古樂府詩六首其三 隴西行 -#4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20161210

の紀頌之5つの校注Blog

 

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-020卷165_14 夷則格上白鳩拂舞辭(卷三(一)二六四) -#2Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

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少年行・白馬篇・白雲歌など【字解集】Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集7799

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-16-#7 巻二 17-#7答張徹【案:愈為四門博士時作。張徹,愈門下士,又愈之從子婿。】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7800

 

 

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806年-16-#14 巻二 17-#14巻二 答張徹  【字解集】Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7842

 

 

・李商隠詩 (1) 136首の75

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韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

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index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

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index-8 [812年~814年47歳]46

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

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index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

757年-40 寄薛三郎中璩 -#7 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7801

 

 

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757年-40 寄薛三郎中璩 -#7 【字解集】 杜詩詳注(卷一八(四)一六二○)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7801

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

 

 

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

 

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

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-012-#4 古樂府詩六首其三隴西行 -#4〈無名〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7803

やがてくだくだしい礼儀はやめて無礼講となって、食事はおわったので、主人は客を送って出る。満足した客と堂々とゆったりとした態度で邸内の庭を小股に歩む。もてなした婦人も同様に、部屋を出て庭に進むが、見送りはあまり遠くまではしない。内門の枢の所までで、そこから外へは出るものではないという事を心得ている。客のもてなし方はこのように少しも礼を失うことはなく、妻を娶ってこんな人を得られるのであれば、昔の斉国の姜夫人にもましであろう。しっかりしていて、それでいてけなげな妻が一家をささえることは大の男に勝るというものだ。

 

玉臺新詠タイトル002
 

 

 

 

 

古樂府六首 其三

 

 

古樂府詩六首其三 隴西行 #1

(美貌の良妻がよく賓客をもてなして、一家を支えてくれている。大の男にはとても出来ぬことだとほめたたえ詠ったもの)

天上何所有、歷歷種白楡。

天上には何があるかと見れば、輝く白楡の星星が、我が家に導いてくれる楡の木のように整列して植えられ配置している

桂樹夾道生、靑龍對道隅。

月の桂木も道の両側に葉を茂らせて生え、東の青龍の星座が道の隅に相対している。

鳳凰鳴啾啾、一毋将九鶵、

鳳凰が吉兆をもたらすように啾啾と鳴き、一羽の母どりが九羽の雛をひきいている。我が家は、誠に美しくまた盛んな眺めの一族である。(以上が、「艶」である。この後話を転ずる。)

