飲馬長城窟行一首 -#3 〔陳 琳〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

201726

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

 

 

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

744年-045-2-#2巻一六八08 卷161_8 《古風,五十九首其八》 (卷二(一)一○七)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8123

 

 

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744年-集06 【字解集】 送族弟綰・送程劉二侍御・前有樽酒行・春日行Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8099

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

 

 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-26 巻三-28-#1寒食日出游 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7696

 

 

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806年-018-#6 全唐文551-11-#6喜侯喜至贈張籍、張徹  【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集7944

 

 

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index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

 

 

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山・c季夏送弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

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767年-集-4字解 【字解集】 a槐葉冷淘・ b上後園山・c季夏送弟韶字解 杜詩詳注Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8131

 

 

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

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杜甫詩(7)759年秦州詩 66

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杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

 

 

(13)763年蜀中転々 96

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(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

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玉-037 飲馬長城窟行一首 -#3 〔陳 琳〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8127

 

 

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-037 飲馬長城窟行一首 -#3 〔陳 琳〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 8127

夫はまたいう。「今自分はこんな困難の中にあっていつはてるかもわからぬ身だ。どうして他家の女を引き留めておけるものか。」と。そして、「再婚してから男の子を生んだらとりあげぬがよい。女の子を生んだら、乾肉など与えて大切に育てなさい。」と。そして、「この長城の下に犠牲になった死人の骸骨が互いに重なり合っているのをそなたのみが知らぬわけでもあるまい。」と。妻はまた答えて、「年ごろになってあなたにお仕えする身となり、今日まで何不満なく暮らして参りました。」と。そしてこうつづった、「あなたの国境でのご苦労は十分承知して居ります。なたにもしものことがあった際、わたしばかりがどうして無事に生きのびられましょう」 と。

玉臺新詠

飲馬長城窟行一首   -#3

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ8127

巻一 -38

〔陳 琳〕

 

 

相和歌002
珠櫻001
玉臺新詠タイトル
 


飲馬長城窟行  〔陳 琳〕

(夫は、役卒であり、長城工事の苦寒に堪えか建設に加わっている、夫婦の書簡のやり取りに苦しみを詠ったもの)

