(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

 

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》二巻37-87〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5637

 

 

 

官僚が妓女を宴遊に呼ぶには官府の許可が必要だったということは、妓女が官妓の身分であったことを証明している。その他、平康里の妓女たちの中には「都知」と呼ばれるものがいて、妓女たちを分担管理しており、古株のものがその任に就いた。妓女にも一定の組織があり、完全に独立し自由というわけでなかったことが分かる。教坊籍に入っていない妓女は、当然長安の妓女の大多数を占めていたはずだが、彼女たちは一体どこの管轄下に属していたのだろうか。地方州府の制度に照らせば、京兆府の管轄下に属すのが当然と思われるが、いまだそうした記録を見出せないので、みだりに結論を出さないでおきたい。

 

長安の妓女の大多数は平康里に住んでいた。「長安に平鹿坊という所があって、妓女の居住地である。京都の侠少(遊侠の若者)は此に草集る。……当時の人々はこの坊を風流薮沢(歓楽街)と呼んだ」(『開元天宝遺事』巻上)。『北里志』の記載によると、平康里の街区は三曲に分れ、名妓は多く南曲、あるいは中曲に住み、北曲に住むものの大多数は無名の「卑屑」(醜くて卑しい)の小妓であった。この三曲に住む妓女の生活に旦口同低貧富の差があった。南曲、中曲はおおむね堂院は広く静かで、院内には花が植えられ池もあり、室内の設備は快適で、華美にすぎるものさえあったが、下層の妓女の住まいは粗末なものであった。劉泰娘は北曲の小さな家の娘であったから、他の妓女たちと宴席に向う時、あなたは何処にお住まいですかと聞かれると、言葉をにごして、門前に一本の木がありますわ、などと言うだけであった。どの曲内に住んでいるかが、その妓女の身価に大きな関係があったようである。それ以外にも平鹿里に住まない妓女がおり、その他の街坊にそれぞれ分散して住んでいた。

 

妓女は平生、人に呼ばれて宴会や遊戯の席に侍ったり、あるいは家で客を接待したりした。毎年新たに進士の合格者が発表されると、彼らは盛んに平康里に泊って遊んだ。この時こそ彼女たちの最も多忙な時期であった。長安の妓女の大半は歌や触りといった技芸にそれほど熟達してはいなかったので、往々にしてさかんに客にふざけたりへつらったりした。普段は客席に侍り、話のあいづちをうったり、また客と寝て売春するのが主で、芸は補助的なものであった。こうした点が、地方の楽営妓女と違うところであり、また後世の娼妓と似ているところであった。客席に侍る料金は一般に一席あたり四環(鎧は銅銭の単位)であり、灯ともし時になるとその倍になった。新来の客は倍の料金を払った。新しく進士に合格した者が妓女を買う時は、慣例により一般の客よりも多くの花代を包まねばならなかった。値段は妓女の名声や地位によって決められた。平鹿里の名妓天水仙苛は少しばかり名声があり、貴公子劉雫が彼女を遊びに呼ぼうとしたが彼女はわざと断った。そこで劉軍は次々と値段を上げ、ついにかれこれ百余金を投じた。また、客は銭の支払いの他に絹布などを贈って礼晶とした。たとえば中央の官僚たちが鄭挙挙の家に集まって酒を飲む時には、座が盛りあがると客はそれぞれ彩給などを御礼に贈った。こうしたことは、客が自ら自由意志で行うことであった。

 

雛妓(半玉)の「初夜権」は高い値段で買い取らねばならなかった。南曲の張住住が成人になろうとした時、金持の陳小鳳は大金を出し「その元を取ろう」とした。彼女はすでに処女を失っていたが、手管を使って処女のごとく振舞って陳を騙した。陳は処女を得たと思い、さらに三緡(一緡は銅銭一千枚)を張家にやった。その他、「買断」という決まりもあった。つまり妓女が一人の客に独占されることであり、客が毎日仮母に一緒を払うと、この妓女はもう他の客をとれなかった。

 

(旧版)

菩薩蠻五首其四

勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。

珍重主人心,  酒深情亦深。

須愁春漏短,  莫訴金杯滿。

遇酒且呵呵,  人生能幾何?

