欧陽烱  南子八首其六  

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

(大江。運河を経て、南国の街にはいると雨がさっと降り、すぐに晴れ上がると、異なる樹木の景色のなか、農作業する若い女の白い腕とか細い手が美しいと詠う。)

水路、航路を過ぎ、運河を通って南国地方の街に入れば、黒つげの木樹は大きく育ち、葉影が十分になしていて、赤い花を咲かせた蓼の花がうつくしい。入り江の港の両岸には人家があつまり、小雨が少し降ったのちにはすぐに晴れあがり、するともう唐アズキを収穫している、「くろつぐ」の大樹のもとで若い女の華奢な白い手がもたげて収穫作業をしている。

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11 欧陽胴(896971)益州華陽(四川)の人。前軾の後主玉柏に仕えて中書舎人となった。前蜀が後唐に亡ぼされたので、王衍に従って洛陽に入ったが、孟知祥が後蜀を建てたので、ふたたび蜀に入って仕官した。蜀主孟証の広政三年(940)花間集の序文を書いた。花間集の南宋晁謙之跋本には、序文の前に武徳軍節度判官撰すとあり、この官にあったものだ。ただし集中に欧陽舎人とあるから、この時同じく中書舎人でを兼務したのかとおもわれるが確実なことはわからない。広政十二年(949) に翰林学士となり、同二十四年(961) に門下侍郎兼戸部尚書同平章事(宰相) となっている。広政二十八年(965)後裾が亡び、宋に降服した。そののち宋に仕えて右散騎常侍から翰林学士をへて左散騎常侍となり、開宝四年(971)七十六歳で卒した。のち工都尚書を贈られた。かれは率直で放縦な性質の人であり、長笛を吹くのが上手であったといぅ。その詞は花間集に十七首を収めている。

その詞は花間派の艶美さのなかにも江南の楽府に見られるような情緒がたたえられ、清らかで可憐な作が多い。漁父歌がとりわけ詞家によろこばれ唱和されたといぅが、これ以外の三字令、南郷子、賀明朝などにもこのような詞風を十分うかがうことができる。

 

 

歐陽舍人炯     子八

巻六01子八首其一 嫩草如煙,石榴花發海南天。日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。水遠山長看不足

巻六02子八首其二 畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

巻六03子八首其三 岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

巻六04子八首其四 洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。[

巻六05子八首其五 二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客

巻六06子八首其六 路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手

巻六07子八首其七 袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日

巻六08子八首其八 翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿

 

 

(改訂版Ver.2.1

子八首 其一

(長江下流域の春景色の思い)

嫩草如煙,石榴花發海南天。

若々しく柔らかい草原に火炎のように陽炎がたつ、石榴の花は南国の海辺の郷に開き始める。

日暮江亭春影淥,鴛鴦浴。

日暮れになると、近くの水辺の樓亭は春景色の中きれいな水に影を落とす。そばには鴛鴦が水浴びをする。

水遠山長看不足。

長江を下る水ははるか遠くにつづく山並みが長く、だから、ここの春景色は満足できない。

子 其一

嫩草【わかくさ】煙の如く,石榴の花發く海南の天【そら】。

日暮れて江亭は淥に春影し,鴛鴦 浴す。

水 遠く 山 長【はる】かにして 看れど足るなし。

 

巻六02(改訂版Ver.2.1

子八首其二 

(長江下流域の舟遊びの時を思い出すと、風流な畫船に乗り、めぐると、沙上に女がいて、「あそこの家によって」と誘ってきたと詠う。)

畫舸停橈,槿花籬外竹橫橋。

舟遊びの畫塗り舟のさおをとめ、むくげの花が籬の外に顏を出していて、少し進むと、その横には、風流な竹の橋が架かっている。

水上遊人沙上女,迴顧,笑指芭蕉林裏住

畫舟には遊び人々がおり、渚には佇む女が居る。首を回らせば、微笑んで芭蕉の林の中の風流な家を「あそこに住んでいます。」と指さしていた。

(南子八首其の二

畫舸 橈を停め,槿花 籬の外 竹橫の橋。

水上の遊人 沙上の女,迴顧して,笑み指す「芭蕉 林裏の住」を。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其三 

(南国の水路駅に向かう船からの情景、夕暮れ時になり水辺近くの砂浜に、美しい孔雀を見る、旅人におどろくが悠然としている)

岸遠沙平,日斜歸路晚霞明。

岸は遠く、日は照り、砂濱は平らかに広がる。やがて、日は傾きかけて、帰り航路を行けば、空は夕焼けに染まり、夕霞が漂う。

孔雀自憐金翠尾,臨水,認得行人驚不起

岸辺の砂地に孔雀は自分の羽を広げて美しさを示すが、その金と緑の美しさゆえに、その尾をあわれにおもう、それはただ江水を臨むだけだから。静かな情景に孔雀は旅人に気が付き驚くが、悠然として飛び立つこともない。

