-巻二21 樂府詩七首 其二苦相篇 豫章行 -#2〔傳玄〕

 


 

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女は育てられても欣ばれ愛されることもなく、家族からも大切にされず、祝うべきこととされることはない。大人になっても生き遅れ、生長すれば奥の部屋に逃げこんで、頭をかくし、人に会うのもはずかしがっているだけである。涙ながらに他郷に嫁入っても、急に実家とは縁がきれて、まるで雲を絶たれた雨のようになるだけで、もう帰る所はないのである。

白鷺 05
 

 

 

 

玉臺新詠 巻二

 


 

 先秦時代(秦の始皇帝以前の時代)から唐代以前まで、どの時代にも常に女道徳を称揚する人がいたけれども、大休において支配者たちはまだそれほど切迫した危機感がなかったので、女性に対する束縛もそれほど厳重ではなく、彼女たちもまだ一定の地位と自由をもっていた。ただ宋代以降になると、支配者たちは種々の困難に遭遇し、自分に対して日ごとに自信を喪失したので、道徳家たちはそこで始めて女性に対するしつけを厳格にするようになった。明、清という封建時代の末期になると、封建道徳はますます厳格になり、完備して厳密になり、残酷になり、ついには女性を十八界の地獄の世界に投げ込むことになった。まさに封建社会の最盛期にあった唐までの王朝は、非常に繁栄し強盛であったから、支配者たちは充分な自信と実力を持っており、人々の肉体と精神をさらに強く束縛する必要を感じなかったため、唐朝は各方面でかなり開明的、開放的な政策を実施したのである。このようにして、唐代までの社会はその特有の開放的な気風によって古代の輝かしい存在となった。こうした社会の気風はおのずから女性たちの生活の中にも波及し、もともと比較的緩やかであった封建道徳を強化発展させなかったばかりか、逆にいくらかの方面で弱めさえしたのである。

 もう一つの重要な原因は、唐までの時代は漢民族が「胡化」(西・北方民族への同化)し、民族が融合した時代であったことである。この時代においては、少数民族の文化、習俗の影響はきわめて強烈であり、それらは社会生活の各領域に漆透し、中原の漢民族の道徳観念に大きな打撃を与えた。いわゆる「胡化」の風習には二つの来源があった。一つは唐朝の李姓の皇族自体が北方少数民族の血統であり、彼らはかつて長期にわたって北方少数民族と生活を共にし、また釈が族が樹てた北魏から台頭し、その後、鮮卑族を主とする北朝政権を直接継承したがゆえに、文化、習俗において北朝の伝統を踏襲し、「胡化」の程度がきわめて深かったのである。唐は天下を統一すると、さっそくこれら北方少数民族の習俗を中原にもたらした。まさに朱子が論じたように「唐の源は夷狄であったから、家庭の礼儀作法に欠けるところがあったのも不思議ではない」のである(『朱子語類』巻言一六、歴代三)。   

 

柳と美女
 

 

 

 

樂府七首

 

 

1.青青河邊草篇

青青河邊草、悠悠萬里道。草生在春時、遠道還有期。春至草不生、期盡歎無聲。

感物懷思心、夢想發中情。夢君如鴛鴦、比翼雲間翔。既覺寂無見、曠如參與商。

夢君結同心、比翼遊北林。既覺寂無見、曠如商與參。河洛自用固、不如中岳安。

回流不及反、浮雲往自還。悲風動思心、悠悠誰知者。懸景無停居、忽如馳駟馬。

傾耳懷音響、轉目淚雙墮。生存無會期、要君黃泉下。

 

2.苦相篇 豫章行

苦相身為女、卑陋難再陳。

男兒當門、墮地自生神。

雄心志四海、萬里望風塵。

#2

女育無欣愛、不為家所珍。

長大避深室、藏頭羞見人。

垂淚適他、忽如雨雲。

#3

低頭和顏色、素齒結朱唇。

跪拜無復數、婢妾如嚴

情合同雲漢、葵藿仰陽春。

#4

心乖甚水火、百惡集其身。

玉顏隨年變、丈夫多好新。

昔為形與影、今為胡與秦。

胡秦時相見、一踰參辰。

 