わたしに酒をすすめて、「今夜はひとつおもいきり飲んで酔っぱらって下さい。徳利の前ではお酒さえのめばよいので、あしたのことなどくよくよと考えないでだまっていなさい」といってくれる。

このあるじのこころはまことにありがたい。酒の酔いが深くなれはなるほど、あるじのわたしに対する情が深く感じられる。

春の夜は短いことをなげくべきで、さかずきいっぱいに酒をつがれて、もう飲めないなどと訴えることなどない。

酒をのむなら、一つ大いに笑い、陽気にのむがよい。人の命はどれほどあるのだ。このみじかいいのち、せめて酒なりと大いにのもうではないか。

(菩薩蛮五首其の四)

君に勸む 今夜 須【すべか】らく沈醉すべし,樽前に 明朝の事を話す莫れ。

珍重す主人の心, 酒深くして情も亦た深し。

須【すべか)らく 春漏の短きを愁ふべし,金杯に滿ちたるを訴ふる莫れ。

酒に遇【あ】えば 且【しば】らく呵呵【かか】たれ,人生能【よ】く幾何【いくばく】かある?

 

(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》

菩薩蠻五首其四

勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。

酒宴の主人は「今夜の酒宴では思いきり飲んで酔っぱらうべきである。大盃を前にしては、お酒をのむことだけすれよいのであって、あしたのことなど一切考えない、はなさないで、今のこのときをたのしむべきである。」といって酒をすすめてくれる。

珍重主人心,酒深情亦深。

酒宴の主人の思いやりのこころはまことに感謝するところだ。酔えば酔い、酔いが深まれば深まるほど、主人の情が深く感じられる。

須愁春漏短,莫訴金杯滿。

こんなに楽しく、万物が成長する春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。

遇酒且呵呵,人生能幾何?

酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

 

 

(改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》

『菩薩蠻五首其四』 現代語訳と訳註

(本文)

菩薩蠻五首其四

勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。

珍重主人心,酒深情亦深。

須愁春漏短,莫訴金杯滿。

遇酒且呵呵,人生能幾何?

 

(下し文)

(菩薩蠻五首其の四)

君に勸む 今夜 須【すべか】らく沈醉すべし,樽を前にして話す莫れ 明朝の事。

珍重すべきは 主人の心, 酒深くすれば 情 亦た 深しを。

須【すべか)らく愁ふ 春漏の短きを,訴ふること莫れ 金の杯は滿ちるべし。

酒に遇すれば 且【しば】らく呵呵【かか】たらん,人生 能【よ】く幾何【いくばく】かあらん?

 

(現代語訳)

(理想に思うは半官半隠で、その一番な事は、春の短い夜の酒宴に遭遇して、愉快に、陽気に、心行くまで酒を飲むことだけであると詠う。)

酒宴の主人は「今夜の酒宴では思いきり飲んで酔っぱらうべきである。大盃を前にしては、お酒をのむことだけすれよいのであって、あしたのことなど一切考えない、はなさないで、今のこのときをたのしむべきである。」といって酒をすすめてくれる。

酒宴の主人の思いやりのこころはまことに感謝するところだ。酔えば酔い、酔いが深まれば深まるほど、主人の情が深く感じられる。

こんなに楽しく、万物が成長する春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。

酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

紅梅002
 

 

(訳注) (改訂版)-9韋荘87《巻2-37 菩薩蠻五首其四》

菩薩蠻 五首其四

(理想に思うは半官半隠で、その一番な事は、春の短い夜の酒宴に遭遇して、愉快に、陽気に、心行くまで酒を飲むことだけであると詠う。)

当時の文人の共通の感情をあらわしている。酒を勧める主人の心意気に感じた詞。この時代の文化人の理想は半官半隠で、酒を飲むことが隠遁の精神に近いことである。その心情と酒宴の主人の心情がそれ以上に心遣いをしてくれる。主人は言う、「今夜は正体を失うほど飲むがいい。明日のことを考える事は無い。万物が春模様であるなか、憂いに思う事は無く今この時を愉快に楽しく過ごそう。だから、「もう飲めないなどと言ってはいけない。」人の命は短く過ぎて仕舞えば儚いものだから」と。しかし、飲むことで、「世俗を忘れることが出来る」ということでなければいけないということが作者の心情なのだが、この詞には、主人の言葉に共鳴を覚えながらも、完全にはその中に入って行けない作者の生真面目な心情が垣間見える。

