らく数倍にはなるのではないだろうか。国としても無視できない階層を形成していたのである。

この数万もの尼や女道士には、出家以前は高貴な身分であった妃嬪・公主や、衣食に何の心配もない貴婦人・令嬢もいたし、また貧と窮がこもごも重なった貧民の女性、身分の餞しい娼妓などもいた。娼屋のOGなどの駆け込み寺観が存在していたのである。

 

 

67(改訂版)-2皇甫松-1《巻2-1 天仙子二首其一》

天仙子二首 其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

(秋の長雨で、巫山に逗留し、巫山の仙女と劉郎のように過ごした、そしてこの日秋晴れになり、「高唐賦」のように襄王と巫女の別れ、珠の涙を流して、巫山十二峰を後にする別れを詠う。)

晴れわたる野辺に一羽になった白鷺が風の音で飛びあがってゆく、水辺には可憐に大毛蓼の花が咲き開いていて、秋の空は大江の水の青さと一緒になって広がる。

劉郎はこの日、仙郷に棲らした巫山の道女と別れることになり、素晴らしい酒席に着く。

はらはらと玉の涙が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

(天仙子二首 其の一)

晴野 鷺鷥【ろし】一隻【いっせき】飛び,水【すいこう】花 發して 秋江碧なり。

劉郎 此の日天仙に別る,綺席【きせき】に登り,淚珠 滴【したた】り,十二晚峯【ばんぽう】高く歷歷たり。

 

天仙子二首 其二

躑躅花開紅照水,鷓鴣飛遶青山觜。

行人經始歸來,千萬里,

錯相倚,懊惱天仙應有以。

(天仙子二首其の二)

躑躅の花 開き 紅い水に照し,鷓鴣 飛びて遶ぐり 青山の觜。

行人【こうじん】を經て 始めて歸り來れば,千、萬里も,

錯り相い倚る,懊惱するも天仙 應に以ってする有り。

巫山十二峰002
 

 

67(改訂版)-2皇甫松-1《巻2-1 天仙子二首其一》

『天仙子二首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

天仙子二首 其一

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

劉郎此日別天仙,登綺席,

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

 

(下し文)

晴野 鷺鷥【ろし】一隻【いっせき】飛び,水【すいこう】花 發して 秋江碧なり。

劉郎 此の日天仙に別る,綺席【きせき】に登り,淚珠 滴【したた】り,十二晚峯【ばんぽう】高く歷歷たり。

 

(現代語訳)

(秋の長雨で、巫山に逗留し、巫山の仙女と劉郎のように過ごした、そしてこの日秋晴れになり、「高唐賦」のように襄王と巫女の別れ、珠の涙を流して、巫山十二峰を後にする別れを詠う。)

晴れわたる野辺に一羽になった白鷺が風の音で飛びあがってゆく、水辺には可憐に大毛蓼の花が咲き開いていて、秋の空は大江の水の青さと一緒になって広がる。

劉郎はこの日、仙郷に棲らした巫山の道女と別れることになり、素晴らしい酒席に着く。

はらはらと玉の涙が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

 

(訳注) 67(改訂版)-2皇甫松-1《巻2-1 天仙子二首其一》

天仙子二首其一

(秋の長雨で、巫山に逗留し、巫山の仙女と劉郎のように過ごした、そしてこの日秋晴れになり、「高唐賦」のように襄王と巫女の別れ、珠の涙を流して、巫山十二峰を後にする別れを詠う。)

【解説】 

秋の野辺にそれまでつがいでいたはずの白鷺が一羽になって、秋風が吹き、飛び立つ、これまで三峡を下るのに天候が悪くて、長逗留をし、そこで過ごした劉郎も旅立つことになり、

仙女のごとき道教の寺の尼と男の別れを詠う。当時、道教や仏教の尼寺は男に春をささげぐ所と化していた。末句の十二峯は巫山の著名な十二の峯のことで、宋玉「高唐賦」巫山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。当時、道教や仏教の尼寺は男に春を捧げる所と化していた。末旬の十二峯は、坐山の著名な十二の峯のことで、坐山の神女が楚の懐王と夢の中で契りを交わして別れ去った故事に関わる山。ここでは、男女の別離を連想させる働きをしている。

唐の教坊の曲名。単調と双調とがある。『花間集』 にははじめに示したように九首所収。皇甫松の作は二首収められている。単調三十四字、六句五仄韻で、❼❼7❸❸❼の形をとる。

