毛熙震  南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

《花間集》450巻九49

南歌子二首其二

全詩訳注解説-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-7519

(改訂版Ver.2.1

17 毛熙震

前蜀の詞人

九三〇年前後に在世

 

 

 
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妃嬪は、選ばれて地位があたえられ、全く手のつかないものもいる。この詩は選ばれて妃嬪の一員になったものが、当初は全く寵愛されなくて愁いに満ちていた。ある春に寵愛を受けた、それが初めの二句である。次の三句は寵愛を受けて楽しい生活を述べている。三聯目は寵愛に少しずつ変化が現れ、秋が過ぎ、やがて春が来るが、寵愛を受ける事は無かった。

 

花間集 教坊曲 《南歌子》 十三首

溫庭筠

巻一38南歌子七首其一手裡金鸚鵡,胸前繡鳳凰。眼暗形相,不如從嫁與,作鴛鴦。

溫庭筠

巻一39南歌子七首其二似帶如絲柳,團蘇握雪花。簾捲玉鈎斜,九衢塵欲暮,逐香車。

溫庭筠

巻一40南歌子七首其三窩墮低梳髻,連娟細掃眉。終日兩相思,為君憔悴盡,百花時。

溫庭筠

巻一41南歌子七首其四臉上金霞細,眉間翠鈿深。欹枕覆鴛衾,隔簾鶯百囀,感君心。

溫庭筠

巻一42南歌子七首其五撲蘂添黃子,呵花滿翠鬟。鴛枕映屏山,明月三五夜,對芳顏。

溫庭筠

巻一43南歌子七首其六轉眄如波眼,娉婷似柳腰,花裏暗相招。憶君腸欲斷,恨春宵。

溫庭筠

巻一44南歌子七首其七懶拂鴛鴦枕,休縫翡翠裙,羅帳罷鑪燻。近來心更切,為思君。

張泌

巻四48南歌子三首其一柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

張泌

巻四49南歌子三首其二岸柳拖煙綠,庭花照日紅。數聲蜀魄入簾櫳,驚斷碧殘夢,畫屏空

張泌

巻四50南歌子三首其三錦薦紅鸂鶒,羅衣繡鳳凰。綺疎飄雪北風狂,簾幕盡垂無事,鬱金香。

毛熙震

《巻九48南歌子二首其一》  遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。深院堂人靜,理銀箏。鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。楊柳杏花時節,幾多情

毛熙震

《巻九49南歌子二首其二》  惹恨還添恨,牽腸即斷腸。凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,衣香。暗想為雲女,應憐傅粉郎。來輕出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂

張泌

《巻四48南歌子三首其一》柳色遮樓暗,桐花落砌香。畫堂開處遠風涼,高卷水精簾額,襯斜陽。

 

DCF00104
 

  

毛熙震『花間集』巻九《南歌子二首其一》 

南歌子二首其一

(前の年の春はあれほど寵愛を受けたのに、すぐになくなり、又春が来ても寵愛を受ける事は無いと詠う。)

遠山愁黛碧,橫波慢臉明,膩香紅玉茜羅輕。

遠い山影のように眉の緑は愁いに染まる、横波のように寵愛をうけ、心が緩んで顔が明るくなるし、あのお方の体脂とお香のかおりにつつまれ、紅色に輝き茜色のうす絹の上衣も軽やかに揺れる。

深院晚堂人靜,理銀箏。

後宮の奥の宮殿の奥座敷は夕暮れに包まれて人の声はしないで静かなものだ。銀で作られた箏を静かに引いて収める。

鬢動行雲影,裙遮點屐聲,嬌羞愛問曲中名。

両鬢の垂れ髪が揺れ雲型の髷の影が進んでゆく、巻スカートで遮断して、木靴の音も点々として聞える。甘えて,演奏される箏の曲の中の愛の言葉を問いかける。

楊柳杏花時節,幾多情?

それなのに、楊柳が色付き、茂り、杏の花か咲きほこる季節が到来したというのに、あのお方は訪れる事は無い、どれだけ浮気の多いお方なのだろうか。

(南歌子二首其の一)

遠山 愁いて黛碧りなり,橫波 慢に臉明らかなり,膩香 紅玉 茜羅輕ろやかなり。

深院 晚堂 人靜かなり,銀箏を理む。

鬢動き雲は影をして行く,裙遮して屐聲を點じ,嬌羞して曲中の名を愛問す。

楊柳 杏花の時節になるも,幾か多情ならん?