 

菩薩蠻は唐の教坊の曲で花間集には四十一首所収、韋莊の菩薩蠻は五首、双調 四十四字。換韻。前段二十四字四句二仄韻二平韻、後段四句二仄韻に平韻で、❼❼⑤⑤/❺❺⑤⑤の詞形をとる。 

『花間集』巻二50首の36番目で韋荘8番目の菩薩蠻五首其三としてあり、(花間集500首の86首目)、当時の文人の共通の感情をあらわしている。

菩薩蛮五首 其一

紅樓別夜堪惆。 香燈半捲流蘇

殘月出門、美人和涙

琵琶金翠、絃上黄鶯

勸我早歸   綠窗人似

 
 
● 
 

菩薩蛮五首 其二

人人盡説江南,遊人只合江南

春水碧於,  畫船聽雨

爐邊人似,  皓腕凝雙

未老莫還,  還鄕須斷

  
  
  
  

菩薩蠻五首其三

如今却憶江南,當時年少春衫

騎馬倚斜,滿樓紅袖

翠屏金屈,醉入花叢宿

此度見花,白頭誓不

  
  
  
  

菩薩蠻五首其四

勸君今夜須沈,樽前莫話明朝

珍重主人,酒深情亦

須愁春漏,莫訴金杯滿

遇酒且呵,人生能幾

  
  
  
  

この作品は『花間集』巻二50首の36番目で韋荘8番目の菩薩蠻五首其三としてあり、、当時の文人の共通の感情をあらわしている。

 

 

 

勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。

酒宴の主人は「今夜の酒宴では思いきり飲んで酔っぱらうべきである。大盃を前にしては、お酒をのむことだけすれよいのであって、あしたのことなど一切考えない、はなさないで、今のこのときをたのしむべきである。」といって酒をすすめてくれる。

・勸君:あなたにお勧めする。

・須:すべきである。すべからく…べし。 

・沈醉:酔いつぶれる。ひどく酔う。正体を失うほど酔う。

・樽:酒杯。酒を謂う。=尊。 ・莫話:言うな。言いなさるな。 ・莫-:…なかれ。また、なし。禁止、否定の辞。ここは、前者の意で、禁止。 ・明朝事:明日の(煩わしい)こと。将来の事。今を楽しもう、ということ。

 

珍重主人心,酒深情亦深。

酒宴の主人の思いやりのこころはまことに感謝するところだ。酔えば酔い、酔いが深まれば深まるほど、主人の情が深く感じられる。

・珍重:珍しいものとして大切にする。ありがたいことである。 

・主人心:もてなす側の人の思い。ホスト側の配慮。

・酒深:酒の量が豊かにあること。 ・深:多い。盛んである。 ・情:思いも深い。 ・亦:…もまた。酒が深いだけでなく、情もまた深いこと。

 

須愁春漏短,莫訴金杯滿。

こんなに楽しく、万物が成長する春夜の時が短いことをなげくべきで、金に輝く大盃にはいっぱいに酒をつぐものであり、もう飲めないなどと訴えてはいけない。

・須:…すべきである。必ず。まさしく。すべからく(…べし)。 ・愁:かなしむ。うれえる。 

・春漏短:春の宵は時間の経つのが速い。日ごとに日が長くなる。 

・漏:水時計。漏刻。

・莫訴:言うな。言ってくるな。うったえるな。 

・訴:(…に)述べる。訴える。言う。話しかける。

 

遇酒且呵呵,人生能幾何?