飮馬長城窟、水寒傷馬骨。

長城の岩窟で、馬に水を飲ませると、水はつめたく、その寒気は馬の骨髄までをそこなうほどである。

請謂長城吏、愼莫稽留太原卒。

役卒はその苦寒に堪えかね、長城工事監督の役人に告げる。「どうか太原出の兵卒をひき留めずに帰してください」と。

官作自有程、舉築諧汝聲。

すると役人は、「お上の工事には日程があるのだ。ぐずぐずいわず、みな声を揃えて、杵をあげ、もっと精を出して仕事をせよ」と。

男兒寧當格闘死、何能怫鬱築長城。

役卒は不平をいだいて心に思う。「男はいっそ敵と討ちあって死ぬべきだ。こんな処でいつまでいやいや長城などを築いて居れるものか」と。

#2

長城何連連、連連三千里。

さて、長城は何と長々と続いていることだろうか、それは長々と続いて三千里も連綿としている。

邊城多健兒、内舍多寡婦。

この長城の構築にかり出された若者が国境に多くいるが、それで郷里の留守宅には寡婦が多いということである。

作書與内舍、便嫁莫留住、

役卒は手紙を書いて、留守居の妻に送る。「伝手を求めて再婚してくれてよいと思っている。わが家に永く留まることはないのである。」。と。

善事新姑嫜、時時念我故夫子。

そして「再婚したら嫁入先のしゅうと、しゆうとめによく仕え、時々もとの夫の子を忘れずに居てくれ」 と。

報書與邊地、君今出語一何鄙。

それで、至急に返事を国境の夫に届けた。それには「あなたは心にもない、なんとつまらぬ事を申されるのですか」と。

#3

身在禍難中。何爲稽留他家子。

夫はまたいう。「今自分はこんな困難の中にあっていつはてるかもわからぬ身だ。どうして他家の女を引き留めておけるものか。」と。

生男愼莫舉、生女哺用脯。

そして、「再婚してから男の子を生んだらとりあげぬがよい。女の子を生んだら、乾肉など与えて大切に育てなさい。」と。

君獨不見長城下、死人骸骨相撑拄。

そして、「この長城の下に犠牲になった死人の骸骨が互いに重なり合っているのをそなたのみが知らぬわけでもあるまい。」と。

結髮行事君、慊慊心意間。

妻はまた答えて、「年ごろになってあなたにお仕えする身となり、今日まで何不満なく暮らして参りました。」と。

眀知邊地苦、賤妾何能久自全。

そしてこうつづった、「あなたの国境でのご苦労は十分承知して居ります。なたにもしものことがあった際、わたしばかりがどうして無事に生きのびられましょう」 と。

 

(馬を長城の窟に飲【みづか】ふ行【うた】)

馬を長城の窟に飲ふ、水寒くして馬骨を傷つく。

往きて長城の夏に謂ふ。慎みて太原の卒を稽留する莫かれと。

官作自ら程有り、築を挙げて汝が聲を諧へよと。

男兒は寧ろ當に格闘して死すべし、何ぞ能く悌鬱として長城を築かんと。

#2

長城何ぞ連連たる、連連として三千里。

邊城に健少多く、内舎に寡婦多し。

書を作りて内舎に與ふ。便嫁して留任する莫かれ。

善く新姑嫜に事へ、時時我が故夫の子を念へと。

報書の邊地に往くや、君今語を出す一に何ぞ鄙なる。

#3

身は禍難の中に在り、何為れぞ他家の子を稽留せん。

男を生むも慎みて挙ぐる莫かれ、女を生まば哺するに脯を用ひよ。

君獨り見ずや長城の下、

死人の骸骨相い撑拄するをと。

結髪行きて君に事へ、慊慊たり心意の間。

明らかに邊地の苦を知る、賤妾何ぞ能く久しく自ら全うせんと。

 

 

飲馬長城窟行》現代語訳と訳註解説
(
本文)
 
#3

身在禍難中。何爲稽留他家子。

生男愼莫舉、生女哺用脯。

君獨不見長城下、死人骸骨相撑拄。

結髮行事君、慊慊心意間。

眀知邊地苦、賤妾何能久自全。

 

(下し文)
#3

身は禍難の中に在り、何為れぞ他家の子を稽留せん。

男を生むも慎みて挙ぐる莫かれ、女を生まば哺するに脯を用ひよ。

君獨り見ずや長城の下、

死人の骸骨相い撑拄するをと。

結髪行きて君に事へ、慊慊たり心意の間。

明らかに邊地の苦を知る、賤妾何ぞ能く久しく自ら全うせんと。

 

(現代語訳)

夫はまたいう。「今自分はこんな困難の中にあっていつはてるかもわからぬ身だ。どうして他家の女を引き留めておけるものか。」と。

そして、「再婚してから男の子を生んだらとりあげぬがよい。女の子を生んだら、乾肉など与えて大切に育てなさい。」と。

そして、「この長城の下に犠牲になった死人の骸骨が互いに重なり合っているのをそなたのみが知らぬわけでもあるまい。」と。

妻はまた答えて、「年ごろになってあなたにお仕えする身となり、今日まで何不満なく暮らして参りました。」と。

そしてこうつづった、「あなたの国境でのご苦労は十分承知して居ります。なたにもしものことがあった際、わたしばかりがどうして無事に生きのびられましょう」 と。

 

(訳注) 
飲馬長城窟行 

1. (夫は、役卒であり、長城工事の苦寒に堪えか建設に加わっている、夫婦の書簡のやり取りに苦しみを詠ったもの)

2. 【解説】この詩は征矢と思婦との往返の書信によって長城築造の苦を叙したのである。紀氏『考異』の説に従えば、本篇は五言・七言の雑言体であるから、本書の体例上第九巻に収むべきものを後人が誤ってここに窺入させたのであるという。