顧視世間人、爲樂甚獨殊。

さてこの家の客へのもてなしのありさまを世間の人に比べて見ると、楽しみのしかたが甚だ違っていて、特別のものがある。

(古樂府詩六首其の三 隴西の行【うた】) #1

天上何の有る所ぞ、歴歴として白楡を種う。

桂樹道を爽んで生じ、青龍道隅に対す。

鳳凰鳴いて啾啾たり。一母九鶵を将【ひき】ゆ。

顧みて世間の人を視るに、樂を為すこと甚だ濁り殊なり。

#2

好婦出迎客、顏色正敷愉。

気配りのよい妻で、美しい主婦が客を出迎える。その顔色はいかにもゆったりと満面にうれしげな思いをただよわせてうれしそうにむかえる。

伸腰再拜跪、問客平安不。

腰をのばして客に対し、ひざまずいて再拝し、「よくおいで下さいました、おかわりほありませんでしたか」と尋ねる。

請客北堂上、坐客氊氍毹。

それからお客を北の奥座敷に案内し、毛氈緞通の上に座らせる。

清白各異樽、酒上正華疏。

そこには清酒と白酒とが別々の盃樽に盛られて並べられ、酒にはちゃんと結構な疏菜がとりそろえて盛られてある。

#2

好婦は出でて客を迎へ、蘇色正に敷愉す。

腰を伸ばして再拝して跪き、客に問ふに平安なりや不やと。

客を北堂の上に請じ、客を氊氍毹に坐せしむ。

清白各ゝの樽を異にし、酒上正に華疏。

#3

酌酒持與客、客言主人持。

主人は酒を盃樽に酌んで客に進める。客は「まずご主人から」という。

却略再拜跪、然後持一杯。

主人はひざまずいて再拝する礼を省いて、それから一杯を手にする。

談笑未及竟、左顧勑中厨、

談笑もまだ終わらぬうちに、主人は左をふりかえり台所の方(妾)に言いつける。

促令辨麄飯、愼莫使稽留。

急いで粗飯の用意をさせ、くれぐれも手間どらせてはならぬぞよと言いつける。

#3

酒を酌んで持して客に興ふ。客は言ふ主人持せよと。

飾って略す再拝して跪くを。然る後一括を持す。

談笑未だ竟るに及ばず、左顧して中厨を勑しめ、

促がして麄飯を辨ぜしめ、慎みて稽留せしむる莫かれと。

#4

廢禮送客出、盈盈庭中趨。

やがてくだくだしい礼儀はやめて無礼講となって、食事はおわったので、主人は客を送って出る。満足した客と堂々とゆったりとした態度で邸内の庭を小股に歩む。

送客亦不遠、足不過門樞。

もてなした婦人も同様に、部屋を出て庭に進むが、見送りはあまり遠くまではしない。内門の枢の所までで、そこから外へは出るものではないという事を心得ている。

取婦得如此、齊姜亦不如。

客のもてなし方はこのように少しも礼を失うことはなく、妻を娶ってこんな人を得られるのであれば、昔の斉国の姜夫人にもましであろう。

健婦持門、勝一大丈夫。

しっかりしていて、それでいてけなげな妻が一家をささえることは大の男に勝るというものだ。

 

4

禮を廢して客を送りて出で、盈盈として府中に趨る。

客を送ること亦遠からず、足は門樞を過ぎず。

婦を取るに此の如きを得ば、齊姜も亦如かざらん。

健婦の門戸を持するは、一大丈夫に勝れり。


 

 

《玉臺新詠集古詩八首其三 <隴西行>》現代語訳と訳註解説
(本文)

#4

廢禮送客出、盈盈庭中趨。

送客亦不遠、足不過門樞。

取婦得如此、齊姜亦不如。

健婦持門、勝一大丈夫。


(下し文)
#4

禮を廢して客を送りて出で、盈盈として府中に趨る。

客を送ること亦遠からず、足は門樞を過ぎず。

婦を取るに此の如きを得ば、齊姜も亦如かざらん。

健婦の門戸を持するは、一大丈夫に勝れり。


(
現代語訳)
やがてくだくだしい礼儀はやめて無礼講となって、食事はおわったので、主人は客を送って出る。満足した客と堂々とゆったりとした態度で邸内の庭を小股に歩む。

もてなした婦人も同様に、部屋を出て庭に進むが、見送りはあまり遠くまではしない。内門の枢の所までで、そこから外へは出るものではないという事を心得ている。

客のもてなし方はこのように少しも礼を失うことはなく、妻を娶ってこんな人を得られるのであれば、昔の斉国の姜夫人にもましであろう。

しっかりしていて、それでいてけなげな妻が一家をささえることは大の男に勝るというものだ。


(訳注)
#4

廢禮送客出、盈盈庭中趨。

やがてくだくだしい礼儀はやめて無礼講となって、食事はおわったので、主人は客を送って出る。満足した客と堂々とゆったりとした態度で邸内の庭を小股に歩む。

78. 盈盈庭中趨  《古樂府六首其一 日出二東南隅行》「盈盈公府步,冉冉府中趨。」盈盈【えいえい】公府步,冉冉【ぜんぜん】として府中に趨【はしる】。そして、威風堂々と役所の中を歩み、急がねばならない時にはさっさと役所内を急ぎまわっているのです。

 

送客亦不遠、足不過門樞。

もてなした婦人も同様に、部屋を出て庭に進むが、見送りはあまり遠くまではしない。内門の枢の所までで、そこから外へは出るものではないという事を心得ている。

79. 門枢 門の「戸のくるる」、開き戸を開閉する軸となるところ。

 