3.有女篇 豔歌行

有女懷芬芳、提提步東箱。蛾眉分翠羽、明目發清揚。丹脣翳皓齒、秀色若珪璋。

巧笑露權靨、衆媚不可詳。容儀希世出、無乃古毛嬙。頭安金步搖、耳繫明月璫。

珠環約素腕、翠爵垂鮮光。文袍綴藻黼、玉體映羅裳。容華既以豔、志節擬秋霜。

徽音貫青雲、聲響流四方。玅哉英媛德、宜配侯與王。靈應萬世合、日月時相望。

媒氏陳束帛、羔雁鳴前堂。百兩盈中路、起若鸞鳳翔。凡夫徒踴躍、望殊參商。

 

4.朝時篇 怨歌行

昭昭朝時日、皎皎晨明月。十五入君門、一別終華髮。同心忽異離、曠如胡與越。

胡越有會時、參辰遼且闊。形影無髣髴、音聲寂無達。纎絃感促柱、觸之哀聲發。

情思如循環、憂來不可遏。塗山有餘恨、詩人詠採葛。蜻蛚吟牀下、回風起幽闥。

春榮隨露落、芙蓉生木末。自傷命不遇、良辰永乖別。已尒可奈何、譬如紈素裂。

孤雌翔故巢、星流光景魂神馳萬里、甘心要同穴。

 

5.明月篇

皎皎明月光、灼灼朝日暉。昔為春繭絲、今為秋女衣。丹脣列素齒、翠彩發蛾眉。

嬌子多好言、歡合易為姿。玉顏盛有時、秀色隨年衰。常恐新間舊、變故興細微。

浮萍無根本、非水將何依。憂喜更相接、樂極還自悲。

 

6.秋蘭篇

秋蘭蔭玉池、池水清且芳。芙蓉隨風發、中有雙鴛鴦。

雙魚自踴躍、兩鳥時迴翔。君期歷九秋、與妾同衣裳。

 

7.西長安行

所思兮何在、乃在西長安。何用存問妾、香橙雙珠環。何用重存問、羽爵翠琅玕。

今我兮聞君、更有兮異心。香亦不何燒、環亦不可沉。香燒日有歇、環沉日自深。

玉臺新詠タイトル002
 

玉臺新詠 63

樂府詩七首 其二

苦相篇 豫章行   -#2

巻二21

〔傳玄〕

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠ブログ8841

 

2. 苦相篇 豫章行

(醜女に生まれたら初めから相手されず、美女に生まれても、男が常に新しい愛人を好むものであり、いったん切れた縁は参と辰のように隔たれたままである。)

苦相身為女、卑陋難再陳。

いやな相貌に生まれついたということは、この身が女だということだ。そのいやしさひくさは、とてもお話にもならぬ。

男兒當門、墮地自生神。

男は一門一戸をせおって立ち、地上に生まれおちると、ひとりでに神秘さがそなわる。

雄心志四海、萬里望風塵。

その雄心をふるいおこして、四海に志を馳せ、世の変乱に乗じて万里の天地に事をなそうとする。

(苦相篇 豫章行)

苦相 身 女と為り、卑陋 再び陳べ難し。

男兒は門に當り、地に墮つるや 自ら神を生ず。

雄心 四海に志し、萬里 風塵を望む。

#2

女育無欣愛、不為家所珍。

女は育てられても欣ばれ愛されることもなく、家族からも大切にされず、祝うべきこととされることはない。

長大避深室、藏頭羞見人。

大人になっても生き遅れ、生長すれば奥の部屋に逃げこんで、頭をかくし、人に会うのもはずかしがっているだけである。

垂淚適他、忽如雨雲。

涙ながらに他郷に嫁入っても、急に実家とは縁がきれて、まるで雲を絶たれた雨のようになるだけで、もう帰る所はないのである。

#2

女 育せらるるも欣愛無し、家の珍とする所と為らず。

長大して深室に避れ、藏頭 人をる見を羞づ。

れて、忽ち雨の雲とつが如し

 

 

《樂府詩七首 其二》現代語訳と訳註解説
(
本文)
 苦相篇 豫章行   -#2
#2

女育無欣愛、不為家所珍。

長大避深室、藏頭羞見人。

垂淚適他、忽如雨雲。

 

(下し文)
#2

女 育せらるるも欣愛無し、家の珍とする所と為らず。

長大して深室に避れ、藏頭 人をる見を羞づ。

れて、忽ち雨の雲とつが如し

 

(現代語訳)