3. 陳琳(?―建安22年(217年))字は孔嘩(持し)、広陵(江蘇)の人、建安七子の一人。字は孔璋。揚州広陵郡の出身。はじめ何進に仕え、主簿を務めた。何進が宦官誅滅を図り諸国の豪雄に上洛を促したとき、これに猛反対している。何進の死後は冀州に難を避け、袁紹の幕僚となる。官渡の戦いの前、袁紹が中原全土に配した曹操打倒の檄文を書いた。曹操は、この檄文を読み「ここに書かれた曹操という人物像を考えると、読んだわし自身も怒り心頭に発する」と評している。

鄴城が陥落し、曹操の前に引き立てられた際、陳琳は曹操にこの檄文を読まされた。その内容は曹操のみならず、その父や祖父までをも痛烈に批判するものだったが、曹操はこの檄文を誉めた上で「なぜわしの祖父や父まで辱めたか」と尋ねた。陳琳は「引き絞った矢は射ぬわけにはいきませぬ」と答えたため、曹操から許されたという逸話がある。

その後は曹操に仕え、建安22年(217年)に疫病に罹って病死した。曹丕は彼のことを「文章は雄健だが、やや繁雑である」と評している。

唐の呉融は「陳琳墓」なる詩を作り(全唐詩巻685)、「筆先をほしいままにし自分の利益を得たが、あの世でどの面を提げて袁公にまみえるのか」と、その変節を非難している。

 

#3

身在禍難中。何爲稽留他家子。

夫はまたいう。「今自分はこんな困難の中にあっていつはてるかもわからぬ身だ。どうして他家の女を引き留めておけるものか。」と。

16. 禍難 3年間という取り決めで、出征したけれど、多くはこの地で果てるものが多く、故郷に帰る予定が立たないため常軌を逸するものが多かった。

17. 稽留他家子 「他家の子に稽留せらる」と読んで、「他家子」を長城の吏を指し、この句までを妻の語と見る解もある。「他家子」はよそから嫁いで来た妻を指す。

 

生男愼莫舉、生女哺用脯。

そして、「再婚してから男の子を生んだらとりあげぬがよい。女の子を生んだら、乾肉など与えて大切に育てなさい。」と。

18. 生男愼莫舉、生女哺用脯 再婚するものと見なしていう語であるが、同時に、男と生まれたための自らの苦役を悔恨する情を述べた。

19. 哺 育てる。

20. 脯 ほじし、乾肉。

 

君獨不見長城下、死人骸骨相撑拄。

そして、「この長城の下に犠牲になった死人の骸骨が互いに重なり合っているのをそなたのみが知らぬわけでもあるまい。」と。

21. 撑拄 ささえる。死骸が重なって互いに支えあうこと。

 

結髮行事君、慊慊心意間。

妻はまた答えて、「年ごろになってあなたにお仕えする身となり、今日まで何不満なく暮らして参りました。」と。

22. 結髪 かみをゆう、男女ともこどものときはつのがみ、さげがみである、成人すればかみ々ゆう、男は二十歳にして冠し、女は十五にして結ぶ。蘇武詩「結髪爲夫婦、恩愛兩不疑。」と、成人になったばかりで夫婦になる。

-026 留別妻一首-#1〈〔蘇武〕〉 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ 7941

23. 慊慊 「慊」にあきたる、あきたらぬと相反する二様の義がある。ここでは心満ち足りて他に求めることのない意をとった。しかしこの句は「慊慊心意關」に作る本もあり、これに従えば、心とざされてあきたらなく思う意となり前の解と反対になる。附記して一考に供する。

 

眀知邊地苦、賤妾何能久自全。

そしてこうつづった、「あなたの国境でのご苦労は十分承知して居ります。なたにもしものことがあった際、わたしばかりがどうして無事に生きのびられましょう」 と。