取婦得如此、齊姜亦不如。

客のもてなし方はこのように少しも礼を失うことはなく、妻を娶ってこんな人を得られるのであれば、昔の斉国の姜夫人にもましであろう。

80. 斉姜 「姜」は古代斉の王室の姓、斉侯出の女子、『詩経鄭風』の詩篇に《載驅》《猗嗟》・『詩経陳風』《衡門》「豈其取妻、必齊之姜」など姜氏をはめたたえた詩がしばしば見える。

 

健婦持門、勝一大丈夫。
しっかりしていて、それでいてけなげな妻が一家をささえることは大の男に勝るというものだ。

81. 健婦 しっかりした婦女。しっかりしていて、それでいてけなげな妻。

82. 勝一大丈夫 一本「亦勝一丈夫」に作る。立派な男子。ますらお。安心していられる(任せられる)ほどに危なげない(確かな)こと。

 

 

 

 

玉臺新詠タイトル
 

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古樂府詩六首其三 隴西行 【字解集】(古樂府詩六首其の三 隴西の行【うた】) #1

55. 詩の大意(美貌の良妻がよく賓客をもてなして、一家を支えてくれている。大の男にはとても出来ぬことだとほめたたえ詠ったもの)

56. 解説 この詩は、「歩出夏門行」という別名もあり、家庭に美貌の良妻があってよく賓客をもてなすことを歌ったものである。

元来漢・魏の楽府には奏楽上の必要から、本歌辞と内容上あまり関係のない句が、前後に添加されることがある。これを「艶」(前奏)または「趨」(後奏)と呼んでいる。この歌の前六句の如きはおそらくそれで、艶辞に当たるものであって、『楽府詩集』に見える別の古辞「歩出夏門行」の末尾四句が、ほぼこれと同一であることからもこの推定を裏付けるものである。本篇に対する解釈が多岐に分かれるのは一ほそのために外ならぬ。

57. 隴西 「隴西」は甘粛省東南の郡名である。

隴西郡のことで、中国にかつて存在した郡。秦代から唐代にかけて、現在の甘粛省東南部に設置された。戦国時代末期の秦が義渠国を滅ぼして、隴西郡を置いた。秦が中国を統一して三十六郡が置かれると、隴西郡治は狄道県に置かれた。前漢末には、狄道・上・安故・道・首陽・予道・大夏・羌道・襄武・臨・西の11県を管轄した。王莽のときに厭戎郡と改称されたが、後漢が建てられると、再び隴西郡の称に戻された。隴西郡は涼州の下に置かれた。後漢末に隴西郡は狄道・安故・道・首陽・大夏・襄武・臨・河関の9県を管轄した。曹魏のとき、隴西郡治は襄武県に移された。曹魏の末年に隴西郡は襄武・首陽・臨・狄道・河関・枹罕の6県を管轄した。西晋が建てられ、司馬泰が隴西王となると、隴西郡は隴西国に改められた。296年(元康6年)に司馬泰が高密王に改封されると、隴西国は再び隴西郡となった。枹罕県が廃止され、狄道・臨・河関の3県が狄道郡に編入されたため、西晋の末年に隴西郡は襄武・首陽の2県を管轄するのみとなった。

五胡十六国の前趙・後趙のとき、隴西郡は秦州に属した。前秦のとき、河州に属した。後涼では、涼州に属した。後秦では、雍州に属した。西秦では、再び秦州に属した。530年(永安3年)に北魏が渭州を立てると、隴西郡は渭州に属した[6]。首陽県は渭源県と改称された。西魏と北周もこれを引き継いだ。583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、隴西郡はひとたび廃止され、渭州が襄武・隴西・渭源・障・長川の5県を管轄した。607年(大業3年)、州が廃止されて郡が置かれると、渭州は隴西郡と改称された。618年(武徳元年)、唐は郡を廃止して州に改めた。このため隴西郡は渭州と改称された。742年(天宝元年)、渭州は隴西郡と改称された。758年(乾元元年)、隴西郡は渭州と改称され、隴西郡の呼称は姿を消した。

