(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》(寵愛を受けている時の約束も、それをうしなえば、男心が離れていくのは容易なことだ。こんな時でも、寵愛を受けるため思い続けていくと詠う。)「千萬結」と約束し、同心結を残してくれて、ちょっとだけ離れるだけだからということで、別れて半年たつというのに、消息をしらせることが断たれた。

 
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『花間集』全詩訳注解説(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》二巻43-93〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5667

 

 

(改訂版)-14韋荘92《巻2-42 應天長二首其一》

應天長二首其一

應天長(寵愛を失っても妃嬪は、寵愛を受けていた時と同じように、待ち続けないといけない。しかしその生活は、世俗を断ち切った隠遁者の生活なのであると詠う。)その一

綠槐陰裏黄鶯語,深院無人春晝午。

青々と茂った槐の木陰で高麗鶯が啼いて春が来たことを告げる。九重の奥深い庭は静かで人気がなく、春の昼下がり何も変わらず過すだけだ。

畫簾垂,金鳳舞,寂莫綉屏香一。

美しく縫い取りをした簾を下ろす、簾の縫い取り模様の金の鳳が風に舞い動く。ひっそりと寂しげな閨の刺繍のある屏風のそばの香炉から煙が一筋たっている。

碧天雲,無定處,空有夢魂來去。

寄る辺がない、青空にある孤雲。昔、寵愛を受けていたことは、ただむなしく夢の中にいる夢の中だけに魂だけがやってくるだけになってしまった。

夜夜綠窗風雨,斷腸君信否。

それでも、夜毎、寵愛を受けるための準備をして待ち侘びる閨の窓辺には風とあめが吹きつける。このはらわたが切れるほどの深い嘆きを信じてくれるだろうか、いや、もうそれは期待できないことなのだ。

(應天長二首其の一)

綠槐 陰裏 黄鶯 語る。深院 人無く 春の 晝午【さが】り。

畫簾 垂らせば、金鳳 舞う。寂莫たり 綉屏 香 一【ひとすぢ】。

碧天の 雲,定める處 無し。空しく有る 夢魂の 來って去るを。

夜夜 綠窗に 風雨あり。斷腸せるを 君 信ずや否や。

 (旧版)

應天長 之二 韋莊

(應天長 その二)

別来半歳音書絶、一寸離腸千萬結。

貴方と別れてもう半年になろうとしている、音信は一切なくなっている。この間は全く性交できなくなったものの心はほんの少しも離れていないという「千萬結」と千年万年結ばれているといいかわしたのですから。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

いくら恋しい人であっても逢うのは難しく、別れるのは容易いことです。また、今年も玉の楼に雪のように花がふきちるころとなりました。

 

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

ひそかにあの人をこいしくおもっているけれど、わたしのこころのうちをうちあけるすべもないのです。夜になり、おぼろ月を仰いでは、かなしいおもいにとざされる。

想得此時情切、 涙沾紅袖

こんな思いのときのこころの切なさをしみじみと感じては、毎夜、涙がとめどなく紅の袖をしとどにぬらして、カビの斑点が出るくらいです。

 

應天長 之二 韋莊

別れ来りて半歳 音書【いんしょ】絶え、一寸 離腸して 千萬 結ぶ。

相い見る難く、相い別れるは易し、又是れ玉楼 花 雪に似たり。

 

相い思う暗く、虚しく説く無く、惆悵して夜来るは煙月なり。

想得るは此の時情切たり、涙沾うは紅袖の

 


(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》

應天長 二首其二

(寵愛を受けている時の約束も、それをうしなえば、男心が離れていくのは容易なことだ。こんな時でも、寵愛を受けるため思い続けていくと詠う。)

別来半歳音書絶、一寸離腸千萬結。

「千萬結」と約束し、同心結を残してくれて、ちょっとだけ離れるだけだからということで、別れて半年たつというのに、消息をしらせることが断たれた。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