 

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

 

『南歌子二首』 現代語訳と訳註

(本文)

南歌子二首其二

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

 

 

(下し文)

(南歌子二首其の二)

恨を惹き 還た恨に添う,腸をく 即ち斷腸なり。

凝情 一枝の芳を語らず,獨り畫簾に映し閑かに立し,繡衣の香。

暗想すれども雲女為し,應に傅粉郎を憐れむ。

晚來りて 輕步し 閨房を出づ,髻は慢じ 釵は橫たえて 無力なり,猖狂を縱いままにす。

 

(現代語訳)

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

木蓮0005
 

(訳注)

南歌子二首其二

(何もしないで奥まった宮殿の閨で過ごす妃嬪が、一時期寵愛を受けるものの、失うのも速く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸すことが多くなりやがて姿を消すと後宮に百人前後もいる妃賓を詠う。)

8 江南に高貴な子女として生まれ、美しく育てられ、妃嬪の地位に召されたものの全く接触がなく、この立場に置かれたままな生活は死ぬほどつらいものであった。その不運な人生を恨みぬいていた。ある日寵愛を受け始めると、今までのことがすべてなかったことのように思われ、すべてよそごとになって行ってが、しかし寵愛を失うのは早く、庭をさまようことから、やがて常軌を逸したふるまいをするようになり、何時しか宮殿から姿を消したのである。

 

古来、宮中にはいわゆる「内職」という制度があった。『礼記』「昏義」 に、「古、天子は、后に六宮、三夫人、九嬪、二十七世婦、八十一御妻を立て、以て天下の内治を聴く」とある。唐初の武徳年間(618626)に、唐は隋の制度を参照して完壁で精密な「内官」制度をつくった。その規定では、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。上記のそれぞれの女性は官品をもち、合計で122人の多きに達した。皇后だけが正妻であり、その他は名義上はみな「妃嬪」-皇帝の妾とされた。

また、皇太子の東宮にも「内官」があり、太子妃一人、その下に良娣、良媛、承徽、昭訓、奉儀などの品級があった。諸親王の王妃の下にも孺人【じゅじん】等の媵妾【ようしょう】の身分があった。

 

皇后を立てることに比べて、妃嬪を立てることはわりあい簡単であり、家柄はそれほど厳格に問題にされることはなかった。彼女たちの大半は皇子を生むか、あるいは寵愛を受けたために妃嬪の品階を賜った者であったから、その中には身分の低い者もいくらか含まれていた。

 

9 『花間集』には毛照票の作が二首収められている。双調五十六字十句、前段二十八字三平韻、後段二十八字三平韻、5⑤❼6③/5⑤❼6③の詞形をとる。

惹恨還添恨  牽腸即斷
凝情不語一枝  獨映畫簾閑立 繡衣

 暗想為雲女 應憐傅粉

晚來輕步出閨房 髻慢釵橫無力  縱猖

●●○○●  △○●●○

△○△●●○○  ●●●○○● ●△○

●●○○● △○△●○

●△△●●○○ ●●○△○●  △○△

 

惹恨還添恨,牽腸即斷腸。

恨みは恨みを引き寄せ、また怨みに沿えて恨みが生まれる。悶々とする気持ちは即ち、断腸の気持ちは止まりはしない。

 

凝情不語一枝芳,獨映畫簾閑立,繡衣香。

この心持は言葉にできるものではなく、それでも、一枝に咲く香りの良い花の様なものであった。獨り鳳凰の描かれた簾に影を映して静に佇み、それでも刺繍に飾られた着物を羽織り、あのお方の好きなお香を袂に入れて待つのである。

 

暗想為雲女,應憐傅粉郎。

思いは暗くなりはしたが、高唐賦の懐王と巫女の朝雲暮雨に化身したように一緒に過ごすのである、まさに、昔から白粉をつけたる男、魏の何晏の故事。何晏粉郎憐れに伝えられてきた男だって憐れに思うほど寵愛を受けたのである。

10 傅粉郎 何晏は色白の美男子で、余りの白さに魏明帝は白粉を付けているのかと疑われたが、夏の最中に熱湯の餅を食べさせた。食後大汗をかいたので朱衣で顔をふいたところ、色白の顔はいよいよ白く輝いた。『世説新語』(巻下・容止第一四・2)である。この故事はよく知られ、顔には常に白粉を粉飾し(本当に真っ白な肌だったとも)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にそれに「うっとり」としていたという。歩く際にも、己の影の形を気にしつつ歩んだと伝えられている。また、夏侯玄や司馬師と親しくし、優れた評価を与える一方で、自分自身のことは神に等しい存在だと準えていたという(『魏氏春秋』)

 

晚來輕步出閨房,髻慢釵橫無力,縱猖狂。

それでも、寵愛に終わりが来るのも速く、宮殿の閨の前庭をうろうろする日々だけになってしまい、貴賓の髷もいつしか緩み、簪も横に置いたまま、生きて行く気力がなくなる、それもすすめば、やがて、荒々しく常軌を逸した振る舞いをするようになり、何時しか何処かにいなくなるのである。

11 猖狂 荒々しく常軌を逸した振る舞いをすること。