晴野鷺鷥飛一  花發秋
劉郎此日別天仙  登綺
淚珠  十二晚峯高歷

  
  
  

 

晴野鷺鷥飛一隻,水花發秋江碧。

晴れわたる野辺に一羽になった白鷺が風の音で飛びあがってゆく、水辺には可憐に大毛蓼の花が咲き開いていて、秋の空は大江の水の青さと一緒になって広がる。

鷺鷥 白鷺。

 水辺に生える蓼の仲間のオオケタデ。「思いやり」「汚れない心」をいうことが多い花である。大紅蓼。花色はピンク色。開花期は711月。夏から秋、初冬。

 

劉郎此日別天仙,登綺席,

劉郎はこの日、天台山の道女と別れることになり、素晴らしい酒席に着く。

劉郎 別れ去る愛しい男。仙桃を味わった浦島太郎のような人物である劉晨=劉郎である夢心地の状態にある男、何年も訪れてくれなくなっているのでこのようにいう。12年もたっていることと、全く景色が変わって、ここにいる女を含めみんなが全く変わっていたというものだ。 

劉禹錫『再遊玄都觀』

百畝庭中半是苔,桃花淨盡菜花開。

種桃道士今何歸,前度劉郞今又來。

再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742

白居易『贈薛濤』

蛾眉山勢接雲霓,欲逐劉郎北路迷。

若似剡中容易到,春風猶隔武陵溪。

贈薛濤 白居易 全唐詩 巻462  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-131--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2202

牛嶠『女冠子 其三』

星冠霞帔,住在蘂珠宮裏。佩叮

明翠搖蟬翼,纖珪理宿粧。

醮壇春艸綠,藥院杏花香。

青鳥傳心事,寄劉郎

女冠子四首 其三 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-316-5-#57-(7)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3127

牛嶠『夢江南二首 其二』

紅繡被,兩兩間鴛鴦。

不是鳥中偏愛爾,為緣交頸睡南塘,全勝薄情郎

夢江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142 

○阮郎 別れ去って久しく帰らぬ愛しい男。後漢の劉展、阮肇は天台山に薬草を採りに入り、道に迷って仙女に出合い、しばらくともに暮らした。しかし家のことが思い起こされ、帰ってみると、既に数世が過ぎ、見知った人は誰もいなかった。そこで再び山に尋ね入ったが、仙女を探し当てられなかったと言う。以来、阮郎、劉部は、別れ去る男や別れ去って久しく帰らぬ愛しい男を指すようになった。・檀郎/安仁/潘郎 晋の潘岳のあざな。彼は美男子であり、詩人であったが、妻の死にあい「悼亡」の詩三首を作った。後世、妻の死をなげいた模擬作が多く作られた。潘岳の幼名が檀奴だったので、「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する。・潘岳:安仁。滎陽(けいよう)中牟(河南省)の人。陸機と並ぶ美文の文学の大家で,錦を敷きのべたような絢爛(けんらん)たる趣をたたえられた。ことに人の死を悼む哀傷の詩文を得意とし,亡妻への尽きぬ思いをうたった〈悼亡詩(とうぼうし)〉3首はよく知られる。絶世の美男として,また権門の間を巧みに泳ぎまわる軽薄才子として,とかく話題にこと欠かなかった。八王の乱の渦中で悲劇的な刑死を遂げた。

江南二首 其一 牛嶠【ぎゅうきょう】 ⅩⅫ唐五代詞、「花間集」 Gs-319-6-#6  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3142

天仙 天台山の仙女。ここでは道教の寺の尼を指す。

登綺席 素晴らしい酒席に着く。ここでは別離の宴の席に着くこと。

 

淚珠滴,十二晚峯高歷歷。

はらはらと玉の涙が滴る。十二の峰々は晴れあがった夕空にくっきりとしたシルエットをのこして聳えている。

十二晩峯 夕暮れ時の巫山の十二の峯々。夕暮れ時の巫山の十二の峯峯。独秀、筆峰、集仙、起雲、登龍、望霞、聚鶴、棲鳳、翠屏、盤龍、松巒、仙人を指す。

毛文錫『巫山一段雲一首』

雨霽巫山上,雲輕映碧天。

遠峯吹散又相連,十二晚峯前。

暗濕啼猿樹,高籠過客舡。

朝朝暮暮楚江邊,幾度降神仙。

巫山一段雲一首 毛文錫【もうぶんせき】 ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」Gs-372-8-#8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3407

歷歷 一つ一つがはっきりとしているきまり