酒宴に出会ったのなら、愉快に、大いに笑い、陽気にのむものであり、人生百年というもののそれがどれほどのものか。このみじかい時を、酒こそ大いにのもうとおもうのだ。

・遇:出逢う。いきあたる。 

・且:しばらく。しばし。短時間を表す。 

・呵呵:大声で笑う。笑い声。ハハハハ。擬声語。

・幾何:いくばく。どれほど。

魏・曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」とある。 

 

《短歌行》 魏武帝

酒を飲もうとしている時は、歌を歌って歓しく過ごすべきである。人の命はどれほどのもの

だというのだろうか。 それはあたかも、朝露のようなはかないものである。過ぎ去った日々は、はなはだ多くても功績と云うものはなかなか成就しないものだ。 それをおもえばなげかずにはおれなくて、心の塞ぎは去りがたく、なげく声は、高くなっていくものの、さびしく憂いの感情は、忘れがたいものである。何をもってその憂いを解くかといえば、ただ、杜康が始めとした酒があるのみである。遥かに離れていく詩経に「青い襟の愛しい女(ひと)よ。」はるかになっていくわたしの思い。

 

短歌行   曹操

対酒当歌  人生幾何

譬如朝露  去日苦多

慨当以慷  幽思難忘

何以解憂  唯有杜康

青青子衿  悠悠我心

 

但為君故  沈吟至今

呦呦鹿鳴  食野之苹

我有嘉賓  鼓瑟吹笙

明明如月  何時可採

憂従中來  不可断絶

 

越陌度阡  枉用相存

契闊談讌  心念旧恩

月明星稀  烏鵲南飛

繞樹三匝  何枝可依

山不厭高  海不厭深

周公吐哺  天下帰心

 

短歌行 

酒に對しては 當【まさ】に歌ふべし,人生 幾何【いくばく】ぞ。

譬へば 朝露の如く,去日 苦【はなは】だ多し。

慨して 當に以って 慷すべきも,憂思 忘れ難し。

何を以ってか 憂ひを解かん,唯だ 杜康の有るのみ。

青青たる 子の衿,悠悠たる 我が心。

 

但だ 君が為め 故,沈吟して  今に至る。

呦呦 として 鹿 鳴き,野の苹を  食ふ。

我に  嘉賓 有り,瑟を 鼓し  笙を 吹く。

明明たること月の如きも,何の時か 輟【と】る可けんや。

憂ひは 中從り來たり,斷絶す可【べ】からず。

 

陌【みち】を 越え 阡【みち】を 度り,枉【ま】げて用って 相ひ存【と】はば;

契闊 談讌して,心に 舊恩を念【おも】はん。

月明るく星稀【まれ】にして,烏鵲 南に飛ぶ。

樹を繞【めぐ】ること 三匝【さふ】,何【いづ】れの枝にか依【よ】る可き。

山 高きを厭【いと】はず,水深きを厭はず。

周公 哺を吐きて,天下心を歸せり。

《短歌行》 魏武帝  魏詩<86-#1 古詩源 800 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2548

 

李白《對酒》 

勸君莫拒杯,春風笑人來。

桃李如舊識,傾花向我開。

流鶯啼碧樹,明月窺金罍。

昨日朱顏子,今日白髮催。

棘生石虎殿,鹿走姑蘇臺。

自古帝王宅,城闕閉黃埃。

君若不飲酒,昔人安在哉。

李白《對酒》

蒲萄酒,金叵羅,吳姬十五細馬馱。

青黛畫眉紅錦靴,道字不正嬌唱歌。

玳瑁筵中懷裡醉,芙蓉帳底奈君何。

 (酒に對す)

蒲萄の酒,金の叵羅【はら】,吳姬十五 細馬馱す。

青黛は眉を畫き 紅錦の靴,字を道う正しからず 唱歌嬌なり。

玳瑁【たいまい】筵中 懷裡に醉う,芙蓉の帳底 君を奈何【いかん】。

115 《對酒》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <115> Ⅰ李白詩1295 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5023

 

李白《春夜宴桃李園序》

夫天地者,萬物之逆旅;

光陰者,百代之過客。

而浮生若夢,爲歡幾何?

古人秉燭夜遊,良有以也。

況陽春召我以煙景,大塊假我以文章。

會桃李之芳園,序天倫之樂事。

群季俊秀,皆爲惠連。

吾人詠歌,獨慚康樂。

幽賞未已,高談轉清。

開瓊筵以坐華,飛羽觴而醉月。

不有佳作,何伸雅懷?

如詩不成,罰依金谷酒斗數。

春夜宴桃李園序 李白116