女は育てられても欣ばれ愛されることもなく、家族からも大切にされず、祝うべきこととされることはない。

大人になっても生き遅れ、生長すれば奥の部屋に逃げこんで、頭をかくし、人に会うのもはずかしがっているだけである。

涙ながらに他郷に嫁入っても、急に実家とは縁がきれて、まるで雲を絶たれた雨のようになるだけで、もう帰る所はないのである。

 

(訳注) 
2.
苦相篇 豫章行

26.(醜女に生まれたら初めから相手されず、美女に生まれても、男が常に新しい愛人を好むものであり、いったん切れた縁は参と辰のように隔たれたままである。)

27. 苦相 苦命、薄命。女は薄命であり、いやな人相という意である。女に生まれあわしたことの不幸をいうので、女子が男子に比して、地位の卑いことをかこつ意を叙した詩である。

28. 豫章 は漢代郡邑の名、今の江西省南昌県に当たり、この名を冠した古楽府が「豫章行」であった。傳玄は之に擬してこの「苦相篇」を作ったのであろう。故に旧題をその下に附したもので、次の「有女篇」も「朝時篇」も同じ意味で旧題を附託したのである。

後世白楽天の諷諭詩「太行路」に「人生婦人の身となるなかれ。百年の苦楽他人に由る」の句がある。楽天の意は君臣関係の全うし難きを、夫婦を借りて諷したのであるが、女子の不幸を説く点に於ては互いに似たものがある

清調曲で歌う、謝靈運のの古辞は、白楊のはかない運命を歌ったものであるが、霊運はその詩意を強く意識して、人生の無常を歌ったもので、題材も内容もきわめて月並みである。豫章行苦相篇 傅玄 女のさだめ 六朝時代(3)親友、謝蕙連にも同題の作がある。古辞には古詩十九首、挽歌、に同様な内容が見える。

#2

女育無欣愛、不為家所珍。

女は育てられても欣ばれ愛されることもなく、家族からも大切にされず、祝うべきこととされることはない。

31. 欣愛 笑い喜びあいされる。愛されることを笑い喜ぶ。

珍 珍しいものとして大切にすること。自分を大切にすること。めでたいこと。祝うべきこと。

 

長大避深室、藏頭羞見人。

大人になっても生き遅れ、生長すれば奥の部屋に逃げこんで、頭をかくし、人に会うのもはずかしがっているだけである。

32. 長大 長くて大きいこと。たけが高く大きいこと。大人になること。ここでは20歳を超えるころからを言い、25才を越えれば、嫁には行けないとされた。

33. 藏頭羞見人 家の奥の部屋に閉じこもり、もっぱら機を織ることをすることを言う。

 

垂淚適他、忽如雨雲。

涙ながらに他郷に嫁入っても、急に実家とは縁がきれて、まるで雲を絶たれた雨のようになるだけで、もう帰る所はないのである。

34. 垂淚適他、忽如雨の二句 美貌が悪ければ、とつぎさきでもろうどうしゃでしかないことをいう。

 

35. 謝恵連 《豫章行》

豫章行
短生旅長世,恒覺白日欹。

人が生きるというのは短いものであるが、世の中に旅に出るのは長いものである。太陽が常に真上にある時には何とも思わなかったのに傾き始めて気が付くのである。

覽鏡睨容,華顏豈期。

鏡を取り出して衰えた顔を写してよくよく見るのである。華やかな顔でいられるのはどうしてその時期が久しいものでありえないのであろうか。
無廻戈術,坐觀落崦

傾きかけた太陽を戻したという『淮南子』にある「廻戈の術」はもちあわせていない。ということで、そぞろに歩くのは山海経』の「西山」にあるという太陽が沈んでいく崦山の烏鼠洞の穴のほとりを歩く行と思うのである。

豫章行
短生にして長世に旅し,恒に白日 欹【かたぶ】くを覺ゆ。

鏡を覽りて容を睨【にら】み,華顏【かがん】豈に期ならん。

【いや】しくも廻戈の術無くんば,坐【そぞ】ろに崦【えんじ】(山)に落つを觀ん。

廻戈術 『淮南子』にある物語で、魯の陽公が韓と戦争をしたとき、日が暮れようとしたので、まさに没せんとした日を呼びもどしたということである。

 崦山のこと。『山海経』の「西山」に烏鼠洞の穴山の西南にあるといい、下に虞泉があって太陽の入るところとされている。