 

(南子八首其の三)

岸 遠く 沙平らかなり,日 斜めに 歸路 霞 明らかなり。

孔雀 自ら憐れむ 金翠の尾,水に臨む,行人を認めるも 驚き起つを得ず。

 

 

子八首其四 

(南国の水路駅の先に向かうと木蘭の花さく小路の先に土洞居は誰の家だろう、そこに寄り添った男女が入って行く。つぼみの先が必ず北を向く木蘭を見ると故郷を思い出すと詠う)

洞口誰家,木蘭舡繫木蘭花。

つぼみの先が必ず北を向く木蘭がさきみだれ、舟を繋いで進むと木蘭の花がずっと咲いていて迎い入れてくれる。この洞口は誰が住んでいる家なのか、

紅袖女郎相引去,游南浦,笑倚春風相對語。

ここ南國の港町で遊んだ時の事である、紅い木蘭の花の中に紅い袖の女を携えて男女が此処を去る。そして、微笑み合い、倚りそって、春かぜが抜け、互いに見交わして語り合う。

 

(南子其の四)

洞口あり 誰が家ぞ,木蘭あり 舡繫して木蘭の花。

紅袖の女郎 相い引き去る,南浦に游び,笑み倚り 春風 相い對して語らう。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其

(十六になった女妓が初めてのお化粧して、花鈿と耳飾り、南国の水路駅に向かう旅人に宿に招く姿を見ると故郷を思い出すと詠う、その五)

二八花鈿,胸前如雪臉如蓮。

十六歳に似合う花鈿の化粧をして、胸のあたりに雪模様でかざって蓮の花のようなお顔だちである。

耳墜金鐶穿瑟瑟,霞衣窄,笑倚江頭招遠客。

細黄金の耳飾りは耳から落ちて、床のうえで瑟瑟とした音が鳴った、霞のような薄いころもの中に蕾のように体を包む。微笑み合い、寄り添い合う、大江のほとり立って、遠くから入って来る旅人を招き入れる。

 

(南子八首其の五)

二八 花鈿し,胸前には雪のく如くし 臉 蓮の如し。

金鐶を耳から墜し 瑟瑟と穿つ,霞衣 窄【つぼ】み,笑み倚りて 江頭 遠客を招く。

 

(改訂版Ver.2.1

子八首其

(大江。運河を経て、南国の街にはいると雨がさっと降り、すぐに晴れ上がると、異なる樹木の景色のなか、農作業する若い女の白い腕とか細い手が美しいと詠う。)

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。

水路、航路を過ぎ、運河を通って南国地方の街に入れば、黒つげの木樹は大きく育ち、葉影が十分になしていて、赤い花を咲かせた蓼の花がうつくしい。

兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

入り江の港の両岸には人家があつまり、小雨が少し降ったのちにはすぐに晴れあがり、するともう唐アズキを収穫している、「くろつぐ」の大樹のもとで若い女の華奢な白い手がもたげて収穫作業をしている。

(南子八首其の六)

路 南中に入り,桄榔 葉暗くして蓼の花 紅なり。

兩岸の人家 微雨の後,紅豆を收め,樹の底【もと】 纖纖として 素手を擡【もたげ】る。

 

其七

袖斂鮫綃,採香深洞笑相邀。

藤杖枝頭蘆酒滴,鋪葵席,豆花間晚日。

 

其八

翡翠鵁鶄,白蘋香裏小沙汀。

島上陰陰秋雨色,蘆花撲,數隻漁舡何處宿。

 

 

『南子八首其六』 現代語訳と訳註

(本文)

其六

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。

兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

 

(下し文)

(南子八首其の六)

路 南中に入り,桄榔 葉暗くして蓼の花 紅なり。

兩岸の人家 微雨の後,紅豆を收め,樹の底【もと】 纖纖として 素手を擡【もたげ】る。

 

 

(現代語訳)

(大江。運河を経て、南国の街にはいると雨がさっと降り、すぐに晴れ上がると、異なる樹木の景色のなか、農作業する若い女の白い腕とか細い手が美しいと詠う。)

水路、航路を過ぎ、運河を通って南国地方の街に入れば、黒つげの木樹は大きく育ち、葉影が十分になしていて、赤い花を咲かせた蓼の花がうつくしい。

入り江の港の両岸には人家があつまり、小雨が少し降ったのちにはすぐに晴れあがり、するともう唐アズキを収穫している、「くろつぐ」の大樹のもとで若い女の華奢な白い手がもたげて収穫作業をしている。

 

 

(訳注)