立場上、今、逢うのは難しく、別れていることは容易だという。そして、今年もまた、玉楼に花が雪のようにふき散る晩春となってしまう。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

思えば思うほど暗い気持ちになるし、嘘をつかれたと思いたくない。恨み嘆いて、夜になると、涙で、見るのはおぼろ月だけだ。

想得此時情切、涙沾紅袖

こんなときでも、妃嬪としてのふかいなさけをおもい寵愛を再び受ける事だけを思う、しかし、毎夜、涙がとめどなく紅の袖をしとどにぬらして、カビの斑点が出てしまう。

(應天長二首其の二)

別れ来【いた】って半歳 音書【いんしょ】絶え、一寸 離腸すれど 千萬の結。

相い見るは難く、相い別れるは易し、又是れ 玉楼の花 雪の似【ごと】し。

相い思う暗く、虚説 無し、惆悵たり 夜来の煙月。

想得るは此の時情切たり、涙沾うて 紅袖 【うつ】る。

 珠櫻001

 

 

(改訂版)-15韋荘93《巻2-43 應天長二首其二》 

『應天長 之二』韋莊 現代語訳と訳註

(本文) 

應天長 二首其二

別来半歳書絶、一寸離腸千萬結。

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

想得此時情切、涙沾紅袖

 

(下し文)

(應天長二首其の二)

別れ来【いた】って半歳 音書【いんしょ】絶え、一寸 離腸すれど 千萬の結。

相い見るは難く、相い別れるは易し、又是れ 玉楼の花 雪の似【ごと】し。

相い思う暗く、虚説 無し、惆悵たり 夜来の煙月。

想得るは此の時情切たり、涙沾うて 紅袖 【うつ】る。

杏の花001
 

 

(現代語訳)

(寵愛を受けている時の約束も、それをうしなえば、男心が離れていくのは容易なことだ。こんな時でも、寵愛を受けるため思い続けていくと詠う。)

「千萬結」と約束し、同心結を残してくれて、ちょっとだけ離れるだけだからということで、別れて半年たつというのに、消息をしらせることが断たれた。

立場上、今、逢うのは難しく、別れていることは容易だという。そして、今年もまた、玉楼に花が雪のようにふき散る晩春となってしまう。

思えば思うほど暗い気持ちになるし、嘘をつかれたと思いたくない。恨み嘆いて、夜になると、涙で、見るのはおぼろ月だけだ。

こんなときでも、妃嬪としてのふかいなさけをおもい寵愛を再び受ける事だけを思う、しかし、毎夜、涙がとめどなく紅の袖をしとどにぬらして、カビの斑点が出てしまう。

 

(訳注)

應天長 二首其二

(寵愛を受けている時の約束も、それをうしなえば、男心が離れていくのは容易なことだ。こんな時でも、寵愛を受けるため思い続けていくと詠う。)その二

妃嬪は君王などの髪の毛を数本切り、自分の髪の毛と結び、 「永結同心(永遠に心を結ぶ)」んで寵愛の長く続くことを誓った。しかし、一旦寵愛を失えば、戻って来ることはない。しかし、深い情をもったまま生きていくという。。

・應天長:詞牌の一。花間集 には韋莊の作が二首収められている。双調五十字、前段二十七字五句四仄韻、後段二十三字五句四仄韻で、❼❼3❸❼/3❸❻❻❺の詞形をとる。

應天長二首其一

綠槐陰裏黄鶯。深院無人春晝

畫簾垂、金鳳。寂莫綉屏香

碧天雲,無定。空有夢魂來

夜夜綠窗風。 斷腸君信

 
  

  
 

應天長 二首其二

別来半歳音書  一寸離腸千萬
難相見  易相別 又是玉楼花似 

 暗相思 無虚説  惆悵夜来煙
想得此時情  涙沾紅袖

  
  
 

   
  

 