58. 歴歴 一つ一つがはっきりしているさま。・名詞家柄・身分などが高く、格式があること。また、その人。

59. 白楡 輝く星が、我が家に導いてくれる楡の木のように整列して植えられ配置している。雅語的・比喩的表現の星の別名称の一つ。星營,瑤光,屑金,紫極,天乳,玉李,付泥,銀礫,白楡,營室,帝車・・・・とある。楡は並木樹種のひとつで幹は直立し枝太く広げて美しく、堂々としていることで、門から住宅正面にかけて植えた。

60. 桂樹 数種の香木の総称・古代伝説で月の中にあるという木。 「樹」はたってはえている。

61. 靑龍 伝説上の神獣、四神(四象)の1つ。東方青竜。蒼竜(そうりゅう)ともいう。東方を守護する。長い舌を出した竜の形とされる。青は五行説では東方の色とされる。また、青竜の季節は春とされている。天文学上は、二十八宿の東方七宿に対応する。東方七宿(角宿・亢宿・氐宿・房宿・心宿・尾宿・箕宿)をつなげて竜の姿に見立てたことに由来する。道教における人格神化した名前では、東海青龍王敖広と呼ばれる

 

鳳凰鳴啾啾、一毋将九鶵、鳳凰鳴いて啾啾たり。一母九将【ひき】ゆ。

鳳凰が吉兆をもたらすように啾啾と鳴き、一羽の母どりが九羽の雛をひきいている。我が家は、誠に美しくまた盛んな眺めの一族である。(以上が、「艶」である。この後話を転ずる。)

62. 鳳凰 鳳凰は吉兆をもたらす神鳥、また古来、瑞鳥として最も愛されてきた。神鳥の中で、その霊気の高さから鳥王呼ばれる。その姿は黄金に輝き、前半身は麒麟、後半身は鹿、首は蛇のように長く、背は亀、頷は燕、嘴は鶏、そして龍の紋をもち、翼は五色絢爛で、陰と陽を一体化させた存在とされる。翼を広げれば観るものに『徳』を放ち、ゆるやかな背は『麗しさ』を伝え、高鳴る胸は『義を篤くあれ』と諭し、すらりとした腹は『深き仁』と共にあり、凛とした気品を漂わす尾は『信を抱け』と言われる。鳳は雄、凰は雌とされ、共に霊中が360日を経て、神鳥へと変化する。鳳凰が飛ぶときは全ての自然が鳳凰を祝福し、ピタリと風が止まり塵さえ飛ばず、その他の鳥や虫も鳴く事もない。翼のはためく音は、さながら笛のようである。そして鳳凰は決して殺生はせず、生きている虫を食べるどころか草花でさえ、へし折る事もなく、住処である青銅以外には生息せず、竹の実以外は食べようとしない。鳳凰は神を送る役目をしていたとされ、『人生を良い方向に運ぶ』という意味もある。

63. 啾啾 小声で力なく泣くさま。

64. 好婦 気配りのよき妻、美しい主婦。

65. 敷愉 満面にうれしげな色をただよわすこと。

66. 伸腰再拝 古代拝礼の形、両膝を地につけ、腰と股とを伸ばして礼拝する。

67. 氊氍毹 毛織の敷物、毛のこと。花纹图案的毛毯。毛或毛麻混的布、地毯之。古代于西域。

68. 清白 清酒と白酒、白酒は濁酒のこと。戦国の世、交代が進む世にあっては、いつ何時政争に巻き込まれ、諫言、策略、陥れあらゆることが身を危険にする時代である。阮籍は「仙人」「佯狂」を装うことによって危険から距離を置いた。

 