(改訂版Ver.2.1

子八首其六

(大江。運河を経て、南国の街にはいると雨がさっと降り、すぐに晴れ上がると、異なる樹木の景色のなか、農作業する若い女の白い腕とか細い手が美しいと詠う。)その六)

郡という名称が初めであり、中国古代の郡であり、前漢末年、王莽新朝末(23年),析人起兵南東漢始置南郷縣,属南陽郡。建安十三年(208年),曹操奪荆州,分南陽郡西部設置南郷郡。西晋太康十年(289年),改南郷爲順陽郡,郡治南郷縣(今淅川縣滔河)。東晋咸康四年(338年),又改爲南郷郡。永和十年(354年),桓温伐前秦,水自襄陽入均口,至南。后陷后秦。熙元年(405年),后秦文桓帝姚割南郷郡歸東晋。隋朝開皇初年(581年),郡。大初年,又改淅州淅陽郡。

唐の教坊の曲名。『花間集』には》十八首所収。欧陽烱の作は八首収められている。三十字、二十八字、二十八字で、単調二平韻三仄韻である。

其六は二十八字単調、五句二平韻三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

路入南,桄榔葉暗蓼花

兩岸人家微雨,收紅,樹底纖纖擡素

●●○△  △△●●●○○ 

●●○○○●●  △○●  ●●○○○●●

其五は、二十八字単調、五句二平韻三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

二八花,胸前如雪臉如

耳墜金鐶穿瑟,霞衣,笑倚江頭招遠

●●○△  ○○△●△△△

●●○○△●●  ○△●  ●△○○○●●

子八首其四 は二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

洞口誰,木蘭舡繫木蘭

紅袖女郎相引,游南浦,笑倚春風相對

△●○○  ●○○●●○○

○●●○△●●  ○○●  ●△○△△●●

子八首其三 は、二十七字で、単調二平韻二仄韻で④⑦の詞形である。

岸遠沙,日斜歸路晚霞

●●△○  ●○○●●○○

孔雀自憐金翠,臨水,認得行人驚不

●●●○○●●  △●  ●●△○○△●

子八首其一は、二十八字単調、前二句十一字二平韻、後三句十七字三仄韻で④⑦❼❸❼の詞形である。

子八首其二は、二十八字単調、五句二平韻二仄韻で④⑦❼2❼の詞形である。

子八首其二

畫舸停  槿花籬外竹橫
●●○△  ●○○●●△○

子八首 其一

嫩草如  石榴花發海南
●●△○  ●○○●●○○

日暮江亭春影  鴛鴦
●●○○○●●  ○○●

水遠山長看不

●●○△△△●

唐の教坊の曲名。『花間集』には《南》十八首所収。李珣の作は十首収められている。三十字、単調二平韻三仄韻で、3③⑦の詞形である。

李珣 子十首其一

蘭棹舉 水紋 競攜藤籠採蓮

○●●  ●○○ ●○○△●△△

迴塘深處遙相 邀同  淥酒一巵紅上

△○△●○△● ○○●  ●●●○○●●

 

路入南中,桄榔葉暗蓼花紅。

水路、航路を過ぎ、運河を通って南国地方の街に入れば、黒つげの木樹は大きく育ち、葉影が十分になしていて、赤い花を咲かせた蓼の花がうつくしい。

〇南中 中国の南方の地をさすことばで、江南。ここは『其一首』の「海南」と同じく広東地方をさす。

〇桄榔 桄榔・桄榔子【くろつぐ】. ヤシ科の常緑低木。九州南部の林内に自生。葉は羽状で硬く,長さ2メートルほどで,短い幹に多数束生する。葉柄の下部は黒色の繊維に包まれる。液果は球形で赤熟。

〇蓼花 たでの花。タデ科 一年草または多年草。草丈20cm2m前後(種類によって異なる)。花期610月。花色 赤紫、ピンクなど。

 

兩岸人家微雨後,收紅豆,樹底纖纖擡素手。

入り江の港の両岸には人家があつまり、小雨が少し降ったのちにはすぐに晴れあがり、するともう唐アズキを収穫している、「くろつぐ」の大樹のもとで若い女の華奢な白い手がもたげて収穫作業をしている。

紅豆 唐小豆・相思子【とうあずき】. マメ科のつる性常緑木本。アフリカ原産。茎は長さ3メートル 内外となり,羽状複葉を互生。花は赤・紫など。扁平な豆果を結ぶ。種子は赤色で一端が黒い。美しいのでビーズなど装飾用とされる。また,毒性があり毒矢に用いる。

纖纖擡素手 纖纖は女の子を形容することば。この句は大樹の下で、収穫のために手を伸ばしてとったり、収穫した紅豆をやさしい白い手でもって蔓を取って干すために台の上に乗せている。