別来半歳書絶、一寸離腸千萬結。

「千萬結」と約束し、同心結を残してくれて、ちょっとだけ離れるだけだからということで、別れて半年たつというのに、消息をしらせることが断たれた。

音書 おとづれの手紙。消息。便り。信書。

・一寸離腸 一寸は心についていう。一寸心、寸心、方寸など皆同じ。心はほんの少しも離れていない。腸は性的な結びつきを云うので、心の結びつきではない。最近は全く性交をしなくなったという意味。

・千万結 心がはなはだしく結ばれていると男が云った言葉であること。

○同心猶結 男女が別れの際などに愛の誓いのしるしとして、解けないように固く結ぶ佩び紐、髪の毛の結び方をいう。通常は、佩び玉を腰に着けるようにぶら下げることが多い。時代映画などで、妃嬪は君王などの髪の毛を数本切り、自分の髪の毛と結び、 「永結同心(永遠に心を結ぶ)」を願うということ。

 20-534《望遠行二首,其一》十巻 李珣Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-717-20-(534) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5132

 

難相見。易相別、又是玉楼花似雪。

立場上、今、逢うのは難しく、別れていることは容易だという。そして、今年もまた、玉楼に花が雪のようにふき散る晩春となってしまう。

・花似雪 花の白いのは梨・杏などをいうことが多く、晩春になることをいう。韋荘の浣渓沙詞「隔膳梨雪又玲瀧」、清平楽詞「鮎雨罪霧梨花白」、温庭筠の菩薩蛮詞「茶花含霹団春雪」など。

 

暗相思、無虚説、惆悵夜来煙月。

思えば思うほど暗い気持ちになるし、嘘をつかれたと思いたくない。恨み嘆いて、夜になると、涙で、見るのはおぼろ月だけだ。

・虚説 根拠のないうわさ。紛らわしい虚偽欺騙 ・ ぺてん ・ 瞞着 ・ 誤魔化し ・ ごまかし ・ 胡魔化 ・ 虚偽 ・ 欺瞞。この語は處説となっている本もあるが、韻から、意味の上でも、虚説が正しい。

・煙月 朧月というのは、月は女性でそれを隠すくのが男で男との交わりがない女性をしめす。

・惆悵 失意のさま。恨み嘆くこと。恨み嘆くさま。「流水の湲湲たるは―の響をなす」

 

想得此時情切、 涙沾紅袖

こんなときでも、妃嬪としてのふかいなさけをおもい寵愛を再び受ける事だけを思う、しかし、毎夜、涙がとめどなく紅の袖をしとどにぬらして、カビの斑点が出てしまう。

・情切 切情:ねんごろの心になる。ふかいなさけ。

  黒みがかった黄色.涙で色が濃くなったことを云う。はウツ。梅雨で衣服が湿って黴や班点がつくさまをいうときに用いられる。
 

 

 

 

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

唐代三百年間に封ぜられた后妃のうち、皇后と地位が比較的高いか、あるいは男子を生んだ妃嬢だけが史書にいささかの痕跡を残した。その他の女性は消え去って名も知れない。『新・旧唐書』「后妃伝」 には、全部で二十六人の皇后、十人の妃嫁が記載されている。その他で史書に名を留めているものはおよそ五、六十人である。その内、高祖、玄宗両時代の人が最も多い。高祖には竇皇后の他に、万貴妃、ヂ徳妃、宇文昭儀、莫嬢、孫嬢、佳境、楊嬢、小楊嬢、張捷好、郭妊婦、劉捷好、楊美人、張美人、王才人、魯才人、張宝林、柳宝林などがいた。玄宗には王皇后、楊皇后、武恵妃、楊貴妃、趨麗妃、劉華妃、銭妃、皇甫徳儀、郭順儀、武賢儀、董芳儀、高娃好、柳娃好、鍾美人、慮美人、王美人、杜美人、劉才人、陳才人、鄭才人、闇才人、常才人などがいた。もちろん史書に名を残せなかった人はさらに多い。史書の記載から見ると、高祖、玄宗両時代の妃嫁がたしかに最も多かったようである。