詠懐詩  阮籍

夜中不能寐、起坐弾鳴琴。

薄帷鑒明月、清風吹我襟。

孤鴻號外野、朔鳥鳴北林。

徘徊将何見、憂思独傷心。

夜中 寐(い)ぬる能はず、起坐して鳴琴を弾ず

薄帷に明月鑒(て)り、清風 我が襟を吹く

孤鴻 外野に號(さけ)び、朔鳥 北林に鳴く

徘徊して 将に何をか見る、憂思して独り心を傷ましむ

深夜を迎えたというのに眠ることができない、床より出て座して琴を弾く、帳には名月が影を落とし、涼しい風が我が襟を吹く

孤鴻は外野に叫び、朔鳥は北林に鳴く、その声に誘われてあたりをうろうろと歩き回っては、悲しい思いにふけるのだ

 

酒を飲む場所が、酒場でなく野酒、竹林なのは老荘思想の「山林に世塵を避ける」ということの実践である。お酒を飲みながら、老子、荘子、または王弼の「周易注」などを教科書にして、活発な論議(清談、玄談)をしていた。談義のカムフラージュのためである。

この思想は、子供にからかわれても酒を飲むほうがよい。山の「涙堕碑」か、山公かとの選択(李白襄陽曲四首)につながっていく。

また仙人思想につながっていくのは、

【晋書・巻四十九・阮籍伝】

「籍又能為青白眼、見禮俗之士、以白眼對之。」

〈籍、又 能(よ)く青白眼を為(な)し、禮俗(れいぞく)の士に見(まみ)ゆるに、白眼を以て之(これ)に對(たい)す。〉

阮籍は、青(黒)目と白目を使い分ける事ができ、礼儀作法にとらわれている俗人と会う時には、白目をむいて向かい合った。(儒教は国に盲従する思想である。老荘思想を正面切っては語れない時代であった)白眼とは人を正面からまともに見ない、視線をそらす、ということが実際にはしたらしい。

まともに目をあわせると、黒目がしっかりと見える。これが青眼で、顔はむけけてても視線をそらせると、相手に自分の白目を多くみせることになる。これが白眼である。視線をそらすとか相手の目をちゃんとみないというのは、不誠実のあらわれであることは今でもいわれることだ。

つまり、阮籍は世俗人には実に自由奔放に、気の無い冷たい態度で接するということで自分の意思を示したのである。

69.  樽 酒を飲むのための盃の大きいもの。日本の酒樽ではない。

70. 華疏 「疏」は流に通ずる。結構な疏菜、前菜、つまみものの類。

71. 客言主人持 客は「まずご主人から」というほどの意。酒を勧め合うこと。

72. 然後 しかるのち「然後」「之後」は「~して/~してから」との意味。以後」は「そして」。

73. 中厨 台所の中。料理人を指す。

74. 勑 いたわる、 ただす、 おさめる。

75. 辨 事を処理する。事務をさばく。準備をする。弁当。

76. 麄飯 そはん【粗飯/麁飯】とは。意味や解説、類語。粗末な食事。人に食事を進めるときにへりくだっていう語。粗餐 (そさん) 。

77. 稽留 ぐずぐずしてひまどること。

78. 盈盈庭中趨  《古樂府六首其一 日出二東南隅行》「盈盈公府步,冉冉府中趨。」盈盈【えいえい】公府步,冉冉【ぜんぜん】として府中に趨【はしる】。そして、威風堂々と役所の中を歩み、急がねばならない時にはさっさと役所内を急ぎまわっているのです。

79. 門枢 門の「戸のくるる」、開き戸を開閉する軸となるところ。

80. 斉姜 「姜」は古代斉の王室の姓、斉侯出の女子、『詩経鄭風』の詩篇に《載驅》《猗嗟》・『詩経陳風』《衡門》「豈其取妻、必齊之姜」など姜氏をはめたたえた詩がしばしば見える。

81. 健婦 しっかりした婦女。しっかりしていて、それでいてけなげな妻。

82. 勝一大丈夫 一本「亦勝一丈夫」に作る。立派な男子。ますらお。安心していられる(任せられる)ほどに危なげない(確かな)こと。